漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
「イロナシってなんなんだよ…クソっ!」
そう吐き捨てて、ユナンは道端に落ちていた石を思いっきり蹴飛ばした。場所は大通り外れの細い道。
ユナンは青の王国騎士団本部から逃げ出し、行く宛てもなく王都内をふらついていたのだ。
ユナンが騎士団を訪れて分かったことは2つである。
「俺が魔法を使えないのには何らかの理由がある。そして、そのイロナシってのが王国騎士からは嫌われてるってことか…」
ユナンがイロナシだと分かった途端、周りにいた王国騎士達の目が明らかに変わった。しかもそれは、ただ嫌いな相手を見るような目では無かった。
「あれ、完全に俺の事を『敵』だと思ってる目だったよな。騎士団に入るとか以前にスタートがこれとか、完全に詰んでるじゃねーか…」
騎士団に入りたいと少し思った途端にこれである。ユナンは本当に呪われているのかもしれない。
しかしユナンは元々、自分が騎士団には入れないだろうと思っていたのだ。つまり最初に考えていた、騎士団では無い契約者としての生き方をユナンは選べばいいだけなのである。それでも、
「やっぱつれぇわ…」
もちろん王国騎士達に冷たい目で見られたことも辛かった。しかしユナンはそれよりも、ジークにあんなに冷たくされた事が1番心にきたのである。
胸がしめつけられ、瞼の奥が熱くなる。人に嫌われるということに、ユナンはあまり慣れていない。
「はぁ…はぁ…こんな所にいたの?ユナンはすぐどっかに行っちゃうんだから…」
そんな時、ユナンは後ろから声をかけられた。
甘く澄んだ声。その声には他者の心を震わせるような力がある。そんな声の持ち主を、ユナンは1人しか知らない。
ユナンは涙を悟られないように、目を擦ってからその銀髪の少女の方へと振り向いた。
「俺はかくれんぼが得意なのに、よくここが分かったな!」
「残念でした。ユナンぐらい簡単に探せちゃいます。わたしも一人かくれんぼが得意なんだから。」
「セーナの悲しい過去が…。しかもそれ、ほとんどかくれんぼじゃないからな!?」
ユナンはセーナの発言にツッコミを入れる。何気ない普通の会話。そのおかげでユナンは少し元気を取り戻すことが出来た。
彼女はそんなユナンの様子を見てから、本題を切り出す。
「ユナンは他の騎士団に行ってみる気はない?」
「なんで?みんなの目を見ただろ?俺は嫌われてるんだ。なら騎士団なんか入らずに別の道を探すさ。」
そんなユナンの発言に、セーナは首を横に振って否定した。彼女の水色の瞳で、真剣にこちらを見つめている。
「いやそういうのじゃなくて、ただ質問しに行くだけよ。そのイロナシっていうのが何なのか。はっきりさせておいた方が良いと思うの。」
「けど…」
「嫌われてるならその理由をちゃんと聞く!理由が分からないのに嫌われてるのって、おかしいでしょ?…」
そう言ったセーナの瞳には様々な激情が浮かんでいる。竜人である彼女は、人に嫌われる経験が多かったのかもしれない。
そんなセーナの訴えを無下にすることなど出来ない。それにイロナシについての知識は、これからのユナンの人生においても、必要になるであろう。
「…分かったよ。たしかに俺も、イロナシについて知りたいことは山ほどある。」
「――!じゃあどの色の騎士団に聞きに行く?」
「青は気まずいし、緑とかかなぁ。」
「どうして緑なの?」
「緑の騎士団に俺は一度助けてもらったことがあるんだ。」
ユナンは何故か誇らしげに、セーナに向かってそう言った。そうして二人は緑の騎士団本部を目指すこととなったのだ。
その道中、ユナン達は見たことのある顔に出会う。黄色い髪の少年はしょんぼりしながら、歩道を1人で歩いている。
ユナン達はその少年に駆け寄った。
「おーい!キリマルー!どうしたんだ?」
「騎士団の試験じゃなかったの?」
「ユナンとセーナちゃん。そのオレ…試験を受けさせて貰えなかったんだ。」
「やっぱりナンパ癖を見透かされたのか。」
「キリマルっておっちょこちょいだもんね。」
「え。もっと否定してくれてもよくない?あとオレが受けられなかったの、そんな理由じゃないからね。」
「――?じゃあなんなんだ?」
「前にジークが言ってたヤツだよ。ほら、大罪の十二宮によって、黄の王国騎士がたくさん殺られたって話。その戦いで、黄の団長が戦死。その後、副団長も騎士団を脱退しちゃったらしくて…今は新人を育てる余力も無いんだってさ。」
「っていう言い訳で断られちゃったわけだ。」
「キリマル、大丈夫よ。騎士団に入れなくたって、他の道はいくらでもあるわ。少しずつ、大人になっていきましょ?」
