漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
「はぁ…はぁ…走って…帰ると…案外…疲れるよね」
息を切らしながらフィーナがそんな愚痴をこぼす。
空は星がかすかに見えるほど暗くなり、地平線の端にだけ、夕日の光が残っていた。
「やはり急いで帰っても、日は沈んでしまったようだね。
でも僕たちの心配は杞憂に過ぎなかったようだ。」
アベルが周りを見渡しながらそう言った。村の家の小窓からは、ランタンの明かりが漏れており、いつも通りの村の風景があった。
「なーんだ。無駄に体力使っちまっただけかよ。おれさまは腹が減ったから、もう家に帰るぜ。また明日な」
そう言ってドータは、気だるそうに歩いていった。
「僕たちも家に帰ろうか。僕とフィーナはこっちの道だから、ユナンとはここでお別れだね。今日は父親が家に帰ってるんだってね。久しぶりの家族3人での食事、楽しんでおいで。それじゃあまた明日。」
「あしたユナンのお父さんに会わせてね~ばいばーい」
「おう。今日は楽しかったぜ。また明日な。」
ユナンは手を振りながらそう言って、アベル達と別れた。
父親かぁ。会って何を話したらいいんだろう。どんな人だろう。母さんと気が合うってことは変人なんだろうな。
父について考えるにつれ、胸の中の期待と不安がどんどん膨らんでくる。実質、父親との初対面だ。そりゃあ誰だって同じような状況になれば、緊張ぐらいするだろう。
父親のことで頭がいっぱいだった俺だが、道中、ある違和感を感じた。
―――マイセン爺さんが家の中にいる?!
マイセン爺さんとは、村の中でも母に次ぐ、有名な変人だ。上半身は裸で、下半身は皮の腰巻のみというヤバい格好をして、いつも家の前で座禅組んで瞑想している。
そして、俺はこれまで1度もマイセン爺さんが家の中にいる姿を見たことが無かった。
だからこそマイセン爺さんの家に明かりが点いている今回の事態に、驚きを隠せなかったのだ。
まあ明日にでも爺さんに直接聞いてみるか。
それよりも今は目の前の事に集中しないと。気がつけば、家はすぐ目の前であった。
ユナンは今、家のドアの前に立っている。毎日見ているドアなのに、今日は何故だかいつもより大きく思えた。
…うるさくなるって言ってた割には案外静かだな。
まあ契約者である2人だ。俺の気配なんて簡単に分かってしまう。何かサプライズドッキリでも仕掛けて、息を潜めているといった感じだろう。
溜まった唾液を飲み込み、緊張を感じとられないように、声を張り上げながら家のドアを開ける。
「ただいまー!!」
しかし、返事は返ってこない。中には誰もいなかったからだ。けれども、大きなテーブルには、母が作ったであろう大量の美味しそうな料理が、手付かずの状態で綺麗に並べられており、椅子も3脚用意されていた。
…料理多すぎじゃね?
「母さんー?と、父さーん?」
2人を呼びかけてみたが一向に返事は返ってこない。
流石にサプライズが長すぎる気がする。
いやここまで隠れておくメリットなんか無い。
そう思った瞬間、ユナンの中から言いようのない不安がたちまち込み上げてきた。
まず、いくら夜だからとはいえ、家へ帰る途中、誰にも会わないなんてことがありえるのか。
頭が父親のことでいっぱいだったとはいえ、そんな事にも俺は気が付かなかったのか。
――!フィーナ達が心配だ。
何か危険な事態が起こっていたとしても、父と母は契約者だ。自分でどうにかするだろう。それよりも心配なのはフィーナとアベルだ。ドータはまあ、大丈夫だろう。
フィーナ達の所へ行く前に、一応、何か身を守るものを持っていこう。室内を見渡すと……母がいつも使っている武器を見つけた。「カタナ」と呼ばれていて、母の故郷である極東の地方で使われている武器だ。
カタナを鞘から抜いてみる。片方にだけある刃は、しっかりと研ぎ澄まさており、波のような模様がうっすらと見える。刃の長さは俺の身長の半分くらいだろうか。鍔は黒く、左下の隅に赤色の葉の模様が刻まれている。
7枚の葉が扇のように広がるようにして、1つの葉となっており、ここら辺では見ることの無い葉だ。母いわく、時期によって色が変わるらしい。
柄には、黒と白の刺繍で細長い龍のような模様が施されている。
母は他の武器を持っていったのだろう。大体、素手で大抵の魔獣をなぶり殺しにする人だ。何を持っていても大して変わらない。
ユナンはカタナを腰に差して、家を飛び出た。
やはり人はいない。魔獣の襲撃を受けてみんな町へ避難したのか?
