漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
ユナンとセーナは赤の王国騎士団本部へと辿り着く。
ここへやって来たのはもちろん戦力確保のためだ。ユナンは自分だけではセーナを守ることが出来ないと判断したのである。
それは前回のユナンの記憶によるものだ。ユナンは敵の襲撃に警戒しながら寝ていたのである。白の王国騎士達が夜の間もずっと、ユナンを血眼になって捜している可能性があったのだ。無論、全くの無警戒というわけにもいかない。
――それでもユナンは敵の襲撃に気づけなかった。
気づけなかったというよりは、犯行が速すぎて、ユナンの対応が間に合わなかったといった方が正しいのかもしれない。
それくらいあの襲撃は一瞬の出来事であったのだ。
謎の女性の声。その声を聞いてユナンが飛び起きた時には、既にセーナの心臓は抜き取られ、犯人は行方を晦ましていた。あんな真似が出来るのは、超人的な強さを持った者だけであろう。
難しい顔をして敵の危険度を再確認していたユナン。そんなユナンの様子を見て、セーナが口を尖らせながら非難してきた。
「また嫌な顔してる。言ったでしょ、半分こしよって。」
「悪い悪い。でも今回危険な目に遭うのは俺じゃなくてセーナの方だ。…その怖くないのか?」
「死」に対する恐怖。それはユナンが1番よく知っている。今のセーナはそんな恐怖を感じているはずなのに、怯えるような素振りすら彼女は見せていなかったのだ。ユナンにはそんな彼女が不思議でたまらない。
するとセーナは少し考えるような仕草をしてから、笑顔をこちらに向けて、
「もちろん怖いわ。でもユナンといるとわたし、どんな事でも乗り越えられるような気がするの。」
と自信満々にそう断言した。そんな彼女の言葉にユナンは胸を痛める。
セーナはユナンを信頼してくれている。だがユナンは前回、それに応えることが出来ずに彼女の命を守れなかったのだ。
ユナンは苦笑いをしながら、呆れたように自分の無力さをセーナに説く。
「おいおい、俺は実際セーナより弱いんだぜ。過大評価し過ぎだって。」
「そういうのじゃなくて、心の問題よ。」
しかしそんなユナンの発言を、セーナは眩しい笑顔のまま否定したのであった。
やはり敷地内の構造は赤の騎士団も他の騎士団も少し似ている。赤いレンガの建物。おそらくあそこが本部なのであろう。
ユナン達が中に入ると、受付カウンターには1人の女性がいた。
薄茶色の髪を腰まで伸ばした美しい女性だ。赤の澄んだ瞳からは、純粋さと情熱が感じられる。年齢は20代ほどであろうか。軽装の鎧の格好で、赤いマントを羽織っている。そのマントは赤の王国騎士であるなによりの証拠だ。
「こんな夜に急にすみません。少し話がしたくて…」
ユナンはその女性に向かって話を持ち出そうとする。するとその女性は、ユナン達の真剣な顔つきを見て、慌てたように応対した。
「か、火事ですか!?火事ですよね?え、え、えーとまずは…」
それは綺麗で澄んだ女性の声。しかしその声からは精神的な幼さが少し感じられた。
慌てふためく女性の様子を見て、ユナンは手で、待ったというようなジェスチャーをしながら、目の前の女性を落ち着かせようとする。
「早とちりし過ぎだろ!?俺たちは頼みがあってここに来ただけで…」
「今はあんまり人がいないのにどうしよう…。というか火事の現場って何を持っていったら良いんだっけ。とりあえず…水?」
しかしその女性はユナンの話を全く聞いていない。するとそれに見兼ねたセーナが強硬手段をとった。セーナはその女性の両頬を優しくつねる。
「ほへ?」
「お姉さん落ち着いて。わたしはセーナ。そしてこの男の子がユナン。わたしたちは、赤の王国騎士団に話があってここにやって来たの。お姉さんの名前は?」
