雪と蝶々   作:Olion

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今回は幕間です。
時系列としては煉獄零巻の後で、煉獄外伝の少し前になります。


幕間「追憶、在りし日」

 

 

炎の呼吸──弐ノ型 昇り炎天

 

 

 赫き炎刀が、天を穿った。

斬り上げられた剣閃。まるでそれそのものが、熱を発しているかのように揺らめいて見えた。磨き上げられたその技は、生半可ではない。

 

 杏寿郎の放った至高の領域に近いそれを、玲は一歩下がる事で紙一重に躱す。あと一寸で鼻先を掠る程の距離。それもまた、間合いを完璧に把握していなければ決して成し得ぬ芸当だった。

 

 

「────参ノ型 気炎万象

 

 

 地面を強く踏み締める。

杏寿郎は流れるようにして斬り上げたままの獲物を(かえ)し、一刀両断に振り下ろす。その一太刀は、それだけで剛毅を思わせた。

 呼吸が深まる。対する玲もまた、それを正面から迎え撃たんとしていた。

 

 

雪の呼吸──肆ノ型 乱れ天華

 

 

 腰を落として姿勢を低くし、獲物が握られた左手が()()()

杏寿郎の斬り下ろしに対して受け止めるようにして放たれた、音を置き去りにするような速さでの逆袈裟の斬り上げ。

ここに鬼がいたならば、きっと気付く暇すらなく身体を二分割されていただろう。

 

 刹那、衝突。

カアン、と甲高い音が鳴り響き、互いに身体ごと弾かれ合った。

 

「やるな杏寿郎!以前よりも技のキレが良くなっているじゃないか!」

 

「そう言う玲こそまた一段と腕を上げたな!身のこなしがまるで別人だ!」

 

 一足で距離を詰め、木刀と木刀とで高速の剣戟を繰り広げながら、杏寿郎と玲の二人は言葉を交わす。

 

───煉獄家の屋敷にある修練場、そこで二人は手合わせをしていた。

 

 任務明けの勢いでの手合わせだが、しかし太刀筋に一切の疲労の色は伺えない。むしろ尚更動きが洗練されているようにさえ思えた。

そしてその表情は双方とも喜色を帯びて爽やかであった。

 

 羽織が翻る。激しくはためき、優雅に揺れる。汚れひとつ無い真っ白なそれと、鮮やかな京紫に染められた女物の逸品。

 

 

「─────不知火

 

 

 篝火が灯る。灯ってゆく。

一瞬にして距離を詰める。間合いに入り、横から(ともしび)を斬り消すかのように一太刀。

それは、いかなる峰巒(ほうらん)をも両断できるだろうと錯覚させる程の一撃だった。

 

 

「─────不香の瑞花

 

 

 雪の浪が揺れ散るさまを幻想した。

ふわり、と天女の如く回り舞い、斬り払うようにして杏寿郎の一撃を受け流す。

流麗にして玲瓏なる体捌き。猛々しい炎を完璧にいなしたそれは、まさに技の極致。

 

 そのまま玲はすかさず足払い。杏寿郎はそれを側宙の要領で避け、天地逆転したまま掌底。

それを玲は木刀の柄を顔の前に持ってくる事で受け止めれば、その隙に着地した杏寿郎が横払いに木刀を振るう。

玲は即座に察知したのか身体を地面と平行になるように反らして避け、そのまま空いた片手を着き後方転回*1して距離をとる。

 

 僅か十秒弱の攻防。並の隊士には目で追うことも一苦労のそれをなす二人は、階級"甲"の隊士の中でも最上位の実力者であった。

 

 

───木刀を、構え直す。

 

 長い付き合いだ。既に互いの手札は手に取るように分かる。ゆえに、次に放たれるであろう技も既に予見済み。

 だが、しかし。それでもこの瞬間は、どうしても僅かに緊張が湧くものだ。とはいえそれが動きに影響を及ぼす程未熟でも無いが。

 

 仕切り直し。距離にして八尺ほど。彼我の射程圏内から僅かだが出たところに位置取り、呼吸を轟かす。

 

 

「────炎の呼吸 伍ノ型

 

 

