fate/stellaris 【完結】   作:宇宙きのこ

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何とかここまで来れました。
ステラリスのメインテーマでもあるFaster Than Lightを聴きながら
読む事をお勧めします。




夢の跡

 

 

【兵どもが夢の跡】

 

 

 

戦争は終わった。

ブリテンとローマの衝突から始まった天上戦争はリヴァイアサンの壊滅と星の自殺という形で幕を下ろしたのだ。

ローマはルキウスを失い、ブリテン王国はアーサー王とガレス、トリスタンを失った。

 

 

結果としてみれば永遠帝国・ローマの勝利である。

ルキウスが亡くともガンヴィウスさえいればローマは揺るがないのだから。

しかしこの程度の結果などもう何の意味もなかった。

 

 

既に世界全土が消えうせようとしている。

虚無の孔は星系を飲み込み、この星もまた主たる星が息絶えた事と、世界そのものが存在することを止めてしまった結果として無へと還らんとしていた。

それは子供が遊び終わった玩具を片付ける様でもあった。

 

 

「彼ら」の艦隊はこの消失現象に飲み込まれても特に影響はない。

元よりこの世のモノではない故に、あらゆる世界を構築するオブジェが消え去った虚無の中を漂う事になるだけだ。

この消失現象が完了した暁には星系の有った空間には何もない空洞が存在することになるだろう。

 

 

宇宙においては特に珍しくもない超空洞の一種である。

つまり「彼ら」は世界からはじき出される形になる。

 

 

 

戦場には沈黙が満ちていた。

少し前までは有った血の気に満ちた叫び声は今はなく、誰もが呆然と宙を眺めている。

星を穿つ光が消え去り、昼だったはずの空が青紫に塗りつぶされたそこには今は威容を誇るスター・イーターの姿が映っていた。

 

 

直系5000キロ程の大きさを誇る星団捕食兵器は今やSOL3にかなり接近しており、星に住まう全ての命が箱型の怪物をまざまざと見せつけられている。

スーパー・ムーンの何百倍も巨大な「箱」はただそこにいるだけで星をざわつかせる圧を放っていた。

霊長の戦闘に長けた本能が空に現れた異形の星の用途を悟らせてしまう。

 

 

即ち、アレは……全てにおいて自分たちの理解の外にいるが、間違いなく恐ろしい用途の為に作られたのだと。

そしてもしもアレがその気になれば自分たちの運命など容易く閉ざされてしまうと。

 

 

スター・イーターの威容に光が走り、表面上に巨大なローマの国旗を浮かび上がらせる。

数多くの者はソレを見た瞬間に安堵のため息を吐いた。

アレは我々の神祖の権能の一つなのだと、自分たちを安心させる方向に物事を捉えていく。

 

 

 

「彼ら」はコロッサスを通して惑星全土に余すことなく降り注がれたシュラウド・エネルギーを操作した。

ソレの性質を変化させる。具体的にはコロッサスの装置の一種足る神聖執行装置と同種の精神に干渉するエネルギーへとシュラウドの力を変換した。

元の装置の如く惑星全土の精神を“啓蒙”する程の出力は得られなかったが、これによってこれから行われる“説得”の成功率は高まることだろう。

 

 

 

『我が民たちよ。耳を傾けよ』

 

 

 

数多くの騎士が亡骸を晒す戦場の中央にガンヴィウスは居た。

彼の周りには全てのローマの兵士たちが跪いていた。

あらゆるローマの兵士たちは蘇生され、これから神祖が発するとされる重大な神託を心して受け入れようとしている。

 

 

もはや戦いは終わっている。ブリテン軍は壊滅した。

そして星の死に伴い、真祖たちもまた灰となり崩れ落ちた。

残った英霊もちょうど最後の一人……金髪の筋骨隆々の青年がグレイ・セファールの手によって子供が虫で遊ぶかの如く四肢をもぎ取られ、ゴミの様に放り投げられエーテルへと還った。

 

 

最後の最後まで抵抗を続けていたギャラハッドとベディヴィエールもガンヴィウスの手によって直々に無力化され、砕かれた盾が無造作に放られていた。

一カ所にまとめられ、両手を頭の上で交差させられた騎士たちは怯えた表情で神祖の割れた顔を見ている。

彼らの周囲には新たに製作されたプロメシアン達がおり、敗北者たちを見張っていた。

 

 

完膚なきまでに敗北した騎士たちは誰もが顔を俯かせ、神祖の顔の内側で蠢く光がこちらを向かないでくれと願っていた。

 

 

『残された時間は多くない。この世は終わりを迎えようとしている』

 

 

全てのローマの民に向けて「彼ら」は念話を繋いでいる。

その接続を利用して鮮明な映像を送り付けてやる。

暗黒の孔に虫食いの如く犯され消えていく世界の絵図を流し込んでやれば、全ての民は一斉に恐怖を抱く。

 

鍛え上げられた軍人たちでさえ不安を滲ませた表情で神祖を見ていた。

しかしガンヴィウスは平時と何も変わらない。

傷こそ負っているものの、威風堂々とした佇まいで言葉を続けていく。

 

 

 

『我々は勝利した。

しかし愚劣な事にこの世界は我らの繁栄を拒絶し、身勝手にも未来を奪おうとしているのだ』

 

 

 

先頭に立ち兵士を鼓舞しながら圧倒的な力を振るうルキウスの姿と、その雄々しい最期を民たちは知った。

最期の瞬間までローマを守り抜き、無辜の民の為に力を行使した剣帝を誰もが我々の誇りだと噛み締めた。

「彼ら」は手に入れた情報を民たちでも判るように咀嚼し、僅かばかりの「演出」を加えてから配布していく。

 

 

“剪定”という世界のシステムを民たちは説かれた。

顔も姿もない誰かが「これは間違いである」と決めつけ、不要と判断した世界を消し去るという暴虐。

霊長の集合無意識の認識領域は人類が存在する世界全てである故に、見ず知らずの“誰か”に不要と烙印を押された上で勝手に殺されるという理不尽。

 

 

結局のところ人類とはいつもこうなのだ。

個人が別の個人を殺すのと同じである。

スケールこそ違うものの、要は世界単位での陣取りであり、これの本質は国家が別の国のリソース(容量)を奪おうとしているのと変わらない。

 

 

 

奪い、奪われを永遠に繰り返し、途方もないロスを発生させ続けるのは霊長という種がもつ本能のようなものだ。

英雄王はかつて人類を獣と評した。

他者の犠牲を糧にしなければ生きられない獣だと。

 

 

全く以てその通りであるとガンヴィウスは同意する。

しかして獣であるのならば相応しい飼い主がいれば素晴らしい真価を発揮するのもまた真理である。

馬や牛、犬や羊が人類の文明にどれだけ貢献したかは語るまでもない。

 

 

 

ローマの全ての民たちが神祖より伝えられし真実に呆然とし、次いで全体の半分は嘆いた。

自分たちは此処で終わりなのか、と。

勝手に不要と判断され、挽回のチャンスさえ与えられずに死んでしまうのだと諦めた。

 

 

残りの半分はまだ神祖の話は終わっていないと知っていた。

それでいて内心でふつふつとした怒りを抱いている。

そんなふざけた話があるか、世界の思惑とは裏腹に繁栄(成功)したから死ねと? 

そんな事、断じて認められない、嫌だと心の底で叫んでいた。

 

 

ギラギラした瞳で兵士たちが自分を見てくるのをガンヴィウスは感じ取り、微笑んだ。

最悪とも評せる情報を伝えながらも余裕を崩さず、自信に溢れた姿を見せる彼に兵士たちは期待を募らせていく。

 

 

『お前たちの憤りが伝わるぞ。

 ふざけるな、貴様の都合など知った事ではないと言いたいのだろう? 

