fate/stellaris 【完結】   作:宇宙きのこ

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アッティラ大王さんが大暴れしたので
本来一話のものを2つに分けて投稿します。





追憶

 

【追憶】

 

 

ルキウス・ヒベリウスの最も古い記憶は、恐らく何らかの箱の中で横たわる赤子の自分をガンヴィウスが覗き込んできた光景である。

当時の彼はまだ自我というものさえなく言葉も知らなかったが、それでも本能だけは既にあった。

彼が思ったのは一つ────即ち恐怖である。

 

 

蒼とも紫とも知れぬガンヴィウスの、父親の瞳は自分を見てはいなかった。

彼の眼はまた別の何か、子を見守る親というよりは新しい道具を見定めるような……刀剣の切れ味を確かめる剣士の如き冷たい瞳だったのを彼は覚えている。

直ぐに父は踵を返して部屋から出て行ってしまう、最後まで彼は息子に一声をかけることもなかった。

 

 

 

神祖としてローマを導き支配する彼には父親として息子と接する時間など許されはせず、ルキウスはガンヴィウスと俗にいう親子の時間を過ごした経験は殆どない。

たまに屋敷に訪れたかと思えば使用人たちから近況を聞き、次の教育の計画を練った指示書を渡すだけ。

息子と対面した際も彼はにこりとも笑うことも普通の親子がそうするように幼い子供を抱き上げることもしない。

 

 

 

しかしルキウスは恨んではいない。

ガンヴィウスは間違いなく名君である。

古今東西様々な神話や伝説を読み解いたとしてもあれほど人を導き、理不尽な理由で人を害さない神なんて他に例がないほどだ。

 

 

古くはオリュンポスの神々に、メソポタミアの女神。

下衆と吐き捨てられてもおかしくないソレらに比べば信じられないほどに温情のある神だ。

 

 

 

何よりガンヴィウスはルキウスに力を与えてくれた存在である。

幼子の時点で訓練された兵士たちを悠々と上回る底なしの身体能力、睡眠や食事を取らずとも活動可能な肉体、不死と称してもいい程の恐ろしい生命力。

更には1を聞いて10を理解できるだけの頭脳さえも彼には与えられた。

 

 

ブリテンに君臨するアーサー王とある意味彼は同じであった。

即ち都合のよい国家を運営する為のアイドルである。

 

 

物心ついた時よりルキウスの人生は鍛錬と勉学の繰り返しであった。

将来の皇帝としてガンヴィウスに設計され、作られた彼はその能力を発揮するためあらゆる受難を乗り越えた。

時には身分を隠し一兵士として小規模な紛争の最前線で戦い、時には指揮官として部隊を動かした。

 

 

 

睡眠の必要がないルキウスは単純に人の二倍の時間がある為、知識の積み込みと経験を貯める行為も同時に行える。

また民たちへの顔見せや名前を売るという名目の元、彼は闘技場の観衆たちの視線の下で戦ったこともある。

闘技場での戦いは殆どの敵は雑魚であり、ルキウスにとっては武器さえ使わなくとも問題なく処理できる相手だったのだが一人だけ例外がいた。

 

 

それは三度目の闘技大会の大詰めの時───ルキウスが次期皇帝として知れ渡った時のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルキウスの眼前には倒れ伏した対戦相手がいる。

古きサーサーン朝の出自で、家系図を辿れば恐らくどこかしらに古い神の血があったのであろう男はなるほど、確かにただの人間よりは強いのだろう。

人間ではまず振り回せない巨大な剣、いや鉄塊を片手で扱い、鎧の必要などない程に硬い表皮を併せ持つこの男は小さな巨人であった。

 

 

 

しかしルキウスにとっては欠伸の出るほどつまらない存在である。

力任せの攻撃は目を閉じていても避けられる上に、男が頼る腕力でも勝負にならないほどに彼の方が上なのだ。

 

 

故に勝負は一瞬でついた。

ルキウスの握る何の変哲もない量産品の短剣は男の戦象に踏まれても跳ね返すであろう皮膚を紙細工の如く切り刻み、彼の身体を17等分に切り分けてしまった。

肉屋にでもいけばおいてありそうなサイズのブロック肉に「加工」された男はもう動くことはなく、三度目の大会も面白みもなくルキウスの優勝で決まりかけた時にそれは起きた。

 

 

遥か高み。神祖のみが座る事が許される貴き席。

皇帝の座るであろう玉座よりも高次の座に一人の老人がいつの間にやら腰を下ろし、熱狂するローマの民を見渡していた。

今日来るはずのなかった父……ガンヴィウスがそこにいつの間にか座していたのだ。

 

 

─────神祖様? 偉大なる神祖! 

