いつもの放課後。
 誰もいない教室で里香を待っていた僕は、暇つぶしにとある漫画を読み始めた……。


 ※挿絵はぐみホタル様(https://skeb.jp/@Gumi_Hotaru)の作成となります。

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 衝動的に書きました。
 許せ!


トニカク……!

 その日の放課後、僕は人気の失せた教室で里香を待っていた。

 何でも、担任の先生に雑用を頼まれたとかで。って言うか、里香に雑用なんてやらせるなよとか思ったけど。まあ、単なる資料整理でキツイ仕事じゃないって言うし。それに、あんまりこの手の事に意見すると里香自身が怒るのだ。

 理由は分かる。

 里香は、出来るだけ日常の傍にいたがる。普通の日々を、これでもかと言うくらい求める。

 当然だ。

 ずっと焦がれて。

 求め続けて。

 一度は諦めて。

 それでも、戦って。

 ようやく、掴んだモノ。

 我慢できる筈がない。

 邪魔も、否定も。

 そして、それをする権利が僕にない事も分かってる。

 里香は僕のものだけど。

 所有物じゃない。

 前に、そうキッパリ釘を刺された。

 空を知った鳥を、籠の中へ留める事は残酷な事。

 例えそれが、籠の持ち主のどんな切なる願いであっても。

 

 ◆

 

 里香はまだ来ない。時間かかってるな。

 職員室まで行って手伝おうかとも考えたけど、『余計な事するな!』とか怒られそうで怖い。

 里香に怒られるのは、怖い。ホント、怖い。

 ……暇だ。

 とにかく、暇だ。

 最近の若いモンならスマホでソシャゲでもやって時間を潰せるんだろうけど、生憎僕が持ってるのはかなり周回遅れのガラケーだ。対応してるゲームなんて、ほぼない。

 スマホ買う資金なんてないし。

 親にせがむのもなんかだし。

 バイトしようにも、留年してる身じゃ視線痛そうだし。

 いやまあ、役にも立たないプライドが半分以上邪魔してるのは理解してるけど。

 っていやいや。いらないのだ、スマホなんて。やらなくていいのだ、ソシャゲなんて。

 聞いてるぞ。

 知ってるぞ。

 ソシャゲの闇を。ガチャとやらの地獄を。

 アイテムとか☆5とか。虚像の肖像一枚手に入れるのに、月ウン万円なんて正気じゃない。冗談じゃない。そんなお金あったら、僕はフィルム買うぞ。もっと良いカメラ買うぞ。そして、里香の写真を沢山撮って永久保存するんだ。

 こんな有意義な使い方があるか?

 里香だぞ!? 里香の御姿だぞ!? 可愛くてカッコいい聖女様のイラストより、ずっと尊いぞ!? どうだ、参ったか!? え? ソレ全部スマホで出来る? 二次元と三次元は別腹だ? うるさい黙れ馬鹿!

 

 ◆

 

 ……存在しない相手にエアマウント取るのも虚しくなってきた。

 里香は、まだ来ない。

 暇だ。

 何か、暇潰しになるもんなかったっけ。

 あえかな望みを託して鞄を漁ると、何か見覚えのない本が出てきた。

 漫画だ。買った覚えも、読んだ覚えもない。

 しばし考えて、思い出した。山西だ。昼休みにフラリと現れたアイツが、『お前と里香ちゃんに真の結婚生活と言うモノを伝導してやる!』とか言って勝手に捻じ込んで言ったのだ。

 ……どうしたんだろな。何か様子変だったな。目ん玉グルグルしてたな。受験勉強で疲れてんのかな。まあいいか。

 取り合えず暇潰しの手段が出来た事は素直に喜んで、表紙を見る。

 ……これでもかと言うくらい、ストレートな題名だった。いっそ、清々しい。

 絵は、普通に可愛い。少年漫画らしいけど、良い意味で熱さがなくて見易い。少し少女漫画っぽさもあるけど、今日日の傾向じゃ普通だろう。

 などと勝手な評論しつつ、ページを開く。

 ……うん。馬鹿だ。

 馬鹿だろ。この主人公。

 初見の女に一目惚れして。

 全部忘れて。

 死にかけて。

 その女に助けられて。

 ますます、どうしようもなくなって。

 いなくなった女を、ゾンビみたいに追いかけて。

 追いついて。

 そして……。

 ねぇよ。バーカ。

 ある訳ないだろ。こんな、出来の悪い冗談みたいな運命。

 人生なんて、甘くない。運命なんて、そっけない。死なんて、容赦ない。

 つまらない人生はそのまんま。

 すれ違った運命もそのまんま。

 死にかけたなら、十中八九そのまま死ぬ。

 そんなものだ。

 それ全部、ひっくるめて覆すなんて。

 奇跡以外、在り得ない。

 漫画だし。

 フィクションだし。

 妄想、だし。

 そんな奇跡、起こる訳ないのだ。

 そう。

 きっと。

 恐らく。

 多分。

 