「わ、私はフレアっていいます…」
そのフレアという女性はやっと落ち着きを取り戻したようであった。そして彼女はユナン達が火事の要件でここにやって来たのでは無いと知って、ほっと安堵の息を漏らした。
そんな時、部屋の奥から小さな女の子がやって来た。
「フレア、何かあったのです?」
身長はユナンのお腹の辺りまでしかない。そしてその体格に見合った幼い少女の声。明らかにまだ未成年であった。クリーム色の髪で、羽付きの赤い帽子からはアホ毛がはみ出ている。
しかしユナンが目を疑ったのはその幼女の服装。下がふわふわの赤い洋服は、その少女の可愛らしさをさらに引き立たせているのだが…
――さらにその子は赤いマントを羽織っていた。
ユナンはその事実を元に、ある問いを目の前の幼女へとおそるおそる投げかけた。
「ま、まさかお前。王国騎士だったりしないよ…な?」
「そのまさかです。ノノは立派な王国騎士なのですよ。」
ユナンの問いかけにその幼女――ノノは「えっへん」と小さな胸を張ってそう断言した。
「こんなに小さいのにウソだろおい!?」
ユナンはそんな事実に目ん玉が飛び出るほど驚く。
普通はみんな、16歳になってから王国騎士に入団するものだとユナンは思っていた。だが言われてみれば、王国騎士の入団に年齢制限があるなんて、今まで聞いたことが無い。つまり王国騎士になれる条件に、年齢は関係ないのだ。
しかしそれでも、こんな5歳ほどの年齢の少女を戦わせるのはどうかと思う。
ノノはユナンの「小さい」という言葉を聞いて頬を膨らませた。そして彼女は不貞腐れた顔で、ある質問をユナンへと投げかける。
「じゃあ失礼なお兄さんは火事の時、炎と煙。どっちの方が危険か分かるのです?」
「――?そりゃあ熱い炎に決まってんだろ?」
「ぶっぶー。実は煙なのです。煙の方が早く迫ってきて、さらに不完全燃焼の煙を吸い込むと、一酸化炭素中毒になって呼吸困難に陥るのです。」
「何言ってるか全然わかんねぇ!?俺もしかして、こんな幼女にさえ頭で負けてる?」
ユナンは自分の学のなさを恥じる。こんな幼女の方がユナンよりも賢いのだ。彼はおそるおそる周りのみんなの様子を観察した。
「――?」
「言ってることは全く分からないけど、さすが師匠。博識ですね!」
しかしセーナもフレアも、ノノの言った事を理解出来ていないようであった。というかフレアに関しては、この幼女の事を「師匠」と呼んでいた。大人の女性が幼い少女の事をそう呼ぶ光景はなかなか奇怪だ。
ユナンは大人の女性陣二人の様子を見てほっと胸を撫で下ろしてから、話を戻す。
「それで俺たちは赤の騎士団に頼みがあるんだが…中に入ってもいいか?」
「いいですよ!今日は人もあまりいなくて空いてるから、団員室で話をしましょう。」
フレアはユナンの話を軽々しく承諾。そして団員室へとユナン達は案内された。
団員室の中は広く、快適な居住スペースのようになっていた。ふかふかのベッドやくつろぐ為のソファ。巨大な丸い木のテーブルの周りに椅子が何脚も設置されている。台所やお風呂まであり、不便な思いは無さそうである。
その部屋の中にいたのは赤髪のポニーテールの少女、アンナと肌が茶色い銀髪の男性であった。アンナは既に赤のマントを羽織っていた。おそらく入団審査に受かったのであろう。そんな彼女はユナン達に気づき、驚きの声を上げる。
「ユナンとセーナ!?アンタたち何でここに?」
「いやぁ色々あってさ。…ホントに色々。」
「今日は大変だったよね。」
ユナン達の様子に事件の香りを感じたのか、アンナは呆れたように溜息をついた。
「アンタたちは本当に厄介事を引き受けるのが得意ね…」
「あれ?アンナとこの子たちって知り合いなの?なら最初から言ってくれればよかったのに。」