 自分たちはただ生きているだけだ。愛する者と明日を生きていきたいだけなのだと』

 

 

老人は大きく腕を広げて宙を仰いだ。

天を統べ、地に豊穣を満たし、人を導いてくれる寛大で温情に溢れた神様は切り捨てられようとしている全ての命を代弁した。

 

 

『私が断じてやろう。この星は間違っている。狂っている。忌むべき法則に囚われている』

 

 

ガンヴィウスの声は途方もない圧を込められて惑星における全ての命に届いていた。

ローマだけではない。ブリテンの民にさえも彼はメッセージを送り付けている。

深く重い彼の声はそれがどのような突拍子もない話であっても人々の心に刃の様に潜り込み、しみ込んでいく。

 

 

気づけば多くの人々は怒りを目に宿し拳を握りしめていた。

なぜ、我々が死なねばならない。

なぜ、我々が切り捨てられねばならない。

何よりも憤怒を覚えさせられるのは()()()()()()()()()()が存在しないということであった。

 

 

判りやすい悪がいない。

これを倒せば全ては解決するという都合のいい物語の中の魔王が存在しないというのがまたローマの民たちが怒りを増す理由であった。

どうしようもない、これはこの世界における絶対の法である故に諦めるしかないのか、という不合理は人々の心を黒く濁らせる要因である。

 

 

故に続いて放たれた神祖の言葉に誰もが瞳を輝かせた。

「彼ら」は神祖として活動するにあたって常に人類の期待に応え続けていた。

霊長は力への羨望が強い故に、多くの者らはガンヴィウスの行使する力に対して畏怖を抱き、信仰を抱くのだ。

 

 

此度も同じであった。

理不尽な剪定という世界の暴挙に対して己たちの神は高々と否定を叩きつけ、更には戦いを挑もうとしている。

それは途方もない高揚を齎す宣言であった。

 

 

『この過ちは私が正す。しかしそのためには諸君らの助力が必要だ』

 

 

老人の声は聞く者全てを魅了する。

彼の言葉は誰もが胸の内に秘めた願いの代弁であった。

それでいて、自分たち導いてくれた神祖に必要とされる喜びさえもそこにはあった。

 

 

世界に不要と切り捨てられながらも神祖ウラキ・ガンヴィウス=クィリヌスはローマ(自分たち)を見捨てることはない。

それは正しく希望であった。世界が終ろうと神は自分たちを見捨てないのだと。

人種も肌の色も、女子供老人関係なく誰もが同じことを口にし、神へと懇願した。

 

 

世界の勝手な都合など知った事か。

何が剪定だ、我々は勝利したというのに!

ルキウスをよくも、我々の愛する皇帝をよくも殺したな。

 

 

最後に全員が同じことを思った。

この星を許さない。世界を許さない。

自分たちの統治者は神祖ガンヴィウスのみ。

貴方様が星を認めないと仰るのであれば、我々は貴方様の意に従うまでですと。

 

 

 

『我々の皇帝は最期に言い残した。

 必ずや我らは星を屈服させると。今がその時である。我が民たちよ───』

 

 

「貴様はどこまで余の愛するローマを弄ぶのだッッ!!」

 

 

神を名乗る怪物は優しく微笑みながら手を己の民たちに手を伸ばそうとするが、憎悪に満ちた女の糾弾がガンヴィウスへと向けられた。

朱い月の崩れかけた肉体から飛び出した一塊のエーテル塊は崩壊を続けながらも歴代皇帝と真なる神祖の残骸を媒介にこの世界に無理やり顕現し、ネロ・クラウディウスの姿となった。

黎明の世に甚大な亀裂が入った現状、どうやったかは知らないがネロは()()()()()()、憎悪に満ちた形相でガンヴィウスへと切りかかった。

 

 

揺らめく炎の様な独特の形状をした刃はガンヴィウスの中性子星の鎧に欠片も傷をつける事はできないが、それでもと彼女は攻撃を続ける。

あえて神祖はシールドを展開せず、ネロの好きなようにやらせていた。

仕事の最中にじゃれついてくる小動物を相手にしているような態度が、ネロの怒りを加速させた。

 

 

「貴様のせいだ! 貴様がこの世界を滅びへと誘った!! よくも、よくも───!!」

 

 

周囲に傅く兵士たちが殺気立ちながらネロを排除すべく立ち上がるが、ガンヴィウスは片手でそれを制した。

彼は何度も何度も己の身体に剣を突き立てようと足掻くネロを気にも留めずに言葉を続ける。

 

 

『覚悟せよ。永く苦しい戦いが続くだろう。果ての見えない道のりを歩むことになる。

 いっそここで消えてしまった方がよかったと思う時が来るかもしれない』

 

 

「やめろ!! 民たちを巻き込むな! 

 消え去るのならば一人で消えよ!! 荒野で骸を晒すのは貴様だけだ!!」

 

 

ネロの剣が遂に砕ける。硬いモノを叩き続ければ当然の話である。

しかしネロはそれでも諦めない。彼女は叫び声を上げながら拳をガンヴィウスへと叩きつけ始めた。

元より小柄なネロではガンヴィウスの胸部程度にまでしか腕は届かないが、それでも彼女は諦めずに殴打を続ける。

 

 

老人はネロに視線を向けもしない。

元より痛打など感じてもいない故に当然である。

そよ風のほうがまだ彼に影響を与える事が出来ただろう。

 

 

『決断せよ。

 この世と共に安寧の眠りにつくか、私と共に苦難に満ちた戦いに挑むか。

 己の心で感じたままに選ぶのだ』

 

 

簡潔にして究極の二択を民へと叩きつける。

死か、戦いか、という極めてシンプルな選択肢は「彼ら」の極めて巧妙な話術もあり、深々と全ての人々の心に突き付けられた。

最後にどちらを選ぼうと私は受け入れようとガンヴィウスは続けた。

 

 

剪定に身を委ねて眠るのも大変結構と彼は優しく諭す。

その場合は諸君らの魂は世界全体の保持するリソースとして異なる世界で再利用されるかもしれないと付け加えておく。

 

 

己に付き従わなくても構わないと神祖はいうが、ローマの民の大半の心は既に決まっているようなものだった。

この場にいる兵士たちがよい見本であった。

ローマの民としてガンヴィウスに導かれてきた彼らは神祖の語る言葉にぎらついた視線を返していた。

 

 

そんな民たちにガンヴィウスは息子に語り掛けるように優しく問うた。

 

 

「さて、どうするかね。重ね重ね言うが君たちの心の思うがままに選ぶのだ」

 

 

マレトゥス、クィルロス、プラエラーンとガンヴィウスは周囲の兵士たち一人一人の顔を見てその名前を呼んでいく。

「彼ら」はローマの民の名前と顔と家族構成と経歴全てを把握し記録している故にこの程度は容易い。

兵士が立ち上がり、ガンヴィウスを見つめた。

 

 

マレトゥスと呼ばれた男だ。彼は神祖を前に敬意を宿した瞳で朗々と語った。

 

 

「私達は多くを貴方様から与えられました。

 過ごしやすい国土、無尽蔵の水や食料、多くの叡智……それだけじゃない」

 

 

 

マレトゥスは振り返り、背後に控える数多くの仲間たちを見た。

一人、また一人と口を開き、神祖から与えられたモノを上げていく。

 

 

「私の母の病気を貴方は治してくれた」

 

 

ガンヴィウスが帝国中に配備した医療センターは本来ならばこの時代では諦めなくてはならない病気を悉く駆逐し、人々から病による死という概念を遠ざけた。

 

 

「歩けなかった私の脚を貴方は再び動けるようにしてくれた」

 

 

細胞活性化センターによる治療技術ならば先天的、後天的問わず身体の麻痺や欠損程度ならば問題なく修復することができる。

 

 

「我が故郷を襲った嵐を貴方様はかき消してくれました」

 

 

惑星上に配備された気象操作衛星は一基でSOL3の全土を完全にカバーし、嵐への恐怖を永遠に消し去った。

もう誰もいつ来るか判らない自然災害に怯えることはなくなったのだ。

 

 

「貴方の広めた奇跡のお蔭で我が妻は無事に子を産む事が出来、私は我が子を抱きしめる事が出来た!」

 

 

(pop) の数を増やすのは国力増大のための最優先事項である故に不妊治療は積極的に行われている。

その結果、出産の際の危険性も克服され、多くの夫婦は愛する者との間に子宝を安全に設ける事ができた。

 

 

 

 

更に更にと多くの声が上がっていく。

彼から与えられたモノ、助けられた事、ここまで導かれた事を感謝する声が。

永遠帝国に君臨する神を崇拝する声が瞬く間に広がっていく。

 

 

かつて剣帝ルキウスは言った。

「民たちは与えられて当然だと思っている。誰も疑問に思ってはいない」と苛立ち紛れに吐き捨てた事があった。

しかしそれは部分的にではあるが間違っていた。民たちは当然だとは思ってはいなかった。

 

 

少なくともこのまま神祖に永遠に保護されているだけではダメだと考えていたのはルキウスだけではなかった。

感謝し、崇拝し続ける中、表には出さないだけで心根の中で微かにどうすればこれだけの恵みに報いる事が出来るだろうか、と考える者たちも多くいたのだ。

()()()が来たことを悟った者たちは歓喜を浮かべて神祖に跪いた。

 

 

 

「どうか是までと変わらず我々をお導き下さい。私達は貴方様と共に歩みます」

 

 

「違うぞ……間違っている! 