 何となく、優しい気持ちになりながら読み進める。

 ベタベタ。

 イチャイチャ。

 ラブラブ。

 溶け合っていく、心。

 どストレートに、甘ったるい。

 まあ、アレだ。俗に言う、『リア充爆ぜろ』案件だ。

 山西の奴、よくこんなの読んでられたな。アイツが読んだら、嫉妬で憤死しそうなモンだけど。それとも、一周回って色々どうにかなってしまったのだろうか。

 何て馬鹿な事を考えながら読み進めていくと、あるページで手が止まった。

 キスシーンだった。

 ただのキスシーンじゃない。

 互いの舌を絡める、描写。

 所謂、アレだ。

 ディープとか、フレンチとか言う。

 本当に、許した相手とだけ行う。

 ちょっとヤラシイ言い方をすると……。

 ベロチュー……ってヤツ?

 別に、やたら性的な描き方をしてる訳じゃない。

 特別、煽情的な表現がある訳でもない。

 当たり前だ。少年誌掲載の一般向け漫画なんだから。

 でも、何と言うかその……エロい。

 お互い、控えめに出した舌も。

 上気した頰も。

 甘さに酔った眼差しも。

 露骨にそれを狙った成人漫画よりも。

 たまに悪友達と見るアダルトビデオよりも。

 悪いけど、多田さんから継いだかのコレクションのどれよりも。

 心を捉えた。

 綺麗。

 艶めかしい。

 愛しい。

 尊い。

 優しい。

 幸福。

 そして。

 可愛い。

 たった一コマの絵が放つ、想い。

 目が、離せなかった。

 その、絵から。

 その、ちっぽけな世界から。

 

 ◆

 

 見入っているウチに、気付いた。

 気づいてしまった。

 重ねている事に。

 この二人に。

 僕達を。

 僕と。里香を。

 この二人の姿に、重ねている事に。

 理解した途端、一気に顔に血が昇った。

 いやもう、本気で鼻血吹くんじゃないかってくらい。

 いや! いやいやいや! 違う! 断じて違うぞ!?

 僕は! 決して!! 里香に対して!!! そんなやましい気持ちは!!!!

 ……やましいのか?

 やましいのか? ここの心情描写。いやまあ、舌入れてイチャイチャしてる以上、普通にそうゆう衝動がない筈はないけど……。って言うか、こんなエロく描いといてそんな気なかったなんて言ったら作者が頭オカシイレベルだけど。

 でも、そんな露骨な劣情は……。

 大体、コレがそんななら重ねてる僕の心情もそんなと言う事に……。

 いやいやいや。

 そりゃ、してるよ? 僕達だって、キスはしてる。って言うか、この漫画の二人より沢山してるぞ! 回数は! そう、回数だけは……。

 言ってて、何か妙な敗北感が湧いてきた。

 だってさ。この主人公は何だかんだあったとは言え、すぐに結婚してこんなキスまでして。

 僕だって、それなりに何だかんだあって。物凄い苦労の末に里香を手に入れた訳だけど。何と言うか、その……後の進展が、遅い。遅すぎる。いや、別に急ぐつもりはないぞ? 無理を押すつもりだってない! 里香は大事だし。汚したくないし、傷つけたくない。だから、僕は……。

 まあ、正直。怖いのもあるのだ。父親を見てきたから、知ってる。男の欲望ってのは、酷いモンだ。醜いし。浅ましいし。おまけに汚い。僕は、事あるごとに父親がさらけ出すソレが大嫌いだった。

 最悪だし、最低だと思ってた。

 でも、それは間違いなく僕の父親で。僕の中にも流れてるモノで。そして確かに、男としての性なのだ。

 僕は、怖かった。

 そんな代物を曝け出して。

 ぶつけて。

 里香に幻滅されるのが。

 失望されるのが。

 嫌われてしまうのが。

 どうしようもなく、怖いのだ。

 

