リヴァースりばーす 作:LUMINA
季節の移り変わりは早いもので。
夏の残暑が嘘のように消え去り、木枯らしが吹き付ける寒い冬。
「あー、寒……寒い…」
寒さを緩和することは流石にチートのこの身体でも出来ず、玄関を出た俺は身を縮こまらせた。
ネックウォーマー、ウィンドブレーカー、手袋と学校で使用許可が降りている防寒具は当然着用している。
でも寒い。
「また一段と冷えてきてる…」
染み透る冷たい空気に吐く息が冷やされ白くモヤとなり目の前に広がっていうのを見て、また一段と寒くなっていることを実感する。
まだ12月に入ったばかり。これからもっと寒くなっていくのだろう。
本当勘弁してほしい。
俺は溜息一つ吐き、直後押し寄せてきた冷気にぶるっと大きく身震いした。
「んー、そろそろかな」
服の上から腕を擦りつつ、腕時計に目をやった。
時計は父が誕生日に買ってくれたやつで有名なブランド品らしい。
俺自身ブランドに興味があるわけではないので詳しいことは分からないが、両親の反応やデザイン、精度を見るに結構高価なものらしかった。
そんな時計が表示するのは七時十五分という時間。
外に出て待ち始めたのが七時ジャストだったことから、かれこれ十五分経過していることになる。
こんな寒い中、心晴を待たせるなんて以ての外。
そんな心境で木枯らしが吹き始めた頃から彼女が訪れるのを外で待ち始めたわけだが。
「それにしても本当に寒いな」
結構辛いものだと溜息をこぼす。
転生前は寒さにそこまで弱くなかったはずなのだが、今の俺の身体はすっかりと寒いのが苦手になっていた。
これも正反対にして欲しいという願いの影響なのか、或いは単に性が変わったことによるものなのか……。確かに男性と比べて女性は冷えやすいと聞くが…。
まぁどうでもいいか。
この手の話は転生した理由等と同様。幾ら考えたところで結論なんて出せない。神のみぞ知る話題だ。
考えるだけ時間の無駄。そんなことにリソースを割くくらいなら心晴の姿を思い浮かべていた方が一億倍良い。と強引に思考を打ち切り、悴んできた両手にハァと息を吹きかけた。
「もうすぐかな」
おそらくそろそろ来るだろう。そう予測をつけ、両手を擦りつつ、ゆっくりと空を見上げた。
氷のように冷ややかな空には、竜の鱗のような雲が一面に広がっていた。
確か鱗雲が一つ一つハッキリ見える時はは雨の前兆だったはず。
この寒さだともしかしたら雪が降るかもしれない。また寒くなるのかとうんざりしつつ、しかし、雪が降ったら心晴が喜ぶだろうなとも考え、その光景を思い浮かべてクスリと笑みを溢す。
心境としては複雑だが、心晴が喜ぶならそれでいいかとも思えた。
「噂をすれば影が差す…いや『何とやら』とぼかしたほうがいいのかな」
丁度遠くから聞こえた心晴の足音に、俺はそんな言葉を口にする。
音が聞こえた距離からしてあと一分もしないうちに姿を見せてくれるだろう。
さぁ、今日は何て言葉をかけようか。
とりあえずいつも通り体調のチェックから入るとして、その後はーー。
俺は今まで巡らせていた思考を停止させ、心晴にかける言葉のパターンを考え始めた。
◇
「おはよ、心晴。今日もまた一段と寒くなってきたけど体調は大丈夫? もし具合が悪かったらすぐに言ってね」
「おはよ、エネちゃん。うん、私は元気だよ。エネちゃんこそ大丈夫? また外で待ってたんでしょ? もう、家で待っててって何度も言ってるのに…」
俺が外で待っていたことに不服だったのだろうか。心晴は挨拶を交わすや否や頬を膨らませ、拗ねた様子でボヤいた。
ーーうん拗ねた様子もかわいい。じゃなくて。
俺は考えていた話を止め、彼女に笑いかける。
「こんな寒い中、心晴を待たせるわけにはいかないじゃない。それに…心晴だって逆の立場だったらそうしたんじゃないかな?」
それは彼女の優しさに付け込む、意地の悪い言葉だと理解している。
しかし、こうでも言わないと心晴の性格上引かないだろうと推測し口にした。
「うぅ…確かにそうだけど。それでも……うー……。…本当頑固なんだから。ほら、冷たくなってる」
心晴は言い淀んだ後、俺の両手をギュッと上から被せるように寮の掌で覆った。
ーーえ。手、柔らか……じゃなくて。え、え?
