fate/stellaris 【完結】   作:宇宙きのこ

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これにて一応の完結となります。
続きはまたいつの日か。


観測特異点「F」

 

 

藤丸立香(観測特異点「F」)

 

 

 

藤丸立香は女子高校生である。

出身地は日本の首都圏のとある街で、趣味は運動全般などなど。

時々秋葉原にぶらりと足を運ぶこともあるか。

 

 

入っている部活はバレーボール部。

好きな食べ物は甘いモノ全般という何処にでもいる女の子だ。

ちなみに今のマイブームはドーナッツである。

真ん中に穴が開いているからカロリーは存在しないとおなかに言い聞かせながら口の中に放り込むのだ。

 

 

 

彼女の家庭も大して面白いところなどはない。

父母は共働きで週末以外では殆ど家におらず、彼女は俗にいう“鍵っ子”であった。

しかしそれでも笑顔が特徴的で、趣味多く、それ以上に食も多いのが藤丸立香という女の子である。

 

 

そんな彼女は今、夢の中にいた。

彼女はこれが自分の見ている夢だと自覚している。

俗にいう明晰夢であった。

 

 

彼女には布団に潜り込み、目覚ましをセットして瞼を閉じるまでの記憶がしっかり残っている。

もう間もなく夏休みも近くなってきた今、1学期のテストも迫ってきたと嘆きながら布団に潜りこんだ記憶が。

数学の公式は敵であると教科書を睨みつけた記憶は薄れなどしない。

 

 

 

そんな彼女はいつの間にか、何処かの都会の街並みのど真ん中に佇んでいた。

天へと伸びる幾つもの高層ビルに、行き交う人々。そんな中に制服を着こんだ彼女はいた。

しかしながら何処か自分の知る日本の街並みとは違う奇妙な違和感。

 

 

見知らぬ土地に放り出された彼女であるが、立香に不安は欠片もなかった。

何故ならばこれが最初ではないどころか、今まで何十回、何百回と経験した事であったからだ。

彼女は周りをきょろきょろと見渡してから薄く微笑んで呟いた。

 

 

また来れた、と。

前回に来たのはちょうど2015年に入ってすぐの……三が日が終わる頃だったなと懐古する。

ぐっと背伸びをして、未だに夢の中だというのに彼女は寝起きの様に身体を伸ばしてから歩き出す。

 

 

「さってっと、行きますかねー……」

 

 

見たことも聞いたことも、それどころか実際に存在しているかさえ怪しい街であったが立香は全く気負いせずに歩き出した。

何処を目指せばいいかは既に知っている。

地図はもっていないが、心の奥底で何処へ向かえばいいかは何かが囁いてくれていた。

 

 

 

 

「あっ゛!  あれは! まさかローレライ・カップケーキでは!! 

 ここはまさかイギリスだった……!?」

 

 

数分歩き出したところで見つけた超有名店のスイーツの重力に捕まってしまった藤丸立香が目的地に到着するのには、もう少しだけ時間がかかったとだけ言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

泣く泣く持ち合わせがないという現実(夢の中であるが)に気づいてしまった立香がスイーツと涙の別れをし、たどり着いたのは古い博物館の様な施設であった。

いつもここに「彼」はいることを彼女は知っていた。

立香は建物の入り口に立っている警備員に近づいていき、笑顔で挨拶をする。

 

 

警備員は日本人ではなく、外人……肌の色から見て白人であったが彼もまた立香とはそれなりに付き合いが長いため、笑顔を浮かべて手を上げて答える。

 

 

 

「こんにちは!」

 

 

「君か。また少し背が伸びたんじゃないかな?」

 

 

「2センチ伸びましたー……あ」

 

 

ふと何かに気が付いたのか立香は自分の腹部に手を当てて考え込む。

健康診断という全女子高校生が恐れる恐怖のサバトで判らされてしまった現実を思い出しながら彼女は呟いた。

具体的にいうなれば2センチ伸びた代価に2,5キロほど増えた体重という恐怖を。

 

 

女子にとって49キロと50キロの間には無限の広がりがある。

彼女は今、その地平を超えるかどうかの瀬戸際に立たされているのだ。

 

 

「……うん、横には大きくなってない(太ってない)から大丈夫。

 ……大丈夫、まだまだあの店のスイーツコンプまでは持つ筈……。

 アレは筋肉……筋肉なんだから大丈夫……」

 

 

筋肉はぜい肉より重いから仕方ない。

私はまだまだいける、大丈夫なんだと必死に自己暗示を試みる彼女に門番の男は苦笑いしながら言った。

 

 

「成長期なんだからそういうのは気にしなくていいと思うけどね。

 子供には好きなモノを好きなだけ食べる権利があるさ」

 

 

ぐっと一瞬だけ藤丸はしわくちゃになった顔を晒すが、直ぐに破顔した。

快活な笑顔を輝かせながら彼女は言う。

 

 

「ありがとう! よーっし、食べた分は使う! 

 バレー一筋、“ハイキュー藤丸”として頑張っていきますよー!」

 

 

 

「その調子、その調子。……そうそう、館長はいつも通りの場所にいるからね。

 あまり失礼のないように頼むよ」

 

 

 

はーいっと元気に挨拶しながら博物館に入っていく藤丸立香を門番の男は微かに青紫色に輝く瞳で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

博物館の中はとても落ち着いた作りになっていた。

無機質なライトによって煌々と照らされた空間には様々な品が展示されている。

無駄なアナウンスなどは流れず、それどころかこういった施設ではよくある水のせせらぎなどの環境音や心を落ち着かせることを目的としたBGMさえもない。

 

 

完全に無音の、静謐な空間の中を彼女は歩いていた。

いつもの事であるが、客は彼女以外誰もいない。

テレビなどでしか見たことはないが、噂に聞くルーブル美術館などもこんな感じなのかな、と立香はここを訪れるたびにいつも思っていた。

厳かな雰囲気というのはきっとこういう場所を表すのだろうなと立香は考えた。

 

 

 

こつ、こつと制服とセットで履いている革靴が硬質な足音を立てている。

右に、左にと視線を巡らせる中、彼女は新しい展示物が増えている事に気が付いた。

周囲を埋め尽くしているのは立香が最初にここに訪れた時から飾られている煌びやかな槍や盾を始めとした宝具の数々(戦利品たち)だが、その奥に輝かしいモノが増えている。

 

 

 

んー? と好奇心旺盛な彼女はソレに近寄ってみる。

透明な箱の中に収められていたのは、そういったモノにあまり頓着しない藤丸から見ても美しいと思える宝石のネックレスであった。

時には翡翠に、時には深い蒼にも見えるソレはこの世のモノとは思えない怪しい魅力があった。

 

 

気になった藤丸はそれの説明が書かれているプレートに目を向けた。

 

 

“ガイアの涙”

 

 

超高濃度の量子の欠片(クォンタムピース)が暗黒エネルギーと反応し、混ざり合った結果誕生した新種の宝石。

元々量子とはあやふやな存在であり、それらがこうした物質として安定した形をとるのは……。

 

 

 

後半に書かれているとてつもなく複雑な化学式や論文を見た藤丸は頭が痛くなりそうなのを何とか堪えてもう一度宝石を見る。

 

 

 

「きれい……」

 

 

 

心の底からの一言であった。

純粋に美しいモノを称える無垢な呟きである。

こういった宝石には興味がないと思っていたが、この星の涙はそんな価値観さえも揺るがせる圧倒的な美麗さがあった。

 

 

瞳を輝かせながら宝石を見つめる藤丸の背後より声がした。

深く重く、教養と強い意志を感じさせる老人の声であった。

 

 

「こんにちは。藤丸立香。我々の蒐集物に感銘を受けて貰えたようで何よりだ」

 

 

「おじいちゃん」

 

 

勢いよく立香は振り返れば、そこに佇むとてつもなく高身長の老人を認めてから満面の笑みを湛えた。

警戒も何もなく走り寄れば、大きく掌を老人に向ける。

察した老人が掌を差し出せば彼女は大きくソレとハイタッチした。

 

 

 

「久しぶり! 半年ぶりですねっ」

 

 

「久しぶり……ふむ。少しばかり背が伸びたようだな」

 

 

2センチ伸びましたーと本日二度目の申告を行った立香ははにかみながら老人……“館長”を見上げる。

男性の平均身長さえも悠々と超える老人(身長2メートル) の顔には穏やかな微笑みがあった。

黒い上質なスーツを着こなし、片手に美麗な白い杖を握る館長の姿はさながらどこかの国の貴族か、それどころか王族にも見えた。

 

 

 

普通の人間ならば相対するだけで物怖じしてしまいそうな程の威圧感を持つ翁であったが藤丸にそんなものはなかった。

彼女とこの男の付き合いはそれこそ藤丸立香が物心がついた時ほどにまで遡る事になる。

恐らくであるが、自分が一番最初に見た夢からの付き合いだと彼女は思っていた。

 

 

 

“館長”は常に藤丸立香を見守ってくれていた存在である。

 

家に帰っても誰もおらず、一人で食事を作って孤独に震えて眠った時も。

小学校に入り、初めて出来た友達という存在を噛み締めながら眠りについた時も。

授業参観には絶対に顔を出すなどと言っておきながら、急な仕事でこれなくなった両親に怒り狂って涙を流して眠りについた時だって。

 

 

いつだってこの老人は藤丸を見守ってくれていた。

どれだけの苛立ちをぶつけようと静かに見守り、彼女の心が落ち着くまで待ってくれた存在である。

そして今日も老人は好奇心旺盛な立香の待ちきれないと言わんばかりの姿に皺だらけの顔で微笑みながら言う。

 

 

 

「今日は何処から見るかね? 

