漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜   作:早見 綿飴

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第一章7 『一文無しの男』

 

 「いや、こういうのってすぐ町に着くはずなんじゃねーのか?」

 

 ユナンはふらふらになりながらも、なんとかロゼッタの町にたどり着く。日はとっくに昇り、人々が仕事をし始める時間帯になっていた。つまり、ユナンは夜通し、道を歩き続けたことになる。

 

 「…とりあえず飯だ。飯。腹が減ってはなんちゃらって母さんも言ってたしな。」

 

 ユナンはとりあえず、町を歩いて食堂を探すことにした。

 

 結構大きな町のようだ。馬車が二両通れるほど、大きな通りの両端に、たくさんのお店が綺麗に並び建っている。宿屋、果物屋、武器屋、道具屋などの看板がぶら下げられている。まだ、開店準備中の店が多いようだ。

 

 これはまだ食堂も開いてないか?

 そう思っていた時、酒のマークの看板に目がついた。

 両開きのドアノブには、白い文字で荒っぽく「OPEN」と書かれた木の板がかかっている。

 酒場だが、まあ何かは食べられるだろう。飲酒は王国の法律で成人からと決められている。俺もようやく酒を飲めるようになったわけだが、あいにくこんな状況で飲むほど、能天気ではない。

 

 酒場の扉を開ける。木の軋む音と入店を知らせる鈴の音が鳴る。中には、奥のテーブルの方で、朝っぱらから酒を飲み交わす数名の男たちと、

 

 「いらっしゃい。見ねぇ顔だな、兄ちゃん。」

 

 カウンターの内側で筋肉質な腕を組んで、こちらに声をかける男の姿があった。頭には橙色のバンダナを巻き、ニカッと綺麗に並んだ白い歯を見せ、こちらに明るい表情を向ける。

 ユナンはカウンターの椅子に座り、店主に話しかける。

 

 「おっちゃん、何でもいいから、腹にたまるものを頼む。」

 

 「おう!いいぜ、値段は…銅貨3枚だ。」

 

 その言葉を聞いて、ユナンの表情は固まった。決して、値段が高かったからではない。むしろ、酒場にしては良心的な値段だ。だが、

 

 ――俺、金、持ってねーじゃん!

 

 馬鹿なのか俺!?空腹で金の事なんて、全然考えてなかった。こんなことならあの時、カタナと一緒に家の全財産、持っていっとけば良かった…。

 

 「…おっちゃん、すまねぇ。俺、銅貨1枚も持って無かったわ。ただあと少しだけ、ここにいさせてくれ…」

 

 ユナンはカウンターに突っ伏して、そう答えた。これからどうしようか。何かの依頼とか受けて金を稼ぐしか…

 ただ、この空腹の中、まともに動けるかは怪しい。

 

 「お、おう。兄ちゃん、ワケあり見てぇだな。朝は客もあんま来ねぇし、ゆっくりしていけよ。」

 

 おっちゃんの優しさが目に浸みる。情けねぇな、俺。

 

 

 

 カランカランっと入店の鈴の音が聞こえる。どうやら客がやってきたようだ。

 

 「いらっしゃい。また見ねぇ顔だな。今日は新しい客がよく来るぜ、まったく。」

 

 スタスタとこちらに歩いてくる音が聞こえる。どうやらカウンターの席に座るようだ。

 

 「おじさん。何か食べ物。お金の心配は要らないわ。」

 

 甘く、澄み透った高い声がした。聴く者すべての心を震わせる、そんな声だ。

 

 …お金の心配は要らない、か。いいなぁ。

 

 「おう!金持ちも一文無しもみんな揃って、値段は同じ、銅貨3枚だ。これも商売なんでね。」

 

 …多分この言葉は、その女性へというよりは、俺に向けられたものなのだろう。一文無しですみません。

 

 「ふーん。おじさん、いいひとね。…この隣でずっと寝ている男の子は?」

 

