漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜   作:早見 綿飴

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第二章17 『制約』

 

 自ら腹を貫いて命を絶ったユナン。彼が向かう先はいつもの暗闇の空間かと思っていたのだが…

 

 「…あれ?」

 

 ユナンは真っ白な空間に立っていた。この場所には覚えがある。それはユナンが魔人に胸を貫かれた直後に転移してきた場所。つまり女神の精神世界であった。

 

 「ボクは少し怒ってるんだ。」

 

 不満げな声がユナンの耳に届いた。その声のした方へとユナンは振り向く。

 そこには薄茶色の髪をした美しい女性――女神が白い椅子に座っていた。彼女はむすっとして、紫紺の瞳に非難の色を浮かべながらこちらを見ていた。

 

 しかしユナンはそんな事よりも、彼女の服装の方に目が行ったのである。彼女は白のブラウスに、下は黒のミニスカートを履いていた。少し小さいのか、胸元はボタンが弾け飛びそうなほど膨らんでいた。

 

 「女神も服とか洗うの?」

 

 「洗いませーん。でもボクもオシャレぐらいはするよ。ちなみにこれは女教師のコスプレ。ユナン君を叱る意味も込めてね。」

 

 ユナンの村の近くには学校が無かったので、教師というものにはあまり縁がない。ユナンにとっては自分の母が教師代わりであったのだ。

 

 そして女神は、さっきまでの不機嫌な態度が嘘のように誇らしげな顔をして胸を張っていた。

 感情がコロコロ変わる女神である。いや、もしかしたら女神に感情などというものは無いのかもしれない。だがそれにしても…

 

 「なんか前に会った時は、まだギリギリ神様の威厳っていうのを感じたんだが…今はその欠片もねぇな。後なんか馴れ馴れしい。」

 

 ユナンも人のことは言えないのだが、女神と会うのはまだ2回目である。それなのに初対面の時と今では女神の態度が全く違った。まるでずっと旅を共にしてきた仲間のような距離感で、女神はユナンに接してくる。

 そんなユナンの発言に、女神は悲しそうな表情を浮かべた。

 

 「前は神様としてカッコつけたかったからで…。それにボクはずっとユナンを見ていたんだよ?そんなに距離を置かれるなんて、ちょっと寂しいじゃないか…」

 

 「げっ!ずっと監視できんのかよ。気持ちわりぃー。」

 

 「うえーん。セーナ、セーナ〜。」

 

 「そこ再現しなくていいから!!」

 

 女神が、セーナの胸の中で泣き叫んでいたユナンのモノマネをした。そんな彼女の演技を見て、ユナンは顔を真っ赤にしながら目を塞ぐ。

 セーナ本人にさえ、忘れてもらいたい記憶なのである。それをよりにもよって、このクソ女神に知られしまったのだ。ユナンは恥ずかしさで、体が燃えるように熱かった。

 

 「そ、それで怒ってるのはどうしてだよ。」

 

 ユナンは不貞腐れた顔をしながら話を戻す。すると、女神は真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。

 

 「決まっているじゃないか。君が自殺をした件についてだよ。」

 

 「…やっぱそれか。」

 

 「あのね、ボクがいなかったら君は本当に死んでいたんだよ?」

 

 その女神の発言に、ユナンは頭を殴られたような衝撃を受けた。つまり自分の軽率な行動で、ユナンはセーナを救うどころか、ただ無駄死にしてしまう所だったのである。

 

 「な、なんで…」

 

 「死にたくないって願ったのに、自分から死んでどうするのさ。まあ今回のはボクの説明不足でもある。」

 

 そして女神は溜息をついてから、さらに説明を続ける。

 

 「つまらなくなるからあんまり言いたくはないんだけど、まあ仕方ないか。君の加護の発動には感情が大きく関わっているんだよ。」

 

 「…感情?」

 

 「そう。怒りであれ、憎しみであれ、なんでもいい。『死にたくない』と思う感情。まあ『普通』の人間なら死の間際、誰でもそんな感情を抱くものなんだけど…」

 

 そこでユナンは、今回自分の加護が発動しなかった理由に気づく。それを見透かしたように、女神の瞳が怪しく光った。

 

 「ユナン。君は今回、『死にたい』と思ったね。」

 

 「――!」

 

 もちろんユナンがセーナを救いたいと思って自殺したことに嘘はない。それだけは心に、いや神にさえ誓える。だが、

 

 ――ユナンは自分の命をどうでもいいと思っていたのである。

 

 自分を救ってくれた少女のすぐ隣にいたのに、ユナンは何も出来なかったのだ。ユナンはそんな弱くて、無能な自分を憎んだ。

 おそらくあの時、自分の命と引き替えに彼女の命を救えたのなら、ユナンは迷わずその命を差し出したであろう。実際、そんな気持ちでユナンは自分の腹を何度も突き刺したのだ。

 

 そして女神は今度は呆れたような溜息をついて、この世の理を無知な少年に説明した。

 

 「この世にタダなんてものは無いんだ。人智を超えた力には必ず何らかの制約が発生する。今回はボクのせいでもあるから、大目に見て『命』までは取らない。けれど『罰』は受けてもらうよ。」

 

 「…それはなんだ?」

 

