漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
ドーゼルとの再会を果たしたユナン。しかしそこでナタリーから言われた言葉に、ユナンは何も言い返せず、そのまま病室を後にした。
――アンタがみんなを不幸にしてるんっすよ!
帰る故郷すら無くなり、ナタリーからそんなことまで言われたユナンは絶望のどん底に突き落とされた。…と普通はそうなるはずだが、
「まあ生きてこそなんぼだ。とりあえず大事なのは今日の命。そして明日のこと!」
何故かユナンはそんなことが全く無かったかのように、元気いっぱいであった。そんな彼の様子を見て、セーナは心配そうな表情を浮かべた。
「その…本当になんともないの?ユナンの故郷には大切な人がたくさんいたはずでしょ?少し休んでからでも…」
「こんなところで休んだら白の王国騎士の奴らに首チョンパされちまうよ。ほら急がなきゃ。良い隠れ場所があるんだ。」
たしかにユナンの言っていることは正しい。
彼が自分の命を守る為には、白の騎士に見つからないように、なるべく早足で身を隠す場所に向かった方が良いのは当たり前である。
しかしセーナは、そんな元気そうに駆け出すユナンの後ろ姿が、やけに寂しそうに見えたのだ。
セーナは少しの違和感を感じながらも、そんな彼について行った。
そしてユナン達は幸運にも、白の騎士の誰にも見つからずに、目的地へと辿り着いた。
「こんな所があっただなんて…。ちょっと汚いけど、掃除すれば全然使えるわね。」
「だろ。俺なら1ヶ月は住めちゃうね。」
「ふふん。わたしは2ヶ月住めるわ。」
「なんでそんなどうでもいい所で張り合うんだよ…」
そのボロ屋敷は、ユナンが前の世界線で身を潜める為に使った場所である。20畳ほどの広さがあり、朽ちた木の板などが辺りに散乱していた。おそらく、倉庫として使われていたのであろう。
広さも十分にあり、雨風も凌げる。隠れ場所としてはうってつけであった。
ユナン達は床に散らばっている木の板をどかし、2人が座れるくらいの最低限の場所を作った。
壁に寄りかかり、2人は並んで体育座りをする。肩が触れ合うほど近い距離。ユナンの心臓は破裂しそうなほどドキドキしていた。
というかこのままでは本当に俺の身がもたない。
「な、なんか近くね?」
「そう?でも暖かい方がいいじゃない。」
耳まで真っ赤にしているユナンに向かって、セーナは笑顔でそう返した。そんな彼女の眩しい笑顔を見て、ユナンは思った。
――セーナとなら新しい居場所を探せるだろうか…
王都に居場所は無く、そして唯一の希望であった故郷まで奪われてしまったのだ。もちろんセーナの言う通り、ユナンは大丈夫では無かった。
――お前はみんなを不幸にする存在だ。
今もユナンの頭の中では、自分を責めるような声が、ずっとこだましている。そのせいで彼の精神はすり減り、身体にまでその影響を及ぼしてしまっていたのだ。
胃が逆流し、吐き気を催したが、それを決して表には出さない。
そして彼は作り出した笑顔を彼女へと向ける。なぜなら、
――セーナに嫌われたくないから。
もはや今の彼にとっては、セーナと旅をすることだけが唯一の『希望』なのである。
だからこそ自分の情けない姿なんて、彼女に見せるわけにはいかない。過去なんか振り返らずに、前だけを見ている強い自分の姿を、彼女には見せたかったのだ。
そしてユナンは真剣な表情でセーナを見つめる。
そんなユナンの様子に彼女は背筋を正した。そしてその綺麗な水色の瞳をこちらへと向ける。
「俺はこれから王都を出て、世界を旅するつもりだ。それでその…セーナも一緒に来て欲しいんだ!」
ユナンの必死の勧誘。しかしすぐに返事は返って来なかった。ユナンの額から汗が流れる。
「アンナやキリマル、ジークとはどうするの?」
「へ?」
しかしセーナの口から発せられたのは、ユナンの問いに対する答えではなく、質問であった。
たしかにキリマル達は、今まで一緒に旅をしてきた大切な仲間だ。セーナからそんな質問が飛んでくるのも仕方がない。そして、それに対するユナンの答えは既に決まっていた。
「みんなは王国騎士団に入るんだ。イロナシである俺と関わるのは難しいって。…だからここでお別れになる。」
そんなユナンの答えを聞いて、セーナは黙った。また2人の間に長い沈黙が訪れる。
そして彼女は真剣な眼差しでユナンを見つめて、口を開いた。
「みんなと会えなくなるのは嫌。だからその提案には乗れないわ。」
