リヴァースりばーす 作:LUMINA
◆
「あはは……まぁね。色々あって……行けなくなっていたの。心配かけてごめんね」
「別に貴女の所為じゃないわ。ただタイミングが悪かっただけ」
「ごめん……それは無理かな」
「さっきから貴女と二人で喋ってる、たったそれだけのことなのに身体の震えが止まらないの。名前を呼ばれるたびに心臓が痛くて苦しくなるの」
「気にしないで。ただ出来ればもう私と関わらないでいてくれると嬉しいかな」
「用件はそれだけ。…もう戻るね。話聞いてくれてありがとう。じゃあね」
ごめんなさい、ごめんなさいと後ろから聞こえてくる涙混じりの声に、俺が振り返ることは無かった。
◇
「エネちゃん、来たよー!」
「心晴、待ってたわ。じゃ、行きましょうか」
不登校を辞めてから早一週間。
今日も元気に教室にやってきた心晴を引き連れて二人で中庭へと向かう。
十分と少ない貴重な休み時間をこうして移動に使うのは勿体ないと感じるが、教室で話していると未だに視線を多く集めてしまう為、仕方がないことだと思っている。
いい加減、諦めればいいのに。普通一週間も塩対応されてれば諦めるでしょ……。
俺の世界は家族と心晴で構成され、且つ完結している。それ以上はいらないし、必要ない。
他の何者かが入り込む隙なんてないというのに、有象無象どもは諦めていないのか、目を光らせ話しかけるタイミングを伺っていた。
本当めんどくさい。
そもそもの話。どうして俺と話したがっているのかが分からない。話す内容なんてないと思うんだけど。本気で放っておいて欲しい。
とりあえず今後も塩対応は継続して、それでも諦めなかった場合は……どうしようか。
ーー皆が皆、あの子みたいに諦めてくれれば良かったけど。
数日前に話し合いをした少女の姿を思い浮かべ、溜息を溢す。
彼女の時のように一対一で呼び出すのは人数的に無理があるし、何よりその時間心晴といられないのがしんどい。結構来るものがある。
また全員に向けて関わらないでと宣告する? いや、意味ないか。それに効果があるなら今こうして悩んでない筈だし。
うん、どうしようかな。心晴の手前、あんまり手荒な真似はしたくないんだけど。
「エネちゃん、考え事?」
「あ、ごめんね。どうでもいいことだから気にしないで」
まぁ、この件は後々考えればいいか。
貴重な心晴との時間を無駄に費やすのも勿体ないし。やめやめ。
思考を強引にシャットダウンさせ、切り替える。
それから心晴を安心させるように笑みを浮かべると、彼女は「それならよかったー」とだけ呟いて笑った。
はい可愛い。釣られて自分の頬も緩んでいくのが分かる。
この笑顔を守る為なら何でも出来る。比喩じゃ無くて本気で。
「うー。子供扱いしないでよ、エネちゃん」
「ごめんね、つい。心晴が可愛くて」
「もう…! そんな言葉で誤魔化されないんだからね!」
「あはは、許して!」
「うん、許したよ」
そんな事を考えていたら、思わず手が伸びていたらしい。
心晴の髪を撫でていた手を慌てて引っ込め、軽く謝罪。
はぁ…よかった。ガチトーンで嫌がられてたら死んでたわ。
ホッと息を漏らす。
そうこうしているうちに目的地である中庭が見えてきた。
理科の授業にもよく使われるらしい中庭には緑が多く、小さいが池も存在しており、数多な生物が生息する自然豊かな空間となっている。
そんな中庭の端にポツリと置かれているステンレス製のベンチに俺たちは並んで座った。
昼休みと違い、短い休み時間。
わざわざ中庭にやってくる人もおらず、心晴の呼吸の音、自然の音だけが聞こえるこの空間はまさに憩いの場と呼べるものだった。
「…ねぇ、エネちゃん」
