漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
「いや、こういうのってすぐ町に着くはずなんじゃねーのか?」
ユナンはふらふらになりながらも、なんとかロゼッタの町にたどり着く。日はとっくに昇り、人々が仕事をし始める時間帯になっていた。つまり、ユナンは夜通し、道を歩き続けたことになる。
「…とりあえず飯だ。飯。腹が減ってはなんちゃらって母さんも言ってたしな。」
ユナンはとりあえず、町を歩いて食堂を探すことにした。
結構大きな町のようだ。馬車が二両通れるほど、大きな通りの両端に、たくさんのお店が綺麗に並び建っている。宿屋、果物屋、武器屋、道具屋などの看板がぶら下げられている。まだ、開店準備中の店が多いようだ。
これはまだ食堂も開いてないか?
そう思っていた時、酒のマークの看板に目がついた。
両開きのドアノブには、白い文字で荒っぽく「OPEN」と書かれた木の板がかかっている。
酒場だが、まあ何かは食べられるだろう。飲酒は王国の法律で成人からと決められている。俺もようやく酒を飲めるようになったわけだが、あいにくこんな状況で飲むほど、能天気ではない。
酒場の扉を開ける。木の軋む音と入店を知らせる鈴の音が鳴る。中には、奥のテーブルの方で、朝っぱらから酒を飲み交わす数名の男たちと、
「いらっしゃい。見ねぇ顔だな、兄ちゃん。」
カウンターの内側で筋肉質な腕を組んで、こちらに声をかける男の姿があった。頭には橙色のバンダナを巻き、ニカッと綺麗に並んだ白い歯を見せ、こちらに明るい表情を向ける。
ユナンはカウンターの椅子に座り、店主に話しかける。
「おっちゃん、何でもいいから、腹にたまるものを頼む。」
「おう!いいぜ、値段は…銅貨3枚だ。」
その言葉を聞いて、ユナンの表情は固まった。決して、値段が高かったからではない。むしろ、酒場にしては良心的な値段だ。だが、
――俺、金、持ってねーじゃん!
馬鹿なのか俺!?空腹で金の事なんて、全然考えてなかった。こんなことならあの時、カタナと一緒に家の全財産、持っていっとけば良かった…。
「…おっちゃん、すまねぇ。俺、銅貨1枚も持って無かったわ。ただあと少しだけ、ここにいさせてくれ…」
ユナンはカウンターに突っ伏して、そう答えた。これからどうしようか。何かの依頼とか受けて金を稼ぐしか…
ただ、この空腹の中、まともに動けるかは怪しい。
「お、おう。兄ちゃん、ワケあり見てぇだな。朝は客もあんま来ねぇし、ゆっくりしていけよ。」
おっちゃんの優しさが目に浸みる。情けねぇな、俺。
カランカランっと入店の鈴の音が聞こえる。どうやら客がやってきたようだ。
「いらっしゃい。また見ねぇ顔だな。今日は新しい客がよく来るぜ、まったく。」
スタスタとこちらに歩いてくる音が聞こえる。どうやらカウンターの席に座るようだ。
「おじさん。何か食べ物。お金の心配は要らないわ。」
甘く、澄み透った高い声がした。聴く者すべての心を震わせる、そんな声だ。
…お金の心配は要らない、か。いいなぁ。
「おう!金持ちも一文無しもみんな揃って、値段は同じ、銅貨3枚だ。これも商売なんでね。」
…多分この言葉は、その女性へというよりは、俺に向けられたものなのだろう。一文無しですみません。
「ふーん。おじさん、いいひとね。…この隣でずっと寝ている男の子は?」
「あー、その兄ちゃん。一文無しで飯も食えねぇんだとよ。流石にすぐ店を追い出すのも可哀想だから、ちょっとだけ置いてやってんだ。」
「そう。…おじさん、この男の子にわたしと同じ料理を振舞ってあげて。お金はわたしが払うから。」
「えっ!?いいのか!」
ユナンは飛び起きて、勢いよくその女性に歩み寄った。白いフードを被っていてよく見えないが、銀色の髪をした少女であるようだ。
「えぇ!?あなた、起きてたの?…そうよ、感謝してよね。――!ってあなた、まさかこんな所で出会えるなんて。」
何かに気づき、少女は目を見開いて驚く。どうやら俺のことを知っているようだった。少女の水色の瞳が綺麗に輝いている。
…ただ、こんな可愛い女の子と出会った覚えはない。忘れるはずなんて無いとは思うが、
「えっと君…どこかで会ったっけ?」
「あっ。なんでもないのほんとに。ほんとだから。」
嘘をついているのが丸わかりな反応だ。だが悪い子には見えない。飯も奢ってくれようとするし。
「ほらよ。おまちどおさん!」
出てきたのは熱々のオムライスだ。卵がふわとろで、とても美味しそう…。なんだか、涙が出てきそうだった。
「いただきまーす。」
ユナンと少女は、同じタイミングでそう言って、オムライスを食べ始めた。
卵は見た目通りふわふわで、ライスの部分もしっかりケチャップで味付けされている。身に染みる美味さだ。
…奢ってくれた少女には、お礼言わなきゃな。
「えーと俺の名前はユナン。君の名前は?」
「わたしの名前はセーナ。…ただの旅人よ。」
「そうかセーナ、本当に助かった、ありがとう。君は命の恩人だ。何もお礼が返せなくて悪いが…」
すると、彼女は少し頬を膨らませてこう言った。
「別にお礼が欲しくてしたわけじゃないもの。命の恩人だなんて、大袈裟ね。それに…」