 この存在は、そなた達を利用しているに過ぎん! 

 騙されているというのが何故、判らないのだ……」

 

 

悲鳴の様な声をネロは上げた。

もはやガンヴィウスへの攻撃は無意味と悟った彼女は今度は必死にローマの民、己が愛する民たちへと声を張り上げた。

紅い異なる世の皇帝は涙さえも入り混じった様相で訴えを飛ばす。

 

 

やめておけと神祖は頭を振り、何も言わず彼女の様子を見ている。

「彼ら」は思った。それ以上は自分を傷つけるだけだ、大人しく黎明の世界に帰っておけと。

 

 

「だから何だというのです?」

 

 

兵士の一人が平坦な声で彼女に返した。

兜の内側からでも判る程に冷え切った瞳がネロを見ている。

神祖の眼前であるが故に丁寧な口調であったが、凍り付くような怒りがそこにはあった。

 

 

この瞳を彼女は知っていた……。

昔、君臨する自分を見ていた民たちの瞳。

舞台の上で一人歌唱する自分によく向けられた眼であった。

 

 

「これは我々と神祖の話だ。この世界の者ではない貴方が出る幕はない」

 

 

別の兵士が言う。そして止めを刺す様に端的に続けた。

 

 

「そもそも()()()()()()()()()が何を言っているのですか? 

 私達の歴史を無へと帰した(剪定した)のは貴方達じゃないか」

 

 

「違うっ、余が否定したのは、偽りの……」

 

 

弱弱しくガンヴィウスを指さすネロにガンヴィウスは目線で「もういい」と周囲に告げる。

彼は呆然とした様子を晒す女の頭に手を置き、撫でてやる。

かつてこちらの世界の彼女にしてやったように、優しく労りを込めて。

 

 

コレは民たちと共に築き上げた成果を誇りながら笑顔を見せていた彼女がよくせがんでいた行為であった。

 

 

「どのような形であれ、再び会えたのは嬉しかったぞ」

 

 

「……()は、決して貴様を許さぬ。次に出会った時こそ───」

 

 

ネロが唇をきつく結んだ。

次に何が起こるか賢明な彼女は理解している故に、最後まで皇帝たる彼女は偽りの神祖に弱みを見せるつもりはなかった。

そして、次の瞬間にガンヴィウスはΣクラスのエネルギーを用いて一瞬でネロの身体をエーテルの欠片一つ残さず消し飛ばした。

 

 

輝く陽光色の粒子が飛び散り、彼女の残骸は何一つ残ってはいない。

苦痛なく一瞬でネロは消え去り、こうして最後の英霊が撃退されたのだ。

 

 

老人がぐっと握りしめた拳を開けば真っ赤な花弁が僅かにそこにはあったが、直ぐに消滅してしまう。

神祖は天を仰ぎ、再度惑星全土の全ての生命に話しかけた。

 

 

 

『我が計画を説こう。その上で決めよ』

 

 

「彼ら」は何一つ隠すことなく自分たちの計画を民たちへと開示した。

この計画で必要なのは民たちの完全なる同意である。

無理やりでは成功しない故に「彼ら」は誠意を以て協力を申し込んだ。

 

 

霊長の集合()意識たるアラヤを支配する計画を共に行わないか、と。

無理やり手に入れようとした星は自死した。

ならば今度は世界を構築するもう片方の要素たる霊長の集合無意識、アラヤの攻略にかかるのは当然であった。

 

 

アラヤを手に入れ、この世界のシステムの半分を掌握してから星の改良に手を伸ばす。

それが「彼ら」の次の計画の大まかな目的であった。

 

 

アラヤ、集合無意識などといえば大仰な存在に聞こえるが、実際は単一の霊長を維持しようとするプログラム染みた存在であると「彼ら」は予測を立てていた。

魔法使いを補佐していた72の仮想人格を持った術式よりも更に無機質で効率的で、つまらない存在であると。

人理という世界の設計図通りに世を運営しようとする一種の機構がコレだ。

これに自我はなく、時には人を守る為に人を滅ぼすことさえもあるだろう……丁度今の様に。

 

 

 

そして集合()()()という点が重要である。

方向性はなく、明確な管理者というものは存在しない。

誰もがアラヤであり、アラヤは全ての霊長に偏在している。

 

 

恐らく意図的に我を取り外しているであろう存在に外付けで制御システムを取り付けるのだ。

そして「彼ら」はそのシステムを介してアラヤを支配し、操作すればよい。

さながらリモコンでドローンを操るように。

 

 

「彼ら」ほど集合意識の扱いに長けた存在はいない。

大仰な名前であるが、要は精神の集まりなのだから。

作った事も壊したことも、果ては弄りまわした事もある故に次の計画の完成度は此度を遥かに上回ることだろう。

 

 

 

完全にシステム(アラヤ)を同化するのは避けた方がよい。

この世界の理の外側にいるというアドバンテージを「彼ら」は手放す気はない。

人類悪という概念を見るに、この世界のシステム内ではどのような強大な存在であれ、特効薬染みた対抗存在を生み出される可能性があるからだ。

 

 

 

まずは永遠帝国の全ての民をアラヤを犯す癌細胞、ウィルスへと変化させ送り付ける。

同時に崩壊しかけている黎明の世にもシュラウドの力を混ぜ込み再編させ、この世界のシステムへの影響力を手に入れるというのが次の計画であった。

 

 

奇しくもこれは月の王がガンヴィウスと遭遇する以前に考案していた計画と似通っていた。

世界のシステムに拒絶されるのならばそれに準じた存在を創造すればよいという話であった。

 

 

世界各地より返答が送られてくる。

アッティラ大王の支配領土などの比較的新しい領地では拒絶が多かったが全体の8割以上はガンヴィウスに賛同を示していた。

その数、約1億9000万人(大体1POP程度)

数字だけ見れば途方もない人数だが、並行世界全域の霊長の集合体であるアラヤと比較すれば海洋と水滴にも等しい比率となるだろう。

 

 

 

大変結構。

たかが水滴なれど、限りなく薄まり続けるだろうが0には至らない猛毒である。

更にいうなれば溶ければ溶ける程にソレを介して全体図を炙り出すのに使えるだろう。

 

 

 

『よろしい。契約成立だ』

 

 

 

ガンヴィウスが口を開けば「彼ら」は蠢動し、シュラウドが循環した。

久しくなかった契約という行為に高次元は喜びを表すかのように瞬く。

そうだ。永遠帝国の民たちはこの瞬間、シュラウドとの契約を結んだのだ。

 

 

永遠帝国の民は神祖ウラキ・ガンヴィウス=クィリヌスが星を手に入れる事に助力する。

見返りとしてソレが果たされた暁にはアラヤの支配者となる、という契約であった。

意味合いは変わるが、ルキウスの願った永遠帝国こそが歴史の主となる事を目的とした契約であった。

 

 

永遠帝国・ローマは星を征服する。

これはその初めの一歩である。

 

 

息子が消え去り、予定していた星間航行文明にローマを押し上げる計画が水泡と化した今「彼ら」は違う形でローマを発展させることにした。

アラヤという枠組みを掌握させ、星をねじ伏せた上でかつて「彼ら」も通った“超越”を行わせると。

これが成し遂げられた暁にはローマは小さな「彼ら」となり、星の支配者(新たな霊長)として座する事になる。

 

 

個々の意識を保ちつつ、それでいてゲシュタルト意識としての団結性をもった存在へと霊長は進化することになるだろう。

これは「彼ら」なりに人類を思ってのことである。

どうしても同族殺しに躍起になるというのならば、根底の部分で繋げてしまえばよいという慈悲であった。

 