 ()()()()()()は大きな成果を幾つも上げていてね。つい最近では、アレを持ってきた」

 

 

ほら、と館長は新設された展示コーナーを指さし歩き出す。

立香がソレに付き従い歩けば、そこにあったのは奇妙な輝く……あえていうならばムカデの様な生命体の剥製だった。

あくまでもムカデに近い姿であり、やはり何処か違和感を覚える奇妙な生物である。

 

 

一瞬だけ巨大な虫を見てしまった立香は「うげ」っという顔をしたが、すぐさま持ち前の好奇心がソレに勝り、しげしげと剥製を眺め出す。

 

 

 

“輝くユーミル” 危険レベル1(完全制御下)

 

 

観測地点【R47DJEtXX394.】にて発見された生命体。

発見時は一種の時間的変化を拒む隔離世界にその姿を隠していた。

特殊なガスを体内で生成し、適合する遺伝子配列を持つ生命体の細胞を活性化させ、巨体へと肥大化させる性質を持つ。

その際、一定の手順を踏まないモノは知性を失う事も確認されている。

 

 

【R47DJEtXX394.】における最も古い生命体の一種と判明しており、その性質は“頭脳ナメクジ”と非常に似通っている。

即ち生物としての大原則である繁殖を至上目的としているようだが、“頭脳ナメクジ”程の高度な知性は今の所確認されていない。

 

 

 

「…………ユーミル、ユーミル……どっかで……」

 

 

何処かで聞いた事のある単語だと彼女は頭をひねる。

彼女の隣に立っていた館長はそんな彼女に言った。

 

 

「ユーミル。君たちの世で言う北欧神話に出てくる単語だな。

 全ての巨人の祖となったモノの事だ。最もこの存在の命名の由来は、発見時に近くにいた少女の名前から取られたものだが」

 

 

「……その少女はどうなったの?」

 

 

「本国で“保護”している」

 

 

そっかと立香は返す。

この老人は時折、こういう浮世離れした事を言うと彼女は知っていた。

“君たちの世”という発言がいい例である。

 

 

まるで自分はこの世のものではないという大前提で振舞っているのだ。

一度ソレについて聞いた事があるが「我々は宇宙人だ」と大真面目な顔で冗談を言ってきたことを彼女は覚えている。

UFOなど彼女にとってはテレビのバラエティーや嘘くさいドキュメンタリーの中でしか存在しない概念であるのだから。

 

 

この老人は自分の中の思い込みが生み出した存在だと立香は思っている。

自分の頭の何処かが理想的な相談者や理解者を求めて作り出した存在なのだろうと。

そうであれば同じ夢で同じ人物に何度も出会うなんていう事は考えられないからだ。

 

 

もしも仮に宇宙人だとしたら自分などよりももっと価値のある……それこそどこぞの国家元首やら科学者に接触するはずだと。

 

 

 

「こっちは?」

 

 

立香が次に指さしたのは少し奥に安置されている捻じれた角の様な奇妙なオブジェだった。

ヤギの角の様なモノが螺旋を描きながら絡み合い全体を形成するソレは、真っ黒で、表面には奇妙な紅い文字がびっしりと刻まれていた。

とても大きく、5メートル程はあるソレはただそこにあるだけで奇妙な存在感を発している。

 

 

“文明養殖器”危険レベル4(重度なミーム汚染の危険性ありのため、オリジナルは抹消済み)

 

 

「それはレプリカで、外見だけを模倣したものだ。

 オリジナルは危険極まりない存在だったので、念入りに浄化したものだよ」

 

 

 

宇宙とは恐ろしい世界であるということを教えてくれるものだと館長は淡々と述べ始めた。

 

 

「それは傍から見れば永久機関の様に膨大なエネルギーを生成するオブジェだ。

 文明養殖器という名前の通り、将来的に有望と判断された文明にそのエネルギーを供給することによって発展させる」

 

 

理論的にはコレ一つあれば文明レベル4(惑星統合政府)か文明レベル3(初期FTL文明)程度ならば全てを賄える程の力を供給できるだろうと説明する。

 

 

「へー……じゃあ、コレを作った人たちはいい宇宙人なんだね」

 

 

 

いいや、と館長は瞼を閉じて頭を振った。

 

 

「“養殖”……()()()()()()()()()()()()()()()()

 ソレはある程度文明が発達し、人口が一定数になった瞬間に目覚める様にできている」

 

 

見た方が早いかと館長は立香に指を向けた。

とたん、藤丸の頭の中に映画の様な光景が映し出される。

 

 

見たこともない奇妙な建造物が乱立する都市の中に掲げられたモニュメント。

ソレがいきなり黄金色に発光したかと思えば足底にまで響く重低音の唸りを上げて宙へと浮かび上がっていく。

 

 

途端に発生する重力の逆転現象。

無数の……“ナニカ”が宙へと引きずり込まれ、一塊の巨体へと塗り固められ始める。

目視できるほどに超大な精神汚染の波はソレに触れた生物全てを死ぬことさえ出来ない異形へと貶めていく。

 

 

星が食われていく。

文明が御馳走となっていた。

十分にエネルギーを与え、肥え太らせてから総取りにする宇宙規模の捕食生命体の疑似餌、ソレがオブジェの正体であった。

 

 

完成したのは月ほどもある巨大なクラゲの様な生物。

そんなものが何十体もうじゃうじゃといた。

不気味に輝くおぞましい生物を前に、立香は……。

 

 

「もういいだろう」

 

 

景色が戻る。目の前の老人の顔を認めてから立香は自分が呼吸さえ出来ていなかった事を思い出し、深呼吸をした。

眦に涙さえ浮かべた彼女は館長へと飛びかかった。

 

 

「なんてものを見せやがりますか!! 

 ただの女子高校生に無修正のグロ生物を見せるなんて───っっ!!」 

 

 

「すまない。配慮が足りていなかった事を詫びよう」

 

 

ぺしぺしと腹部に力なく拳を打ち付けてくる立香にされるがままになりながら館長は、少女の頭に手を翳した。

すると数秒で藤丸は精神の安定を取り戻したが、それでもまだ微かに赤くなった瞳で館長を睨んでいる。

弱弱しく彼女は、まるで怯えるかの様に言った。

 

 

「……もう、アレはいないんですよね?」

 

 

「完全に駆除した。あのような秩序を乱すものは必要ない。

 安心したまえ、間違ってもアレが君たちの世に来る事はない」

 

 

 

良かったと心から藤丸は胸をなでおろす。

幾ら夢の中の出来事とはいえ、あんな悪夢の具現化がもしかしたら存在するかもしれないという事実は彼女の心に深い恐怖を植え付け兼ねないものだ。

 

 

「まだ色々あるが見ていくかね?」

 

 

宙には無数の恐怖があるぞ、と館長が言う。

例えば星から星へと旅をしながら、その星の全ての遺伝子を吸収し文明を滅ぼした上で

自らの子を銀河中へとばら撒き、更には巨大なサイオニック・エネルギーをもって時間軸さえも捕食しかねない生命体。

 

 

例えば上記の生物の様に星から星を襲いながらさ迷い、ウィルスの様に惑星全土の生物を汚染し、肉体を失ってもなお情報生命体として星を汚染しながら機を伺い続ける怪物。

例えば超古代から存在し続け、一定以上の文明の発展を検知した瞬間に数万の機械惑星を以て銀河全土の“滅菌”を行おうとする殺戮機械……。

 

 

まだまだ。

ここでは余白が足りない程に宙には悪意が満ちている。

 

 

宙とは恐怖の坩堝なのだ。

余りの未知と恐怖の量によって、多くの文明が自己終了を選んでしまうほどに悪意に満ちている。

藤丸はかぶりを振った。正直、夢物語としてもあまりに重すぎる内容であった。

 

 

 

「いいです……ちょっと、私には胃もたれしちゃう内容かなって……」

 

 