「なに?」
「少し話があるんだけどね」
そっと肩を寄せながら、ポツリと心晴が呟いた。
なるほど、話と。了解了解。
「承ったわ」
「まだ何も言ってないよ!」
内容が何であれ、心晴の話を断るなんて選択肢はない。即座に返すと、心晴は苦笑いを浮かべて「ほら」と人差し指を上げた。
「来週テストがあるよね」
「んー、そんなのあったっけ?」
「あるよ! 忘れちゃったの!?」
そういえば先週の木曜日に担任がそんなようなことを口にしてたっけ。
記憶を遡り、思い出した。
「あー…あったね。それがどうかしたの?」
「エネちゃんずっと学校に来てなかったから、大丈夫かなーって思って…」
心配そうな表情を浮かべる心晴に、俺はうーんと腕を組んだ。
確かにどんな問題が出てくるか全く予想ができない。登校してからの授業でやった範囲は完璧に覚えたが、それまでの内容は知らない。
ただ、まぁ所詮小学校のテストだ。
大して難しい問題は出ないと思うし、勉強しないでも90点くらいは取れる…はず。うん取れるわ多分。
「私なら大じーー」
しかし、私なら大丈夫。そう口にする前に、心晴の声が遮った。
「もし駄目そうなら、学校終わってから私が勉強を教えてあげる」
「駄目ね。うん、お願いしてもいいかな!」
前言撤回。
大丈夫なわけがないでしょ。だって三年間も通ってなかったんだもの、教えてもらわなければ点数なんて取れるわけないじゃん!
「勿論だよ! 困った時はお互い様だもんね」
純粋な笑顔を浮かべて告げる心晴に少し罪悪感を抱く。
でも……折角の誘いを断るのも忍びないし。うん、これは仕方ないこと…。
心境を誤魔化すように、こほんと咳払い。重ねて質問を投げかける。
「それで場所はどこにするの?」
瞬間、心晴の表情が固まった。どうやら提案したはいいが場所までは考えていなかったようだ。
ーーしまった……どうしよう…困らせるつもりはなかったのに…。
「ごめんなさい……考えてなかった…」
「ぁぁあ……そ、そうだ。じゃあ私の家でやらない?」
涙目でうーんと頭を悩ませる心晴に、俺はすかさず助け舟を出す。
今日は珍しく両親が早く帰ってくる日だが、二人とも心晴に会いたいと日頃から言っていたし問題は無いだろう。
咄嗟にしてはいい案が思い浮かんだ。
「え、いいの?」
「うん、心晴のことパパとママにも紹介したいし」
心晴は毎朝家まで迎えに来てくれているが、顔合わせは未だ行えていなかった。
それは両親の仕事の関係上、登校時間よりも早く家を出て行くことが多いからであり。
だからこそ、今日のタイミングは丁度いいんじゃないかな。
なんて繋げて口にすると、ピシリと心晴が固まった。
「え、ええ!? エネちゃんのお父さんとお母さん!? 会えるの!?」
「あ。うん」
「スゥー…ハァー……どうしよう。もう緊張してきた。何話せばいいんだろう…」
急に深い深呼吸を繰り返す心晴。見る見るうちに身体が強張っていくその様は、言葉通り緊張しているように見えた。
もしかしてファンだったのだろうか。
世界的歌姫である母は勿論、その伴侶であり大企業の社長でもある父にも何故かファンが実在した。心晴もその一人なんじゃないか。
友達の両親に紹介されるだけにしては過剰すぎる仕草に、ふとそんな考えが過ぎる。
誇らしいような、恥ずかしいような。嬉しいような、モヤモヤするような。よく分からない感情を抱きながらも、俺は何とか苦笑を返してみせた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。私がしっかりリードするから」
言い切ると同時に三分前の予鈴が鳴る。