     おぉ、神祖クィリヌス様!! 偉大なる御方!! 

     我らをお導き下さる唯一の神!!

 

 

ローマの民が更なる熱狂に包まれた。

ルキウスが対戦相手を葬り王者に輝いた時など比較にならない。

全ての民は立ち上がり、恐らく人生で最も喉を酷使しながらガンヴィウス、神祖クィリヌスへ信仰を宣言し続ける。

 

 

両手を握りしめ、涙を流し、直接その姿を見られたという最高の幸福に民たちは酔いしれ狂っていた。

途方もない狂乱だった。

闘技場で罪人を獣の餌にかえた時や、歴代の皇帝が就任の演説を行った時でさえこうはならない。

 

 

 

ルキウスは無言でガンヴィウスに跪いた。

傍から見れば敬意に溢れすぎてこうするしか判らない男とみられるように。

神祖が腕を掲げれば引き潮の様に歓声は一瞬で消え去り、皆が偉大なる神の次の言葉を待つ。

 

 

 

 

「素晴らしい武勇だルキウスよ。

 正しくローマの剣と称するに相応しい。故に相応しい相手が必要であろう」

 

 

ガンヴィウスの宣言と同時にアリーナ内の門の一つが開く。

多くの鎖がぶつかり合う金属音と共に地響きを立てながら何かがやってくる。

 

 

 

「見せしめを使う時が来た。この愚者をお前の手で葬り去りその力を高らかに示すのだ」

 

 

 

影の中より陽光の当たる場所まで重々しく歩いてきたそれ。

───見るもおぞましい存在であった。

左右非対称に幾つも生えそろった巨大で太い腕。

身体のあちこちに浮き出る血走った巨大な目玉。

 

 

オルトロスの如き双頭を持つソレは信じられない事であるが元は人間であった存在である。

かつての名はスパルタクスといった。

ローマとガンヴィウスに反旗を翻し、半時も経たずに壊滅させられた反乱の首謀者だ。

 

 

研究の結果彼の体は非常に、突然変異といってもいいレベルでの頑強性を示した為、ガンヴィウスは彼を実験道具として弄りまわしたのだ。

細胞の分裂の限界を外した上で内部に小型のエーテル炉心を埋め込み増殖を加速させ、更には鎖として神経ステープラーを撃ち込んだ哀れな下僕である。

ルキウスという最高傑作を作り上げる為に必要な様々な実験を行う為に用いられた実験体でもあった。

 

 

今や彼はガンヴィウスの遊具であった。

気が向いた時、使い捨てるつもりで様々な戦場に放り込み、敵を壊滅させるまで暴れ回らせる戦闘奴隷である。

彼の細胞は損傷を受けるたびに激烈な超回復とエネルギーの生成を行うという特徴があり、限界点を超えれば莫大な破壊として周囲に拡散する性質がある。

 

 

 

侮蔑が闘技場に満ちた。

ローマの敵への悪意、神祖に逆らった愚か者への嘲笑、今からルキウスがそれを殺す事への期待。

自分では何もできないのに、何もかもガンヴィウスという絶対者に与えられているだけの者らの無責任がここにはあった。

 

 

内心感じうる苦々しさをルキウスは表に出さず剣を高らかに掲げて宣言した。

腸で煮えたつ怒りを乗せた声は恐ろしい程に闘技場全体に響き渡った。

 

 

「偉大なる神祖よどうかご照覧あれ!