「お、…お互い様でしょ。心晴の手も冷たいよ」
唐突のボディタッチという予想外の行動に一瞬頭がショートしかけたが、何とか思考を回して言葉を繋げる。結構危なかった。
うん、何か最近ボディタッチが増えてきている気がする。
嬉しいんだけど。……何かちょっと心配にもなる。
男子とかにやってないよな、これ。
そう言った話は聞いたことがないが念の為に一応確認しといたほうがいいだろう。と俺は彼女に声を掛け。
「ねぇ心晴、あのさーー」
「そうだ、こうすればあったかいよ!」
「心晴? え、あ」
思考が完全に停止した。
右手と左手。お互いの手をピッタリと合わせ、五本の指を絡ませて互いに握り合う。
所謂恋人繋ぎと呼ばれる繋ぎ方に、時間にして数秒俺の頭は真っ白になった。
「うん、あったかいね」
「そ、そうだね」
「そろそろ手袋したほうがいいかもね」
「そ、そうだね」
心臓が早鐘を打ち続ける。息が苦しくなるほどの激しい動悸。次第に呼吸が荒くなっていくのを感じながらも、どこか幸福感に満ちていた。
…手汗かいてないよね。大丈夫だよね。
こうも高揚感に溢れていると心配にもなってくる。精神性発汗ばかりはどうしようもない。
抑えるツボは一応知っているものの、既に手を繋いでる現状押しようが無いし。
あぁぁ、無理、無理嬉しいけど無理。恥ずかしすぎる。
とりあえず心晴と会う時は必ず制汗クリームをつけておくことにしよう。そうしよう。そうしないと心が保たない。
「エネちゃん。大丈夫? 顔が真っ赤だよ」
「き、気にしないで」
「あ、そうださっき何言いかけてたの?」
さっき? えっと…あぁ、そうだ。ボディタッチのことを聞こうとしてたんだっけ…。
他の人にもこういうこと……して欲しくないなぁ。
心晴が有象無象にボディタッチをしている姿を想像して、頭を横に振った。
気に食わない。有象無象如きが心晴に触れるなんて。近づくことすら烏滸がましいのに。
「ねぇ、心晴。私以外にこういうことしないでね」
そんな事を考えていたからだろう。
声に出た言葉は出そうとしていた言葉とは違ったものだったが、心晴はキョトンと目を丸くした後、笑顔で大きく頷いた。
「しないよ。エネちゃん以外にはしないから、安心して」
親友としてかなり信頼されているのだろう。
言葉を裏付けるように繋いでいた心晴の手にぎゅーと力が入る。それは強すぎず、弱すぎず適度な力加減だった。
「ねぇ、エネちゃん」
「な、何?」
彼女の顔を見れば、ほら、と期待をしたような目を向けてきた。
「エネちゃんも」
硬直した俺に焦れたのか、心晴は耳へ触れ誘惑するように囁いた。
「握って?」
彼女にそんな意図がないのは分かっている。
これは普通の女子の距離感で、俺はそれを知らないから勝手に誘惑されたように感じているだけ。だけどーー
ーーずるいよ、そんなの。もう無理、抗えない。
俺は一旦思考を放棄して、心晴の手を強く握り返した。
◆
「じゃあまたね、エネちゃん!」
「またね心晴」
心晴が扉の奥に姿を消したのを見届けた俺は、深く溜息を吐いて自身の教室へと足を踏み入れた。
幸福な気持ちから一転。また一日退屈な授業を乗り越えなければいけないのかと考えると、いつものことだが最悪な気分だった。
一限、45分と長い拘束を過ごし得ることが出来るのは僅か10分と短い自由。
ハッキリ言って割りに合わない。
会えない時間が愛を育てるとか、二人を強くするとか言う言葉があるが、それらは我慢を強いられる自分への言い訳他ならない。
ずっと一緒にいてもいいならずっと一緒にいるだろう。
少なくとも俺はそうしたい。
背負っていたランドセルを降ろし、力なく椅子に浅く座る。そのまま頬杖をついて窓の外を眺めた。
改めて思う。
やはり学校は嫌いだ、と。
そもそも一度義務教育を修了させている身。そこにチートのような頭脳もプラスされているのだ。授業で学べることは殆どなく、現状両親と心晴の為だけに行っていると言っても過言ではなかった。
それにーー。
俺は先程から感じていた視線の方向へ顔を向けた。慌てて目を逸らす男子生徒の姿が目に映る。それは一人だけでなく、複数人と存在した。
ーーうわ、気持ち悪。
高学年になり、思春期に突入した男子が出てきたからだろうか。
自分の容姿は人目を、特に異性の目を強く惹きつけるのか。ギトっとした粘着質な視線を向けられることが多くなった。
バレていないと思っているのか。すまし顔を浮かべている男子生徒達に小さく舌打ちする。
奇異の目で見られることは少なくなってきたものの、これはこれでウザイし何よりキモい。
昔は皆の初恋を奪おうと考えていたのだから、何も考えていなかった自分の馬鹿らしさに呆れ返る。
男子の初恋の相手が自分とか……想像するだけでも気持ち悪い。また、そういうことを妄想されているかと思うと酷い吐き気がする。
無理無理無理無理本気で無理。
大きく身震いをした俺はなるべくこの話題を考えないようにと再び視線を窓の外へ戻した。
◇
好きな時間は登校と下校。あとは休み時間だけ。言わずもがな、心晴に会える時間以外は大嫌いだった。
ーーキンコンカンコン。
聞こえてきたチャイムの音で俺はようやく窓から視線を外した。
もうあと五分で授業が始まる。
真面目に受けるつもりはないが、授業の準備だけはしておかないと後々めんどくさい。
具体的には保護者会で親に愚痴られる。
漫画の世界のように勉強が出来るだけで許されることはなく。出来る出来ないより、周りと合わせることを重要視しているらしい。
過去の先生のやりとりからそれを学んだ俺は、渋々とランドセルから教科書を取り出す。
トントンと机の上で教育の端を整え、それらを机の引き出しに入れようとして、気づいた。
引き出しの中に一通の手紙が入っていることに。
今日はいつもより視線が多いと思っていたが、そういうことだったのか。
あはは。うん、死ね。
一人納得した俺は、手紙を押しつぶすように教科書を力強く放り込んだ。奥に何か詰まっている感触がするが、俺は何も見ていないし、机には何も入っていなかったのだから気のせいだ。
ーーとはいかないんだろうな。他の人にも手紙を出したことを教えているみたいだし。
……本当めんどくさい。
この後起こるであろう厄介ごとを予期して、俺は本日最大の溜息を吐いた。