 ユナンの額から汗が流れる。おそらく命と同じくらい重い罰なのであろう。後遺症が残るとか、一生のトラウマを植え付けられるとか、色々想像はできる。大切な人にさえ被害が及ばなければ、なんでもいいが…

 

 そして女神の口からその『罰』が告げられる。

 

 「自分の加護の事を人に説明してはいけない。そういう制約の追加だ。わかったかい?」

 

 女神の指から放たれた紫色の光がユナンの胸の中に入り込んでいく。どうやら制約がユナンの身体に埋め込まれたようだ。

 しかし肝心のユナンは、あまりその『罰』に納得していない様子であった。

 

 「お、おう。そんなものでいいのか?」

 

 どうせほとんどの人は、自分の加護を説明した所で信じてくれないのである。そんな制約、無いのと同じだ。

 ユナンの拍子抜けした様子に、女神は意味深な笑みを浮かべた。

 

 「『そんなもの』。君がそう思うならそれでもいい。けれど制約を破ったら、本当の『罰』が与えられるから気をつけて。それじゃあ頑張ってね〜。」

 

 「お、おい!まだ色々聞きたいことが…」

 

 こちらに笑顔で手を振る女神の姿を最後に、ユナンの視界がだんだんと暗くなっていった。

 

 

 黒髪の少年が転移された後、女神が楽しそうに独り言を呟く。

 

 「まあ制約なんて追加しなくてもよかったんだけど。あれ、封じとかないと『つまんない』からね。」

 

 女神にとって人の人生など、ただの『遊び』にしか過ぎないのだ。

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 「もういいの?もっと泣いてもいいのよ。」

 

 場面は、ユナンがセーナの胸の中で散々泣き叫んだ後のところであった。

 正直その前に戻って欲しかった気持ちも少しあったが、この恥ずかしい思い出を無かったことにするのは、彼女の優しさを踏みにじるようなものである。

 この記憶は永遠に世界に刻みつけられるべきであろう。

 

 ユナンは愛しい少女の姿をじっと見つめる。そしてなんと、彼はもう一度彼女に抱きついたのである。暖かくて柔らかい感触。少女の鼓動が耳に聞こえてくるのを、ユナンはしっかりと確認した。

 

 「ど、どうしたの!?」

 

 突然のユナンの行動に驚き、セーナは思わず彼の身体を突き放した。そしてセーナは自分を抱きしめるポーズをとり、ジト目でユナンの方を見た。それはまるで変質者に襲われた後のような仕草。実際そんな場面に似ているのだが、ユナン自身はそれに気づいていないようである。

 

 「…ユナンのえっち。」

 

 「違う!ちゃんとセーナが生きてるか確認してただけだ!ってかなんで前のは良くて今回のはダメなんだよ…」

 

 「…ユナンから抱きしめたから?」

 

 「んな理不尽な!」

 

 セーナは首を傾げて、少し考えるような仕草をしてからそう結論づける。その理不尽な彼女の答えにユナンは不満そうであった。しかし第三者から見れば、悪いのは明らかにユナンの方なのだ。

 その後何も言い返せずに、ユナンは口を閉じて黙った。

 

 もっと彼女と話をしていたいが、ユナンは自分達には時間が無いということを知っている。目の前の愛らしい少女と接していると、ついそんな現実を忘れてしまいそうになるのだ。

 

 「それでこれからどうするの?」

 

 「それなんだけど…セーナって今、命を狙われている相手とかっている?」

 

 ユナンにそう質問された彼女は、整った眉を顰めて、苦い顔をした。

 

 「人から嫌われたりはするけれど、命まで狙われる覚えは無いわ。」

 

 「ということは新手の敵?…今日の夜、セーナが命を狙われるんだよ。」

 

 「わ、わたし!?どうして…」

 

 ユナンからの衝撃の告白に、セーナは動揺する。当然の反応であろう。しかしこれは嘘でもなんでもない。ユナンが実際に体験した未来の出来事なのだ。

 

 「どうしてかは分からない。でも今夜、敵が必ず現れる。そして悔しいが、俺1人ではセーナを守れる自信が無い…」

 

 ユナンは自分を責めるような声で悔しそうにそう呟く。大切な人を守るための力が欲しい。けれどその力を養う「時間」が今の自分には無かったのだ。

 セーナは黙ったまま、そんなユナンを見つめていた。

 

 「やっぱりこういう時は…騎士団だよなぁ。」

 

 ユナンが肩を落としながらそう結論づける。やはり王国騎士団はとても頼りになる存在なのだ。どれだけ嫌われていようが、彼らと全く関わらないことなんて出来るはずが無いのである。

 

 「なら赤の騎士団に行ってみない?アンナもいるはずよね。」

 

 セーナがユナンにそう助言をした。それはユナンも考えていた事である。ユナンが未だ訪れたことの無い最後の騎士団。一縷の望みをかけるなら、そこしかない。

 しかしそれは一種の賭けでもある。白の騎士団と同様に、イロナシと分かったユナンを殺しにきてもおかしくはないのだ。

 

 「俺もそう思っていたところだ。じゃあ行くか!」

 

 しかしユナンがそんな事で止まるはずは無かった。

 なぜなら彼は自らの命を1度絶ってまで、目の前にいる少女を救いに来たからである。

 

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