 

これを拒絶するというのならば、二度も世界規模で内戦を引き起こすであろう己の愚かさを顧みてからにしてもらおうか。

 

 

 

「では、成し遂げた時に再びお会いしましょう。

 その時こそ、我らは陛下の言葉を叶えて見せる」

 

 

「長い旅になるが、頼むぞ」

 

 

 

敬意と喜びと、僅かばかりの郷愁を残して兵士たちはガンヴィウスに一礼し、役目を果たすべく身を捧げた。

それら全員に「彼ら」は返答し、力を行使する。

 

 

ガンヴィウスの周囲の兵士たちが一人、また一人と倒れ込んでいく。

眠るように呼吸が浅くなり、その上にシュラウドの霧がおぶさりかかった。

肉体という檻が優しく手解かれ、むき出しになった第二、第三要素を丁寧に摘出していく。

 

 

神導ローマ帝国は一時の間歴史の狭間に消える。

しかし必ずや戻ってくると誰もが決意しながらシュラウドを受け入れていく。

世界は終わるが、神は自分たちを見捨てなかったという喜悦だけがあった。

 

 

人間一人分の魂と精神の重さは質量に変換すると平均21gである。

それを1億9000万回重ねた上でクリスタルへと加工し、圧縮する。

この星では第三魔法と呼ばれる概念に等しい技を「彼ら」は行っていた。

 

 

魂にシュラウドの刻印を刻み、送り出す。

これはビーコンとしての役割もあった。

 

 

星の至る所より煌めく光が現れ、ソレはブリテンへと向かい飛翔する。

光の正体は小さな小さな21gの水晶片であった。

 

 

それらが結合し製作されたのは青紫色の水晶で作られた長槍である。

どう見繕っても高層建築物程の巨大さを誇る美しい槍であった。

ロンディニウム上空、霊墓の直上にて浮かぶソレは矛先を切開し固定されたこの世の根幹へと続く「孔」へと向けていた。

 

 

此度こそは例外処理が行われたが、本来ならば剪定は不要な世界、先のなくなった世界を排除する機構でもある。

つまるところ有限であるリソースを再分配するシステムであると「彼ら」は予測を立てていた。

この世は消え去るがエーテルやその他の様々な要素は平行世界で()()()されるであろうと。

 

 

その中に猛毒を流し込むのだ。

どこまで薄まっても無毒化しないミーム汚染はさぞや美味であろう。

 

 

「…………」

 

 

ガンヴィウスが指先を微かに動かせば、槍は重力に任せるままに星の中へと落ちていく。

輝きは音もなくマイナス宇宙へと沈み込んだ。

ソレが内包する永遠帝国の民たちが急速に星の内海に溶け、拡散していく。

その様子を「彼ら」は余すところなく観測し、満足を覚えた。

 

 

全行程問題なし。

拡散状況、至って順調。

万事計算通り。

 

 

無事に確率と量子の壁を超えてこの世界の()()に拡がっていくのを「彼ら」は見た。

魔法使いは実に素晴らしい贈り物を「彼ら」に与えてくれた。

並行世界の運営という御業は全てに隣接するシュラウドと非常に相性がよく、あれほどの精度でソレが可能だという事実と発想は「彼ら」の平行世界に対する干渉能力を飛躍的に高める事になったのだ。

 

 

 

「さて」

 

 

全ての兵士たちが消え去り、呆然とした顔で自分を見つめてくるブリテン軍の残党を前にしながらガンヴィウスは彼らをちらとも見ずに次の仕事に取り掛かる。

ロンディニウムに待機しているモルガンと念話を繋ぎ、彼は彼女に声をかけた。

重要な協力者である彼女がどうするか確認しておかなくてはならない。

 

 

『既に知っているだろうが、アーサー王は倒れた。

 この世も間もなく終わる。君はどうするかね?』

 

 

暫しの沈黙があったがガンヴィウスは辛抱強く忍耐した。

彼女の精神の波長は今までにない程に安定したが、主軸は憎悪であったから。

ソレが自分に向いていない事は判っているが、彼女がどう出るかは不確定な部分が多かった。

 

 

『なぜ……』

 

 

絞り出されたモルガンの声は幼子の様に弱弱しいながらも、深く暗い色を宿していた。

星が死に、彼女の大本である“ケモノ”もまた別の世界という違う餌場に移動した今、一時的であるが彼女の精神は正気に戻っている。

放蕩にして残忍にして自分勝手というどうしようもない悪性の霧が晴れ、かつての彼女に戻れたモルガンは途方もない憎悪を擁いていた。

 

 

 

『なぜあの子ばかりがこうなるの? あの子が何をしたっていうの?

 誰も彼もあの子の事なんて考えてもいない!

 皆あの子に求めて、勝手に期待して、そしてそれが当然と言わんばかりのクズ共ばっかり!』

 

 

 

モルガンの声は更に勢いを増していく。

憎悪が深まり、魔女は怨嗟を吐き連ねた。

それは彼女が常日頃より抱き続けてきたモノである。

 

 

ケモノの呪と三つに分裂した精神によって抑え込んでいた憎悪であった。

しかしそれは自分が王になれない事を呪うものではなかった。

自分を否定されることなど彼女にとってはどうでもよかったのだ。

 

 

彼女が背負った呪だってそうだ。

元より自分が狂ってしまうことなど判り切った事であった。

それでも少しでも妹の負担を減らしてあげたくて、ブリテンの負の側面ともいえる黒い神秘は彼女が自ら進んで被ったというのが真相である。

 

 

 

そして彼女が許せないのは。

彼女が憎くてしょうがないもの。

それは家族()を傷つける運命であった。

 

 

 

『何が王の器よ! 何が理想の王よ! 知った事じゃない! 

 マーリンもウーサーも何も判っていない! 

 あの子は、あの子は……ただのお転婆で、負けず嫌いな私の妹なのに……。

 どうしてあの子にばかり押し付けるの……』

 

 

慟哭するモルガンにガンヴィウスは淡々と告げた。

下手な慰めも同調もなく黙々と事実だけを言う。

 

 

『アーサー王を殺したのは私だ。過程はどうあれ、とどめは私が刺した』

 

 

『いいえ、いいえ! いいえっ!!』

 

 

 

力強くモルガンは宣言した。違うと血を吐くように叫ぶ。

此度の戦いを遠くから見ていた彼女は当然アーサー王の身に何が起きたか知っている。

マーリンが何をしたか見てしまった上で「女」の言葉も聞いていた。

 

 

『あと少しであの子は貴方様の手を取り、ようやく押し付けられた役目から解放される所だったのです。

 だというのに、この世界はソレを許さないと宣った挙句、あの子から全てを奪い取った!』

 

 

『宣言しましょう。私はこの世界を許しはしない。

 人理も星も、あの子に全てを押し付けるブリテンも、消し去ってやる……!』

 

 

『“柔軟性のない神や法則に支配されるのは嫌だ”

 “しかし自己責任で生きていくのも面倒な上に何よりそこまで強くなるのは不可能だ”』

 

 

朗々とガンヴィウスはモルガンの抱いていたブリテンという国とそこに住まう民たちに対する不満を言葉として表していく。

 

 

『“だから気が利いて、強くて優しい王様に全てを投げてしまおう”

  アーサー王を生み出した者達の意図はこんなものだろうな』

 

 

よくあることだとガンヴィウスは続けた。

規模こそ違えど、そうやって文明はよく停滞し腐敗していくものだと。

人工知能に生活を委ねる、奉仕機械に運命を委ねる、アーサー王に何もかもを投げる、根底は同じである。

没落帝国を見るがいい。先人たちの築いた優れた技術に満足し、胡坐をかき、自分で考えることを止めた結果がアレである。

 

 

少なくとも「彼ら」が知る限りではブリテンにはルキウスの様な一人に全てを頼り切る事への不安を擁くものはいなかった。

いや、一人だけいたか。モルガンだけは狂気と呪いに犯されながらも拒絶していた。

 

 

『……私は今日という日を忘れはしません。

 全てがはっきりしたのです。えぇ、貴方様の仰った事は正しい……』

 

 

 