「判った。では、ついて来てほしい。今日は大事な話がある」

 

 

 

何だろうと? 顔を傾げながら藤丸は踵を返す館長の後をついていくのであった。

 

 

 

 

 

 

【2015年 7月30日】

 

 

 

何度も訪れた館長の部屋はやはりとても落ち着いたシックな作りであった。

レンガで作られた壁や天井に、大きな暖炉。

壁には絵画が幾つも飾ってあり、読みかけの新聞が木製の作業机の上に置いてあった。

 

 

何気なく新聞に立香は目を向ける。

恐らく読んでいたのであろう個所は館長が気になっているであろうニュースが纏められていた。

 

 

“日本人宇宙飛行士ISSで長期滞在開始”

 

 

“2022年五輪開催地決定”

 

 

“ボイジャー一号データーテープレコード電源カット”

 

 

“ボイジャー一号 オールトの雲脱出まで残り5万6000年”

 

 

 

自称ではあるがやはり宇宙人というべきか、宇宙関連の技術に興味があるんだと藤丸は思った。

 

 

用意されていた椅子に藤丸が座る。いつもの定位置である。

作業机を挟み、館長が座る椅子の目の前が彼女のお気に入りであった。

館長は暖かい紅茶をカップに注ぎ藤丸に差し出す。

 

 

ちびりと口を付ける。

熱すぎない程度の配慮が行き届いたソレは飲むとじんわりとした心地よさを与えてくれる。

味覚の好みも把握されている為、砂糖の数は多少多めであった。

 

 

 

「さて。早速だが」

 

 

目の前に館長が座る。

指を組み立香を見つめるその姿はどこぞの名門大学の校長のような雰囲気であった。

まるで進路相談みたいだと藤丸は思いながら、館長を見つめた。

 

 

 

「献血に行って、奇妙な者に絡まれたらしいな」

 

 

「あー……変な人だったよ。

 外人さんでね、何だか判らないけど“君には素質があるんだ!”ってずっと付け回されちゃってさー」

 

 

ごそごそと衣服を探れば名刺が出てくる。

ソレには三日月を何かの枝のようなものが覆っているエンブレムが描かれていた。

国際連合承認組織“人理継続保証機関フィニス・カルデア”と書かれている。

 

 

 

「行くのかね?」

 

 

「うん」

 

 

呆気なく彼女は頷いた。それが何を意味するかも知らずに。

いや、知っていたとしても彼女の答えは変わらなかっただろう。

 

自分が受けたのは夏休み中の短期間アルバイト。

ちょっとだけ遠い国に出向いて、知見を得てくるだけの話だと彼女は思っていた。

7月の末から始まり、8月のお盆の時期にはもう家に帰っている予定のハズだと。

 

 

「機密事項ってことで具体的に何処に行くかは教えて貰えなかったけど、ただ座っているだけでイイらしいし……何より」

 

 

ふふふと藤丸は笑う。

あまりにしつこかった勧誘者がやけくそで放った一言を彼女は思い返す。

 

 

「世界中のグルメを食べ放題と聞いちゃいくしかないっ……!」

 

 

 

和洋中、あらゆる国のあらゆるニーズに答えた最高の料理が無料で食べ放題。

もちろんスイーツも、何もかも全てタダ!

更に言うと国連公認の直属の組織なので履歴書にも堂々と描ける上、拘束時間に応じて支払われる報酬は、立香の顔が危うくくしゃくしゃになるほどの額であった。

 

 

 

そして、そして……。

 

 

「君が必要だって言われちゃ、行くしかないよね」

 

 

難しい事はまだ何も説明されちゃいない。

それどころか詳細を聞いてもきっと半分どころか3割も判らないだろう。

何をすればいいか、何を目的の組織なのか、そもそも自分にある素養が何なのかさえ教えられていない。

 

 

それでも必要と言われた。

助けてほしいと乞われた。

理由はきっとそれだけで十分なのだ。

 

何処までも藤丸立香という少女はお人よしで俗物である。

故に今の彼女の悩みもとても彼女らしいものであった。

 

 

彼女はうぅっと半目になりながら館長に何かを乞うような視線を向けて、ウソ泣きをし始める。

彼女の中では8月の10日くらいには家に戻り、そこからはまたバレー部の大会に向けた猛特訓が始まるという想定があった。

当然、そうなると諸々の時間が削れるわけで……恐ろしいテストが更に恐ろしい事になる。

 

 

「と、いうわけで夏休み明けのテストは大変な事になるのが確定致しまして……。

 それどころか宿題も……うぅ」

 

 

「宿題くらいならば免除されるだろう。問題はテストだな。

 相変わらず数学は駄目なのかね」

 

 

はい、と全身を縮こまらせながら藤丸は小さく答える。

そんな彼女に館長は額を指で押さえてため息を吐いた。

 

 

「あの、それでですね。

 すごい力をもった宇宙人のお爺ちゃんなら

 何とかできないかなーって思っちゃいまして」

 

 

露骨な愛想笑いを浮かべながら立香は言う。

欠片も信じていない宇宙人という説さえも持ち出してきて媚びた。

えへへへとだらしなく笑う彼女の姿に館長の顔に浮かぶのは憐憫であった。

 

 

 

「あ~……こう、パッと一瞬で頭よくなる方法とかないのかな……」

 

 

「あるぞ」

 

 

「え?」

 

 

「一瞬で頭脳を進化させる方法がある」

 

 

立香が目を丸くし、小刻みに瞬きを行う。

彼女としてはダメもとでいったじゃれあいの様な発言だったのだが、まさかこういう返しが来るとは予想外であったのだろう。

いつの間にか館長の手には金属質の箱が握りしめられていた。

 

幾つかの操作をして箱を開ければ中に入っていたのは真っ赤なアンプルであった。

よーく見れば、アンプルの液体の中に何かが蠢いている。

 

 

「これを注射すればよい」

 

 

「え゛」

 

 

ぐいっと立香に見せつけるように差し出す。

これは何、と視線で問いかける彼女に館長は言った。

 

 

「“頭脳ナメクジ”の卵だ。

 これを打てば身体の各種能力を活性化させるナメクジとの共生を開始できる」

 

 

「ナメ……ク……?」

 

 

呆然とした表情を立香は晒す。口を半開きにして目を大きく見開いている。

余りに衝撃的な単語に彼女の頭脳は思考を停止し、心なしか彼女の心象風景には銀河系のような光る渦巻き(宇宙・藤丸立香) さえも現れていた。

 

 

 

「寄生場所は主に脳幹である。

 そこを中核として脳の各種に巣を作り、細胞単位で一体化する。

 そうすることによって補助脳を生成し、宿主をあらゆる面でサポートする体制が確立される」

 

 

銀河に数多く存在する寄生生物の中で頭脳ナメクジ程有益な存在はいないだろう。

 

ざっと上げられるだけでも。

身体能力の向上。

再生能力の会得。

免疫の向上。

各種細菌、ウィルス、癌細胞への驚異的な治癒能力の発揮。

脳のスペックの全体的な底上げと脳細胞の劣化阻止。

他にも理想的な体型の維持に、寿命の延長などなどメリットだらけである。

 

 

これだけの恩恵を受けながらも、気になるデメリットは存在しないというのがまた素晴らしい。

あえていうなれば自らの頭にナメクジを住まわせる事になるという事ぐらいしかデメリットはない。

 

 

それこそ石器時代にも劣る程度の文明さえもたなかった種族がこれに寄生されるようになってから

僅か20年でルネサンス文明レベル程度にまで知能を向上させたという点からもその凄まじさが判るだろう。

そして館長の手に握られた頭脳ナメクジは各種の改良を施された結果、発見当初とは比べ物にならないほどに洗練されたものといえば、十二分に立香の望みを叶えうる代物であることに間違いはない。

 

 

注射一本でそこらへんの女子高校生だった藤丸立香の頭脳はアインシュタインやノイマンをも超えたIQ500到達も夢ではない。

それだけの頭脳があれば自ずと食事の際にカロリー計算をするようになり、50キロという永遠の特異点を超える危険性もなくなるのは必然である。

 

 

「これを打てば君の頭脳は洗練され、文字通り世界一頭がよくなれるだろう」

 

 

アンプルを立香の眼前に差し出せば彼女の顔は見てわかるほどに引きつった。

口元を戦慄かせる少女の様子を暫し見つめた後、館長は微笑んだ。

 

 

「冗談だ。こんな方法を使っても意味はない事など、君はよく知っているだろう」

 

 

「うへぇ……」

 

 

ほっとした顔を晒す立香に館長は淡々と語り始める。

 

 

「私が思うに君の地頭はとてもいい。賢い子だよ君は。

 いずれ知識を欲する時が来るようになる。

 その時に励めばよい。必要は会得の母であり、真に欲しなければ身につかないものもある。」

 

 

赤点さえ取らなければよいのだと館長は続ける。

幸い彼女の住まう国は平和で安定しており、彼女ほどの立ち回りの上手さがあればどうとだって生きていけるだろうと。

老人がカップを手に取り紅茶を飲む。

 

 

 

ただそれだけの動作なのに館長のソレは非常に洗練されており、絵に描いたような老貴族然とした気品があった。

 

 

「旅は好きか?」

 

 

「……? 

