漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
「オレ、飲みすぎたよ…うぇ。」
「何やってんのよ。今日は入団審査を受けに行く日って、アタシ言ったわよね?」
「そうだ。キリマルも今日から騎士としての自覚を持て。そんな調子では、本当に入団させてもらえなくなるぞ。」
「分かってるよー…」
打ち上げの次の日の朝、ユナン達は宿の前に集まっていた。これからそれぞれ、自分が入るつもりの騎士団に足を運び、入隊審査を受けるのだ。
アンナは昨日あんなに飲んだのに、何事も無かったかのようにピンピンしている。正直に言って化け物だ。キリマル以外の2人は、入隊審査が目前に迫っている為か、表情が少し固い。ジークはともかく、アンナが緊張している顔はなかなか見ることができない。
「それでユナンはどうするんだ?」
「ああ、俺はジークについて行って、青の騎士団で色を見てもらうよ。昨日、青の騎士団長と会ったし、話しやすいかなと思ったんだ。」
そんなユナンの発言に驚き、ジークがこちらに詰め寄ってきた。
「なに!?いつ会ったんだ?」
「え、えっと昨日迷子になった時に助けてもらって…」
「なぜそれを今まで黙ってたんだ!今度また話を聞かせてくれ。」
「っていうかやっぱりアンタ、迷子なってたんだ…」
ジークが珍しく子供のようにユナンの話に食いついてきた。青の騎士団長に憧れでもあるのだろうか…。まあ騎士団長という事は、青の騎士団の中で一番偉い立場にあるという事だ。ジークがここまで反応するのも無理はない。
「それじゃあ3人で無事に王国騎士団に入隊しましょう!」
「おおー!」
アンナ達は三人で円陣を組んで、気合いを入れていた。ユナンとセーナは蚊帳の外である。少し寂しいが、ユナンは三人を陰ながら応援したい。
そしてユナンはセーナの方をチラッと見た。彼女はユナンと一定の距離を置いている。彼女なりに、昨日の自分の行いを反省しているようであった。ちなみに昨日の夜は3回、ユナンは酔っ払ったセーナに叩かれた。
「いつまでそうしてるんだよセーナ。大丈夫、俺はこうしてピンピンしてるんだ。怒ってないって。」
「…ほんとに?」
セーナが上目遣いで申し訳なさそうにこちらを見つめている。そんな彼女の様子にユナンの嗜虐心が刺激されるが、それをユナンは何とか抑えた。今は彼女を安心させる方が大切である。
少しだけ、セーナとの物理的距離が縮まる。そしてユナンは笑顔で彼女に語りかけた。
「本当だ。でもこれからは飲みすぎんなよ?」
「わたしの事、怖くない?」
「だから怖くないって。」
そんな時、セーナが急に手を挙げた。突然の彼女の行動に、ユナンの身体が思わず反応してしまう。これは身体の反射的な問題である。心は許していても、ユナンの身体は昨日の恐怖を覚えていたのだ。
セーナがジト目でこちらを見つめてくる。
「ほら。やっぱりちょっと怖がってるじゃない。」
「今のは誰でもそうなるだろ!不可抗力だ、不可抗力!」
セーナが口を尖らせながら、ユナンの行動を指摘する。ユナンとしては、今のをビビるなと言われる方が無理である。しかしそれでは彼女に示しがつかないのだ。
――頑張れ、俺の身体。
「おいユナン。もう行くぞ。」
「あーすまんすまん。今行く。」
そんな時、ジークがユナンを呼びに来た。どうやら、もう気合いは充分に入ったらしい。ジークの顔は少し清々しいように見えた。
「セーナはどうするんだ?」
「わたしもユナンについて行くわよ。ユナンはすぐ危なっかしいことするんだから。」
「なんでオカン目線?まあいいけど…」
セーナは頬を膨らませて、こちらを睨みつけた。怒った顔も可愛いのは、いつもの事である。
そしてユナン達は青の騎士団本部にまでたどり着く。
やはり本部とだけあって、前にユナンが行った駐屯所とは大違いである。
広大な敷地に大きな建物が2棟立っている。1つは木製の建物で、中から威勢のいい声が聞こえてくる。どうやら練兵場のようだ。もう1つはレンガで出来た建物だ。青色に塗られた壁には大きな時計が埋め込まれている。あそこは事務などをする場所であろうか。
「俺たちが行くのはあの青色の建物だ。」
「それにしてもデカいなぁ。」
「ほんと、すごく大きい。」
「当たり前だ。ここは騎士団本部だぞ?ここで騎士団は皆、修行をしたり、依頼を受けたりするんだ。」
「へぇー、良いなぁ。俺も騎士団に入ろうかな。」
「…まあ色が分かれば、ユナンも入れない事はないだろう。」
ユナン達は青いレンガの建物へと入る。そして清潔感溢れる広い空間に出た。一般人も結構いて、みんな椅子やソファーなどに座って、何かを待っているようであった。その光景はまるで、
「病院?」
「青の魔法は治癒魔法が得意だと前にも言っただろう。騎士団はなにも、戦うことだけが仕事ではない。この青の騎士団では病院の役目を担っている。他の騎士団でも、それぞれ能力に合った公共事業を請け負っているんだ。」
「なるほど、そりゃそうか。やっぱ騎士団ってすげぇな…」
魔獣退治から病人の治療まで。契約者の力は偉大である。もはや契約者がいない世の中など、成り立たないのではないか?