 炎の燃え盛る音がした。

 鬼殺隊の中で永く使用されている、鬼と対抗するための特殊な呼吸法である『全集中の呼吸』。

そのうち、炎の名を冠すそれは、数ある呼吸法の中でも基本となる五大流派のひとつにして、『水の呼吸』と並ぶ最古の呼吸。

 その技は、水とは対照的に脚を止めての強烈な斬撃が主体であった。

 

 

「────雪の呼吸

 

 

 吹雪のような音がした。

 『雪の呼吸』は、呼吸法のうち最新のひとつで、玲が玲自身のためだけに編み出した独自のそれ。元となった呼吸は『花の呼吸』という、『水の呼吸』の派生。

 玲の身体に最適化されたそれは、優美さを保ったままより精緻で刺々しく、攻撃的に特化されていた。

 

 

「─────炎虎(えんこ)

 

 

 紅蓮が燃ゆりて放たれた。燬然(きぜん)とした(ほむら)。炎を纏った猛虎──いや、炎そのものが虎だった。

ぶわり、と弾けるようにして吼えた。衝撃が業火を衝き、強力無比なそれで空気が焼け震える。周囲が陽炎に揺らめくその様は、あまりに雄々しかった。

 そして、それが、勢い良く蹴り駆けた。

 

 

「────壱ノ型 散り雪宝璐(ゆきほうろ)

 

 

 須臾にも満たぬ間に放たれた刺突。散りゆく雪がびいどろ(、、、、、)のように瞬く様が情趣だった。

不可視のそれが駆け迫る炎虎を貫き受け止める。その余波で、周囲の全てが軋む音がした。

鳴り響く金属音。それは甲高く、しかし琳瑯璆鏘(りんろうきゅうそう)としていて。

 

 

 杏寿郎の『炎の呼吸』が一撃一撃の力強さを重んずる強力な型だとするならば、玲の『雪の呼吸』は刀の殺傷力を頼りに速さと鋭さを極めたものだと言えるだろう。

もっと簡単に形容するならば、力と技。

 

 全く違う質を持つ技と技とがぶつかり合い、しかし結果として発生したのはある種の停滞。全く同一の現象。

それはつまり、互いが互いの型の性質を理解している事の証左であった。

 

 炎と雪とが拮抗する。熱烈峻厳。競り合う二人の顔は興奮ゆえか、あるいは嬉々としてか歪んでいた。

 

───ああ、だが、しかし。

 

 ミシリ、と音がした。

罅割れる木刀。二人の力と技による負荷に耐え切れず、急速に広がっていく。

 

「よもや!」

 

「おっ…と」

 

 折れた。根本から、ぼきりと。

 

「……」

 

「……」

 

柄の部分を振り切って二人は静止した。何とも言えぬ沈黙がその場を支配した。

なんというか、不完全燃焼気味だった。

 

 

「す……すごいわ!師範も九条さんも!全然何も見えなかったもの!」

 

 

 その空気を断ち切ったのは、玉の鳴るようなころころとした綺麗な女の声だった。

そちらを見遣れば、瓊玉(けいぎょく)のように美しく可愛らしい美貌の少女がいた。しかしそれ以上に、特徴的な色彩をした髪にばかり目が行くが。桃色と、毛先は黄緑。ひと目見れば忘れることは無いだろう。

 

────甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)

 

 それが彼女の名だ。

蜜璃は杏寿郎を育手として師事しており、次に行われる最終選別に向かう事となっている。

 

 その鬼殺隊志望の動機は大変に奇特で、なんと添い遂げる殿方を見つけるためというもの。復讐に燃える隊士からすれば不愉快、あるいはいっそ噴飯ものかもしれぬ。

 

 だが彼女の為人がそれを抱かせないだろうし、何より鬼殺隊は実力至上主義。

彼女のある特異な体質も相俟って、鍛えていけば柱にすら届きうるだろうから問題は無いと言える。

尤も、今の時点では蜜璃の『炎の呼吸』は中途半端なものなのだが。

 

「あ、でも最後の方は目が慣れて少しだけ見えました!ズババババってなって、ギュギュイーーンって感じで!」

 

「……?」

 

「そうか!それなら上出来だな!」

 

「分かるのか…」

 

 蜜璃はひどく感覚派だった。

そういったところを見ても、やはり杏寿郎の弟子なのだなと思う。玲はどちらかと言うと理詰めな方なので、彼女の言葉はたまに分からない。

この場では少数派である。それゆえか、少し肩身が狭く感ぜられた。

 