 うん、好きだよ。

 見たことのなかった物とか、私の住んでる街の人とは違う人を見ると何かワクワクするし」

 

 

私は、私の知らないモノを知るのが好きなのかもと少女は言った。

その答えに老人が小さくうなずいた事に彼女は気が付かなかった。

 

 

そうか、と館長は答えて紅茶を一飲み。

優しい目で彼はまだまだ若く可能性に溢れた少女を見た。

これから数多くの可能性を見て、味わって、理解して……そして■■する使命を帯びた少女を。

 

 

ならばこれくらいは許されるべきだろう。

次に彼女が心の底から()()()を楽しむ時がいつ訪れるかどうかはまだ判らないのだから。

 

 

「……さて、では本題に入ろうか。少しばかり早いのは自覚しているので、気にしないでくれ」

 

 

館長がまるで魔法使いの様に純白の杖を一振りする。

まるでおとぎ話の中の魔法使いの様に。

すると杖の先端が一瞬だけ眩い光を放ち、思わず立香は目を腕で覆った。

 

 

光が収まれば、作業机の上にあったのは色とりどりのケーキやデザート類の数々であった。

どれもこれも彼女の好物であり、全ては彼女の為に用意されていた品である。

ケーキの上には蝋燭が17本刺さっている。

 

 

この存在は一度たりとも立香の誕生日を忘れた事はなかった。

朗らかに笑いながら老人が口を開く。

 

 

「誕生日おめでとう。藤丸立香。

 実際の日(7月30日)にはまだ時間があるが、今年会えるのは今日で最後になる故に許してほしい」

 

 

「……次はいつ位に会えそうなの?」

 

 

 

ふむと館長は頷く。

一瞬だけ虚空を見つめた後、彼は言った。

 

 

「2017年の半ばだな。それまでは我々も用事が立て込んでしまっていてね。

 ()()()()君に出会えるのを楽しみに待つとしよう」

 

 

「ん、判った」

 

 

いいながら藤丸はごちそうに目を向ける。

寂しいなと内心思ったが、どうせこの夢の出来事は起きれば綺麗さっぱり忘れ去ってしまう故に気に病むことはなかった。

夢を見ている時だけ記憶は蘇るが、起きている時は思い返すどころか、とっかかりさえもないことを彼女は知っていた。

 

 

どうにも今日は館長の様子が違うなと思ったが、目の前の御馳走の数々を見ればそんな懸念など何処かへと消え去ってしまった。

藤丸立香はどこにでもいる女子高生である故に“陰謀”や“計画”など違う世界の話でしかないのだから。

 

 

そして「いただきまーす」とご機嫌な少女の声が部屋に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……満足……私、こんなに幸せなの……あー、一か月ぶりくらいかも……」

 

 

 

次々と館長が出現させた馳走を文字通り食べ尽くした後、立香は机に突っ伏しながら恍惚とした表情を浮かべて至福の時間に対する感想を述べていた。

蕩けた瞳に高揚した頬。少しだけ開いた口からは21グラムのナニカが飛び出ようとしている。

気心の知れた存在であり、異性の男性というよりは祖父の様なモノとしてみている館長の前では彼女は一切取り繕わず、ありのままに振舞っていた。

 

 

「満足してもらえて何よりだ」

 

 

 

そして館長は杖を弄りながら一言。

 

 

「摂取したカロリーは君の身体にちゃんと送り付けておくので安心したまえ」

 

 

「貴様ァッッ! やめろぉッ!!」

 

 

がばっと起き上がった立香は館長に詰め寄った。

目玉の奥で光をぐるぐると回しながら彼女は渾身の叫びをあげる。

夢の中だと油断し暴飲暴食をしてしまった結果が現実に地獄として帰るのを彼女は心底恐怖していた。

 

 

このままでは現実で身に覚えのない恐怖の質量増大に襲われる事を危惧した彼女は男性顔負けの圧で館長に命乞いの様に懇願した。

 

 

「それをやったらッッ……私はっ……死んじゃうっ……デッドライン(50キロ)を超えちゃうっっ…………!!」

 

 

「冗談だ」

 

 

「…………~~~~ッ!! 乙女にっ! それは!! やっちゃいけない!! 冗談ですッッ!!」

 

 

必死に館長の肩を掴んで揺らそうとするが、根を張った大樹の如き体幹を持つ老人は欠片も微動だにしない。

ただ無表情に立香を覗き込んでいるだけであった。

やがてその口が微笑みの形を作れば、藤丸は目じりに涙を浮かべながら自分の席に戻る。

 

 

「先の話は冗談だが、元より君はアルバイト先のグルメを堪能するつもりだろうに」

 

 

各国最高級料理&デザート食べ放題に釣られた立香は深刻な表情を浮かべ、頭を抱え込み始めた。

彼女には見えていた「カロリー? 糖質? 炭水化物? なぁにそれ?」等と頭を傾げながら猛烈な勢いで各国の美味をバイキングする自分の姿が。

 

 

「ぐぬぬ……今年の夏はバイトから帰ってきたら、走り込みの量を増やして……あぁあぁぁぁ宿題もあって……うわぁぁ……」

 

 

「大変結構。励みたまえ」

 

 

 

ふと。藤丸はもう一度老人の姿を見た。

なんとなくであった、何の理由も意味もない、ただの場を繋ぐだけの会話のテクニックの様なもの。

どうせ起きればここでの記憶はなくなる。ここで聞いたからと言って意味などなかったこと。

 

 

 

ただ……少なくともこれから2年は会えなくなるのならば、聞いておいてもいいかと思っただけだった。

 

 

「お爺ちゃんはさ。……どうして私にこんなによくしてくれるの? 

 仮にだよ、もしも本当に貴方が宇宙人だったとしたらさ、もっと他に接触した方がいい人なんていっぱい居ると思うんだけど」

 

 

自分は何処にでもいるただの女子高校生で、何の特殊な力も頭脳もなく、家柄だって普通。

世界を変えるだけの頭脳なんてものも勿論持っていないただの何処にでもいる一般人だと藤丸は言った。

 

 

「そんなことか」

 

 

館長は表情一つ変えなかった。

いつも通りの深い皺が刻まれた顔で、いつもの様に、まるで教師が教え子に伝えるように滔々と語った。

 

 

「君には価値がある。

 これから積み上げていくであろうモノも、これまで過ごしてきた日常も等しく素晴らしいものだ」

 

 

館長が掌を広げればそこには何枚もの写真があった。

そこには今までの彼女の人生が映っていた。

 

 

幼稚園に入った時に撮られたモノ。

黄色い帽子に水色の園児服を着た赤毛の童女があどけなく笑っている。

初めて館長に出会ったのもこのくらいの時期であったか。

 

 

 

小学校に入った時の一枚。

赤いランドセルを背負った女の子が無邪気に撮影者に対して手を振っている様があった。

背後で咲き誇る桜の花が美しい。

 

 

この時期より両親は仕事が忙しくなり始め、立香は帰宅後一人で過ごす事が多くなった。

両親の不在を嘆く彼女を夢の中とはいえ慰めたのは館長であった。

 

 

中学校の時の藤丸立香。

銀色の自転車を押して歩く彼女の姿がある。

バレーボールに本格的に打ち込み始めたのはこの時期からだった。

 

 

 

最近の一枚。

真新しい高校の制服に身を包み、入学祝いに買ってもらった携帯端末を撮影者に見せびらかして笑う彼女が居た。

 

 

そして───最後の一枚には見覚えのない白い衣服に身を包んだ彼女が、知らない人たちに囲まれて青白い球体の前に佇んでいる様子が映っている。

 

 

「我々は君の未来をある程度知っている。

 我々の過去は君にとっての未来である」

 

 

「私……これからどうなるの?」

 

 

少々の不安を瞳に宿らせて藤丸が言った。

館長はいつも通り、聞かれた事に平然と答えた。

 

 

「いつの日か、君は偉大な事を成し遂げる。

 我々はその偉業を最も近くで見たいのだよ」

 

 

「そんなまた…………」

 

 

大げさだと藤丸は返す。

判っていると館長は頷いた。

彼はこの先彼女に訪れる地獄を知りながらも、引き留めようなどとは一切思わない。

 

 

好感はある。

幼い頃から見守ってきた思い入れも多少はある。

それでも自分の好奇心を満たし、先に進むことが最優先なのは決して変わらないのだ。

 

ただ、心からの助言をする程度の人間味はあった。

 

 

「気負わずに好きにやりたまえ。あるがままの旅路を見せてほしいのでね。

 なに、君なら出来ると私は信じているよ」

 

 

 

「うん……不安ばっかり言うのは私らしくないっ。

 よーし、それじゃ、不肖藤丸立香、今年の夏は頑張っちゃう!」

 

 

館長が頷くと同時に藤丸の姿が透けていく。

彼女の意識は急速に夢の中より現実の肉体へと戻ろうとしているのだ。

身体が急速に消えていくのを認めた立香は、ペコリと館長に頭を下げた。

 

 

「あのっ! 