休み時間過ぎるの早いって…。
もう少しあってもいいのに。
「…戻ろっか」
「うん」
頷いた心晴は立ち上がると、何かを決意したように俺の顔を凝視して告げた。
「エネちゃん、私。ちゃんと友達だって認めてもらえるように頑張るから!」
「うん。頑張って」
実際のところ、俺の不登校を辞めさせ、生き甲斐を見つけさせてくれ、何よりこんなにも可愛い心晴が認められないことなんてほぼ有り得ないわけだが。
流石に水を差すのは憚られるな…。
やる気に燃える心晴の姿に俺は喉まで出かけていた言葉を飲み込み、代わりに微笑みを浮かべて応援の言葉を口にした。
◇
「じゃあ、またね」
「うんバイバイ」
はぁ……
心晴の姿が完全に教室の奥へと吸い込まれた瞬間、表情が抜け落ちていくのを感じた。
同時に溜息が溢れる。
次に会えるのは45分後。
一時間にも満たない僅かな時間なのに、とても長く感じてしまう。
「早く会いたいなぁ…」
教科書をペラペラと捲るだけで全てを覚えられる俺にとって授業を受けるメリットは何一つもない。
ただただ無意味で退屈な時間だった。
しかもーー。
「ーーじゃあ横の人とペアを作って今の問題を答え合わせしてください」
ーーこういったペアワークが度々あるからめんどくさい。
思わず溜息が出る。
前々から思っていたが、本当この文化滅べばいいのに。今時ペアワークとか絶対必要ないでしょ。
尤も、心晴とペアなら話は別なんだけれども。
「えっと…あの……天海さん………答え合わせ…」
「はい。これ正解だから」
困惑気味に声を掛けてくる横のモブに、俺はノートを投げるようにして渡す。
ノートを見返すことがないので全て走り書きだが、万が一心晴に見せて欲しいと頼まれた時用にそこそこ綺麗な字で書いてはいた。
まぁ、本当に頼まれた時は全ページ1文字1文字魂を込めた文字で新しく書き直すくらいはするつもりだが。
「あ、ありがとう。正解だからって、すごい自信あるのね…」
「何言ってるの? この程度で私が間違えるわけないでしょ」
「そ、そっか……。あっ、答え合わせできたからノート返すね…」
「…」
ノートを受け取った俺は再び時計に視線をやった。秒針が進むのがやたら遅く感じる。
いっそ手で強引に回したい。なんてもどかしさを抱えながら早く進め。進めと、秒針が動くのを目で追いかけていた。
「……本当生意気」
そんな中ハイスペックな身体は、微かに発せられた音を感知したが、特に気にすることなく時計を眺め続けた。
ーー心晴…。あぁ…。
非凡な有象無象どもが発する雑音なんて俺にとって心底如何いいことだった。
◇
「うぅ……何て挨拶しよう」
待ちに待った放課後、下校の時間。
家まで半分の距離を切ったところで、心晴が話題を切り替えた。
「普通によろしくお願いしますでいいと思うけど」
「そ、そうかな? でも……あああ…お腹が痛くなってきた…」
「大丈夫? もうすぐ着くけどやっぱり辞めとく?」
「ううん、行く!」
緊張する心晴とは裏腹に、俺の気持ちは浮き浮きとしたものだった。気を抜くと鼻唄を歌ってしまいそうなくらい上機嫌だった。
大事な人と大事な人とが知り合うのは何となく嬉しいものだ。
繋がりが濃くなっていってる気がするから。
「緊張する…」
「大丈夫よ。心晴は普通に挨拶するだけで良いの。心晴の素晴らしさは既に何度も語っているから、知ってるはずだしね」
「………うぐぐ………あ、ありがとう、エネちゃん」
「? どういたしまして」
そんな会話を交わしているうちに、距離はどんどん縮まり、家が見えてきた。
大通りの中にドンと存在を主張する洋風の門を抜ける。
玄関の前に立つと、一分もしないうちに両開きの扉が内側からゆっくりと開かれた。
