漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
何も無い暗闇の中を、ユナンは呆然としたまま歩いていた。頭を吹き飛ばされたはずの彼の身体は、既に元に戻っており、普通に歩くことが出来ていた。
――だがいくら時を戻そうとも、心の傷までは治らない。
いっそ出来るなら、全部忘れてしまいたい。そんな記憶がユナンの脳に刻みつけられたのである。
「なんで俺は生きてるんだろう。」
ユナンは知らず知らずの内にそう呟いていた。
また戻っても、同じくシノやルシスに殺されるだけである。さらにユナンのせいで、セーナまで危険に晒されてしまうのだ。そんな自分に生きる資格なんてない…
――紫色の扉が蜃気楼のように揺らぐ。
しかしユナンはその扉のドアノブをなんとか掴んだ。
そして扉から溢れ出た光によって世界が構成される。
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「ユナンは他の騎士団に行ってみる気はない?」
この場面はユナンが青の騎士団本部から逃げ出し、その後セーナと合流して少し経ったところであった。
セーナに声をかけられ、ユナンはやっと意識をしっかりと取り戻した。
ユナンは自分の顔をぺたぺたと触った。
「俺、ちゃんと頭ついてるか?」
「――?当たり前じゃない。急にそんなこと言い出すなんて大丈夫?どこか具合でも…」
完全に頭のおかしいユナンの発言に、セーナは眉を顰めて心配そうな表情を浮かべている。
事実、ユナンの体調はあまり優れない。今も胃の奥から食べたものが込み上げてきていた。しかしセーナの前でそんな醜態を晒すわけにもいかず、ユナンはなんとか持ち堪えているのである。
セーナにあまり心配をかけないように、ユナンは話の話題を変えた。
「まあちょっと悪いな。なんせ俺は白の王国騎士団に命を狙われてっからな。」
「――!それって…」
「そうそう、俺がイロナシだからだ。もちろん俺は死ぬつもりなんてない。でも王都を抜け出すのも難しそうなんだよな…」
「どうして?」
「白の王国騎士団が城門を見張ってるからだよ。それでさ…ってなんだ?」
セーナがジト目でこちらを見つめている。それはユナンに何か言いたいことがある証拠である。ユナンは彼女に言葉を促した。
「ユナンはなんでそんな事知ってるのかなって。」
たしかにその疑問はもっともだ。セーナからしてみれば、ユナンがどこでその情報を仕入れてきたのか、不思議でたまらないはずである。
ユナンはとりあえず、彼女に正直に伝えてみることにした。
「…俺がタイムスリップしてきたって言ったら、セーナは信じるか?」
「――!うん、信じる。」
ユナンの言葉を聞いて、セーナが目を見開いて驚きの表情を浮かべる。しかし彼女はすぐ真剣な顔になり、頷いてユナンにそう返したのだ。そこまで即決で認められると、逆にこっちが動揺してしまう。
「いやよくそんな話を簡単に信じたな。逆に心配…ってまあいいか。とりあえずそう思っててくれ。それで俺は、ガチの隠れんぼをやろうと思う。」
「隠れんぼ?」
「そのまんまの意味だ。出られないんなら警戒が解けるまで隠れるしかないだろ。まあその間に、他の脱出方法についても考えてみるけど。」
「隠れんぼ、楽しそうね!」
「俺は別に楽しくはないけどな…」
ある意味、見つかったら終わりの「死」の隠れんぼである。それを楽しめという方が異常なのだ。まあセーナと一緒に居られるなら、そんなに悪くない隠れんぼではあるが…
しかしユナンには1つだけ思い残したことがあった。多分あの白の王国騎士団の様子を見るに、当分ユナンは王都には帰ってこられないであろう。
だからこそユナンには王都を出る前に、必ず会いたい人物がいたのだ。
「その隠れんぼをする前に、ちょっと会いたい人物がいるんだ。多分青の騎士団本部にいると思うんだが…」
「それ大丈夫なの?ユナンは命を狙われてるんでしょ?」
「なら変装するしかないな!」
ユナンは王都で買っていた黒いローブに身を包む。そして目には怪しいサングラスをかけた。
ユナンは王都には荒くれ者がたくさんいると聞いていたのだ。そんな集団に目をつけられた時の為に、ユナンは保険として買っていたのである。
「わあ、似合ってるわね。ユナンの怪しさがさらに引き立ってると思う!」
「それ褒めてなくない?まあ買って早々、役に立って良かったぜ。」
ユナンの誇らしげな様子に、セーナが拍手をしてその格好を褒めた。しかし変装するどころか、逆に怪しくなって悪化している事にユナン達は気づかない。
「それじゃあお見舞いに行きますか!」