――ユナンはとうとう1人になってしまったのだ。
もちろんユナンは分かっていた。セーナはみんなに優しいのである。その優しさをユナンが独り占めすることなんて出来ない。分かっていてもユナンにはその道を選ぶしか無かったのだ。
イロナシである自分の居場所はどこにも無い。セーナにさえ見捨てられた今、ユナンに残された道はただ1つ。
――本当にこの世から消え去るという選択である。
「ははっ。だよなぁ。じゃあ俺はもう行くわ。今までありがとうな、セーナ。」
そう言ったユナンは笑顔であったが、その寂しそうな表情までは隠せてはいない。そしてユナンはその場から勢いよく走り去ろうとする。
「待って!」
セーナはそんなユナンに手を伸ばし、引き止めようとするが、こんな時のユナンの逃げるスピードはとてつもなく速い。
いつもユナンは、セーナの手が届く前に走り去ってしまうのだ。
――しかし今回はセーナの手が彼の肩に触れた。
「待って。」
セーナがユナンの肩を掴んで、彼を引きとどめた。彼は振り返って、自嘲の笑みを浮かべながらセーナの方を見る。
「みんなと会えなくなるのは嫌だって言ったのはセーナだろ?じゃあイロナシの俺なんかと…」
――次の瞬間、ユナンは柔らかい感触に包まれる。
セーナがユナンを優しく抱きしめたのである。甘い香り、暖かい人のぬくもりに、ユナンは何もする事が出来ず、その場でたじろいでいた。
「みんなと会えなくなるのは嫌。1番そう思っているのはユナンでしょ?わたしには何でもお見通しなんだから。」
「――!」
そしてユナンは気づく。セーナに隠し事なんて出来ないのだ。なぜなら、自分ですら気づいていなかった『自分』の事を彼女は見抜いていたからである。
つまり彼女の目には、必死に元気そうな演技をする滑稽なユナンの姿が常に映っていたのである。
そしてユナンは親の前で嘘がバレた幼子のような弱々しい表情を彼女へと向けた。
「はは…俺はみんなの事なんて…」
そんなユナンの言葉は、全てを見透かしたセーナにとっては、ただの虚言にしか聞こえない。
セーナは、柔らかな眼差しでユナンを見つめている。そしてまたユナンを優しく抱きしめて、耳元でこう囁いた。
「ユナンの辛い気持ち、わたしには分かるから。だから――半分こ、しよ?」
その瞬間、ユナンの中の何かが解き放たれたような気がした。それはずっと抑え込んでいた感情、そして記憶である。つまり、みんなとの思い出だ。
ユナンはそれをずっと奥にしまい込んでいたのだ。なぜなら、他に道が無かったユナンは、こうすることでしか前に進めなかったからである。
感情と共に、ユナンの目から涙が零れる。それは止めたくても止められない。堰を切ったように少年の全てが外に溢れ出した。
ユナンはそんな抑えきれなくなった感情を、目の前にいる銀髪の少女へとぶつける。そして彼女は優しくそれを受け止めた。
「辛かった?」
「ああ。あの冷たい視線が、声が、もう一度俺に向けられたらって思うと、胸が締め付けられて…」
「大変だったね。」
「俺はみんなの事が好きで、でもどこにも俺の居場所は無くって…。それでも足掻いて、足掻いて、もう疲れたんだよ。」
「…疲れたのは頑張った証拠よ。」
そんな会話がずっと続いた。
ユナンは人に本心を伝えるのがあまり得意ではない。だがそんな彼でも、何もかも優しく受け止めてくれる少女の前では、全てをさらけ出してしまうものなのである。
柔らかい少女の身体に包まれながら、ユナンは赤子のようにただただ泣き続けた。
ユナンの涙が枯れる頃には、辺りはすっかり薄暗くなっていた。夕日の光も、建物の中までは届かない。
「もういいの?もっと泣いてもいいのよ。」
「もう一生分くらい泣いたよ!…本当にありがとうな。」
「どういたしまして。」
セーナは天使のような笑顔をユナンへと向ける。そんな彼女を見て、ユナンは胸がぎゅっと締め付けられた。
それは冷たい視線を向けられて感じる、辛い感情とは全く違うもの。そして彼が人生で初めて抱いた感情でもあった。心臓の動悸が激しくなる。さっきまでの事を思い出して、顔が熱くなってしまった。
「ユナンの顔が真っ赤だけど、どうしたの?」
「なんでこんな薄暗い中でも見えるんだよ!」
「ふふん。竜人は暗い中でも目がいいのよ。」
「便利だなー。…色々気をつけないと。」
「――?」
竜人についての知識がまた1個増えた。それに対する喜びを、ユナンは前よりも、もっと感じていた。なぜなら竜人について知りたい理由が、もう1つ出来たからである。