そこで彼女は口を紡ぐ。
「…?どうかしたのか。」
「いや、なんでもないの。それより、ユナンはどうしてこの町に?」
そんな彼女の問いに、ユナンは少しだけ戸惑う。
本当の事言っても信じるわけないよなぁ。
「いや、ちょっと旅の途中でさ。とりあえず、王都でも目指そうかと。」
「ふーん。一文無しで旅なんて、変な人。」
彼女が怪しげな視線をこちらへ向ける。
うぐっ。痛いところを突かれた。俺だって好き好んで一文無しで旅なんかしてねーよ…
「実はお金、全部使い切っちゃってな。あはは。」
ユナンは乾いた笑いをしながらそう答える。すると彼女の視線がよりいっそう強くなるのを感じた。まあ無理もないであろう。
「ごちそうさま。」
ユナンとセーナはほぼ同じタイミングでオムライスを食べ終える。
「おっさん!すげぇ美味かったぜ。」
「おう!ありがとな。次はちゃんと金払ってから、その言葉を言ってくれよな。」
はい、すみません…
「えーと銅貨6枚でいいのよね。」
「いーや。久しぶりに、純粋な人の思いやりってやつを見て感動しちまったよ。特別サービス!2人合わせて、銅貨2枚だけでいいぜ。」
「あ、ありがとう。おじさん。」
「マジか!やっぱりおっさん良い人だな。」
そう言ってユナンは笑顔でセーナを見る。何故か、彼女の表情が少しこわばっているように見えた。
「ほんじゃあ次は金持ってまた来いよ。兄ちゃん。」
「あぁ!この恩は忘れねぇ。また来るよ。」
そう言ってユナンたちは店を出た。
もうお昼時になり、大通りには多くの人が行き来して、たくさんの声で溢れかえっていた。
こんなに人がいるのを見るのは初めてだ。自然と心が躍る。
「なぁ。ちょっと他の店とか行ってみないか?」
「いいけど。あなた一文無しなのに?それに、もう一緒にいる理由なんてないけど…」
結構痛いところを突かれる。確かに一緒にいる理由なんて、もうない。
だが正直、一人でいるのは心細い。それに、
「言っただろ?俺は君に恩返しがしたいんだ。店を巡るのは情報を仕入れて、依頼を受けて、お金を稼ぐことが目的だ。」
ユナンは必死に身振り手振りを入れながら、そう熱弁する。
まあ、後半のは言い訳みたいなもんだ。
「…わたしも店で買い物をする予定だったから別にいいけど。何も買ってあげないわよ?」
「乞食してるわけじゃねーよ!いいよ、勝手について行くから。」
こうしてユナンとセーナは、一緒に店を巡ることになった。
2人は様々な店に入っていき、ロゼッタの町を存分に堪能した。
そして、日が沈み始める。
「…どんだけ買うんだよ。これとか、本当に要るのか?。」
そう言って、ユナンはもふもふの犬のぬいぐるみを指さした。
「か、可愛いからいいでしょ!それよりその…荷物持ってくれてありがとう。」
「あぁ、いいよ。俺から持ちたいって言ったんだし。」
途中、何もしてない自分に嫌気がさして、俺は荷物持ちを引き受けたのだ。
「でも、もうお別れね。今日は楽しかったわ。ありがとう。」
別れの時がやってくる。流石にこれ以上この子に付きまとったら、ストーカーと同じだ。町の衛兵を呼ばれるなんてのは御免だ。
「…こっちこそ楽しかったぜ。ほら、荷物全部持てるか?」
そう言ってユナンはまとめた荷物を彼女に渡す。
「当たり前よ。わたしってこれでも、ユナンより、力もちなんだから。」
彼女がドヤ顔でそう答え、荷物を受け取る。セーナの身長と同じくらいの荷物を背中に背負い、彼女は歩き出す。
…結構軽々と背負っている。今の言葉もあながち、嘘では無いのかもしれない。俺の今までの存在意義とは…
「またな。セーナ!」
「…さようなら。ユナン。」
そう言って彼女は俺から背を向け、歩きだす。
そんな彼女の後ろ姿が、やけに寂しそうに思えて――
「―――い。」
「えっ?」
彼女が何かを呟いたような気がした。
「輝石が、無い!?」
そんな彼女の焦る声が、町中に響き渡った。
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これはユナンとセーナが酒場を出た後の出来事である。
「全く、変なやつらだったぜ。」
男はコップを磨きながら、そう、口にこぼす。このご時世に、あんな心暖まる光景を目にすることができるとは。まだまだ世の中、捨てたものじゃない。
そう男が感慨に耽っていると、カウンターの椅子の下に何やら、光り輝くものが落ちているのを見つける。
「ん?参ったなぁ。嬢ちゃんの忘れ物か。…これは」
男が手に取ったそれは、水色の輝きを放っている石であった。
その瞬間、男の表情が変わる。
忘れるわけがない、この形状、そしてこの輝きは、竜の輝石だ。…あの忌々しい竜の。
竜人族にとって、竜の輝石は命の次に大切なものだ。いずれ、あの竜はここを訪ねてくるだろう。
「おい、おめぇら!竜狩りの時間だ。」
重々しく、低い声で男はそう叫んだ。その瞬間、酒場で飲んだくれていた男達の雰囲気が変わる。
「悪ぃな。これが俺たちの『ケジメ』なんだ。」
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