 「あー、その兄ちゃん。一文無しで飯も食えねぇんだとよ。流石にすぐ店を追い出すのも可哀想だから、ちょっとだけ置いてやってんだ。」

 

 「そう。…おじさん、この男の子にわたしと同じ料理を振舞ってあげて。お金はわたしが払うから。」

 

 「えっ!?いいのか!」

 

 ユナンは飛び起きて、勢いよくその女性に歩み寄った。白いフードを被っていてよく見えないが、銀色の髪をした少女であるようだ。

 

 「えぇ!?あなた、起きてたの?…そうよ、感謝してよね。――!ってあなた、まさかこんな所で出会えるなんて。」

 

 何かに気づき、少女は目を見開いて驚く。どうやら俺のことを知っているようだった。少女の水色の瞳が綺麗に輝いている。

 …ただ、こんな可愛い女の子と出会った覚えはない。忘れるはずなんて無いとは思うが、

 

 「えっと君…どこかで会ったっけ?」

 

 「あっ。なんでもないのほんとに。ほんとだから。」

 

 嘘をついているのが丸わかりな反応だ。だが悪い子には見えない。飯も奢ってくれようとするし。

 

 「ほらよ。おまちどおさん!」

 

 出てきたのは熱々のオムライスだ。卵がふわとろで、とても美味しそう…。なんだか、涙が出てきそうだった。

 

 「いただきまーす。」

 

 ユナンと少女は、同じタイミングでそう言って、オムライスを食べ始めた。

 

 卵は見た目通りふわふわで、ライスの部分もしっかりケチャップで味付けされている。身に染みる美味さだ。

 …奢ってくれた少女には、お礼言わなきゃな。

 

 「えーと俺の名前はユナン。君の名前は?」

 

 「わたしの名前はセーナ。…ただの旅人よ。」

 

 「そうかセーナ、本当に助かった、ありがとう。君は命の恩人だ。何もお礼が返せなくて悪いが…」

 

 すると、彼女は少し頬を膨らませてこう言った。

 

 「別にお礼が欲しくてしたわけじゃないもの。命の恩人だなんて、大袈裟ね。それに…」

 

 そこで彼女は口を紡ぐ。

 

 「…?どうかしたのか。」

 

 「いや、なんでもないの。それより、ユナンはどうしてこの町に?」

 

 そんな彼女の問いに、ユナンは少しだけ戸惑う。

 本当の事言っても信じるわけないよなぁ。

 

 「いや、ちょっと旅の途中でさ。とりあえず、王都でも目指そうかと。」

 

 「ふーん。一文無しで旅なんて、変な人。」

 

 彼女が怪しげな視線をこちらへ向ける。

 うぐっ。痛いところを突かれた。俺だって好き好んで一文無しで旅なんかしてねーよ…

 

 「実はお金、全部使い切っちゃってな。あはは。」

 

 ユナンは乾いた笑いをしながらそう答える。すると彼女の視線がよりいっそう強くなるのを感じた。まあ無理もないであろう。

 

 

 

 「ごちそうさま。」

 

 ユナンとセーナはほぼ同じタイミングでオムライスを食べ終える。

 

 「おっさん!すげぇ美味かったぜ。」

 

 「おう!ありがとな。次はちゃんと金払ってから、その言葉を言ってくれよな。」

 

 はい、すみません…

 

 「えーと銅貨6枚でいいのよね。」

 

 「いーや。久しぶりに、純粋な人の思いやりってやつを見て感動しちまったよ。特別サービス!2人合わせて、銅貨2枚だけでいいぜ。」

 

 「あ、ありがとう。おじさん。」

 

 「マジか!やっぱりおっさん良い人だな。」

 

 そう言ってユナンは笑顔でセーナを見る。何故か、彼女の表情が少しこわばっているように見えた。

 

 「ほんじゃあ次は金持ってまた来いよ。兄ちゃん。」

 

 「あぁ!この恩は忘れねぇ。また来るよ。」

 