 ちょっと言うの遅れちゃったけど、ケーキ、ありがとうございました!! 

 凄く美味しかった!! 

 誕生日も祝ってもらえてすごく嬉しかった! 

 いつか、お返しさせてください!」

 

 

「期待して待っていよう。ではな。身体には十分に気を付けて行ってきたまえ」

 

 

 

“いってきます”と大きく一声叫んで藤丸の姿は消え去った。

一人残った館長が指を微かに動かせば机の上に置かれていた皿などが全て跡形もなく消滅した。

周囲の景色が滲んでいく。年季ある博物館の一室の壁などが溶けるように剥がれ落ちていく。

 

 

彼女が認識しやすい様に整えていた世界のテクスチャが必要なくなった瞬間にボロボロと崩れ出す。

博物館どころか周囲にあった街並みさえも消えてなくなり、現れたのは水面の様な大地と黎明の空に覆われた世界であった。

 

 

英霊の座と霊長の集合無意識が存在する高次が入り混じった世界こそ、この地の正体であった。

人類という種が共有し見ている夢の中であり、あらゆる記憶と記録が還る個所だ。

 

 

そして英霊たちの“本体”が存在するこの高次元はあらゆる並行世界に隣接している。

正確には霊長が存在し、知的生命として精神活動を行っている世界全てと繋がっているといったほうがいいか。

 

 

 

そして英霊の座は少しばかり変貌を遂げていた。

高次元の改良など館長……「彼ら」には手慣れたものであり、その応用で幾つかの改良が進んでいる。

透き通った青空にはわずかばかりの霧がかかっており、遠くには巨大な積乱雲の様なモノが幾つも浮かび、稲光を発していた。

 

 

 

老人は瞼を閉じて意識を統一する。

英霊の座とシュラウドと魔法を利用し、藤丸立香の未来を観測する。

此方とあちらでは時間という概念の意味が違う故に、直ぐについさっきまでここにいた彼女の“今”を捉えることができた。

 

 

それは2015年7月30日の、全てが動き出した日の詳細な情報であった。

彼女が見ている者は彼も見ることが出来るのだ。

 

 

 

そして「彼ら」は観測を開始した。

彼女たちの美しい有り様から引き起こされた奇跡も、願いも、何もかも記録し、解析し、世界への理解を広めるための素材に過ぎなかった。

 

 

 

 

巨大な爆発。

立ち上がる炎。

閉鎖された一室の中で着実に近づく死の足音。

 

 

そんな中であっても藤丸立香は変わらない。

自分の死を受け入れた上で、恐怖を覆い隠しながらもう一人の少女に手を差し伸べていた。

量子変換のプロセスを告げるカウントが無情に響いていく。

 

 

開始される時間軸移動(レイシフト)の輝き。

蒼く美しい、何処か英霊たちが顕現する時の瞬きに近いソレを見ながら老人……ガンヴィウス(「彼ら」)は言った。

 

 

途方もない旅路が見えた。

「彼ら」をしても未だに完全解析には至らない程の凄まじい因子の収束と確率の分岐が彼女にはある。

 

 

全て閲覧し、解析し、己の糧にすると「彼ら」は決めていた。

故にこの先に藤丸立香がどれほどの地獄に堕ちるか知っていても「彼ら」は端的にいつも通りの言葉を発するだけであった。

 

 

「大変結構」

 

 

 

真っ赤(純白)に染まった星の複製を青紫の瞳が見つめていた。

 

 

スペシャル・プロジェクトを開始しました。

藤丸立香(観測特異点「F」)に対する消極的観察を開始します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【夢を見ておられるのですか】

 

 

 

カメラ1

 

 

 

 

「私はっ……貴方の、アーサー王陛下の息子なのですっ……!」

 

 

 

言った。ついに言ってしまったとモードレッドは思った。

自分でもわかるほどに体が震えている。

唇は戦慄き、歯は煩い程にカチカチと鳴っていた。

 

 

 

夕暮れ時、アーサー王とキャメロットの一室で二人きりになることに成功したモードレッドは自らの素性の何もかもをアーサー王に打ち明けたのだ。

自分は王の姉であるモルガンの子であること。そして子種は貴方のものであったという事を。

 

 

永遠とも思える程の沈黙が続いた。

モードレッドにとってソレは億年にも匹敵するであろう程の時の牢獄であった。

やがて王……ブリテンを統べるアーサー王にしてモードレッドの父はゆっくりと口を開いた。

 

 

アーサー王の顔には僅かな困惑が残っていたが、それでも彼はモードレッドをしっかりと見て言った。

 

 

「貴方が、私の息子……えぇ、判りました。

 正直に言って混乱がないと言えばウソになりますが……」

 

 

「あの日の夜でしたか?」と少しだけ顔を赤く染めて過去の記憶を探る王の姿はモードレッドからしてみたら驚愕的としか言いようのない光景であった。

我欲や人の持つ欲望、悪性的なモノを全て排除した究極なまでの潔癖な、純白で美しい王がまるで人の様に振舞っている。

しかもそれを成したのは自分にまつわる出来事であるという事実がモードレッドを興奮させた。

 

 

アーサー王はモードレッドに優しく微笑みかけた。

まるで父親が我が子にそうするように、彼女が心から望んでいた言葉を当然の様に放つ。

 

 

「何はともかく良く打ち明けてくれました。

 いきなり息子と言われて驚きはしましたが……そういった事はこれからゆっくりと話し合っていきましょう」

 

 

「ッッ~~~っっ!! じゃぁっッ! 私を────!!」

 

 

「事実はどうあっても覆せません。貴方は私の息子です。

 モードレッド。我が姉ながらよくやるものです」

 

 

 

声にならない叫びをモードレッドは上げた。

認められた。

見てくれた。

目を見てくれた。

自分にだけの特別な言葉を下賜してくれた。

 

 

もっと、もっと欲しいと彼女は父を見る。

 

 

 

「しかし息子ですか……貴方が私の複製であるというのならば、貴方は息子ではなく、娘なのでは?」

 

 

 

「え゛?」

 

 

思わず漏れた間抜けな声がキャメロットの一室に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これはありえざる夢想の絵画。

どうあっても、どのような世界であろうともありえない優しい優しい夢の様なお話。

だからこそ、とても綺麗な夢物語なのである。

 

 

 

モードレッドがアーサー王に認知されてどれほどの年月が経っただろうか。

数日、数年、はたまた数十年かもしれないが……いや、10年以上はありえないか。

何せ彼女はそれほど長く生きるようには作られていないのだから。

 

 

 

対して王は不老である。

究極の神秘ともいえる聖剣とその鞘のお蔭でアーサー王は魂、精神、肉体、その全てにおいて劣化することはないのだから。

いつまでもモードレッドの憧れた至高の存在のまま、汚れる事はない。

 

 

 

臣下や円卓達の手前、特別な扱いこそされなかったがモードレッドは満足であった。

アーサー王は必ず数日に一回は親子の時間を用意してくれる。

モードレッドはそこで父親に子供として甘える事が出来た。

 

 

輝くような笑顔を浮かべて己の戦果や、如何に自分がこのブリテンを思って行動しているかを演説するかのように

語るモードレッドをアーサー王は微笑みながら聞いてくれていた。

 

 

時には頭を撫でてくれた。

時には「よくやってくれました」とほめてくれた。

時には実年齢では10にも届かない彼女の心の欠落を埋める様に抱きしめてくれた。

 

 

それだけでモードレッドは満足であり、同時に渇きと飢えが満たされた事によって冷静な思考を取り戻すこともできていた。

つまり、自分は王にはなれないと彼女は悟ったのだ。

自分が王になった後のやりたい事が存在しない事に彼女は気が付く事が出来た。

 

 

王になるよりも、王の騎士として、影として、この偉大な存在の助けになりたいと。

 

 

モードレッドは王座への執着を捨てていた。

彼女は臣下として王に心からの忠誠を誓うと同時に、子として親を愛していた。

アーサー王が守りたいモノを自分も守りたい。

アーサー王の夢と未来を守り、少しでも父の役に立ちたいと。

 

 

 