「お帰りなさいお嬢様」
出迎えてくれたのはいつもの家政婦だ。
「うん、ただいま。さ、遠慮なく上がって上がって」
「お、お邪魔します…!」
「おや、一ノ瀬様も一緒で?」
どうやら玄関口からは心晴の姿が見えなかったらしい。
頭を上げた家政婦は少し驚いた後、嬉しそうに口元を綻ばせた。
「うん、パパとママに紹介しようと思って」
「そうですか。きっと喜びますよ。お二人とも今はリビングにいるはずです。…では私は荷物を運んでおきますね」
「うん、心晴のも私の部屋にお願い」
「あ、お願いします…」
「かしこまりました」
すかさず一礼、片腕に俺と心晴の荷物を抱えた家政婦は、玄関の鍵を閉めるとそのまま俺の部屋の方向へと下がっていった。
洗練された一連の行動に、「ほぇー」と声を漏らす心晴。
うん、可愛い。
いつまでも眺めていられるが、今回は割愛。
「心晴」
呆けている心晴の肩を軽く叩き現実に戻す。
さて、二人はリビングにいるのか。
基本うちの家族はバラバラに過ごしているから、てっきり今日もそうだと思っていたけど…。
これは好都合、呼びに行く手間が省けた。
「じゃあ行こっか、心晴」
「う、うん」
家政婦が消えていった方向を眺める心晴の手を握り、引っ張るようにしてリビングへと向かった。
◇
「ただいま」
「おかえり、エネ。と……ん?」
「エネ、その子はもしかして?」
使用人の言った通り両親はリビングにいた。
ソファーに肩を並べてのんびりとテレビを眺めていた二人は、俺と一緒に入ってきた心晴に気付くとスッと立ち上がった。
「紹介するわ、心晴。私の両親よ」
「あなたがコハルね! エネからよく聞いてるわ。初めまして、エネのママです」
「初めまして。エネの父です。いつもエネと仲良くしてくれてありがとう」
明るく笑顔を向ける母と、礼儀正しく頭を下げる父。
対照的な二人を前に、心晴がゴクリと唾を飲んだ。
「は、初めまして! 私は一ノ瀬心晴です! あの、そのえっと…ふ、不束者ですが、末長くよろしくお願いします!」
「え…」
「ほう…」
「あはは、心晴それ結婚の常套句だよ」
テンパっているのか変な挨拶をする心晴に苦笑いを浮かべながら指摘する。
途端、心晴は「ゔぇ…っ!?」と変な声を出した。
そういうところも可愛い。
「え…あ……そ、そうなの? えっとじゃあ…」
「普通によろしくでいいの」
「よ、よろしくお願いします!」
本当抜けてるなぁ。俺がしっかり面倒見てあげないと。
そんな俺たちのやりとりを見ていた両親は微笑ましい物を見る目をして、しかし何故か苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
◇
両親と心晴の初めての邂逅は軽い自己紹介だけでそう時間をかけずに終わった。というか終わらせた。
いっぱいいっぱいだった心晴はともかく、両親はまだ話し足りない様子だったが、俺が強引に割り込んだ。
遊びが目的ならともかく、テスト勉強が目的な以上、挨拶にそこまで時間的リソースを割くわけにはいかない。
またいつか遊びに来た時に存分に話せばいい。という言葉で説得させた。
「じゃあ私の部屋に行こっか。案内するわ、心晴。…心晴?」
「…凄い美男美女……テレビで見た時より何倍も綺麗だった」
おそらく声に出している自覚はないのだろう。
隣にいた俺でさえ聞き取るのが困難な、小さすぎる声で心晴は続ける。
「けどお胸はテレビで見た時より小さい」
うん、家の外ではパッド入れてるからね。貧乳なの気にしているみたいだし、言わないであげてほしい。