 我が剣こそがローマの未来を切り開くに相応しいと証明しましょう!!」

 

 

 

ガンヴィウスは何も答えない。

彼は頬杖をついてルキウスを眺めながら片手で鷹揚にスパルタクスを指さし念を送るだけだ。

神経ステープラーを通してスパルタクスの体と意思は動かされる。

 

面白いことにガンヴィウスは「また」彼の体を支配しようとして抵抗を感じた。

やはりというべきかスパルタクスの意思はまだ残っているらしい。

 

 

数百年間改造され犯され続けているというのに未だに彼の心はおれない。

だがそんな信念など絶大なガンヴィウスと「彼ら」の超能力の前には無意味である。

何度復活してこようと何千回と精神を上書きし、身体の神経の隅々まで支配された人形は動き出す。

 

 

 

『ギイィィオアオオアオォアオァオアイィィィ!! 

 ア、あ、ぁ、ァ!! イイイィイアア!!』

 

 

涎を垂らし目玉をぐるぐると回しながらスパルタクスだった怪物は動き出す。

技量も何もないが、速度だけはあった。

左右に2本ずつ、合計4本ある巨大な腕が握りこぶしを作り振りかぶられた瞬間にルキウスは動いていた。

 

 

避ける? 守る? 

違う。ルキウスは皇帝になる男だ。ローマを支配し、大陸を支配する男だ。

彼が戦う時にそのような小賢しい事はしない。

 

 

「醜い。貴様はもはやローマの敵でさえなくなってしまった」

 

 

ルキウスは哀愁を込めて呟く。

そして彼は真っ向からスパルタクスの拳を迎撃した。

まず一撃、ルキウスは凄まじい力で剣を振り下ろしスパルタクスの右の腕2本を叩き切った。

 

 

肉塊が宙を舞う中、迫る左からの拳2つに対してもルキウスは淡々と対応する。

あろうことか剣を彼は空高く投げたのだ。

僅かな時間だけ赤髪の男の両手が自由になる。

 

 

「────ッ!!」

 

ルキウスの拳とスパルタクスの拳が衝突する。

まず一撃目。完全に相殺されあった破壊の力が周囲に伝播し、闘技場の地面に巨大な亀裂と断崖を作り上げた。

民たちが悲鳴を上げるが、ガンヴィウスの守護によりそれ以上の破壊の拡散は起こらない。

 

 

スパルタクスが拳を引き、再度の痛撃を叩き込もうとするが、ルキウスは片手で彼の岩の様に硬く太い指を掴んで止める。

更に二撃目。低く腰を落として全身の筋肉を効率よく動作させて放たれた突きはスパルタクスの全身に凄まじい衝撃を与えた。

肉が泡立ち、目玉が割れ、舌が突き出されてビクッと痙攣する。

 

 

拳を叩き込まれたスパルタクスの左腕の一つは余りの打撃の威力に肘あたりまで吹き飛び、骨や肉などが周囲に雨の様に降り注ぐ。

残った最後の腕がルキウスに叩き込まれる。

しかしルキウスは避けず顔面でソレを真っ向から受け止めた。

 

 

「これは慈悲だ。かつての貴様への」

 

 

ルキウスは一歩も後退することはなかった。

微かに額に血が滲む程度の傷しか彼は負っていない。

子供が膝を擦りむいた程度の傷など瞬時に無くなってしまう。

 

 

与えられた衝撃に応じて怪物の体が更に巨大化していく。

細胞に叩き込まれた刺激はスパルタクスを更なる異形へと貶めんとしていた。

超速で再生と破壊が繰り返され、多量のエーテルを飲み込んだスパルタクスはここにきて完全な怪物へと堕ちた。

 

 

二つあった頭部がまた一つに戻り、人間の骸のような不気味な顔が形成された。

窪んで深淵に続く穴と化した眼窩の中には仄暗い真っ赤な光が灯されルキウスを静かに見つめている。

4本ある腕の内、外側の左右2本は更に巨大化し先端にはとんでもない大きさの爪が鎮座していた。

 

 

身体のあらゆる所に精製された眼玉が周囲を威圧するように動き回る。

余りのおぞましさに民たちの中で意識を失う者、嘔吐するものが出るほどの醜さであった。

 

 