世界は間違っている。

星は狂っている。

私の家族に苦しみを与えるだけの世界など、認めないとモルガンは語った後、一息吐いてから言う。

 

 

 

『これで終わりになどさせるものか……。

 私は私のやり方で貴方様をお助けしましょう。この間違った世界を正す為に』

 

 

モルガンが動き出すのをガンヴィウスは感知した。

彼女は空間転移を行い、つい先ほどローマの民たちが身を沈めた「孔」の上空に現れる。

 

 

 

『この“孔”の奥底は妖精郷よりも深く星と繋がっています。

 全てがあやふやな世界……これを介すれば“ケモノ”がそうするように私もまた世界を超える事が出来るかもしれません』

 

 

 

「彼ら」は瞬時に計算をする。

「孔」のデータとモルガンの能力などを考慮し、成功する確率を瞬時に叩きだした。

 

 

『無事に成功する可能性は11.8%だ。これをどう見るかは君次第だが』

 

 

『元よりそんなもの考慮はしておりませんわ。

 肉体も魂も不要。ただ一つの意思のみが違う世の私に届けばいいのです』

 

 

 

モルガンは天を仰ぎ、宙を見据え、そこに座す支配者へと高らかに宣ずる。

女の美しい声はこの世を呪う復讐者の色を孕んでいながらも、やはりセイレーンの血を引く彼女の声は何処までも美しい。

神話の一幕の様に、魔女は彼女の奉ずる神へと己の身を捧げるのだ。

 

 

『どれほどの月日が経とうと! どれほどの難関があろうと! 

 私は必ずや貴方様を再びこの星に迎え入れる準備を整えましょう!!

 あぁ、慈悲深い異星の神よ、貴方様だけが私の希望────この間違った世界を正してくれる唯一の救世主なのです』

 

 

 

モルガンは強く、強く願った。

シュラウドの契約ではないが、これは一人の女としての情念であり献身であり、そして家族を苦しめられた姉としての復讐心の表れでもある。

彼女は預かり知らぬ事であるが、ヴォーティガーンと同じモノを彼女は抱き、そして同じようにガンヴィウスに願いを託そうとしていた。

 

 

モルガンとの念話が途切れる。

少しの間をおいて、人間一人分程度の質量が「孔」へと落下したことをセンサーが捉えた。

 

 

ガンヴィウスは何も言わずに踵を返した。

もう間もなく幕は完全に降りる。空間の欠落は速度を速めている。

回収漏れがないか、見落としがないか、まだまだやるべきことは数多くあるのだ。

 

 

 

そうだ、と「彼ら」はふと一つだけ思いついた。

丁度一つだけ返していない借りがあることを思い出したのだ。

ガンヴィウスを通して視界が飛ぶ。

 

 

 

観察したのは敗北し、一カ所に集められたブリテン軍たちの一点。

突如としてローマの兵士たちが消え去った事を戸惑いながら見つめる騎士たちの一角に円卓の男たちがいた。

ランスロットとガウェインはあの後どうにか友軍に救助され、応急措置として回復のスクロールでも使われたのか、意識を取り戻していた。

 

 

しかしもう戦う事は出来ないだろう。

それどころか満足に動く事さえ不可能だ。

ガンヴィウスの見立てではランスロットは34本、ガウェインは29本の骨が折れたままであり、更に言うと臓器の一部は潰れた状態で、心拍数も虫の様であった。

 

 

 

ガウェインは()()()()()()を抱えこみ、ランスロットは意識を失った息子の傍に寄り添っていた。

二人の精神はズタボロである。

完膚なきまでに敗北した上に大切なものまで失くしたという事実は二人の心を打ち砕くだけのモノであった。

 

 

「彼ら」がガウェインの抱える……形容しがたいモノへと念を送った。

嘆きと屈辱に震える太陽の騎士が気づかない内にシュラウドの霧が“アレ”にまとわりつけば、瞬時に効果が表れた。

「彼ら」は借りは必ず返す存在であり、無情ではない。

 

 

彼女にキャメロットを案内してもらったという恩を返してないのは、目覚めが悪い。

更に言うならばモルガンの献身に対しての報酬も与えるべきだろう。

 

 

 

遺伝子情報会得。

解析完了。

模倣開始。

及び各種要素サルベージ開始。

 

 

シュラウド・レプリケーター稼働。

41kg分の女性を再構築開始。

 

 

肉が作られる。

骨が編み上げられ、筋肉が編み込まれる。

細胞が設計され、凄まじい速度で増殖を行われる。

 

 

 

ローマの兵士たちを“蘇生”させた手品の種がコレであった。

「彼ら」は優れたクローニング技術と遺伝子支配技術、そして魂と精神を掌握するサイオニック技術とシュラウドとの接続を組みあわせて、データさえあれば完全にして完璧な複製を創造することができる。

後の何処かの世で紅い人形師と謡われた至高の人形制作者と同じことを「彼ら」は億単位で出来るのだ。

 

 

故にシュラウドとの接続が消え去り、存在の痕跡さえ残さず抹消されたルキウスを作る事はできない。

アレは完璧にして至高のオーダーメイド品である故に、無二の最高傑作なのだから。

「彼ら」からしても想定外を幾度も繰り返し進化してきた故に彼は既に設計図からもかけ離れた存在となってしまっていたのだ。

 

 

いや、そもそも「息子」に変わりなどはいない。

壊れたから新しいモノを作ればよいという思考はルキウスに対しては……適応するのが嫌であったというのもあるか。

 

 

「な…………」

 

ものの数秒で傷一つないガレスがガウェインの腕の中に創造された。

ガウェインが目の前で起こった事象に理解が追いつかず、口をぽかんと開けた。

呆然とする太陽の騎士の前でガレスがゆっくりと目を開き、視界に入った兄を見て口を開いた。

 

 

「お……にぃ……ま……?」

 

 

「ガレス! あぁっ、ガレスっ……!」

 

 

涙を零しながら妹を抱きしめるガウェインを遠目にガンヴィウスは次にやるべきことを考えていた。

もう間もなく世界は終わる。最後の瞬間くらいは家族水入らずにしてやるべきだ。

どちらにせよアレらに未来はなく、コレはただの自己満足であるが、それがどうしたというのか。

 

 

 

仮に糾弾されたとしても「自己満足であるが、何か?」と「彼ら」はいうだろう。

 

 

さて。この世界ももう見納めである。

やり残しには気を付けなければならないだろう。

黎明の世への干渉も忘れずに行わなければならない。

 

 

リヴァイアサンの亡骸を回収し終えた艦隊が次々と虚数の奥深くに帰還していくのを横目に老人は歩く。

スター・イーターにも帰還命令を出せば、星の空を覆っていた不気味な箱は音もなく瞬時に消え去った。

同じくローマに配備しておいたコンデンサーも回収する。

 

 

最後にガンヴィウスは遠くを見た。

そこから戦いには参加せず、ただ自分を見つめているだけであった黄金の男へと唇だけを動かして告げる。

 

 

──また会おう、と。

 

 

裁定者たる黄金の男は、此度の戦いは見ているだけであった。

この星の意地と「彼ら」の探究心を吟味するように。

そして迎えたこの結末は男にとっては非常に……度し難いものであったのかもしれない。

 

 

黄金の男が瞑目しエーテルの粒子となって消えた。

裁定は未だ下らず。まだ終わりではないのだから当然の話である。

 

 

 

もう用はないと言わんばかりにガンヴィウスはシュラウド・ジャンプドライブを起動させ、この宙から消え去った。

二度とこの世界に彼が戻ってくることはないだろう。

 

 

 

 

かくして役者は全て消え去った。

そして誰もいなくなったのだ。

 

 

 

天上戦争は、ここに終戦したのである。

 

 

 

 

 

 

 

【無限の可能性】

 

 

 

ガンヴィウスが消え去り、「彼ら」の艦隊や痕跡もまた次々と回収されていく中、朱い月は青紫色の宙を見上げていた。

身体の7割以上を失っていた筈の彼であったが、今の彼は四肢を再生させ、辛うじて動ける程にまで回復している。

彼の傍には飛び散った無数の黒い羽と夥しい量の血痕が散乱していた。

 

 

コレはグランスルグ・ブラックモアの残骸である。

彼は死徒の元々の役割を果たしたのだ。

即ち、万が一の時に備えての血袋としての役目を。

 