3人の様子を見て、フレアが苦笑しながらユナン達にそう言ってきた。するとそこへアンナの隣にいた銀髪の男が歩いてきた。
「今日は新入りが3人も来たのか?」
落ち着いた低い声。しかしその静寂の裏にある豪傑らしい気質を隠せてはいない。
艶やかな銀髪の髪を首元まで伸ばしたクールな男性。茶色い肌と少し鋭い黄色の双眸がよく似合っている。
薄紫色のフード付きコートに身を包んでおり、赤のマントはしていない。
「俺の名前はユナン。こっちの少女がセーナ。俺たちは頼みがあってここに来ただけで、入隊希望者じゃない。それであんたは…」
「俺の名前はジン。よろしくな。前の団長とダチってだけで俺は王国騎士じゃねぇよ。でもたまに顔を見せに来てんだ。」
「ジンさんはむっちゃ強いんですよ〜。」
「フレアも大概バケモンだろうが…」
ジンという男からはとてつもないオーラを感じる。それは強者だけが放つオーラ。フレアの言う通り、この男はとても強いのだろう。それはユナンには好都合だった。なぜならユナン達は、戦力目当てでここに来ているからだ。
ユナンは真剣な顔つきで自分達がここに来た理由を説明する。
「それで話を戻すんだが、俺たちがここに来た理由について話そうと思う。簡単に言うと隣にいる女の子、セーナが命を狙われてる。だから今日だけでもいい、匿って欲しいんだ。」
つまりユナン達は厄介事を持ち込んで来たという事だ。当然彼らから、非難の視線を浴びせられるとユナンは思っていたのだが…
「なるほどね。大丈夫、お姉さんが君たちを守ってあげるから。」
「悪い人はノノがぶっ飛ばすのです。」
「…だとよ。俺も別にいいぜ。最近は戦闘もしてなかったし、ちょうど腕が鈍ってたところだ。」
意外にもあっさりとユナン達の要求を受けてくれた。久しぶりの他人からの暖かい言葉に、ユナンは思わず泣きそうになる。勇気を振り絞ってここに来て良かったとユナンは心底思った。
そんな時、ジンが抱いて当然の疑問を口にした。
「それでその嬢ちゃんはどうして命を狙われてるんだ?」
その問いかけにユナンとセーナはお互いの顔を見合わせた。やはり答えは「アレ」しか考えられない。そしてユナンはそれを明かすのはセーナ自身であるべきだと言うことを目で訴える。
セーナは彼らなら大丈夫だと判断したのであろう。何かを隠すように纏っていた大きめの白いローブを脱いで、その背中を彼らへと向ける。そこには少女の正体を示す、一対の翼が生えていた。
「なるほどな。竜人ってわけか。久しぶりに見たな。」
「私は初めて!こんな感じで翼が生えているのね。意外とちっちゃくて可愛い〜。」
「ノノも初めて見たのです。」
やはり三人は驚きこそしたものの、それ以外の憎悪などの感情は全く無さそうであった。そして竜人が人間に忌み嫌われているというのは、周知の事実である。
竜人であるならば、人間に命を狙われていたとしてもおかしくは無い。当たり前のようにそう考えられているこの世の中を、やはりユナンはあまり好きになれない。
「はい。だからお願いします…」
セーナは少し声を落として、よそよそしく彼らにそう告げる。人間からの襲撃を優しい人間に守ってもらう。こういった経験を彼女はこれまでどれほどしてきたのだろう。
魔法を自力で覚えるのには血の滲む努力が必要だ。つまりそれほど、セーナは自分のせいで心優しい人間を巻き込んでしまう事が嫌であったのだ。
そんな事はユナンも知っている。だが、ユナン1人では彼女を守ることが出来ないのだ。セーナには悪いが今回は、強く優しい人間に守ってもらう選択をするしかない。
「それでフレア団長。どうやって彼らを守るのです。」
「うーん。みんなでここにいたらいいんじゃない?今日はジンさんもいるし、余裕でしょ!」