空中より落下してきた剣の柄を捉え、構えなおしたルキウスは怪物と対面した。

怪物……そういうことだ。

つまるところガンヴィウスの狙いは、怪物と化したローマの敵をルキウスという英雄が討つ絵面を作りたいのだ。

 

 

そのことを理解したルキウスの口元が裂けるように笑った。

遥か彼方の高みに座す父親を捕食する様に彼は口を開けて息を吐いた。

 

 

剣を振るい、怪物退治が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

4本の腕がそれぞれ独自の動きを持ち襲いかかる光景は攻撃される側にとっては恐怖でしかない。

人としての理性はなくしたが、獣としての闘争本能と元来彼が持っていたであろう素晴らしい戦闘センスの残骸はこの怪物の動きに、恐ろしい程の狡猾さを付与させることができた。

2対の腕は瞬き一回の間にそれぞれ4回ずつ動く事が出来た。

瞬間、ほぼ同時に16のあらゆる種類の攻撃がルキウスに襲い掛かる。

 

 

 

内側の腕は器用に人の技を駆使する。

フェイントなどを時折混ぜ合わせながら合わせて10本の剣の如き爪が異なる速さとタイミング、そして濃すぎる殺意を以て振るわれた。

 

外側の腕は恐ろしい外見通りの凶暴な獣の腕だった。

あらゆる防御の上から相手を叩き潰そうとする暴力だけがそこにはある。

ルキウスの怪物から見ればあまりに華奢で劣っている肉体を叩き潰さんとばかりに質量の暴力を以て暴れ狂う。

 

 

だがそのどれ一つとってもルキウスに傷を負わせることは出来なかった。

戦場で全方位を敵に回して戦い抜き勝利したこともある彼にとっては瞬間の16連を捌き切る事は面倒だが不可能なことではなかった。

彼の体はひらりひらりと小刻みに左右の僅かに移動し、絶えず自らの立ち位置を調整し続ける。

 

すると前もって打ち合わせでもしていたかのごとく怪物の外腕はルキウスの一瞬前までいた所を殴りつけるだけで彼を捉えることが出来ない。

小賢しくも人のような技量で襲い掛かる内腕に対しても彼はたった一本の剣でその全てをはじき返し続けた。

 

 

彼が握るのはただの量産品の剣である。

皇帝候補であり望めば古今東西の名剣をローマの倉庫より取り出せるだけの力を持つ彼であるが、あえてコレといった愛剣を持とうとはしなかった。

彼の肉体性能を考えればこのようなちっぽけな粗悪品などすぐに折れてしまう棒きれに等しいが、ルキウスはだからこそ名だたる剣を使わない。

 

 

自らの性能が凄まじいことを彼は知っている。

そういう風に作られたであろことも。

いわばこの腕力や体力はガンヴィウスから与えられたものであると彼は思っている。

 

 

だからこそ自分だけの力が、比類のない技量を彼は欲している。

あの男の眼を思い出す。

もしも仮に与えたスペックに胡坐をかき堕落したらガンヴィウスは一点の躊躇もなくルキウスを不適合とみなすだろう。

 

 

 

全身に活力を充填し男は不遜な笑みを浮かべてスパルタクスを見つめる。

魔力を剣に流し込み強化を発動させる。彼はこの術が得意であった。

更に体にも魔力を充填させて強化。

 

 

身体能力強化。

五感強化。

直感鋭敏化。

 

世界から無駄な音が消え必要なモノのみが残る。

眼前の怪物と、遠くから眺める神祖と自分だけの世界。

 

 

 

怪物の骸の顔が彼を見つめ返し、口を開閉させた。

 

 

『あ、ぃ、あいぃぃ……アアアア、アああぁアアっ、セイィィ』

 

 

何を言っているかさっぱり分らんとルキウスはつぶやき、瞬時に距離を詰めてその顔を両断。

鉛色の刃は熟れた果実を切る様にスパルタクスの硬化した皮膚を軽々と切り刻み、真っ赤な液体を噴き出せる。

瞬時に再生するが、そんなことは関係ない。

 

 

弱点を探す? 回避しつつ機会を狙う? 