「どんだけオレ、二人に信頼されてないの!?審査受付開始は3ヶ月後だってさ!…オレそれまでどうしようかな。」
どうやら本当にキリマルは審査自体を受けられなかったらしい。しかしキリマルの問題は、時間が経てば解決するものである。ユナンのように、入隊が絶望的なわけではない。
「それでユナンとセーナちゃんは何してるの?」
「わたし達は緑の騎士団本部を目指してるの。」
「どうして?」
キリマルの問いかけに、セーナはチラッとユナンの方を見た。彼女は、ユナンがこの話をすべきだとでも言いたげである。
ユナンは重い口を開いて、自分の正体について話し始めた。ユナンの額から冷や汗が零れる。
「お、俺さ。どうやらイロナシって存在らしくて…」
「イロナシ?」
しかしユナンの心配は杞憂に終わり、キリマルはその言葉を聞いてもピンと来ていないようだった。つまりユナン達と同じく、キリマルはその言葉についてよく知らないのだ。
「なんていうか、騎士団に嫌われてる存在…みたいな?」
「ふーん。でもオレはユナンの事『相棒』だと思ってるよ。それに周りがどう思ってても関係ないじゃん。ユナンはユナンだろ?」
「――!」
ヤバい、まさかキリマルに泣かされる日が来るとは思わなかった。
自分は自分。たしかにそんな事は分かっているが、人から実際にそう言われると、案外勇気づけられるものである。
ユナンは瞼の奥の熱いものを必死に抑えて、キリマルに問いかける。
「も、もしかしたら俺が危険な存在なのかもしれないぞ?」
「そんなわけないじゃん。オレ、ユナンと1ヶ月も一緒に旅をしたんだよ?むしろ、ユナンに救われたことだってあったじゃんか。…あっ。でももしユナンが化け物になっても、オレを殺さないでね。」
あんなにカッコよかったのに、最後の言葉で全てが台無しである。けれど、そんな正直な彼の言葉には説得力があった。上辺だけを取り繕った百人の言葉よりも、正直な一人の言葉の方が、人は元気づけられるのだ。
そんなキリマルの言葉を聞いて、ユナンは自分が恥ずかしくなった。『仲間』を信用していなかったのは自分の方だったのである。
…ジークにも、もう一度会ってしっかり話をしないとな。
「ありがとな、キリマル。」
「別にオレは何もしてないって。」
そんな二人の様子を見て、セーナは嬉しそうに微笑んでいた。
そしてユナン達は本題へと戻る。
「それで今からそのイロナシってのを、騎士団に直接聞きに行くわけよ。」
「キリマルも一緒に来る?知っておいて損はないと思うの。」
「たしかにそうだな。オレも暇だし、二人について行くよ。」
そうしてユナン達は緑の騎士団本部へと向かった。
敷地は青の時と同じ広さだが、敷地内の様子は全くちがった。
2つの建物があるが、一つは大きな倉庫である。入口が空いていて、中に木材などの資材がたくさん置かれているのが分かった。
そしてもう1つの建物はレンガ造りの建物。壁は緑色に塗られている。おそらくここが受付であろう。
中は作業場のようになっていて、シャベルやツルハシなどが無造作に置かれている。…筋トレの器具もたくさんあった。
建物内に人はほとんどおらず、受付カウンターに茶色い髪の女性が1人だけいた。
「こちら緑の騎士団本部です。申し訳ございませんが、今、緑の騎士団は遠征中でありまして、仕事の依頼は受け付けておりません。」
「あーすみません。仕事の依頼とかじゃなくて、ただ副団長のドーゼルさんと会いたかっただけなんです。その…彼は元気にしていますか?」
ユナンが最後に気を失った時には、まだドーゼルは生きていた。おそらく緑の治癒魔法が働いていたのだろう。
あのたくましい背中を思い出す。ユナンは彼が死んでしまったとはとても思えないのだ。
しかしユナンの言葉を聞いて、その女性は眉を顰めて悲しそうな顔をした。
「副団長のお知り合いでしたか。その…副団長は今昏睡状態でして、青の騎士団本部で入院なさっています。」
「――!けど生きてるのか!」
「はい…副団長は生きてはいます。」
ドーゼルが生きていたことにユナンは安堵する。
ユナンは彼には話したいことがたくさんあるのだ。そして謝らなければならない。ユナンがあの時、黒い怪物から逃げることが出来ていれば、ドーゼルは自由に戦えていたのだ。そうしたら、彼はあまり怪我をせずに済んだのかもしれない。
「…また来ます。ありがとうございました。」
ユナンは頭を下げてそう言った後、セーナ達と一緒に本部を出ていった。
「それにしてもユナンって、結構騎士団の人と関わりがあるのね。びっくりしちゃった。」
「緑の騎士団は特にな。ヘンリー団長には迷子を助けてもらっただけ。それ以外はあんまり知らないぞ。」
本当は白の騎士団もユナンは何人か知っているのだが、彼らに出会ったのはこの世界線ではない。それでも次に行く騎士団の色は決まっている。