モードレッドは父親の為に戦う事を決意していた。

故に彼女がブリテンの支配とアーサー王の身柄を望むローマとの戦いに参戦するのは当たり前といえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ローマとブリテンの戦争はかつて王国が経験した事のないほどの激しいものであった。

人外さえも編入された大軍勢を率いるは剣帝ルキウス・ヒベリウス。

敵の真の首魁たるウラキ・ガンヴィウス=クィリヌスにより創造された最強の剣士は伝説に名だたる円卓の面々を以てしても手に負えないと称するに相応しい怪物であった。

 

 

円卓の全員を同時に相手取っているというのにルキウスは軽々とその全てを上回る力を見せつけた。

一人、また一人と円卓が剣帝によって砕かれていく。

気づけば20人ちかく居た円卓とソレに比肩する騎士たちは全滅してしまった。

 

 

 

最後に残ったのはアーサー王とモードレッドだけであった。

 

 

「はぁっ……はぁっっ……!」

 

 

荒い息をモードレッドは吐く。

体中傷だらけであり、クラレントを杖代わりに何とか倒れ込まずに済んでいるような有様だった。

鎧は既に何カ所も砕かれ、兜は割られ、防具としての役目は無に等しい状態へと落とされていた。

 

 

ハイエンド級のホムンクルスとして有する優れた再生能力が追い付かない程の痛撃をルキウスは軽々と彼女に与えてくる。

 

 

「全く以てつまらん。円卓には期待していたのだぞ? 

 なのにこの様とはな。父上も貴様らの脆弱さばかりは読み違えたようだ」

 

 

フロレントを肩に担いだルキウスが嘲笑う。

彼の周囲には無念を抱きながら散っていった円卓の亡骸が幾つも転がっていた。

ルキウスがランスロットの亡骸に手を翳せば、彼の愛剣であるアロンダイトが一人でに動き出し、剣帝の手に収まった。

 

 

簒奪した剣を吟味するかの如く振り回す光景を見たアーサー王が怒りを抱くのをモードレッドは感じた。

 

 

「モードレッド。我が子よ。今こそ問おう」

 

 

凛とした声でアーサー王がモードレッドに語り掛けた。

彼女もまた剣帝によって幾つも臓器を潰された上に右腕を切断されていた。

鞘の効果により流血は止まっているが、再生は目に見えて遅い。

 

余りに致死の痛打を浴びすぎたせいで、復元が追いついていないのだ。

理屈の上では既に王の命はとうに尽きているというのに、不老不死の加護を与える鞘の力が死を遠ざけていた。

聖剣の鞘という無敵の加護を得たアーサー王に対してルキウスは実に単純明快な方法を取っていた。

 

 

即ち、死なないのならば死ぬまで殺し続けるという力技である。

何を無茶苦茶なと誰もが言うだろうが、現実としてこの方法は実を結ぶかもしれない。

誰も鞘が本当の意味での不滅を約束してくれるなど証明できないのだから。

 

 

王は血に塗れた姿でありながらも、美しい声で我が子へと問いかけた。

 

 

「私と共に戦い、私の勝利の為に死ぬ覚悟はあるか?」

 

 

「語るに及びません、王よ。我が命、我が剣、我が忠誠は永遠に貴方のもの」

 

 

 

アーサー王が聖剣を左腕のみで構える。

噴き出る黄金の光が周囲を満たした。

しかし度重なるダメージの蓄積により王の指は握力を失いかけており、危うく彼女は剣を取り落しかけたが、直ぐにモードレッドが駆け寄った。

 

 

モードレッドは聖剣を握る。アーサー王を支えるように。

剣は……輝いてくれた。

モードレッドを認めたのかは判らないが、それでも剣は美しく光った。

 

 

王と息子は同時に口を開いた。

誰が合図したでもなく、何を言えばいいのか、両者は完全に理解していた。

 

 

「「エクス(約束された)───」」

 

 

黄金の光が更に激しくなる。

剣は既に物質的な形状を取らず、単なる光の束と言える存在にまでなっていた。

ルキウスが動じたように後ずさり、その背後にいたガンヴィウスが狼狽えた様子を見せていた。

 

 

 

「「────カリバー(勝利の剣 )!!」」

 

 

 

瞬間、黄金の光は怒れるブリテンの心を反映したかの如く劇的な破壊をローマ軍に叩き込み、その光に巻き込まれた皇帝と神祖は跡形もなく消し飛んだ。

かくしてブリテン王国は侵略者であるローマを撃退し、その功績を以てモードレッドは正式にアーサー王の息子として認知され、王座を継ぐ事ができたのでした。

 

 

めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カメラ2

 

 

 

 

「モードレッド、どうしたのですか?」

 

 

 

「え?」

 

 

母であるモルガンの声によってモードレッドは現実に引き戻された。

ここはキャメロット城の中庭、アーサー王のお気に入りの場所でもある質素な花園であった。

マーリンが癒しの場として設けたこの空間には白い机と椅子が幾つかおかれており、モードレッドと向き合う様にモルガンが座っており、母の隣にはアーサー王もいた。

 

 

机の上にはカップと軽食が置かれており、今は軽い休憩がてらに家族水入らずの時間を堪能している途中のようであった。

 

 

そしてモルガンは母親として当然の如く様子のおかしい我が子を心配するように見つめていた。

彼女は隣に座っていた己の妹へと言った。

 

 

 

「アルトリア、モードレッドの様子がおかしいわ」

 

 

「え、いや、そんなわけじゃ」

 

 

あたふたするモードレッドをアーサー王が見つめてくる。

彼女は柔らかく微笑みながら我が子へと語り掛ける。

 

 

「疲れがたまっているのですか? しっかり休むのも騎士の務めですよ」

 

 

何の変哲もない家族の会話であった。

疲労を隠し切れない我が子を労わる親としての言葉だ。

しかしそんなアーサー王の言葉にモルガンは強く反応した。

 

 

「あ・な・た・も・よ! 私は知っているのですからね! 朝方から日の出(二時間程度)まで眠れれば十分などと言ってた事を!!」

 

 

 

さぁ、きりきり吐きなさい、この過労王め! 等と糾弾しながらモルガンはアルトリアの頭部から生えたひと際存在感のある髪の一房を掴み上げる。

そのまま痛みを与えない程度の力でモルガンはこの休まない事を美徳か何かと勘違いしている妹の頭を上下に揺さぶった。

 

 

 

「や、やめっ、やめてください姉上! 違うのです、ただちょっと気づいたら日の出になっていただけで、決して休まなかったというわけでは───!」

 

 

「王たる貴女が休まなければ臣下や騎士たちもその様を手本としてしまうのですよ! 

 その結果、キャメロットは外側だけは真っ白(ホワイト)、中身は漆黒(ブラック)などと揶揄されるかもしれない事を少しは自覚なさいな!」

 

 

 

びょいんびょいんと妙な弾力性を発揮するアーサー王の一房を弄びながらモルガンは矢継ぎ早に糾弾を並べる。

普段の凛々しい姿からは想像できない、姉に必死に謝罪を繰り返し目じりに涙を浮かべてさえいる王の姿に思わずモードレッドは噴き出していた。

 

 

「ぷっ……なんだよ、そりゃ……王がまるで、子猫みたいで……ははっ」

 

 

「あ、姉上っ、そろそろお許しを……。

 今度からはちゃんとしっかり寝ますので、どうかこれ以上は……モードレッドもほら、この様に元気を取り戻したようですし……」

 

 

 

約束ですからね? と念押ししてからモルガンはようやく妹を解放した。

次に彼女は自らの子をまっすぐに見つめて優しく語り掛けた。

 

 

 

「モードレッド、貴女の騎士としての務めはただ王の言葉を守るだけではないという事を覚えておきなさい。

 命令を実行するだけならば使い魔でも出来るのですから。

 王が間違った方向に進みそうになったら、例え叛逆しようともソレを正すのが私が貴方に求める役割です」

 

 

母の真摯な言葉はモードレッドに強く響いたが、同時に彼女は疑問を抱いた。

 

 

「でも、王はすごく強くて、賢くて……。

 自分なんかじゃ本当にソレが間違った判断かなんて判りっこないよ……」

 

 

「“判らない”という事を自覚しているのですね。

 それでよいのです。考える事を止めない事がまず第一なのですから」

 

 

 

モルガンは娘の頭を撫でた。

優しく、いまだ道に迷う事の多い我が子を導く母親としての顔で彼女はいった。

 

 

「そのための円卓です。その為の兄や姉です。

 自分なりの答えを出した後は、次は周りの人と意見を交換しなさい。

 もちろん私も相談に乗りましょう。

 大丈夫、貴方は一人ではありませんよ────私達の愛するモードレッド」

 

 

 

モルガンは立ち上がり、娘の傍まで歩きよれば、愛しい宝であるモードレッドを抱きしめた。

 

 

「ぁ…………」

 