 ……そんな訳で、僕はずっと足踏みしている。

 ホントは、もっと先に進みたい。

 色々、したい。

 里香の、深い場所を知りたい。

 悶々する。

思うのは、山々なんだけど。

 でも、怖い。

 踏ん切りが、つかない。

 情けない事この上もないけれど、ダメなモノはダメなのだ。

 溜息をつきながら、また件のページを見つめる。

「……いいなぁ……」

 ポツリと、そんな呟きが漏れた。

 

 ◆

 

「何が、いいの?」

 後ろからかけられた声。比喩や冗談じゃなく、本当に飛び上がった。ついでに着地に失敗して、盛大に転んだ。巻き込まれた机や椅子が倒れ込んできて、痛いのなんの……。

「何してるの? 馬鹿みたい」

 見上げれば、冷ややかな眼差しで見下ろす里香の顔。

「な、何だよ!? 急に声かけるなよ! ビックリするだろ!?」

「さっきから声かけてたよ? 裕一、ぜんぜん聞いてないんだもん。何かブツブツ言ってるし。気持ち悪い」

 本当に気味悪そうな目で見る、里香。いや、まあ。誰もいない教室で、一人ブツブツ言ってる男がいたら気味悪いだろうな。そりゃ。って言うか、独り言言ってたのか。僕は……。

 自分のあまりと言えばあんまりな不審人物っぷりに落ち込んでいると、里香がジッと何かを見ているのに気づいた。

 何見てるんだ? と視線を追って、戦慄した。

 里香の視線の先にあったのは、例の漫画だった。

「これ、読んでたんだ」

 正味、飛びついて取り上げようとも思ったけど、散々不気味がられた上にさらに挙動不審な行動を重ねる事に二の足を踏んでしまった。

 それが、命取り。

 本を拾った里香が、『漫画かぁ……』とか言いながらページを開く。

 ああ、やめてください里香様! 後生だから!

 別にやましい部類の本でもないのに、何をこんなにテンパっているのか自分でも謎だけど。とにかく、恥ずかしい。申し訳ない。面目ない。ホント、かの伝説のコレクションを見られた時にも勝る焦燥だった。

 開いたページを見ていてた里香の顔が、見る見る曇る。

 流れた視線が、僕を見る。物凄い、ジト目。

 え? 何だよ、その反応? 何? 何処見たの?

「エッチ」

 第一声ソレかよ! いや、マジで何処見たんだ!?

「こんなの見て、ボーっとしてたの?」

 そんな言葉と共に向けられたページを見て、絶句した。

 あの、ページだ。あの、ディープキスの……。何でピンポイントでそこ開くんだよ!?

 ああ、怖い。里香の視線が、怖い。

「コレって、アレだよね……。ディープ……」

 そうです! そうなんです! でも、違うんです!! 決して、ソレに里香を投影してたなんて事は……。

「……したいの? コレ」

 ひぃいいい! ゴメン! ごめんなさ……え?

 ……今、何て言った?

 ポカンとして前を見ると、本で口元を隠した里香が伏し目がちの目で僕を見ていた。

「したい? 『コレ』……」

 ……コレって……ソレ?

 コクリと、頷く。

 本で隠されて頬は見えないけど、耳が朱く染まっているのが見えた。

「お前……何言って……」

「したく、ないの?」

「へ……そ、それは……」

 そりゃ、したい。

 思いっきり、したい。

 けど、何で……。

「どうして、ダメって思ったの?」

「どうしてって……」

「キスなんて、何回もしてる」

 里香が、持っていた本を手近な机の上に置く。パサリと鳴る、微かな音。

「何で、ダメだと思ったの?」

 そのまま、こっちに向かって歩いてくる。

 静かに。

 けど、躊躇する事なく。

 何か、圧が凄くて。思わず、後ずさろうとしたら。

「コラ!」

 そんな声と共に、腕を掴まれた。

「逃げるな!」

 そう言って、里香が真っ直ぐに僕を見る。

「り、里香……」

「……あたしだって、待ってるんだよ?」

「……え?」

 見つめる目が、潤んでいた。熱く、熱を持って。

 物凄く、艶っぽくて。可愛くて。

 ドキっとした。

 いや。『した』じゃない。ドキドキ、し続けてる。現在、進行形。

「なのに、裕一全然来てくれない……」

 腕を掴んでいた手が、スルスルと滑る。

 撫でる様に。

 愛撫する様に。

 頬を撫でて。

 気づいたら同じ様に登って来ていたもう片方の腕と一緒に、僕の首に絡みついた。

「もう、待ちくたびれちゃった」

 薄く頬を染めた顔。

 近づいてくる。

 何だろう? どうして、こんな展開になってるんだろう?