そしてユナン達は受付カウンターへと向かった。そこには水色の髪をした女性がいた。
「こちらは青の騎士団本部受付です。どのようなご要件でしょうか。診察ですか?依頼ですか?」
「いえ、俺は騎士団の入隊審査を受けに来たジークという者です。申請は先日しました。」
「今確認致しますので、少々お待ちください。」
「いや、確認はしなくていいよ。」
「あっ。ヘンリー団長!おはようございます。」
「おはようカレン。今日も朝早くから悪いね。」
「い、いえ。これも仕事なので…」
受付をしていた女性が顔を赤らめ、たじろぐ。ユナン達の前に現れたのは、紫色の髪をした美丈夫。青の王国騎士団長のヘンリーであった。
「ヘンリー団長。今日はよろしくお願いします。」
「よろしくジーク。一応審査は受けてもらうけど、そんなに気を張らなくても大丈夫だよ。…それでそちらの人達は。――!」
「えーと昨日ぶりです。」
「昨日の迷子の子か。確か名前はユナンだったかな。ユナンも王国騎士に?」
「いや俺は魔法が使え…」
そんな時、ジークがユナンの言葉を遮って、慌てたように説明をした。ジークにしては珍しい行動である。
「こいつは俺の連れです。女神に色を聞き忘れたらしくて、出来れば一緒に色の確認をして頂けないかと。」
「聞き忘れ?…まあ女神様も気まぐれなお方だ。そういうこともあるのだろう。」
「あ、あの、わたしはセーナって言います。」
「よろしくセーナ。別に審査は神聖な儀式でも何でもない。ジークの友達なら一緒に来てくれて構わないよ。」
ヘンリーは笑顔でユナン達にそう言った。案外、気さくな人なのかもしれない。
ユナン達はヘンリーに連れられて、練兵場へと向かった。中では十数人の王国騎士が稽古をしていた。そして彼らはヘンリーを見て、一斉に手を止める。
「ヘンリー団長。おはようございます。」
「おはようみんな。私の隣にいるこの男の子が久しぶりの新人だ。名前はジーク。みんな仲良くしてやってくれ。」
「団長、まだ俺は審査を受けていないのですが…」
「色を確認するだけだよ。私の目では既に君は合格だ。」
ヘンリーがジークに向かったウィンクをする。新しく仲間になるジークを、他の王国騎士達は興味津々で見ていた。
他の王国騎士達は屈強な男から、可憐な少女までいて、年齢、性別に特に偏りは無かった。唯一揃っているのはその青マント姿と、契約者としての力の「色」だけである。その中には、昨日ユナン達が王都に入る際に出会った門番のお姉さんもいた。
「団長。久しぶりにアタシが教育係をしたいのだけれど、いいかしら?」
「おや、ナターシャが自ら教育係をしたがるなんて珍しいね。そんなに彼のことが気にいったのかい?」
「良い男だよ。団長と良い勝負しているわ。」
「なるほど、私も負けてはいられないな。」
そしてヘンリーは他の王国騎士達と楽しそうに談笑していた。彼らはとても仲が良いようである。
しかしユナン達は完全に蚊帳の外だ。それに耐えきれず、ジークが話を戻す。
「ヘンリー団長。それで色の確認というのは。」
「ああすまない。これで確認するんだ。」
ヘンリーが思い出したようにそう言って、奥から何やら水晶玉のような物を持ってきた。その水晶玉は金の台座に乗せられていて、神聖なオーラが感じられた。
「この水晶玉は特殊でね。契約者に触れられると、その契約者の力の色と同じ色の光を放つんだ。」
そう言ってヘンリーは水晶玉に触れる。すると、水晶玉の右半分が白の光、左半分が青の光を放った。
「はぁ、アンタはややこしいから参考にならないんだよ。こんな風に二属性を持つ者は、半分に分かれて光るのさ。まあこんな奴はほとんどいないから無視していいわよ。」
「マジか、二属性とかあるのかよ…」
ナターシャの説明にユナンが驚いたようにそう呟いた。属性は1人1つだと思っていたユナンの考えが甘かったのである。なら三属性、四属性を持つ者もいるのであろうか…
「とりあえず、触ればいいんだな。」