 

 

モードレッドの口から吐息がこぼれる。

こんな抱擁はいつも受けている筈なのに、なぜか嬉しくてたまらなかった。

心の底にあった渇きや飢えが消え去っていくような消えさえもした。

 

 

 

「はは、うえ……」

 

 

「はい、何ですか?」

 

 

呼べば返ってくる愛情に満ちた声。

アーサー王の姉として献身的に王を支える賢者モルガンの姿がそこにはあった。

 

 

「ちちうえ?」

 

 

「はい、ここにいますよ」

 

 

すがるような声を上げたモードレッドを満たしてくれる愛しい人たちの声。

自分を抱きしめたまま、王とモルガンがまた他愛もない雑談に花を咲かせる世界。

 

 

満天の青空。美しい花園。繁栄するブリテン。

そして、そして───自分を愛してくれる人たち。

彼女は、満足していた。

 

 

 

「ずっと、こんな世界が続けばいいな」

 

 

 

それは独り言であった。

思わず本心からこぼれ出た雫であった。

そのまま瞼を閉ざせば、彼女は直ぐに船をこぎ始めた。

 

 

 

 

 

アーサー王とモルガン、どちらかが言った。

勿論です。()()()()()()()()と。

 

 

 

めでたし、めでたし。

 

 

 

カメラ3

 

 

 

 

モードレッドは聖地に王と共に訪れていた。

複数の宗教において聖地と称される名高きエルサレムは今や聖なる槍と完全に同化し、神として変貌を遂げた騎士王改め獅子王の支配下となっていた。

当初エルサレムを占領していた十字軍を排斥後、改めて獅子王は自らの呼び声に答えて集った円卓に問うた。

 

 

 

即ち「私と来るか、拒絶か、選べ」と。

この言葉に円卓の全員、モードレッド以外の全ての者は拒絶を選んだ。

何て愚かしい事なのだろうかとモードレッドは苛立ちを覚える。

 

 

故にモードレッドはかつての同胞に剣を向けた。

獅子王はそんな我が子にあらゆるギフトを授ける。

己の剣たるモードレッドは女神と化した王からの寵愛を一身に受け、その力を爆発的に増幅させた。

 

 

呪い(ギフト)の13重過剰付与。

それはモードレッドが王の複製であり、いわば女神の素養があったからこそ成し遂げられた奇跡であった。

だからこそ円卓全員にいきわたるはずだったあらゆる女神の加護をモードレッドは受け入れる事が出来たのだ。

 

 

「父上ッ!  俺っ、やりました!! 貴方の敵を全て───」

 

 

歓喜と共にモードレッドは円卓を殺しつくした。

王に対する叛逆者を殲滅した彼女への褒美は、聖槍の一突きであった。

まるでこうなるのは当然であると思えてしまう程に、呆気なくロンゴミニアドはモードレッドを貫いた。

 

 

「大儀であった」

 

 

 

何の表情も浮かべていない獅子王の顔をモードレッドは見た。

肉体が砕かれ、第二と第三の要素が引き抜かれていく。

槍の内部は小型の格納空間になっており、その中に収められるべき栄光ある最初の存在はモードレッドであった。

 

 

 

残り499の魂と共にモードレッドは永遠に獅子王と共にあり続け、かつて存在した人類の標本として永劫を生きるのだ。

 

 

 

めでたし。めでたし。

 

 

 

 

 

 

 

カメラ 縺代>縺昴¥縺オ縺ョ縺

 

 

 

とある世界ではモードレッドは正真正銘男であり、アーサー王もまた見目麗しい青年であった。

モードレッドはそんなアーサー王の国を滅ぼし、民を殺しつくし、あらゆる彼の栄光を辱め、奪い取り、踏みにじっていた。

絶望と苦しみに歪んだ父の姿こそ、モードレッドの求めるものである。

 

 

結果としてモードレッドはカムランの丘で父に討ち取られることになったが彼は満足であった。

偉大なる父から全てを奪い取ってやったという事実に絶頂を覚えながら彼は果てたのだ。

 

 

 

めでたし めでたし

 

 

 

 

 

 

 

 

【新技術】

 

 

 

青紫色の光と星雲の如き霧に包まれた宙があった。

「彼ら」の本拠地であるその世界は完全にシュラウドの霧に飲み込まれ、高次元たる概念宇宙と元々存在した三次の物質的世界がごちゃ混ぜになった宙である。

そんな世界の、とっても小さな領域(星系)にモードレッドはいた。

 

 

 

瞳を閉ざした彼女は輝く青紫の結晶体の中にいた。

内部と外部の次元を完全に隔離する能力をもった無機質な檻は、外見からは想像できない程に強固であり、それこそ「Ⅹ」級の超出力攻撃の直撃でさえ破壊はできないだろう。

そしてこの結晶体自体が高度な演算能力を有する演算装置でもあり、彼女が持つ可能性を抽出し分析するためのシステムのほんの一部であった。

 

 

 

更にセットでO型主系列星がここにはある。モードレッドの為に用意された星だ。

これはSOLの55万倍ほどの光度を持ち、その威容は8太陽半径(約557万キロ)ほどであった。

途方もなく活発で、宇宙全域においても有益な“資源”であるこの星は「彼ら」の感覚からしてみたら、少しばかり高額な紙幣程度の価値はある。

 

 

この恒星の持つ全エネルギーは完璧なる効率で運用されていた。

恒星をベルトの様な帯が何層も取り囲み、ダイソン・スフィアの如く放出される全てのエネルギーを吸収し稼働している。

どう小さく見繕っても一つ一つのベルトの長さは億キロ単位であり、さながらリングワールドにも見えるソレは巨大極まりない演算装置であった。

 

 

 

これの名はマトリョーシカ・ブレインと言った。

星系全土を改良し作り上げられた、演算特化のリングワールドである。

モードレッドの為だけに用意されたコレは彼女が辿る/辿らない/辿れたかも/辿りたかった/全ての可能性を観測し、内部で眠っている彼女に送り込んでいた。

 

 

 

既に彼女の肉体の“改良”は完成している。

手に入れたアーサー王の血液を元に、彼女とアーサー王の肉体の相違は洗い出され、修正されていた。

つまり、今のモードレッドは肉体だけは完璧にアーサー王と同一の存在になったのだ。

 

 

それでもなお「剣」を始めとした武具はモードレッドに反応はしなかった。

だがそれでいいと「彼ら」は考えている。

大事なのは血肉などの物質的な要因ではなく、内側……つまり、精神の輝きこそが重要なのだと。

 

 

 

「彼ら」からすれば肉体を完璧に仕上げた所でアーサー王の装備がモードレッドに反応しないのは当然であるのだ。

ならばどうするか? の問いに対しての答えは簡潔である。

モードレッドの精神に刺激を与え、成長させてやればよい。

 

 

あらゆる彼女の可能性を解析し、出力し、それを与え続ける。

時には王に、時には立派な騎士に、時には残忍な叛逆者、その他様々な可能性の夢を彼女は見ており、その度に精神は影響を受け続けている。

 

 

 

結果から言おう。実験は成功であった。

「剣」を始めとした武具の完全開放には至らなかったが、数段階の拘束を解く事に成功した。

聖剣はモードレッドの魔力光と同じような深紅の輝きを放ち始めており、ソレの解析は進み続けている。

 

 

疑似開放の時点で既にΣに匹敵凌駕するエネルギー効率を「剣」は見せていた。

特に破壊に対する指向性はすさまじく、対象の物質的、概念的、因果的な完全消滅さえも可能とする破壊能力が確認されている。

100のΣエネルギーと1のコレをぶつけ合わせたとしても、難なくこの新しい力はΣを飲み込みかねない程だ。

 

これの本質は万物に宿る破壊、終焉への方向性の具現化なのかもしれない。

それを意思の力によって支配し、指向性を与えるのがこの力の基本的な扱い方だろう。

 

 

 

ここにきて「彼ら」は新しい技術のブレイクスルーを引きおこしたと言っていい。

明らかにもう一段階文明を引き上げるに足る力をコレは示していた。

Ωには至らなかったが、Σを超えて着実に先に進んだ証拠であるこの力を「彼ら」はφ(ファノン)エネルギーと名付けた。

 

 

精製方法も段階的にであるが確立済みである。

「彼ら」は「剣」の持つエネルギーと己の所有する資源を徹底的に比較し、φを再現する方法を遂に見つけ出した。

原材料として用意するのはステラー・ライトだ。

やはりというべきかΣの力は真なる御業のほんの兆しにすぎないものであり、長い長い階段の第一段でしかない。

 

 