そしてユナン達は青の騎士団本部にたどり着く。受付カウンターには前と同じく、水色の短髪の女性が担当していた。たしか名前はカレンだった気がする。
カレンはユナン達を見た途端、面倒くさそうな表情をこちらに向けた。
「イロナシさんとその可愛いお仲間さんじゃないですか。一体何の用ですか。」
「なっ!?バレた!変装は完璧なはずじゃ…」
「隣の女の子は、前と同じ格好をしてるじゃないですか。それにイロナシさんが1人で来たとしても、そんな怪しい格好では中に入れさせませんよ。」
「そ、その俺を通報したりは…」
「別にそんな事はしませんよ。まあその格好のせいで思わず通報しそうになりましたが…。とりあえず、今日はもう帰って下さい。」
「待ってくれ。ドーゼルさんがここにいるって聞いたんだ。助けてもらったお礼が言いたくて…頼む、彼に会わせて欲しい。」
「緑の副団長と知り合いなんですか?…でもそんな怪しい格好の人を、ましてやイロナシなんて通せないですよ。」
「おや、君たちは…」
ユナンの訴えにカレンが困っていると、そこに紫髪の美丈夫がやってきた。青の騎士団長ヘンリーである。
彼はユナン達がまた戻ってきたことに驚いている様子であった。カレンがヘンリーに今の状況を説明する。
「それがですね、イロナシがまた戻ってきて、ドーゼル副団長に会いたいと言ってきまして。」
「ユナン、ドーゼルとはどこで。」
「俺の村が化け物に襲われた時に助けてもらったんだ。そのお礼をどうしても言いたくて…」
「…分かった。ついてきたまえ。」
「――!ありがとうヘンリー。」
状況を把握したヘンリーは、ユナン達をドーゼルがいる病室へと案内してくれた。
そんなヘンリーの優しい対応にユナンは疑問を抱く。
「…白の王国騎士団は俺を殺そうとしてるんだ。なのになんでヘンリーは、こんな俺に優しくしてくれるんだ?そしてイロナシってのは…」
「すまないがイロナシについて、私の口から詳しくは言えない。だがこれだけは言える。それは、みんながみんな、イロナシを嫌っているわけではないということだ。…ルシスは逆に珍しいタイプなんだよ。」
「そうなのか。」
そんなヘンリーの答えを聞いて、ユナンは安堵する。どうやら王国騎士全員がユナンの敵というわけでは無いらしい。
しかしヘンリーはその後に整った眉を少し細めた。
「だがイロナシが忌み嫌われる存在であるというのは変わらない。私の部下達にもイロナシを快く思わない者が何人かいるのは事実だ。すまないがこれを最後に、もう青の騎士団本部に来るのはやめて欲しい。」
それを聞いたユナンは目を見開いて、苦しそうな表情をしながら胸を押さえる。
「そう…ですか。すみません。」
「こちらこそすまない、これも部下達の為なんだ。…着いたね。ここがドーゼルの病室だ。彼の様子は実際に自分の目で見て確かめて欲しい。それでは。」
辛そうな表情を浮かべた後、ヘンリーはそう言って団長室へと向かっていった。その彼の後ろ姿にユナン達は頭を下げる。
もちろんユナンだって、青の騎士団本部になど、もう二度と来たくは無かった。しかしそれでも、ユナンがドーゼルに会いに来たのには理由がある。
それは彼がユナンの悩みを全て解決してくれる存在であったからである。
村はどうなったのか、イロナシとはなんなのか。彼ならば全て答えてくれるとユナンは思ったのだ。
ユナンは病室の扉を開ける。病室内のベッドにはもちろんドーゼルが寝かされていた。
「嘘…だろ?」
ドーゼルの状態を見て、ユナンは喉を締め付けるような声を上げた。セーナも口を押さえて、その目の前の光景に何も言えないでいる。
――ドーゼルの身体はボロボロであったのだ。
彼のたくましい右足と左腕は無くなっていた。全身が包帯で巻かれており、それは血で赤黒く汚れている。特に胸の辺りの傷は酷く、今もなお血が乾いていないようであった。さらに彼の左目の部分にも包帯が巻かれており、それは血で黒く滲んでいた。
そんな傷を負ってなお、彼はまだ命をこの世に留めている。それは彼の強靭な生命力と緑の治癒魔法、そして青の騎士団の治療を一身に受けて、やっと繋ぎ止められる儚い命であった。
もちろんユナンも嫌な予感はしていた。さすがのドーゼルでも、1人であの怪物に立ち向かうのには無理がある。それこそ彼は死んでいても何もおかしくは無かったのだ。
そんな彼が生きていた事を聞いて、ユナンは素直に喜んだのである。しかし目の前の彼の様子を見て思った。
「こんなの…死ぬより酷いじゃねーか。」
片足、片腕を奪われ、さらには左目まで無くしてしまったのだ。彼は意識を取り戻したとしても、もうまともに歩くことすら出来ないであろう。