「当たり前だ…ってフレアも戦えよ。」
三人がそんな会話を和気あいあいとしていた。しかしユナンはその会話の中に聞き捨てならない言葉があった事に気がつく。
ユナンはジト目でフレアの方を見ながら、首を横に振る。
「今なんかフレア『団長』って聞こえたんだが…。あれかノノにそうやって呼ばせてるのか?」
「――?私が赤の王国騎士団長だけど?」
「嘘だろ!?1番この中でなっちゃいけない奴だって!」
その事実は、今日1番、いや王都に来て1番の驚きであった。
フレアはさっきまで受付カウンターに座っていた。しかも彼女はユナン達が来た要件を勝手に火事だと勘違いして、おどおどしていたのだ。そんな彼女が王国騎士団長であると、誰が想像できたであろう。少なくともユナンは想像すらしていなかった。
そんなユナンの発言に、アンナが鬼のような形相をして注意する。
「ユナン!団長に失礼でしょ。謝って!!」
たしかに今の件についてはユナンが100パーセント悪い。ユナンは申し訳なさそうな表情をして、フレアに頭を下げた。
「すみません!匿ってもらう身でこんな失礼な発言を…」
「別にいいって。よく言われるし。私も自分のことはまだまだ新人って思ってるから。ね、師匠?」
「まだフレアはノノからすれば新人みたいなものなのです。」
「竜人戦争の2年。それが終わってから副団長の任に就いて4年。残りの9年間を団長として務めていて新人はねぇだろ…」
「初心を忘れるべからず。気持ちは新人!」
「ほい、そうですかい…」
三人がそんな会話をしていた。どうやらフレアは見かけによらず、王国騎士として多くの実績があるようだ。というか…
「フレアって20代くらいかと思ってたけど本当は何歳…」
「嬉しい!…いや私は永遠の16歳だけどね!」
「フレアはその歳でまだ結婚してないもんな…」
「ジン…?」
「ひっ!悪かったよ。だからそんな怖い顔すんなって!」
あまりの怒りにフレアはいつもの「さん」付けを忘れている。いやもしかしたら、本当は互いに呼び捨てをするほど2人は仲が良いのかもしれない。
…だがフレアに年齢の話をするのは辞めておこう。
ユナンはそう固く心に誓った。
周りを見るとノノ、アンナ、セーナが楽しそうに会話をしている。セーナのひょこひょこと動く竜の翼に、ノノは興味津々な様子だ。そんなノノの姿はまるでおもちゃで戯れる子猫のようであった。
そんな平和な光景を前にして、ユナンは自然に頬を緩ませていた。それはほんの数時間前まで、自分の腹を突き刺していた男の顔とは思えないほど穏やかなものであった。
しかしそんな微笑ましい空間にさえ、運命は土足で足を踏み入れてくる。
団員室の大きな窓。そこが突風によって勢いよく開かれた。団員室は2階に位置しているのだが、その空いた窓から、なんと人間が入って来た。人数は三人。皆、白のマントを羽織っている。
「あっ、シノ久しぶり〜。それにルシスとタルクも一緒じゃない。いきなりどうしたの?」
そんな三人の王国騎士の登場に、フレアはまるで友達が家に遊びに来たかのような反応をした。しかし彼らは遊びではなく仕事でここにやって来たのだ。いや仕事というよりは『信念』と言った方が近いのかもしれない。それくらい、彼らのイロナシに対する執着心は凄まじい。ユナンがいくら逃げようとも、彼らは必ず追いかけてくるのだから。
ルシスは相変わらずの仏頂面で、自分達がここへ来た理由についてフレアに話した。
「悪いが今回は遊びに来たわけじゃねぇ。俺達はもしかしてと思ってここにやって来たんだが…どうやら正解だったみてぇだな。」
そしてルシスはユナンの方をその鋭い目で睨みつける。一方ユナンは、セーナでは無く自分を狙う「敵」が先に現れた事に困惑していた。
「俺達はここに逃げ込んだイロナシを捕まえに来たんだ。」