あと…お願いだから残念そうな視線を俺の胸に向けないで。別に胸なんていらないから。心晴がいればそれでいいから。
……もしかして心晴は胸フェチなのかな。いや、まさか……。…でも可能性は…ないとは言えないし。
……。
………。
こほん、咳払い。
大きな声で呼びかける。
「心晴!」
「ゔぇ…な、何!? ごめん考え事してて聞いてなかった」
「だと思った。早く私の部屋に行きましょ」
……バストアップの本でも読もうかな。けど遺伝的に結構キツい気がする……。
俺は引き攣りそうになる表情を必死に抑えて、心晴を自室へと案内した。
◇
部屋に案内する。
思えば家政婦や両親以外の誰かを招くのは初めてのことだった。
模範的優等生を演じていた頃も部屋どころか家にすら誰かを連れてきたことがないーー。
部屋汚くないよね。大丈夫だよね。
ーー故に、部屋の前に到着するや否やそんな不安が頭を過ぎった。
今更ながらに緊張してきた。
心臓が煩いほど痛い。ホント黙れ。
いつ心晴を招いても良いようにと、ちゃんと掃除は定期的にやっているつもりだが、それでも不安になる。
汚れの拭き残しは無かっただろうか。埃は落ちてないだろうか。
『掃除もちゃんと出来ないんだ』
そんなことを思われた日には間違いなくショックで寝込む。
「エネちゃん?」
「ごめん。少し考え事してて」
ええい、ままよ。
心配してても今更引くことはできない。
「ここがエネちゃんの部屋。…凄く可愛い!」
「あはは、ありがと」
部屋に入った心晴は興奮した声でそう言った。
俺の部屋はいわゆるガーリーなインテリアで囲まれている。無論、俺の趣味ではなく母が買ってきてくれた物なのだが好評そうで良かった。
うん、大丈夫。埃も落ちてなさそう。
「じゃあ早速」
ーー勉強をしよっか。
そう言葉を発しようとして視線を戻した俺は。
「わぁ凄いフカフカだ」
いつのまにかベッドの上に座っている心晴に言葉を失った。
「こ、こ……こ、こ…心晴?」
「エネちゃんの匂いがする」
俺の枕を抱き抱え、頬を赤らめて幸せそうに目を細める心晴。
あぁ……ヤバい。心臓が保たない。
顔がひたすらに熱い。
「こ…心晴。な…なにし…てるの…?」
「あ、ごめんね。気になっちゃって。嫌だった?」
「い、嫌じゃないけど! 心の準備というか……何というか……ごめん…ちょっと落ち着かせて…」
余談だがショートした頭が冷めるまで約五分かかった。
◇
テスト勉強は難航していた。
テストの内容は国語、算数、理科、社会と主要科目全教科がごっちゃ混ぜで夏休みの宿題の中から適当に出てくるらしい。所謂宿題テストというやつだ。
一つのテストなのに全教科満遍なく勉強しないと点が取れない。小学生ならではの鬼畜仕様だった。
まぁ、俺にとっては関係のない話だが。
ーーよし、全部覚えた。
俺は心晴に見せて貰った宿題をペラペラと一瞥して小さく頷く。
やはりこの身体の記憶力、計算力は凄まじい。
一目見ただけで写真のように記憶されていき、機械を使っているかの如く複雑な計算でも一瞬で結果が導き出せる。
よっぽどいやらしい問題が出題されない限り、百点は間違いないだろうと思えた。
ーーだから俺は問題ない。のだけど。
「うー…エネちゃん………。ここ分かんないよー…」
問題は、心晴にあった。
教えると豪語していただけだって馬鹿…というわけではないが、お世辞にも天才とまでは言えない。ごく普通な学力だった。
故に勉強を開始する前は「俺に勉強を教える」と張り切っていたにもかかわらず、その自信は数分のうちにすっかり消え失せており。
今では涙目を浮かべて頭を悩ませ、俺に助けを求めてくるようになっていた。
