漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
「もう大丈夫だ。坊主たち。」
そう言った男の姿は、とても頼もしく、大きく、巨大な岩のように見えた。
深緑色の髪のモヒカンヘアーで、立派に生えた顎髭からは豪傑さが感じられた。顔に見合った、筋肉質な腕には、歴戦の古傷が刻みつけられている。そして
緑色のマントを羽織ったその姿とこの強さ。正体は大体予想がつく。
「助けてくれてありがとう。おっちゃん、騎士か?」
「当たりだ坊主。わしの名はドーゼル。緑の王国騎士の1人だ。まあこの嬢ちゃんを迷わず庇った坊主も騎士に並ぶほどの度胸があるぞ。」
「あ、ありがとう。…騎士が来たってことは通報があったのか?」
「いや、わしら緑の騎士団はパトロール中に強大な魔力反応を検知してな。急いで駆けつけて来たらこの状況よ。」
ということは村の人々は町へ避難していない?でも血の跡も死体も無かった。いったい何処へ?
「副団長ー走んのはやいっすー」
後ろから気だるそうな女性の声が聞こえた。振り返ってみると、ドーゼルと同じ格好をした5人の騎士が走ってきている。
「おまえらが遅いんだ!大地の加護がありながら、情けない事をぬかすな。危うくわしらの守るべき民の命が消えるところだったんだぞ。」
「大地の加護は疲れないだけっす。速さは関係ないっすから。…まあ反省はしてるっすよ。」
そう言ったのはさっきの女性だ。金色の短髪で、白い肌。大きな目に青色の澄んだ瞳を浮かべている。胸元は大きく開いており、女性らしさを存分に主張している。
そういえば、ドーゼルの胸元も開いており、立派な大胸筋を見せつけていた。緑の騎士団の正装はなかなかに変わっているな。
他の4人の騎士は、20代から30代の男で、みんなドーゼルに負けず劣らず、立派な筋肉をもっているようだ。
…やはり胸元は開いている
「まあ坊主たちには一旦町へ避難してもらおう。ナタリー、おまえに任せる。」
「了解っす。それじゃあついてきてー。わぁ!かわいいっすね。君の名前は?」
「フィ、フィーナって言います。」
「フィーナちゃんよろしくっす。小さくて可愛くて、ウチの妹を思い出すっすー。それでー」
「ちょっと待ってくれ!俺はドーゼルについて行く。まだあと一人、男の子が村に残ってるんだ。案内したい。」
ユナンは話の途中で遮り、慌ててそう言った。
「…まあその腰の武器は飾りじゃないんだろう。わかった、案内してくれ。ただそいつを保護したら、坊主には避難してもらうぞ。」
ドーゼルは腕を組んで、険しい顔つきでユナンの方を見てそう言った。今この村はそれくらい危険な場所なのであろう。だが、ドータを見捨てるなんて真似は出来ない。
「わかった。その子と合流したら、すぐ避難するよ。約束する。」
ユナンは真剣な顔つきでドーゼルにそう返した。
フィーナ、ナタリーと別れ、ユナンたちはドータの家へと向かった。道中にも、人型魔獣が湧いてきた。だが一瞬のうちに、岩に貫かれ黒い霧となっていった。
「というか無限に湧いてくるなこいつら。」
「当然だ。こいつらは手下みたいなもんだ。親玉を倒さない限り、キリがないぞ。」
「親玉?無限に湧いてくる魔獣なんて聞いたことが無いけど。」
そのユナン言葉を聞いて、少し迷ってからドーゼルはこう答えた。
「こいつらは魔獣などでは無い。…まあ坊主には知らなくていいこともある。」
ユナンがその答えに納得がいかず、更に問いただそうとした時、遠くにうっすらと人影が見えた。ユナンたちは急いで人影の元へ駆け寄る。
「ドータ!」
「お…う。生きてたか。流石だな。」
ドータは右手に大きな鉈を握りしめている。腕や身体にはいくつもの切り傷があり、あいつらと激しく戦闘したことが見て取れた。
ドータはそのままユナンに倒れてきた。
「お、おい?!ドータ!」
「傷は多いが致命傷は無い。大丈夫、気を失ってるだけだ。おい、傷の手当てをしてやれ。」
ドーゼルがそう言うと、1人の騎士がドータに近寄り、緑色の光を傷に当てる。すると、ドータの傷口が綺麗に塞がっていった。
「すっ、すげぇ。」
「まあ大地の治癒能力の応用だ。自分に使う時より、効果は下がるが、これくらいの傷なら塞ぐことが出来る」
これで一安心。そう思った時だった。
「フォォォォォォォォウ」
奇妙な音色の甲高い声が聞こえた。そして、周りの空間が一瞬にしてさらに暗くなったのだ。何故か背筋が凍るぐらい、寒気がした。
現れたのは、この世ならざるものであった。
手下よりも濃い黒い霧がかかっていて見にくいが、本体は女の人の形をした影のようなものだろうか。ただその背後からは、おぞましい真っ黒い手のようなものが何十本も伸びている。夜の闇よりも暗いそれは、見るだけで恐怖が刻みつけられた。