 あの漫画、何かおかしな呪いでもかかってたのか?

 混乱する僕を他所に、近づいてくる里香の顔。

 完全に、そのつもりだ。

 見慣れた筈の、薄い唇。桜の花弁の様なそれが、酷く艶めかしい。

 僕は、覚悟を決めた。

 里香がここまでしてくれてるのに、男の僕がビビってどうするのか。

 って言うか、僕もしたいし。

 正直、こんなチャンス逃したくない。

 里香の背に腕を回して、抱き締める。ビクリと震える、華奢な身体。

「……教室の外、人いるぞ? いいのか?」

「前に、人が見てるトコでしたくせに」

 クスリと笑う顔が、この上なく愛しい。

 少しだけ唾を飲んで、顔を寄せる。

 微かに上向く里香。受け入れる、体勢。

 ここまで来たら、もう行くしかない。

 近づく、唇。

 甘い呼吸が、衝動を誘う。

 そして――。

「おーう! 漫画、読んだか!? いいだろ!? あれこそ……」 

「――!!?」

 教室のドアをバンと開けて入って来たのは、山西。例の漫画の感想を聞きに来たらしい。

 って言うか、もう少し時と場所と空気を考えろ! この馬鹿!!

 思わずそこらへんの机をぶつけてやろうとした瞬間、見えたのは山西の後ろで顔真っ赤にして硬直しているみゆきと司の姿。

 ……ついてきてたのかよ。お前ら……。

 けど、次に二人がとった行動は素晴らしかった。

 みゆきは後ろに。司は前に。素早く山西を挟む体制に入った二人。まだ僕と里香の様に気づいてない山西(馬鹿)をそのまま強烈なラリアットで挟撃した。

 息ピッタリ。

 完璧なツープラトン。

 伝説の極技、『クロス・ボンバー』だ。

 『ぐぶぇっ!』と、轢き殺された食用ガエルみたいな断末魔を上げて沈黙する山西。まあ、色々な事情もあり、マスクも顔の皮も剥がれないけど。

骨を抜かれた様に崩れ落ちた身体を担いだ司と、付き添うみゆきがバツの悪そうな笑顔を浮かべながら手を振る。

「あ、あはは。お邪魔しました~」

「ご、ごゆっくり……」

 そんな言葉と共に、ピシャリと閉まる戸。

 しばしの沈黙。

 視線を戻すと、真っ赤な顔で俯く里香。

 どうやら、魔法は解けてしまったらしい。

 ちくしょう、山西め。明日会ったら、殺意の塊となって虐殺奥義の餌食にしてやる。

 血涙の思いで手を放そうとすると……。

「……ダメ」

 か細い声と共に、里香がしがみついてきた。反射的に、また抱き締める。

「やめちゃ、ダメ……」

 呟く様に、でもハッキリと。

「い、いいのか?」

「いいって、決めたから」

 萎えかけていた熱が、再び灯る。

 やり直しの魔法が、回り出す。

「里香……」

 囁いて、寄せる口と口。

 交わる、唇の感触。

 混じり合う、吐息の熱。

 絡み合う、蠱惑。

 甘い、味。

 頭の中は、たちまち夢色の霧でいっぱいになって。

 僕達は夢中で求め合った。

 世界の音も。

 声も。

 ずっと遠く。

 陶酔の微睡みに犯され続ける僕達。漫画の表紙の花嫁が、優しい眼差しで見つめていた。

 

 ◆

 

 その夜。

 僕は身体に残る熱の残滓で一睡も出来ず。

 翌朝。

 待ち合わせた里香の顔にもクッキリ隈が残っていて。

 お互いの顔を見て、僕達はケラケラと笑い合った。

 

 その時の、里香の顔と言ったら。

 ああ、もうホントに。

 

 トニカク、カワイイ!

 

 

 

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