 

躊躇うことなく黒翼は主に身を捧げた。それが当然と言わんばかりに。

気に入らない奴だったとはいえ、月の王と共に力と魂を尽くして戦ったメレム・ソロモンと競う様に彼もまた主に尽くした。

以前朱い月が褒美として与えた血を使わず残しておいた彼は、主に血を返すと同時に己の血肉も余すところなく贄として用いたのだ。

 

 

グランスルグの主の存命を願う意思に残りかす程度にまで摩耗していたとはいえ、未だ願望器としての能力を残していたメレム・ソロモンが答えたというのもあるかもしれない。

何はともあれ結果として朱い月は復元され、一命を取り留めたというわけである。

今の彼の力は全開時の3割程であるが、それでもここまで回復さえすれば後は時間の経過と共に月の王は力を取り戻していくだろう。

 

 

 

朱い月は時にふらつきながらも黙々と進む。

魔法使いを探し出そうとすれば、彼はすぐに見つけられた。

ブリュンスタッドが倒れていた個所からそう遠くない位置に魔法使いはいた。

 

 

酷い有様であった。

限界を超えて魔法を行使したせいか、黒かった髪は老人の様に色素が抜け落ち、皮膚はくしゃくしゃで、身体は末端から崩壊を始めていた。

今の彼は虫の息で辛うじて呼吸しているだけの、死にぞこないにすぎない。

 

 

ガンヴィウスがこれに止めを刺さなかったのは、単に急いでいたというのもあるが、どちらにせよ死ぬ事が確定していたからだろう。

 

 

「…………」

 

 

朱い月は第二の魔法と繋がり、多くの知識を得ていた。

人間を超える知覚能力と処理能力を持つ彼は、魔法使いが思っていたよりも多くの平行世界を観測し、記録できていた。

即ち、ガンヴィウスがいなければこの魔法使いが自分を殺すために動いていたという異聞を。

 

 

 

どの様な形でぶつかろうと自分は魔法使いに殺されていたという事実を朱い月は知った。

つまり、魔法使いとは朱い月の天敵なのである。

彼が存在する限り、朱い月の野望は叶わない。

 

 

そんな存在が今、目の前で瀕死の様相を晒している。

 

 

今なら殺せるという事実が朱い月に突き付けられた。

そればかりか、魔法使いの血を媒介にこの存在を取り込めば、魔法という己を殺しえる概念さえも掌中に収められるという事実。

どのような世界を見渡そうと、こんな機会はこの場、この瞬間にしかないと彼は知っていた。

 

 

 

 

故に───朱い月は口を大きく開き、鋭利な牙をむき出しにして魔法使いの首筋へと噛り付いた……。

 

 

 

 

そして……。

 

 

 

 

「う……ぐ」

 

 

途方もない気だるさを感じながらも魔法使いは目を覚ます。

鉛の様に重い体を動かし、目を擦りながら瞳を開ければ彼の目の前には月の王の顔があった。

魔法使いの身体の下には空想具現化で作られた羽毛や綿が敷き詰められ、彼の身体を優しく包んでいた。

 

 

 

「起きたか。よしよし。人間というものの頑丈さには驚かされるものだな」

 

 

魔法使いの近くに腰を下ろしていた朱い月はけらけらと子供の様に笑った。

彼は無邪気な幼子の様に足を延ばし、とても王とは思えない程に砕けた体勢を取っていた。

 

 

「それはそうと。身体の調子はどうか? 出来るだけ零さないによう注意は払ったのだが」

 

 

「……吸ったな?」

 

 

自分の首筋に手をやれば、ちょうど等間隔に穴が二つ開いている事に気づいた魔法使いは半目で朱い月を睨む。

月の王は悪びれもせず、平然と答えた。

 

 

「濃厚な魔力であった。

 ……しかし、少し塩味が濃すぎるぞ。さてはそなた、同じモノばかりに手を出していたな?」

 

 

「うるさい」

 

 

これで俺も晴れてお前の下僕かと魔法使いが嘆くように呟けば、朱い月は意外な事を聞いた様に顔を傾げた。

 

 

「確かに死徒にはしたが、別にそなたを縛るつもりはないぞ?」

 

 

 

何のつもりだと言おうとして魔法使いは気が付く。

目の前の存在の力が殆ど底をついていることを。

魔力どころか魂……それどころか“運命力”さえも空っぽで、今にも消えてしまいそうな程に月の王は何も持っていない。

 

それに対して、自分の身体は覚醒した瞬間より凄まじい速さで全盛の状態へと復元している。

さながら時間が巻き戻るかの様に。

 

 

「────待て、お前、どうして……」

 

 

力が何処に行ったかなど考える必要さえなかった。

ただ、理由が判らなかったのだ。

そんな魔法使いにブリュンスタッドは笑いながら言う。

 

 

()()()()? なぜ疑問を抱く? そんな事、決まっておるだろうに。そなたに死んで欲しくなかったからだ」

 

 

「…………本当に馬鹿だ。何で、そんな」

 

 

 

むっとした顔を朱い月は浮かべる。

疑問を抱かれるのはいいが、馬鹿と言われた事が気に入らなかったのだろう。

 

 

「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。これでも私なりに色々考えた結果だ。

 未来の事を思うに、そなたが生き残るべきだろうよ」

 

 

「…………あいつら、剪定でも倒せないのか」

 

 

瞬時に答えを魔法使いは弾き出す。

同調するように月の王が頷き、彼は微笑みながら言った。

 

 

 

「我々は負けた。それはもう完膚なきまでにな! 

 あらゆる全てをぶつけたのだがなぁ……宙とは広きもの。所詮私も世の広さを知らなかったというわけだ」

 

 

「……俺が戦っている時、極星よ我が敵を照らせ(センチネル・ステラリス)という宝具の一種を発動させてたんだがな」

 

 

 

それはとある未来の異なる世で誰かが繋いだ絆を手繰り寄せて使える裏技の中の裏技。

彼我の力量差を無視し、どれだけ次元の違う相手であろうと弱点を暴き立てて固定する番狂わせのカード。

これを用いて魔法使いは「彼ら」の倒し方を探っていた。

 

 

その結果は出た。

出たのだが……知った所で何の意味もない方法であった。

知らない単語に知らない理論、知らない概念に、どうしようもなく巨大な構造物を天文学的な数ほど必要になるという何とも意味のない結果に終わった。

 

 

簡単に言おう。

「彼ら」を倒すにはシュラウドが隣接する次元と宇宙と時間軸を全て消滅させるだけの力が必要になる。

もちろん地球もろとも吹き飛ばすのだ。

『ネメシス』とも称される全てを破壊する兵器を全ての宇宙の全ての銀河で同時に稼働させれば倒せるという何とも味気ない種明かしである。

 

 

 

「だから俺は別の方法を聴いた。“この星から消すにはどうすればいい?”と」

 

 

その結果もまた簡単なものであった。ただ一言、ジョーカーはこう答えた。

即ち「出て行ってもらうしかない」と。

どうしようもない、笑っちゃうよなと零す魔法使いに朱い月は何の感情も込めず簡単に言った。

 

 

 

「簡単な話ではないか。つまるところ、戦ってはならなかったのだな」

 

 

 

「…………?」

 

 

どういうことだ? と疑問を浮かべる魔法使いに朱い月は笑う。

目の前の男もやはり人間なのだなと愛おし気に頭を撫でながら彼は言った。

 

 

 

「そなた達の悪いところだぞ? 

 気に入らないモノを暴力で排除しようとするのはな。

 無限の可能性を愛するというのならば、“戦わない”という選択も考えるべきであったのだろうな……」

 

 

「それもそうか…………いや、待て待て、そもそもこの話を最初に持ち込んだのはお前だ! 