「緑の騎士団は遠征中だったかぁ。それでユナン、次はどこに行くつもりなんだ?」
「次は白だ。」
ユナンは自信満々にそう言った。
そしてユナン達は白の王国騎士本部へとたどり着いた。
敷地の広さはもちろん他の騎士団と同じである。敷地内には練兵場があり、どっちかというと青の騎士団の敷地の様子と似ていた。
本部は白色に塗られたレンガの建物。本部の建物は、色は違えど建物の形はどの騎士団も同じであるようだ。
本部内は白いソファやテーブルなどが配置されており、快適に過ごせる空間となっていた。おそらくここで仕事の依頼を受けるのだろう。
受付カウンターには金髪の女性が1人いた。
「ここは白の王国騎士団本部です。仕事の依頼でしょうか?」
「いや、聞きたいことがあって。白の王国騎士に会うことはできませんかね。」
「いきなりはちょっと…」
「いや、いい。ちょうど探す手間が省けた。」
そう言ってユナン達の元へ誰かが歩いてきた。その声は低く、冷酷な声であった。
歩いてきたのは白のマントを羽織った、少し背の低い黒髪の男性。ユナンよりも目付きが悪く、その目で見つめられるだけで威圧感を感じてしまう。それなのに男はその目をいっそう細めて、ユナンを睨みつけている。
「え、えっと俺の名前はユナン。それで探す手間が省けたとは?」
「俺は白の王国騎士団長ルシスだ。そしてイロナシ、俺はお前を捜していたんだ。...まあ一応、確認はする。こっちへ来い。」
そう言ってルシスはユナン達を団長室へと案内する。
ユナンはそんな中、1人の女の子の顔を思い出していた。それは白の副団長シノである。彼女は口を開けば、白の団長の事ばかりを言っていた。それくらい、彼の事が好きなのである。ユナンはそんなシノの様子を見ていて、白の団長はとても魅力的な人なのだと思ったのだ。
――しかし今ユナンの目の前にいる男は、そんな『魅力』とはかけ離れた存在であった。
無愛想な面に威圧的な鋭い目。そして、そんな見た目に合った冷たい性格。たしかにそこそこイケメンではあるが、こんな男のどこが良いのかユナンにはよく分からない。乙女心というのは不思議なものである。
ユナン達が団長室に入ると、そこにはシノの姿があった。少し大人びた雰囲気を漂わせる白髪の少女である。
「この人たちが…」
シノは厳しい目でユナン達を睨みつけている。ユナンはシノを知っているが、彼女にはユナンと出会った記憶が無いのだ。警戒するのも仕方がないであろう。
「とりあえずそこの仲間2人。これに触れ。」
そう言ってルシスが持ってきたのは透明な水晶玉。青の騎士団にあったものと同じく、金の台座の上に置かれている。
「ほいほい。...うわっ、すげぇ。」
まずはキリマルが水晶玉へと触れる。すると、水晶玉が黄色の光を放つ。黄色の光も綺麗だとユナンは感じた。
「わたしが触ったらどうなるのかな?」
そして次にセーナが水晶玉におそるおそる触れる。しかし水晶玉は光らなかった。やはりこの水晶玉は契約者以外には反応しないようである。
「やっぱり。なんかちょっと残念。」
「最後はお前だ。」
ルシスにそう言われ、ユナンは深く頷いた。そして水晶玉へとゆっくりと手を伸ばす。
心臓の鼓動がうるさい。ユナンの額から汗が流れる。分かっていても、やはり緊張するものである。それにもしかしたら、今度は光るかもしれない。
しかしユナンの期待は外れ、やはり水晶玉は黒く濁る。
――その瞬間、辺りに恐ろしい旋風が巻き起こった。
「えっ?」
それと同時に部屋の中を青白い稲妻が走る。刃と刃が交錯し、鋼同士の衝突に火花が飛び散った。
刃を交えているのはキリマルとシノだ。シノがユナンへと斬りかかり、それを庇う形でキリマルがその攻撃を受けたのである。
それにユナンは遅れて気づく。あまりの速さに目が追いついていなかったのだ。
「オレの仲間に何するんだよ!」
「イロナシは殺す。団長の手は煩わせない。」
「いや、俺が動くしかないな。その黄色い髪のガキ、シノの攻撃を受けるなんてやりやがる。」
「うわっ!」
「きゃっ!」
次の瞬間、突風が吹き、セーナとキリマルは勢いよく部屋から追い出された。ルシスの魔法であろうか。
そしてユナンだけが団長室に残ってしまった。
「悪いがここでお前には死んでもらう。」
「待っ…」
ルシスが両側の腰にある二本の剣を鞘から抜いた。そして彼は身体を回転させながら、ユナンへと斬りかかったのである。回転しただけなのに、彼の身体からは白い円の形をした風の刃が発生した。
その刃に、ユナンは何故か引き込まれてしまう。逃げようとしても、自分からその刃へと向かってしまうのだ。
――風の刃によってユナンの首から鮮血が噴き出す。
そして「死」のループがまた始まった。