星の卵ともいえるステラー・ライトにシュラウド・ハイパーショックを浴びせて徹底的に破壊の念を注ぎ込むと

生まれる筈だった星は深い破壊の念に染め上げられ、その全てを破壊の方向性に特化させた禍々しいエネルギーへと変貌するのだ。

SOL3における魔術世界の単語になぞらえていうならば、星の持つ第二()第三(精神) 要素、及び運命力(因果) 全てを破壊に変換した、というべきか。

 

 

「剣」が星やそこに住まう全ての命の多くの願いと意思を束ねるのであるのなら、それはいわば精神力を集わせるのと同義であり

効率的な精神エネルギーの扱い方を知っている「彼ら」がそれを再演できない道理はなかったのだ。

全ては精神の輝き、サイオニック・エネルギーの保有する無限の可能性の具現化である。

 

 

原理としてはステラー・ライトを「剣」の如く多くの想念を束ね纏める器として見立て

そこに中身をシュラウド・ハイパーショックを通して混ぜ込み加工していくという形になる。

安定した量産に当たってはサイオニック・エネルギーを増幅させるズィロを用いていけば可能だという推察が出ていた。

 

 

 

今までにたりなかったのは発想である。

「彼ら」はシュラウド・ハイパーショックを獲得し、時を同じくしてΣを手に入れた時点で何処かで無意識に満足してしまい

それらを掛け合わせるという発想をもてなかったのかもしれない。

 

 

星系単位での精神支配と超新星のエーテルの生成という超技術を手に入れた時点で、これ以上の破壊能力はもう必要ないと考えてしまった。

その“満足”こそが没落への第一歩だというのに。

 

 

 

この事実は「彼ら」を自省させるに足るものであった。

あれほど没落への囁きを敵視しておきながら、無意識に自分たちはサイオニック・エネルギーの扱い方を極めたと思い込み、その先を開拓することを怠っていたのだから。

確かに自分たちは存在する全ての宙の中で最も精神の輝きを使いこなしているのかもしれないが、それでも未だ果てではないと「彼ら」は背筋を正した。

 

 

未だ破壊の方向性でしかステラー・ライトは使用されていないが

より多くの念を混ぜ合わせる事ができるようになれば、更なる高み足るΩの兆しは間違いなく現れることだろう。

 

 

しかしφは制御に難があるというのが「彼ら」の所感であった。

これを実戦投入すれば途方もない戦闘能力を見せてくれるだろうが、常に完全消滅現象を撒き散らすエネルギーを生成、密閉、保存、運用するにあたっては

Σに用いられていたリアクター・モジュールでは耐久性に問題がある。

 

 

故に新しい設計が必要であり、そしてソレは恐ろしい程の資源を必要とするだろう。

Σとの相性も考慮し、慎重に事を運ぶ必要がある。

成功が目に見えた時ほど一度立ち止まり一息つくのも大事である。

 

 

つまりいつも通りの話だ。

 

 

φと並列して幾つもの新技術が産声を上げようとしていることも忘れてはならない。

例えば王の持つ「槍」である。

エルサレムにおける藤丸立香の活躍などにより、コレの本質への探究は着々と進み続けている。

アーサー王の可能性の一つである獅子王が用いた「槍」の力は非常に興味深いものがあった。

 

 

 

「槍」のテクスチャに齎す影響力は興味深いものがあり、この存在の理解はテクスチャという概念の本質を完全に理解する大きな助けになるだろう。

 

 

 

リヴァイアサンの亡骸、魔法、魔術、概念、神秘、テクスチャ、人類悪、冠位、剪定。

その全てを理解し有効活用する為に複数のマトリョーシカ・ブレインが稼働している。

藤丸立香から送られてくるデータによってこれらは絶えず更新を続けており、その価値は計り知れないものがあった。

 

 

ありえない仮定ではあるが、もしも藤丸立香がこれらに対しての報酬を望んだのならば

「彼ら」は快く一通りの最新鋭のインフラを完備した、サイズ30ガイア型惑星の支配権を彼女に与えたかもしれない。

「彼ら」から見て、それほど藤丸立香という少女は眩い程の精神の輝きを見せてくれている上、有益な情報を齎し続けてくれている。

 

 

必死に頑張って戦う少女に対して相応の見返りを与えてやりたいと思うのは当然の話だ。

 

 

 

もう一つ、実戦配備の準備が整いつつある技術があった。

星が自殺した際、エーテルと似通っていながら決定的に違う存在が発生した事をマトリョーシカ・ブレインの解析は突き止めた。

霊墓のケモノの撒き散らす瘴気と何処か似通ったソレはあえていうならば()()()エーテルと言える。

 

 

 

エーテルとは星の持つサイオニック・エネルギーであり、生命力である。

ならば死んだ星はこの力を持たないのは道理なのだが……どうやら“蛆”は湧くらしい。

生物の死骸がガスや一種の化石燃料を生成するのと同じように死んだ星もまた、資源を生み出すという事実があった。

 

 

 

「彼ら」はこのエーテルを犯し、ソレを基軸として存在するサイオニック・生命体に対して劇毒の如き効力を発揮する

物質を「アンチ・エーテル(ジン・エーテル)」と名付け、部分的にであるが蒐集技術を確立させていた。

 

 

 

エーテルを認識し、それに相反するアンチ・エーテルという存在を観測した「彼ら」は

自らの支配下にある星々を改めて再調査したのだ。

“恒星下の暗闇”という言葉に代表されるように、近くにありすぎた結果、見落としていた等という事がないように。

 

 

その結果、エーテルは見つからなかったが、アンチ・エーテルは発見された。

 

 

死の惑星。

エアスレス惑星ともいえる大気も持たず、本質的には“死んでいる”星は多量のアンチ・エーテルを保有していることが証明されたのである。

恐らくかつては生きていたであろう星の残骸は、その死さえも「彼ら」に利用されることが確定した瞬間だった。

 

 

 

惑星どころか星系規模の大きさを持つ超巨大造船所が稼働した。

0.00031%程度の微量な稼働率を以てソレは一隻の船を数分足らずで編み上げた。

完成したのは標準的な大きさの衛星を加工して作られるムーン級攻撃衛星である。

 

 

次々と機材や兵器が衛星に送り込まれたのち、全システムをチェック……問題なし。

12機のスラスターに火が灯され、周囲の物理法則が書き換えられ、ソレは動き出した。

 

 

攻撃衛星が護衛を引き連れて発進する。

SOL3近郊の虚数空間に潜航するステラー級に連結するために衛星はシュラウド・ジャンプドライブを実行し宙と宙の間を飛び越える。

直系3500キロ程度のこの船の中にはアンチ・エーテルを代表に様々な新しい装備や、多種多様な挑戦的な技術が詰まっていた。

 

 

次に行われる計画に必要な全てが封入された補給船は何の問題もなくステラー級にたどり着き連結し、その中身を降ろした。

 

 

 

 

 

虚数の奥深く。

どれほど高性能な潜宙船であろうとたどり着けない超深奥の奥深くに座するステラー級の内側。

幾つも並べられた超巨大な培養層(B.I.G.造船槽) の中で、ナニカが蠢き鼓動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

スペシャル・プロジェクトを実行します。

 

 

リヴァイアサン(アルテミット・ワン)の復元と支配”を実行開始します。

“グレイ・セファールの改良”を実行開始します。

“アンチ・エーテル装備の試験運用”を開始します。

“φエネルギーの試験運用”を開始します

“現実穿孔機の小型化および量産”を開始します。

“外部次元からの干渉を確認、撃退開始。φエネルギーの限定使用を許可”

 

“エーテル生命体の実戦的使用方法”を考案中。

密閉空間に幽閉後、電源として使用可能の可能性あり。

 

 

藤丸立香の未来演算と現状観測、並列実行中。

もう間もなく第六の異聞帯における対象の完全観測を完了します。

 

及びビースト(人類悪)捕獲計画、立案中。

対象の持つ高度な時空量子転移の阻害方法を考案中。

神出鬼没種を捕獲した際のデータを参考に量子転移の操作技術を更新中。

固体名“愛玩の獣(妲己)”の完全成長を確認後、捕獲計画を構築します。

並列して対象の持つ固有の特殊能力の封殺方法を考案中。

 

 

投入予定戦力。

グレイ・セファール8機及びリヴァイアサン10機。

 

 

全シークエンス、問題なし。

引き続きSOL3への干渉を続行する。

藤丸立香の全因子を解析後、大規模な行動を開始。

 

 

 

大変結構。

 

 

 

 

 

 

 

 





ひとまずこれで完結となります。
幕間はぽつぽつ書いていきますが、本編とがっつり関わるのは藤丸立香の旅の最期を見届けてからにしたいと思っております。
原作の彼/彼女の最期がどの様な形になるかによって本作の最期も変える予定です。



次回作は恐らく意外な作品かつ意外なヒロインを書きたいなと思ってたり。
今回は爺さん主人公だったので反動で愛が重いヒロインを書きたくてたまらない衝動が……。


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