そんな下らない事をルキウスは民と父の前ですることはない。

ルキウスの腕が遠目から見る民たちの視点で見ても消え失せた。

 

 

余りに早く振るわれすぎた結果である。

スパルタクスの体が無尽蔵に切り刻まれる。

まずは10通りの肉片に。規則正しく一片が10センチ四方の加工されたブロック肉である。

 

 

瞬時に肉同士がくっつき合い、全身から斬撃を捌くための腕を形成し踊り狂う剣をつかみ取ろうと足掻く。

しかしその影を掴むことも出来ない。

皮膚を硬化させる。瞬時に鋭さが増し、更に深く切り刻まれる。

 

 

 

「余興も終わりだ。速度を上げるぞ化け物よ。さて、貴様は何分割すれば死ぬのだろうな?」

 

 

 

ルキウスが獰猛に笑う。獲物に貪りつく狼の様な相貌であった。

強化、強化、変換。

魔力を流し込まれた回路が凄まじい音を立てて回転する。

 

 

ルキウスの肉体性能が跳ね上がっていく。

物理法則をねじ切り、因果さえも今の彼にはついていけない。

大気に充満した濃厚なエーテルと彼の体は化合し、神代の英雄さえも凌駕しうる戦闘能力を彼に与える。

 

 

ほんの微かではあるがルキウスは自らの肉体に紫色の霧のようなものが絡みついていることに気づいていた。

途方もない力が彼に流れ込み、想像を絶する力を与えた。

 

 

彼の「技」は一つの流派による奥義や伝統に基づく格式ばった剣術ではない。

多くの戦場を渡り歩き、多くの命を奪ってきた彼が本能的に編み出した最も効率的で千差万別な性質を持った殺戮術である。

未だ完成には程遠く、否、完成という概念さえない永遠に成長する彼の戦闘技術はこの怪物に対しての最適解をたたき出す。

 

 

ルキウスの瞳にはスパルタクスの“中身”が見えていた。

脈打つ複数の心臓、幾つも雑多に無茶苦茶に配置された臓器の数々。

訳の分からない構造をした脳髄らしきものに……彼を縛り付ける“ナニカ”までも。

 

 

全照準認識完了。排除開始。

 

 

一瞬で呼吸を整え、狙いを定めてから限界まで強化された剣が踊った。

 

 

頭。

胸。

胴。

手。

足。

鎖。

 

 

 

身体のあらゆる個所がほぼ同時に叩き潰される。

もう少しで世界の秩序を超えかねない域の技量である。

 

 

傍から見ても何が起きたか判らない絶技であった。

ガンヴィウス以外の誰も把握さえ出来ないだろう。

 

7カ所の部位にそれぞれ9連撃を6回。

合計63発の超速の剣劇は無尽蔵ともとれるスパルタクスの再生能力をしても許容を超えるものであった。

 

死ねという単純にして莫大な思念のこもった攻撃は彼のあらゆる要素に痛恨の損傷を与える。

 

細胞が再生を行おうとして自壊していく。

物理的には細胞核どころか分子単位で、概念的にはスパルタクスの魂レベルでの損傷。

劣化しない存在などありえず、無理やり復元を行うために莫大なエーテルを消費しようとするがもはや彼の身体はガタが来ている。

 

 

力ずくでの再生によって体の一部は液体化し、何十本も精製されたろっ骨は体のあちらこちらから飛び出したその姿はもはや醜いという言葉でさえ表せない。

もう勝負はついているとルキウスは悟っていた。

これはいわば悪あがき、もういつ崩れてもおかしくはない体を無理やり動かしているに過ぎないのだと。

 

 

『感謝する。若き剣士よ』

 

 

しかしおぞましい外見の筒の様な口から出たのは知性ある男の声だった。

かのルキウスをして一瞬未満ではあるが呆気に取られる意外な展開である。

 

 

『私を縛っていた忌々しい鎖を砕いてくれた。君は圧制者ではあるが、同時に反逆者でもある』

 

 

「…………」

 

 