立場が逆転してるじゃん、なんて思わないこともないが、一方でそういうところも可愛いと思っている自分がいる。
これも心晴の魅力の一つなんだろう。他の人だったらこうは思えなかった。暴言の一つや二つ吐いていたかもしれない。
そう考えるとやっぱり心晴は凄いと思う。
改めて感心しつつ、仕方ないなぁと心晴が指さす問題に目を向けた。
「あー、ここね。これはね、さっき教えた公式と。…あったあった。この公式を組み合わせて使うと解けるの。やってみて」
「ホント? …わぁ、すごい! できた! ありがとうエネちゃん!」
「どういたしまして」
カリカリと鉛筆を走らせ、新たな問題に集中する心晴をのんびりと見守る。
心晴が質問してくる時以外は特にすることもなかったが、不思議と退屈と考えることは無くただただ幸せな時間だった。
◇
次の日もその次の日も。テストの前日まで二人きりの勉強会は続いた。
「うー……どうやってやるんだっけ。待って、答え言わないでねエネちゃん! 私一人の力で解くから!」
「そこはね、心晴…」
「言っちゃダメだってー!?」
「あはは、嘘嘘。言わないわ」
声を上げて笑う。
あぁ楽しい。
やっぱり心晴と過ごしている時が一番生を実感している。
生まれてきてよかったと心の底から思えた。
「こんなに勉強したの初めてだよ…。80点取れるかなぁ…」
「心晴なら出来るよ」
ふとそんな言葉を漏らす心晴に、俺も何点くらい取れるんだろうと考えた。
今の理解度だと84…いや85。理解が薄いところを重点的に出されたら78まで落ちる可能性はあるし、逆に理解しているところが重点的なら90まで上がる可能性もある。ケアレスミスの可能性も考えるならさらに振れ幅は広がるだろう。
と、そこで何となく思いついた。
満点が分かりきったテストを普通にやるのも面白くない。
それに俺にとって成績はぶっちゃけどうでもいい。だったら試してみるのも一興だろう。
「…やってみようかな」
「何か言ったエネちゃん?」
「私も頑張ろうかなって」
「そっかエネちゃんなら満点取れるよ!」
「ううん。満点は取らないかな」
そして次の日。
俺にとって六年生初めてのテストがやってきた。
◇
放課後。いつもより機嫌がいい心晴が目をキラキラさせて尋ねてきた。
「エネちゃん、テスト何点だったー?」
「うん、心晴のおかげでまずまずだったよ。心晴は?」
「私はね…見て! じゃーん! 人生で最高の点数だったの!
余程見て欲しかったのだろう。
心晴は一瞬でテストを取り出すと、俺の前に大きく広げた。
その点数は。
ーー87点、か。…あーあ。
「エネちゃんは?」
「うん、心晴ちゃんに2点負けちゃった」
苦笑して、鞄からテストを取り出した。
85点。
満点しか見たことがない今世では最低得点である数字。
「やったぁ、勝ったー! 私の勝ちだね! ブイ!」
「結構頑張ったんだけどな。残念」
両手にVサインを作り、無邪気に喜ぶ心晴の姿を目に焼き付けて。
ーー俺はバレないように、はぁ、と小さく溜息を吐いた。
うん、割と本気で頑張ったつもりだったんだど…。
お揃いの点数にするのって割と難しいな。
昨日までの心晴の知識なら、夜間勉強して伸びる分を含めても85点くらいだと思ってたんだけど。
やっぱり上手くはいかないか。
「2点足りなかったかー。うん…難しいなぁ」
帰宅後自室に戻った俺はベッドにダイブして、再度テストを取り出す。
心晴が間違っていた箇所、そして自分が解かなかった箇所を照らし合わせ、心晴の学力を更に細かく分析していく。
次こそは。次回こそは必ずお揃いにして見せる。
そんな決意を抱いて、用済みになったテストをグシャリと丸めゴミ箱に投げ入れた。