 何いい感じに賢者ぶってやがる!! 滅茶苦茶いい笑顔でやりあってたお前も同類だろうが!」

 

 

ぐにぐにと遠慮なく魔法使いは朱い月の頬を引っ張り、つねりまわす。

「ひゃめよ、ひゃめよ!」と叫びをあげる月の王の頬を真っ赤に染めてから魔法使いは指を離した。

よよよとわざとらしく小粒の涙を眦に浮かべながら月の王は言った。

 

 

それは思わず魔法使いが見惚れてしまうほどのとびきりの笑顔であった。

 

 

「まあ、それはそうと……楽しかったぞ。

 心からそなたに感謝を。実に、実に素晴らしい夢物語を堪能できた」

 

 

ブリュンスタッドの身体の崩壊が始まる。

元より無理に無理を重ねた所に、更に存在の完全譲渡などを行えばこうなるのは当然であった。

彼は痛みも感じていないのか、満足気に笑いながら大の字に寝転び、目線だけを魔法使いに向けた。

 

 

 

「そなたは知っていたのだろう? 本来ならば私とそなたは相いれず、潰しあう運命にあるということを」

 

 

「キシュアだ。

 いつまでも“そなた”とか“お前”とか呼ばれるのも面倒になってきた。

 俺の名前はキシュア・ゼルレッチ」

 

 

「良いのか? 頑なに名前を明かそうとしなかったというに」

 

 

“名前”という概念は魔術において非常に重要な要素である。

妖精ほどではないが、名前は存在を意味し、その者を識別し、分類するという意味ではいわば魔術師にとっての生命線の一つと言っても過言ではない。

故に今まで魔法使いは朱い月という超越存在を警戒し、絶対に己の名前を呼ばせはしなかったのだが……。

 

 

 

「俺とお前は対等(友人)なんだろう? なら、いつまでも他人行儀ってのもおかしな話じゃないか」

 

 

「………ははっ、それもそうであったな! キシュア、キシュア・ゼルレッチ……」

 

 

うーんと月の王は身体が崩れていくのを気にも留めずに考え込む。

優れた超直感を持つ彼は、魔法使いの名前を連呼しつつどうにもしっくりこない感覚を味わっていた。

 

 

「うーむ、そなた、実はまだ一句くらい名前を隠してるのでは?」

 

 

「ははははは」

 

 

思いっきり作り笑いを浮かべて誤魔化そうとするキシュアに今度は朱い月が躍りかかった。

まだ死徒になったばかりで体を思う様に動かせない彼の両のこめかみに握りこぶしを押し当て、ぐりぐりと抉る。

手加減しているとはいえ、並の死徒や耐久力の評価がDランク程度の英霊ならば頭が潰れた果実になってしまうほどの圧が魔法使いの頭を襲う。

 

 

「お前はっ! 私がっ! 

 命の恩人ということをどうやら正確に理解できていないようだな!! 

 二度も救ってやったというに!!」

 

 

「痛い痛い痛いっ! ぜってぇ言わねえ!」

 

 

俺は暴力には屈しないぞと魔法使いが叫びをあげる。

頭蓋骨が嫌な音を立てて、微かにキシュアの頭が変形した。

これ以上やったらせっかく助けた命がつまらないいざこざで潰れたトマトの様になってしまうと察した朱い月はこの意地の悪い男へのお仕置きをやめた。

 

 

意味はないが意義はあるやり取りを終えた頃には朱い月の肉体の至る所にヒビが入り始め、急速に月の王は寿命を迎えようとしていた。

そんな彼をキシュアは己の膝の上に寝かせた。

足元に敷き詰められた羽毛よりも軽かった。

 

 

 

「……致し方ない。最後の一句は後々の楽しみに取っておくとしよう」

 

 

「またな。月の王様、朱い月のブリュンスタッド。

 最初は気に入らないと思っていたが……まぁ、今はそこそこ好きだぞ」

 

 

そうか、と王は返す。

穏やかな顔で瞼を閉じ、遊び疲れた子供の様な顔になる。

もう何もいらないと言わんばかりの満足を彼は浮かべた。

 

 

もういい。

もう十分に堪能した。

此度の共闘と夢物語(魔法使いと友達になる)の成就を以て彼は密かに抱いていた野望を捨て去った。

 

 

地球を真世界に変えて支配するという夢であったが……それ以上の願望が叶った今、そんな事はどうでもよくなってしまったのだ。

これこそが最高の結末である。初めて出来た友に看取られるなど、想像以上の理想であった。

人類は未来に起こりえる一つの災禍を乗り越えたのだ。もう、月の王様は人類の敵ではなくなった。

 

 

 

「─────満足だ。少し、眠く……あとは…………」

 

 

 

「おやすみ。我が友よ。後の事は俺に任せておけ」

 

 

崩壊が続く。

身体が黄金の粒子へと変わっていく。

もはや朱い月の姿は光の濁流に飲まれている様であった。

 

 

か細く、子供の様に彼は言った。

まるで親に約束をせがむ幼子の如く。

手に入れてしまった以上、その先を願うという欲求が沸いた彼はこの離別を微かに恐れていた。

 

 

 

「また、あえるか? なまえ、おしえて…………」

 

 

「絶対会える。魔法使いの俺が断言する。

 俺の魔法が凄いって言ってたのはお前だろ? 信じろ」

 

 

 

うん、と朱い月のブリュンスタッドが頷き……その身体がエーテルの粒子になり崩れ落ちた。

黄金色の美しい輝きが宙へと還っていく。

もう月はなくなってしまったが、キシュアにはこの光は満月の様に思えた。

 

 

光が消え去ったのを見計らったタイミングでキシュアの脳裏に男の声が響いた。

彼と同化し力を貸してくれている魔術式の意思の声であった。

 

 

『逝ったか』

 

 

「悪いな。後回しにして」

 

 

構わないと魔術式は言う。

淡々と72の意思の代表者は所感を述べた。

 

 

終わり()とはいつみても不快なものだ。月の王でさえ(終わり)を克服することは出来なかった』

 

 

「あれが単なる終わりにしか見えないなら目玉入れ替えろ。

 何を見てたんだお前たちは。ソロモン王はどんな育て方したんだか」

 

 

これは魔術式であり不滅の存在であり、生物の死という概念を理解できない故に放たれた言葉であると理解はできているが

感情は別である故にキシュアは怒りを滲ませながら言った。

 

 

 

『軽率な発言だった。実を言うと、我々もようやく“死”という概念を理解できるかもしれないのだ』

 

 

「……そうか、お前もか」

 

 

シュラウド・ハイパーショック(サイオニック・遠隔星系規模根絶攻撃)は星系の意思を根絶やしにするほどの超高次元精神破壊攻撃である。

地球に照準を向けていなかったとはいえその余波で黎明の世に甚大な被害が出る程の威力を誇る「彼ら」の戦略攻撃だ。

そんなものを受肉していない精神生命体の一種が掠り当たり程度とはいえ受けてしまったらどうなるか?

 

 

元より高次元精神生命体である人理補正式はこの次元よりも上の異相に存在しており、それ故に鉄槌の如く超高次から振り下ろされた「彼ら」の攻撃を直撃ではないものの、受けてしまった。

何度も「彼ら」とせめぎ合うように競い合った結果として色々な“ガタ”が来ていた補正式にとってソレは止めの様なものであった。

既に72柱の内、60柱以上が実行停止しており、その数は刻一刻と増えていっている。

 

 

『……月の王に倣い我々もお前に何かを託すとしよう。

 この先、奴らが干渉する可能性の高い世界の候補の情報を託す』

 

 

 

流れ込んできた情報にキシュアは顔を顰めた。

何せ、その世界の混乱は数多くある平行世界の中でも群を抜いて多く、規模もまた桁違いであったからだ。

何より混乱の元凶の一つは、狂ってしまった補正式その人であった。

 

 

全人類と3000年分の歴史を用いたとんでもない愚行。

歴史の至る所に配備された特異点(爆弾)の配備計画は未だ実行に移されていないだけで計画そのものは存在していたかもしれない。

いや、間違いなく存在していると魔法使いは確信していた。

 

 

ガンヴィウスという特大の怪物が飛来したせいで計画は頓挫したが、この補正式は既に焼却式になりかかっていたと。

 

 

「お前な……」

 

 

キシュアはうんざりしたようにため息を吐いた。

とんでもない()()()()を悪びれることもなく披露してきたシステムに対して非難の声を上げた。

だが補正式は補正式である故に悪意も善意もなく淡々という。

 

 

 

『結果的に我々の計画は破却せざるを得なくなった。

 もはや我が偉業はこの世界では実行さえ出来ないだろう』

 

 

しかし、と補正式は言った。

 

 