 そう言ってユナンたちは店を出た。

 もうお昼時になり、大通りには多くの人が行き来して、たくさんの声で溢れかえっていた。

 こんなに人がいるのを見るのは初めてだ。自然と心が躍る。

 

 「なぁ。ちょっと他の店とか行ってみないか?」

 

 「いいけど。あなた一文無しなのに?それに、もう一緒にいる理由なんてないけど…」

 

 結構痛いところを突かれる。確かに一緒にいる理由なんて、もうない。

 だが正直、一人でいるのは心細い。それに、

 

 「言っただろ?俺は君に恩返しがしたいんだ。店を巡るのは情報を仕入れて、依頼を受けて、お金を稼ぐことが目的だ。」

 

 ユナンは必死に身振り手振りを入れながら、そう熱弁する。

 まあ、後半のは言い訳みたいなもんだ。

 

 「…わたしも店で買い物をする予定だったから別にいいけど。何も買ってあげないわよ?」

 

 「乞食してるわけじゃねーよ!いいよ、勝手について行くから。」

 

 こうしてユナンとセーナは、一緒に店を巡ることになった。

 

 2人は様々な店に入っていき、ロゼッタの町を存分に堪能した。

 そして、日が沈み始める。

 

 「…どんだけ買うんだよ。これとか、本当に要るのか?。」

 

 そう言って、ユナンはもふもふの犬のぬいぐるみを指さした。

 

 「か、可愛いからいいでしょ!それよりその…荷物持ってくれてありがとう。」

 

 「あぁ、いいよ。俺から持ちたいって言ったんだし。」

 

 途中、何もしてない自分に嫌気がさして、俺は荷物持ちを引き受けたのだ。

 

 「でも、もうお別れね。今日は楽しかったわ。ありがとう。」

 

 別れの時がやってくる。流石にこれ以上この子に付きまとったら、ストーカーと同じだ。町の衛兵を呼ばれるなんてのは御免だ。

 

 「…こっちこそ楽しかったぜ。ほら、荷物全部持てるか?」

 

 そう言ってユナンはまとめた荷物を彼女に渡す。

 

 「当たり前よ。わたしってこれでも、ユナンより、力もちなんだから。」

 

 彼女がドヤ顔でそう答え、荷物を受け取る。セーナの身長と同じくらいの荷物を背中に背負い、彼女は歩き出す。

 …結構軽々と背負っている。今の言葉もあながち、嘘では無いのかもしれない。俺の今までの存在意義とは…

 

 「またな。セーナ!」

 

 「…さようなら。ユナン。」

 

 そう言って彼女は俺から背を向け、歩きだす。

 そんな彼女の後ろ姿が、やけに寂しそうに思えて――

 

 「―――い。」

 

 「えっ?」

 

 彼女が何かを呟いたような気がした。

 

 「輝石が、無い!?」

 

 そんな彼女の焦る声が、町中に響き渡った。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 これはユナンとセーナが酒場を出た後の出来事である。

 

 「全く、変なやつらだったぜ。」

 

 男はコップを磨きながら、そう、口にこぼす。このご時世に、あんな心暖まる光景を目にすることができるとは。まだまだ世の中、捨てたものじゃない。

 

 そう男が感慨に耽っていると、カウンターの椅子の下に何やら、光り輝くものが落ちているのを見つける。

 

 「ん?参ったなぁ。嬢ちゃんの忘れ物か。…これは」

 

 男が手に取ったそれは、水色の輝きを放っている石であった。

 その瞬間、男の表情が変わる。

 忘れるわけがない、この形状、そしてこの輝きは、竜の輝石だ。…あの忌々しい竜の。

 竜人族にとって、竜の輝石は命の次に大切なものだ。いずれ、あの竜はここを訪ねてくるだろう。

 

 「おい、おめぇら!竜狩りの時間だ。」

 

 重々しく、低い声で男はそう叫んだ。その瞬間、酒場で飲んだくれていた男達の雰囲気が変わる。

 

 「悪ぃな。これが俺たちの『ケジメ』なんだ。」

 




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