漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
目が覚めると、ユナンは見知らぬ森の中で仰向けになって寝転がっていた。
辺りを見渡すと、見たことのない木々が生い茂り、木の根本からは緑色にうっすらと光るキノコがたくさん生えていた。日光は木々によって遮られており、ひんやりとした寒さが肌に伝わってくる。
どうやら、ウルク村付近の森では無さそうだ。
「まず、今の状況を整理するか。」
左の腰にカタナを差している。やはり村での起こった出来事は夢なんかじゃない。…胸の傷は塞がっている。服まで元通りなのはどういうわけだろう。これも神様の力ってやつか?
そんなことよりも、ドータやドーゼルが心配だ。フィーナは避難出来ていそうだが、他のみんなはあの黒い怪物に……いや、ネガティブに考えるのはやめよう。そんなことを考えたって何も変わらない。
――みんなを信じるんだ。
「まあこの森を出ない事には何も始まらないか。」
とは言ったものの、地図も無ければ、自分がどこにいるのかさえ全く分からない。なんであの女神は、こんな所に俺を飛ばしたのか…
「ひとまず、歩いて探索してみるか。」
ユナンはキョロキョロと辺りを見回しながら、森の中を歩き始めた。
歩き始めてどれほど経った頃であろう。
突然、先の方から断末魔の咆哮のような音が聞こえてきた。
…正直、行きたくない。いくら契約者になったからって、わざわざ自分から危険な場所に行くような事は避けるべきだ。
しかし、何らかの手がかりにはなるかもしれない。このまま一生、森の中を彷徨い続けるよりはマシだ。
ユナンは意を決して、音のした方へ歩いていった。
「全く、しぶといやつだ。くたばりやがれ!」
――!中年の男の声が聞こえてくる。やった!これで森を抜けられる!だが、男は何かをしているようだった。
――竜だ!
そこには群青色の大きな竜がうなだれて、伏していた。俺の身長の5倍はあるだろうか。
男2人が槍でその竜を突いている。何故、竜は反撃しないのだろう。人間2人くらい、返り討ちに出来そうなものだが。
「埒が明きませんぜ。アニキ。一旦応援呼びます?」
細身の出っ歯の男がそう言った。
「いや、何故かこの竜は抵抗してこない。このまま刺し続けていれば、いずれ力尽きるだろう。」
筋肉質の屈強な男がそう返した。
どうやら男達は、反撃してこない竜を、一方的に痛めつけて殺そうとしているらしい。
変な場面に出くわしたな。このまま竜が死ぬのを待ってから、声をかけることもできるが、
…あの断末魔の咆哮が耳から離れない。
たとえどんな生き物だとしても、動けないものを一方的に痛めつけるのは良い行いとは言えない。それに、この竜が悪いやつには見えないのだ。
「生き物にひどいことしたらダメでしょー!」
ある女の子の言葉を思い出す。
俺の友達ならこんな場面に遭遇しても、迷わず飛び出していって、止めにいくに違いない。
「あのーおっさん達、何してんの?」
ユナンは男2人にゆっくりと近寄りながら、そう尋ねた。
「こんなところに人とは珍しい。見ての通り竜を狩っているところだ。正義のためにな。」
屈強な男が自慢げにそう答える。
…正義か。良い建前だ。だが、竜の鱗は高く売れるらしい。
「お金儲けの間違いじゃ?それにそんな反撃してこない竜を狩るよりも、魔獣を1匹、2匹狩る方がよっぽど人のためになると思うが。」
ユナンはそう言って竜の前に庇うように立つ。
「なんでぇ?俺たちに喧嘩売ろうってかい?アニキ、やっちまってくだせぇ。」
「おい小僧。俺たちの仕事の邪魔をするたぁ、いい度胸だ。ちょいと痛い目、見てもらうぜ。」
そう言って屈強な男は、槍の矛先をユナンに向ける。
やっぱりこうなるかー!いや、強そうだぞ、あのおっさん。どうする?…いや俺は契約者になったんだ。
――自信を持て。
ユナンも腰のカタナを抜いて、構える。
心配するな。俺は「力」を貰ったじゃないか。
それさえ使えば…
そこで俺はある重大な事に気がつく。
――「力」ってどうやって使うんだ?
「はぁぁああぁ!」
男が発声をしながら、槍を薙ぎ払ってきた。
ユナンは少し反応が遅れたが、なんとかギリギリのタイミングで攻撃を躱す。しかし、左腕に切り傷を負ってしまった。
今は普通に戦うしか無いのか。あのクソ女神。大事なところは何にも教えてくれなかったじゃねーか!