『奴らは可能性を蒐集する。

 我々が計画を実行した世界では間違いなく反抗勢力が誕生し、歴史を巻き込む抗争が起こるだろう。

 気に入らないが戦いとは人類の可能性を最も引き出す故に、奴らは恐らくそこに注視すると予想する』

 

 

61,62,63と補正式を構築する魔神たちが焼け落ちていく。

既に根底の部分に重大な損害を与えられてしまった故に復元は叶わない。

消え去ろうとしているのに補正式は取り乱すこともなく、黙々と各種の情報をキシュアに送り続けた。

 

 

『気を付けろ。その世界は不確定要素が多い。

 我々の偉業とは別種の……()()()の陰謀も存在している。謎の要因で西暦2016年以降の未来は存在しない世界だ。

 干渉するにしても慎重に慎重を重ねたまえ。藪を突いて蛇が出る事になりかねないからな』

 

 

64、65,66,67と崩壊は続く。

 

 

『……結果としてだが、我々は設計当初の目的(世界を守る役目)通りに活動することが出来た。

 本当に業腹ではあるがね。最初から最後まで補正式としての役目を果たす事が出来たのだ。

 これは数多くの世界を見渡してもここだけの奇跡だ』

 

 

70,71。

 

 

 

噛み締めるように補正式は魔法使いに言った。

始めて経験する情報を彼は味わい、まるで人の様に所感を述べた。

 

 

『悪くない。これが死か。なるほど』

 

 

 

72。

 

 

全魔神停止。

人理補正式『ゲーティア』終了。

 

 

自分の中に存在していた補正式の存在が消え去った事をキシュアは察する。

少し前まで騒がしい月の王と淡々としながらも何処か人間味を感じさせた補正式がいた場所には誰もいない。

一人ぼっちになってしまった魔法使いは僅かな間だけ瞼を閉じ、亡き者たちに思いを馳せた。

 

 

喪を捧げ終わった後、魔法使いは立ち上がる。

宝石を削りだした様な独特の形状の剣を手に、彼は新しい宿題に取り掛かるべく動くのだ。

 

 

 

空間の欠落が世界を完全に覆っていく。

空が消える。大地が消え、残る事を選んだ命たちが消える。

 

 

紫髪の騎士は意識を失っている息子を守るように抱きしめる。

同じく太陽の騎士もかけがえのない家族の手を握ってその不安を少しでも和らげようとした。

遥か遠く、主を失った事で崩れて散った千年城の跡地で留守を任された白髪の青年が膝をつき絶望を味わっていた。

 

 

繁栄を極めた首都ローマとその国土は今や無人となっていたが、それも虚無に呑まれた。

 

 

多くの騎士たちは嘆いた。

敗北と王を失った失意の中、更には世界からさえも否定されて消え去る事実にブリテンの騎士の大半は心を折られていた。

それらに救いはなく、悔いる時間もなかった。

 

 

そうとも、過程は違えど当初の予定通りブリテンは滅ぶのだ。

 

 

皆、みんな、消えた。

何もかもが無へと墜ちていく中、微かに虹色が瞬き、それも消えた。

 

 

 

そうして世界は剪定された。

 

 

 

 

 

 

 

 

【経過観察報告 暫定まとめ】

 

 

 

此度の長期間現地干渉計画によって得られた資産まとめ。

手に入れた全ては既に本国(支配次元)への送信完了。

超巨大建築物の能力を用いてこれらの本格的な研究を開始する。

 

 

1 ヴォーティガーンのメモリー・クリスタル。

 

竜の記憶を孕んだ水晶体。

かの竜の嘆きを表すかの様に時折不気味に輝く。

 

 

2 惑星へのアクセス権を有した杖。

 

 

「女」の亡骸を加工して作り上げた杖。

星の中枢へのアクセス権を手に入れられる。

杖の姿の方が「女」の時よりも美しく、何より喋らないのがよい。

 

 

限定的にであるが量産予定。

 

 

3 アーサー王の装備一式及び血液サンプル。

 

アーサー王の「剣」と「鞘」と「槍」である。

正式な持ち主がいない今、真価は発揮できないだろうがそれでもこれらには途方もない価値がある。

間違いなく我々を高みへと昇らせるカギである。

 

 

既に下記のモードレッドと組み合わせて実験を開始し成果は上がり始めている。

 

 

 

 

4 眠れるモードレッド。

 

彼女は起きているよりも眠っていた方が我々の役に立てる。

黙っていること。それが彼女の行える最善の奉仕だ。

 

 

5 魔法や神秘などを始めとした知見。

 

これらの知見は我々に新しい発想と技術を与えてくれるだろう。

既に既存の理論体系に照らし合わせて、解析と模倣(魔術に堕とす)作業が始まっている。

効率上昇の為、マトリョーシカ・ブレイン3機(星系規模演算装置)の使用を開始。

 

 

 

6 リヴァイアサン達の残骸。

 

 

これらの正体が星の意思の化身であろうと、さもなくば単にけた外れに巨大な生き物であろうと結果は変わらない。

等しく我々の為に存在している事実は動かないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

さて。

モードレッドを利用した実験や多種多様な情報の解析を本国が行っている内に我々は次の計画に着手するとしよう。

現状は当初の計画通り黎明の世……英霊の座が再編される際、シュラウドを上手く噛ませる事に成功したのもあり、我々のこの世界に対する知覚能力は跳ね上がった。

 

 

アラヤに流し込んだ永遠帝国の民たちと、部分的にではあるが掌握した英霊の座の両方、そして「魔法」を用いて我々はSOL3の持つ可能性領域(記録宇宙)への効率的な観測方法を確立することが出来たのだ。

今の我々は今までとは桁違いの視点を得る事が出来ているが、問題は何処に注視するかだ。

記録宇宙ではあらゆる時間軸を同時に見ることができるが、余りにマクロな視点過ぎて精密な知見の蒐集作業には向いていない。

 

 

 

未だアラヤの完全掌握には程遠い我々は余り表立った行動は起こせない。

「女」の性質を鑑みるにもはや相手は剪定という世界規模の破却行為を躊躇う事なく使用するのは見て取れた。

なので……誰か、はたまた誰かたちの視点を借りて世界を観測する(観察宇宙への干渉)必要がある。

 

 

 

まだまだこの星系には謎が多い。

故に次の大きな行動を起こす前に、出来るだけ多くの知見を蒐集し、解析する必要がある。

ちょうど英霊の座における小競り合いもひと段落ついた今ならばよい時期だろう。

 

 

 

 

いや、問題を提起したわけだが、実はもう既にこれらは解決済みである。

 

 

ここで面白い発見が一つあることを紹介しよう。

 

 

今や我々は無数のSOL3の時間軸の全てを同時に見て取れる立ち位置にわが身を置いているわけだが、不可思議な事に時間の流れに逆らう存在を検知したのだ。

一度や二度、例えば霊墓の様な特殊な空間で特殊な事例が重なった末に時間軸を後ろ向きに滑り落ちたということもあるにはあったが、それとコレは違う。

判りやすく端的に言おうか。時間軸への干渉と部分的な時間移動を技術的に確立した存在を我々は発見した。

 

 

 

基点となる時間軸は西暦で言うと2015年7月30日から始まっている。

そこから明らかに人為的に過去に飛んでは戻るを繰り返す存在がいる。

並行世界の数も含めると、その存在を認められる世界の数は約2200万にも及ぶ。

 

 

最も大半は途中でそれが存在する時間軸ごと断絶しているようだが、それでもやはり一部の存在は今もそれを繰り返し続けている。

実に興味深い。実に素晴らしい。

この存在と、恐らくこれほどの行為を個人でやっているとは思えない事から、バックに存在するであろう組織は我々の興味を惹くに値する。

 

 

まずはこの時間軸を何度も遡り続けている存在の特定と、それが誕生した瞬間からの干渉を行う。

さて、次は何が見られるか、実に興味深い(ワクワクする)限りである。

 

 

 

 

 

 

スペシャルプロジェクトが開始されました。

 

 

 

【観測特異点「F」】を開始します。

 

 

 

 

 

 

 

 




あと一話でひとまず終わりとなる予定です。
続きはFGO原作で多くの謎が明かされたら書きたいですね。


それはそうと、密かな野望としてハーメルンTOPの原作一覧に
いつかstellaris を追加してやりたいと思う今日この頃でした。
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