「アンタは村にいた…」
ユナンは後ろから声がかけられた。振り返ると病室の入口に、金髪の女性が立っていた。その女性はユナンを見て、持ってきた花を床に落とした。
それは緑の王国騎士ナタリーであった。彼女は遠征には行かず、ずっとドーゼルの看病をしていたのであろう。その大きな青色の瞳には、様々な激情が浮かんでいた。
「よう、ナタ…」
「なんでアンタはそんなにピンピンしてるんっすか。」
それは静かな怒りのこもった声であった。それからナタリーはその抑え込んでいた怒りを爆発させた。
「だっておかしいじゃないっすか!副団長はこんな傷を負ったのに、アンタが無傷だなんて…。ならアンタは、あの魔人の仲間だとしか考えられないっす!」
「ま、待ってくれ。俺は契約者になったんだ。胸を貫かれた時に女神に転移させられて…」
魔人、あの黒い怪物はそう呼ばれてるのか?俺がそいつの仲間だなんて、誤解もいいところである。
しかしそんなユナンの訴えも、怒りに燃えているナタリーには届かない。
「そんな話を信じろって言うんすか!」
「…ほんとにナタリーはぎゃあぎゃあうるさいぞ。ちっとは人の話を聞け。」
「副団長!目を覚ましたんっすね!?」
そんな時ドーゼルが奇跡的に目を覚ました。それから彼はその右目でユナンの方を見た。
「ユナンの言ってることは本当だ。わしがこの目で見たからな。ユナンは胸を貫かれた後、転移した。あれは女神の所に行っていたのか…」
どうやらドーゼルは少し前から目を覚ましていたらしい。
「でもドーゼルさんがいなかったら俺は今頃死んでいた。だからそのお礼が言いたくて…」
そんなユナンの言葉を聞いてドーゼルが鼻で笑った。
「わしは騎士として当然の事をしただけだ。それよりもユナン、少し見ない間にちょっとだけ成長したな。」
「俺、そのまま契約者になったんだよ。でもまだ俺は弱いまんまで…」
そんなユナンの言葉に、ドーゼルは否定するように首を横に振った。
「わしはユナンの心の事を言ったんだ。もっともまだまだ未熟だがな。」
包帯越しでよく分からないが、ドーゼルは少し笑っていたような気がする。
それからユナンは、ドーゼルにずっと聞きたかった事を口にした。
「それで…村はどうなったんだ?他のみんなは?」
それについてナタリーがドーゼルの代わりに答える。彼にあまり無理をして欲しくないからであろう。
「村人はフィーナちゃん以外、全員行方不明のままっす。あの魔人にも…逃げられたっす。」
「そんな…みんな…」
そのナタリーの答えにユナンの頭が真っ白になる。そしてその場に力なく座り込んだ。
それだけは考えたく無かったからである。母さん、父さん、村のみんな、そしてドータまでもが、あの魔人とかいうやつの餌食になってしまったのか。
――つまりユナンは帰る場所すら失ったのである。
正直もう、ユナンには立つ気力すら残っていないかった。それでも最後の質問だけはしなければならない。…それはこれからのために。
「最後にいいか。イロナシってのと、その魔人ってのを教えて欲しい。」
「それは…」
「待てナタリー。」
ナタリーが説明しようとした時、ドーゼルがそれに割って入った。どうやらその事についてはドーゼルが説明したいらしい。
「魔人はお前が見たまんまの存在だ。人類の敵と思っておけばいい。そしてイロナシは魔法が使えない契約者の蔑称だ。」
魔法が使えない契約者。それだけであんなに嫌われているのは、少しおかしくないか?つまりドーゼルは何かを隠している。
「待ってくれ、俺はそのイロナシなんだ。本当の事を話して欲しい!」
「イロナシについて聞いてきたのは、やはりそういう事だったのか。…嘘なんかじゃない。さっき言った通りだ。そしてもう出ていけ、ユナン。」
最後にドーゼルは冷たくそう言い放った。急に変わった彼の態度にユナンは狼狽する。
彼が急に冷たくなったのはユナンがイロナシだと知ったからか。それとも他の何かが…
「…イロナシ?やっぱり、アンタがみんなを不幸にしてるんっすよ!」
そんなナタリーの言葉を聞いて、ユナンの身体が凍ったように固まった。なぜならユナン自身もそう思っていたからである。それをとうとう、他の人からも言われてしまった。
――俺はみんなを不幸にする存在なんだ。
「出て…いきます。」
ユナンは無気力のまま、病室から出ていった。
ユナンの頭の中を、さっきのナタリーの怒声がリピートし続けている。
そしてそれは次第に自分の声へと置き換わっていった。
――お前はこの世にいてはいけない存在だ。
そんな自分の怨嗟の声が少年の頭の中をこだまする。