ジークがそう言って水晶玉に触れる。すると、水晶玉が青く光輝いた。やはりジークは青の契約者らしい。そしてヘンリーは笑顔でジークに握手を求めた。
「ようこそ、青の王国騎士団へ。」
「俺はジークという者です。これからよろしくお願いします。」
ジークはヘンリーと握手を交わし、みんなに向かってそう言った。他の王国騎士達はそんな新しい仲間を歓迎し、大きな拍手をした。
周りの歓迎に少し照れくさくなっているジーク。そんな彼をユナンは羨ましそうに見つめていた。
いいなぁ。俺も王国騎士になれば、こんな居場所が出来るのかな。
ユナンはジークやみんなの様子を見て、王国騎士団に入ってみたいと思ったのだ。そのためにもまずは自分の色を知る必要がある。
「それじゃあ俺も。」
青の魔法は扱うのが難しいと聞く。もしかしたらユナンも今は扱えていないだけで、本当は青の契約者なのかもしれない。そうしたらみんなとここで…
そんな妄想をしながら、ユナンは水晶玉に触れる。
――ユナンに触れられた水晶玉が「黒」く濁った。
「へ?黒?」
そんな水晶玉の色を見た他のみんなは絶句した。歓迎ムードの明るい雰囲気が一変、辺りは暗く静まり返る。そして冷たい視線がユナンへと一斉に向けられた。
「えっ。これどういうこと?この水晶玉、壊れてたりする?」
そんな暗い雰囲気に耐えきれず、ユナンは苦笑しながらみんなにそう問いかけた。しかし誰もその問いには答えない。
ユナンの額から冷や汗が流れた。そんな時、王国騎士の1人がボソッと小さく呟いた。
「イロナシ…」
「イロナシ?なんだそれ。そんな事、女神は何も説明してくれなか…」
「出ていけ。」
低く冷たい声でユナンはそう言われた。その声は騎士団長でも他の王国騎士でもない。ユナンと一緒に旅をしたジークのものであった。
「きゅ、急に何言ってんだよ。ジー…」
「ここから出ていってくれ!お前は王国騎士にはなれない。ここはお前のいる場所じゃないんだ!」
ジークが再び声を荒らげそう叫んだ。そんな彼の言葉に、他のみんなは何も言わなかった。…みんなも彼と同じ意見であるということだろうか。
みんなの冷たい視線がユナンの胸に刺さり続ける。あんなに和やかだったこの場の雰囲気も、ジークの歓迎ムードも、ユナンのせいで全てぶち壊しになったような気がした。
「な、なんだよイロナシって。意味わかんねぇよ!!」
ユナンはそんな雰囲気に耐えきれずに、その場から逃げ出した。
出て行けって言われたんだから、その通りに出ていってやるよ。だいたい、一緒に旅をしてきた仲間に向かって、いきなりそんな事を言うなんて、あんまりじゃねーか。ジークにとって俺は、その程度の存在だったって事かよ。
「俺はお前のこと、『仲間』だと思ってたんだよ…」
最後にユナンは絞り出すような声でそう言って、練兵場を出ていった。
「ユナン!!」
そんなユナンの後をセーナが追いかける。
「ユナン…すまない。」
ユナンがイロナシなのではないかと、ジークは薄々気づいていた。しかしジークは信じたくなかったのだ。
もしかしたら、ユナンは本当に魔法を扱うのが限りなく下手なのかもしれない。
――ジークにしては珍しく、非合理的な判断をしたのである。
「いいのかい?イロナシの彼は君の仲間では?」
「ユナンには後で俺が謝りに行きます。それよりも…」
ジークはそう言って、戸惑いの表情を浮かべながら、ヘンリーの方を見た。王国騎士団長であるヘンリーがイロナシを見逃すのか…
「私は何も見なかった。これでいいかい?」
「――!いいんですか?」
「別にイロナシを敵対視する者なんて、そんなにいないよ。忌み嫌われているだけだ。私はただの契約者としか思っていない。しかし…」
そしてヘンリーは整った紫色の眉を顰め、心配そうな表情を浮かべた。イロナシを敵対視する者、その人物にどうやら心当たりがあるようである。
「『彼』がそれを知ったら、地の果てまでユナンを追いかけるだろうね…」