ルキウスは言葉を返さない。

いや、一応は剣を構えて戦闘態勢を取ってはいるがもう勝負は終わっていると彼は理解した。

座の上でガンヴィウスが自らの掌を何回も開閉して何かを確かめるような仕草をしている。

 

 

まるでそこに今まで確かにあったナニカを確かめるような動作だった。

もう存在はしないナニカを手探ろうとしているのだろう。

 

 

『ありがとう。君のいつか来るであろう反逆の時が成功することを祈っている』

 

 

スパルタクスが咆哮を上げて飛び上がる。

ルキウスに向けてではなく、彼は獣の様に四足で闘技場の壁を駆け上がり高みで見下ろす圧制者に向けてとびかかった。

護衛が瞬時に動こうとするが、ガンヴィウスは片手でそれを制した。

 

 

『圧制者! 人々から未来を奪い去り! 選択肢さえ与えない怪物よ!! 

 スパルタクスの怒りを知るがいい!!!』

 

 

「そうか。さようなら」

 

 

ガンヴィウスの人差し指から稲妻の様なエネルギーの奔流が空間を焼きながら飛び出した。

暗黒エネルギーを操作して放出されたアーク放電はあらゆる装甲とシールドを無視して対象の本質を攻撃する特性がある。

高次元の破壊への方向性は三次元では翡翠色の稲妻として表現されており、それをまともに浴びたスパルタクスは断末魔さえ上げることなく塵も残らず消え失せた。

 

 

完全に力場ごと操作された暗黒エネルギー攻撃は周囲のカーテン一枚も揺らすことはなくスパルタクスのみを消滅させる結果に終わった。

 

 

静まり返る観客に対してガンヴィウスは頷いてから行動に移す。

本来はルキウスがスパルタクスを滅ぼし万来の喝采を浴びる予定だったのだが、想定外の事が起こってしまった結果、人々はどうすればいいのか迷ってしまっている。

民はともかく息子に対してのテコ入れが必要だと「彼ら」は判断した。

 

 

 

立ち上がり、少しだけ念を送れば彼の座す高みよりルキウスのいる下座にまで薄く発光する道が出現した。

足音もなく神祖はその道を下ると息子の目の前で足を運んだ。

父が次は何をするのか意識を研ぎ澄ませて備える男に対してガンヴィウスは手を差し伸べた。

 

 

「よくやった息子よ。少々想定外の事が起きたが、此度もお前の優勝だ」

 

 

一度跪くルキウスの手を取り改めて立ち上がらせる。

よく響く声でガンヴィウスは民衆に宣言した。

更に発せられた念話はローマの全ての民へと接続され、認識への強制理解という方法で新しい常識を撃ち込み始めた。

 

 

「ウラキ・ガンヴィウス=クィリヌスの名のもとに宣言しよう。

 ルキウス・ヒベリウスを次期皇帝として指名する。 

 我が民たちよ、この若者の行く末をどうか見守ってやってくれ」

 

 

神託という形で数億の人間の意識を軽々と掌握しながらガンヴィウスが宣言すれば、一瞬の間の後にローマ全土が歓喜で揺れた。

久方ぶりの皇帝という神祖の補佐者が出るという事は即ち、ローマに再び何らかの巨大なうねりが巻き起こるということである。

それが何なのか理解はできないが、ローマの民たちは自分たちは絶対に大丈夫だという確信があった。

 

 

 

なぜならば自分たちには神祖クィリヌスという唯一にして絶対の庇護者がいるのだから。

サーサン朝、ハンニバル、アレクサンドロス、ゲルマン、全ての敵を圧倒的な力で叩き潰した完璧なる存在に守護されているという安心感は

どれだけの危機が迫っていたとしても自分たちは大丈夫という安心感を与え、今度は何が来るのかと楽しみにしてしまうほどの余裕を彼らに与えていたのだ。

 

 

莫大な歓喜の声を上げて熱狂する市民たちをルキウスは冷めた瞳で見つめていた。

内心で唸りを上げる炎を瞳に込めてガンヴィウスの背を見つめるが、明らかに気づいているはずの彼はそんなこと気にも留めはしなかった。

 




次話は見直し終わってから投稿します。
明日か明後日のどちらかになる予定です。


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