「それでこれからどうするの?」
「まあ今日はここで泊まるしかないかな。明日、キリマル達と合流って感じで。」
「分かったわ。じゃあ掃除をして、もうちょっとスペースを広くしよっか。」
「俺は別にこのままでもいいけどな。」
「――?広い方が快適じゃない?」
「アッハイ。」
ユナンは残念そうに返事をして、セーナの手伝いをし始めた。ユナンの気持ちが彼女に伝わるのは、だいぶ先になりそうである。
そしてユナン達は寝転がる。セーナは大きな白いローブを掛け布団代わりにしているようであった。彼女はユナンの隣でぐっすりと眠っている。
「…こんな状況で眠れるかよ。」
一方でユナンは全く眠れずにいた。なぜなら、セーナの小さな寝息がユナンの耳に入ってくるからである。
「そういえばキリマルと一緒に、セーナの寝顔を見に行ったことがあったっけ…」
それは結局、魔法道具セリオンの防衛機能によって、失敗に終わった。その思い出すら遠い昔のことのように感じる。
けれど彼らとの思い出は、どれも忘れることの出来ないものばかりだ。
それを思い出させてくれたのは銀髪の少女。
ユナンは隣で眠っている愛しい少女を優しく見つめた。
「おやすみ、セーナ。」
彼女に心を救われた。ならばどんな運命が立ちはだかろうと、俺は彼女と、そして仲間たちと一緒に最高の未来を目指す。
――少年はそう決意しながら、明日の朝に向けて眠りについた。
「竜人みっけ。」
時刻は真夜中。女性の声がしたような気がしてユナンは目を覚ます。しかし周りに人の姿は見えなかった。
――遅れてやってきたのは血の臭い。
しかしユナンの身体はどこも傷ついてはいない。嫌な予感がして、ユナンは隣の少女を見た。
「嘘…だろ?」
そこには心臓を抉り取られて絶命しているセーナの姿があった。戻る場所を失った血液は、そのまま胸から外へと流れ出している。真っ赤な鮮血が彼女の銀髪、そして白い肌を赤黒く染め上げていた。
「セーナ!セーナ!!」
ユナンはセーナの身体を抱きしめた。そして彼女の名前を何度も叫ぶ。だが返事は返って来なかった。
セーナの身体はまだ暖かい。しかしユナンの腕の中で、彼女はだんだんと冷たくなっていく。少女の命の灯火が少しずつ消えていく様を、ユナンはただ見ることしか出来なかったのである。
「なんで俺じゃないんだ。殺すなら俺を殺せよ!!なんで…セーナを…」
散々泣いた後だというのに、ユナンの目からは涙が零れた。
「俺を…置いていかないでくれ。セーナ…」
少女の命に縋り付くかのように、ユナンは力強く彼女の身体を抱きしめる。しかしそんなユナンの願いは虚しく、彼女の胸からは血がとめどなく溢れ出ていた。
やがてセーナの身体は氷のように冷たくなった。
周りはすっかり血の海となっていた。そしてその中央で少女の死体をずっと抱きしめ続けている黒髪の少年の姿がそこにはあった。
――血溜まりの中で少年の漆黒の瞳が怪しく光る。
それは全てを諦めた者の目ではない。その逆である。これから少年は銀髪の少女を救いにいくと決めたのだ。
その方法を少年は知っている。彼にだけ与えられた特別な加護。その発動条件は極めて非人道的であり、きっと悪魔のような神様が考えたに違いない。
だが少年は自らその悪魔と契約を結んだのだ。その事に後悔はない。
少年は隣にあったカタナの切っ先を、自分の腹へと向けた。その手は小刻みに震えている。脳がその先の行動を拒んでいるのだ。
そしてカタナもおかしな熱を発しているように感じた。もしかしたら母さんが、辞めてと叫んでいるのかもしれない。
「けど俺は…セーナを救うんだ!!」
――そんな警告を、少年は無理やり『心』で振り切った。
「あぁあぁあああぁあ!」
自分の腹を貫き、その激痛によって少年は叫び声を上げる。刺した箇所から真っ赤な血が流れ出す。
――しかし少年は簡単に死ぬことが出来なかった。
切腹というのは介錯人がいないと成り立たない。腹を刺しただけでは、なかなか人間は死なないからである。
激痛だけを伴って、出血多量でゆっくりと死んでいく様は拷問に近い。
少年はその事に直感で気づく。人に殺されるのは簡単なのに、自分で死ぬのはこんなにも難しいのである。
だから少年は、何度も何度も自分の腹を刺し続けたのだ。その行動は結果的に成功する。大量に流れ出た血液によって少年の意識は少しずつ遠くなっていった。
「セー…ナ…」
狂気じみた笑みを浮かべて、少年は次の世界へと旅立った。