「もうすぐフィーナの家に着くか。」
―――その時だった。
「いやぁぁあぁぁぁあぁぁあぁぁ!!」
喉を引き裂かんとするほどの悲鳴がユナンの耳に響いた。
…悲鳴の声はフィーナのものだった。
村の道の真ん中で、フィーナが力なく、へなへなと座り込んでいる。
奇妙な音が目の前から聞こえてくる。薄暗くてよく見えないので、近づいていくと――
何かをしている黒い人影の様なものと、
何度も刺され、目を大きく見開きながら息絶えているアベルの姿がそこにはあった。
しかし黒い人影のようなものは、その刺す手を止めようとしない。何度も、何度も、繰り返しアベルの身体に剣を突き刺す。
肉の潰れる音と、刺されたことによって血が外に大量に漏れ出す音がユナンの耳に入ってきた。
ついさっきまであんなに元気だった友の姿は、どこにも無く、ただ抜け殻となった肉の塊だけがそこには残っていた。
ユナンはそんな受け入れられない現実を前に、頭が真っ白となった。
しかし、胸の奥から燃えさかる程の怒りが湧き上がり、脳より先に、身体が勝手に動いた。
「ぁあぁぁぁぁあぁあああああ!!」
悲鳴と怒声が混じった雄叫びをあげながら、ユナンは鞘からカタナを引き抜き、黒い人影に向かって斬りかかる。
ゴンッ
しかし、鈍い金属音が鳴り、俺は後ろに仰け反った。
…弾かれたのだ。
「ヴェァァァァァァァ」
黒い人影が恐ろしい唸り声を上げながら、ゆっくりとこちらを向く。黒いモヤモヤに覆われていて気がつかなかったが、よく見ると、てっかめんを被り、全身を金属の鎧で覆った格好をしている。本で見た、300年ほど前の騎士の格好によく似ている。そして手には、血がびっしりとこびり付いた両刃の剣を持っている。刃から鈍い光を放っており、命を容易く奪いとってしまう事が本能で感じられた。
ユナンはカタナをしっかりと両手で構え、目の前の敵と対峙する。
これまでの犬のような奴とは比べものにならない。1度判断を誤れば、命は無いだろう。だがこちらも持っているものは、木の棒では無い。
――勝負は一瞬だ。
「キィィィィィ!」
奇怪な音を発しながら相手が右手で剣を振り上げ、斜めに斬りかかってくる。……遅い。母の太刀筋に比べたらこんなのを捌くくらい、朝飯前である。ユナンは左前に体重を落として身体を捌く。攻撃を外した相手が少しだけ前のめりになり、体幹が崩れる。その隙を逃すはずが無い。すかさず体重を前に乗せ、そのまま勢いに乗り、
「はぁぁあああ!!」
ユナンは渾身の突きを、相手のてっかめんと鎧の間の喉の部分に目掛けて放った。全身鎧の相手には、突きが有効なのだ。母から色々学んでいた成果が生きた。
「ギィシャャャァァァ!」
人影は悲鳴のような叫び声を上げながら、黒い霧となって消えていった。
…魔獣の消え方と同じだ。
だが人型の魔獣なんて、これまで見たことがない。
振り返り、フィーナの安否を確認する。
「アベル……アベル…」
鼻をすすりながら、今は亡き友の名前を呼び続けていた。彼女を見ると改めて、彼がもう一生戻って来ないことを理解してしまって、瞼の奥から熱いものが込み上げてくる。
――だが、まだ泣いてはいられない。
フィーナとドータを連れてこの村を出なければ――
そう考えた時だった。
「ヴェェアァァァァァァ!」
さっきの敵と、同じ姿をした人型魔獣が5体、俺たちの周りから姿を現した。
…ヤバい。
2体同時でも勝てるビジョンが浮かばないのに、それが5体も。絶望的な状況だ。
「フィーナ!立てるか?ここは俺に任せて逃げろ!」
「ユナンまで…アベルと同じこと言わないで!私はもう目の前で、友達が死んでいくのを見るのは嫌なの!」
「そんな事言ってる場合じゃ――」
「キィィィィ!」
同じような唸り声を上げ、人型魔獣が一斉に斬りかかってくる。もう逃げられない。俺はフィーナを傷つけまいと、とっさに庇った。
…俺の人生、ここで終わるのか。母さん、すまない。
「―――ドーム!!」
たくましい男の声が響いたと同時に、ユナンたちの周りを灰色の岩の壁が取り囲む。ドッドッと低い音が聞こえてくる。恐らく魔獣の剣とこの岩がぶつかった音だろう。
「ジバンバ!」
また新たな言葉が発せられ、地響きのような音が鳴り響いた。
「ギィシャァァァ!」
「おらぁぁぁ!」
「ギィシャァァァ!」
男の掛け声と魔獣の叫び声が交互に聞こえてくる。
何が起こっているのか分からないが、おそらく男が勝っているのだろう。
そしてユナンたちの周りを覆っていた岩壁が崩れる。
辺りには荒々しい岩石が散乱していた。そして巨大な斧を肩に担いで、凛々しく仁王立ちしている中年のおっさんの姿があった。
「もう大丈夫だ。坊主たち。」
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