「ボクは、質問しなかった君の責任だと思うけどね。」
女神のそんな声が聞こえた気がした。
…きっと気のせいだろう。今は目の前の事に集中しなければ。
槍はその圧倒的なリーチが強みだ。裏を返せば、近づければ勝機が見えてくる。だが、
「良い太刀筋だが、まだ若いな小僧。」
なかなか自分の間合いに入れさせてもらえない。相手の方が1枚上手ということだ。予想外の一撃を叩き込まなければ。
「フェイントか。だがそれは自分より経験が下の相手にしか、あまり通用しないぞ。」
こちらの攻撃が届かない。しかし、こちらの傷は増え続けていくばかりだ。
世界の厳しさを知る。こんなおっさん1人に負けているようでは先が知れている。あの怪物を倒すなど、夢のまた夢だ。
――こんな所で負けていられるか。
もう俺は自分の非力さに嘆くことなんてしたくない。
胸の奥から悔しさが込み上げてくる。
「負けてたまるかぁああぁ!」
周りの景色が、男の動きが、『世界』が遅く見える。
「こいつ?!急に動きが速く!」
俺の間合いに入った!男が驚いて硬直した「隙」を見逃さない。
ユナンはカタナで男をなぎ払い、吹き飛ばした。
男は木に衝突し、そのままうなだれた。
「良い…攻撃だったぜ。小僧。」
男がそう言ってふらふらと立ち上がる。
「ア、アニキ?!こんなガキ2人がかりなら…」
「黙れヤチンス。もう帰るぞ。そんな傷ついた竜なんて放っておけ。それに俺は、竜とは対等にやり合う方が性に合うからな。」
そう言って屈強な男はユナンから背を向けた。
「小僧、この道を辿って行けばロゼッタっていう町に着く。久しぶりに良い戦いができた。礼を言う。」
そう言い残し、屈強な男は去っていった。その後を細身の男がついて行く。
…案外、良い奴だったのか?まあそれよりも今は竜のことだ。
振り返って竜を見る。青色の鱗には槍による傷がびっしりとついていた。だがどうやらそれが問題ではないらしい。竜は翼を痛そうにしていた。
「俺が『緑』の力だったらすぐ治療してやれるんだが。」
あいにく、自分が何色なのかも分かっていない状態だ。どうやって応急処置をしようか悩んでいると、辺りから青色の光を放つものがふわふわと飛んできた。
「うわっ。なんだこいつら。」
そいつらは、竜の翼のところに集まって行って…
「すげぇ。傷が治っていく。」
大きな青い光に包まれた竜の翼の傷が、少しずつ塞がっていく。
母さんから聞いたことがある。森には精霊が多く生息しているらしい。
普段は人の目から隠れているらしいので、こうして実際に目にするのは、俺も初めてだ。
「まあそれならもう大丈夫だろう。また人間に見つかるんじゃねーぞ。」
そう声を掛けて、俺はその場を離れる。
この道を進めば町にたどり着くんだったな。さっきの戦いで腹が減ったなー。先を急ごう。
ちょうど、夕日が沈んでいく時間帯であった。
ユナンは駆け足で道を進んでいく。
彼の旅はまだ始まったばかりだ。
――――――――――――――――――――――――――
竜の姿から銀髪の少女の姿へと変わっていく。
全く、久しぶりに竜の姿で空を飛ぶ練習をしていたら、散々な目にあった。ミスをして翼を痛めてしまい、おまけに落ちた先に「竜狩り」の人間がいるとは。
「…それにしても、竜を庇うなんて、変な男の子。」
竜を嫌う人間はかなり多い。過去に人と竜との、多くの争いがあったからだ。だからこそ、わたしは「竜の姿」で人を傷つけるような真似は絶対にしない。…いつの日か竜と人が共に歩み寄れるように。
あの男の子は何故あそこまでして、竜を助けたのか。
しかもその後、何の見返りも求めずに、その場を立ち去ってしまった。
「…町へ行くのって、こっちの道で合ってるのよね。」
その町に彼もいるのだろうか。お腹も空いたし、久しぶりに人里におりてみるのも悪くないのかもしれない。
少女は大きめの白いローブを羽織り、フードを被って町を目指す。
――運命の歯車は回り始める。
「面白い」「続きが気になる」と思ってくださったら、タイトル右下のお気に入り、広告下の評価から応援お願いします。やる気が出ます!