「最悪のタイミングでのご登場だ。おい坊主!今すぐそいつを抱えて反対方向へ走れ!」
俺だって今すぐここから逃げ出したい。だが…
「あ、足が震えて動かねーんだ!」
「クソッ、やはり坊主にはまだ早いか。おめぇら!ここで食い止めるぞ!日頃の筋トレの見せどころだー!」
「おぉぉ!」
豪快な掛け声とともに、ドーゼルと部下の騎士4人が勇猛果敢に敵へと向かっていく。その姿は頼もしく、あの怪物にすら
「ジバリータ!!」
騎士4人が一斉にそう唱えると、大地から、家よりも大きな尖った岩が、敵に目掛けて無数に放たれた。命中はしたものの、手応えは無い。
「なら、これはどうだぁ!!」
そう叫びながら、ドーゼルが巨大な斧を地面に叩きつける。そこからの衝撃が地面を一直線につたわって、敵の真下にたどり着き、山ほど大きな岩が勢い良く地面から噴射された。辺りに砂埃が巻き起こり、敵の姿が見えなくなる。
「…やったか?」
騎士の1人がそう口にする。
...何故かとても不安になるセリフだ。
その時、砂埃を突き破って、黒い手が勢いよく騎士4人に向かって伸びていった。その手はとてつもない速さでそのまま彼らを貫く。
「グフッ」
騎士4人の腹が黒い手によって貫かれていた。しかし、常人なら致命傷になる傷を負ったにも関わらず、彼らの意識は未だ途切れてはいない。
「ジバリータ!!」
それどころか彼らは腹を貫かれながらもなお、魔法で反撃をした。よく見ると腹の周りを緑色の光が覆っている。これが大地の治癒能力であろうか。
すると黒い手が彼らを上空に放り投げ、今度は空中で胸を貫いた。この怪物には知性があるのであろうか。その動作は単なる気まぐれではなく、的確な目的があるように感じた。
「あぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁああ!」
悲痛な声を叫び、大量の血しぶきをあげながら、彼らの意識は途絶えた。今度は胸に緑色の光は無かった。
緑色のマントが赤く染まっていく。
そんな状況でも、ユナンの足は震えて全く動かない。身動きの取れないユナンにあの黒い手が襲いかかる。
ーーやばい、死ぬ!
ユナンは自分の「死」を悟り、思わず目をつぶった。
「グッ…」
しかしユナンは黒い手によって、身体を貫かれなかった。なぜならドーゼルが自分の身を盾にしてユナンを庇ったからだ。
だが別の黒い手が、ユナンに襲いかかった。そんな時、ドーゼルの身体が緑色に光る。
「させぬわ!」
ドーゼルが何かの魔法を使ったようだ。
するとその黒い手はユナンの方ではなく、ドーゼルの方へと襲いかかった。
ーーだがその数が多すぎた。
「ぬぉぉぉぉ!」
何十本もの黒い手がドーゼルの身体を貫く。
しかしドーゼルは決して倒れない。そしてその巨躯は空中にも投げ出されないほど重かった。そのおかげで彼は治癒魔法を自分にかけ続ける事が出来るのだ。黒い怪物の攻撃を全て1人で受け止める彼はまるで、岩を通り越して山のようである。
すると黒い怪物が攻撃の手段を変えた。沢山の手を1つに束ねて攻撃してきたのだ。
「ふん、威力が変わろうがわしは倒れんぞ!」
ーーしかし、その怪物の狙いはドーゼルでは無かった。
「あぁぁぁあぁぁぁあ!」
ドーゼルの身体を貫いてもその手の威力は抑えられず、そのままユナンの身体を貫いたのである。ユナンの胸が真っ赤に染まった。
熱い。胸がとてつもなく熱い。そしてそこから何かが大量に溢れ出ている。なんだ?視界が真っ赤でよくわからない。
痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたい―――
「クソッ。わしは坊主1人、守れねぇのか。」
意識が遠のいていく最中、そんなドーゼルの悲痛な声が聞こえた。彼は騎士としての己の無力さに嘆いているのだろう。だがユナンはそうは思わない。
――ドーゼルは十分頑張っていたじゃないか。悪いのは俺だ。何も動けなかった、見ているだけしか出来なかった。悔しい、非力な俺が情けない。こんなところで俺は死ぬのか。まだなんにも出来ていない。アベルの仇討ちもできていない。父親にだって会ってない。もっと母さんのあの笑顔を見ておけばよかった。
胸の奥が熱い。それは先ほどの胸の痛みによるものとは全く違うものだった。
様々な感情が湧き上がってくる。怒り、悲しみ、不安、恐怖、憎しみ、後悔、後悔後悔後悔後悔後悔ーー
「なるほど、それが君の感情かい?」
中性的な声でそう呼びかけられ、ユナンは意識を取り戻した。
周りを見渡すと、そこには何も無い、ただ真っ白い空間が延々と広がっていた。
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