「だが甘露寺!君にもいずれ、これくらいは出来るようになってもらう!」

 

「ええっ!本当ですか!?」

 

「本当だ!一緒に頑張ろう!」

 

「ひゃ、ひゃい〜〜〜!」

 

「まあそう悲鳴あげないで蜜璃さん。きみなら順当に鍛えていけばこれくらい直ぐに出来るようになるさ」

 

「そ、そうですかね……?」

 

「ああ、そうさ。杏寿郎も期待してるんだよ。なぁ?」

 

「勿論だとも!期待している!」

 

「ほら」

 

「期待に応えられるよう頑張ります〜!!」

 

 折れた木刀を片付けつつ対面し会話を繋ぐ。

玲は杏寿郎と蜜璃の二人との会話を好んでいた。変に考えなくとも良いし、素の自分を曝け出して自然体でいられる。

自分の半生を省みても、そのような相手は初めてだったかもしれぬ。それが、大層嬉しくあった。

 

 特に、杏寿郎とはとても馬が会った。

互いに正反対な部分も多いが、だからこそ歯車がきちりと嵌ったように思う。

 

 

「お疲れ様です、兄上、玲さん、蜜璃さん。お菓子を作ってまいりました。皆さんでいかがですか?」

 

 とその時、襖の開けられた音が。

姿を現したのは、杏寿郎を気弱にして小さくしたような風貌の少年だった。

 

「千寿郎!」

 

 すかさず杏寿郎が反応して声を掛ける。

少年───煉獄(れんごく)千寿郎(せんじゅろう)は杏寿郎の弟だ。

杏寿郎と比べるとやや気弱で控えめな性格だが、心根は兄と同じく真っ直ぐで、煉獄の血筋に違わず優しい少年だった。

そして兄である杏寿郎の背中を追いかけ、剣才に恵まれないながらも修行中の身である。

 

「そろそろ良い頃合いか。ありがとう千寿郎くん、頂くよ」

 

「やった〜〜!ありがとう千寿郎く〜ん!」

 

「わわっ」

 

 余程に嬉しくあったのか、千寿郎に飛び付く蜜璃。千寿郎はその玉体が目前だからか、羞恥ゆえ少し顔を赤くしていた。可愛い。

彼はなんとかその隙間から顔を出して、未だに甘味休憩を決めあぐねている杏寿郎に向け最後の一押しをした。

 

「兄上もどうでしょうか?さつまいもの菓子もありますよ」

 

「……!」

 

 

 杏寿郎の目の色が変わった。返事はもう、分かりきっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん〜!おいひい〜!」

 

「わっしょい!わっしょい!」

 

「……おお、美味しい」

 

 ちりん、と風鈴が鳴り、清涼感が感ぜられた。

 みな一様に縁側に並んで座り、洋菓子やら和菓子やら、多種多様を口に運ぶ。

桜餅を頬張っている蜜璃など、もはや頬についた餡子に気付かぬ程に夢中になっていた。

 

「……わっしょい!!」

 

「杏寿郎も相変わらずだな…千寿郎くん、この杏寿郎が食べている菓子は?」

 

「さつまいもの茶巾です。以前街で見かけたもので、真似て作ってみました」

 

 杏寿郎の豪快な食べっぷりを横目に、千寿郎と言葉を交わす。

千寿郎には剣の才能はあまり恵まれなかったが、菓子作りと料理の才能には恵まれていた。

彼の作るものはすべて大変に美味しいのだ。ゆえに、既に煉獄家の台所は彼の場所。

玲と蜜璃は、訪れる度にその恩恵に与っているという訳だ。

 

「千寿郎くん凄いわ!なんでも作れちゃうんですもの!」

 

「本当にね。店も開けるな、これは。うちに来て欲しいくらいだよ」

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

 蜜璃と玲が千寿郎の腕を褒める。

心からの賞讃だった。千寿郎はそれに俯いて照れてしまった。可愛い。

これは余談だが、この場の全員が既に彼に胃袋を掴まれている。

 

「うまかった!流石は俺の弟だ!千寿郎!」

 

「兄上……!」

 

 さつまいもの茶巾を食べ終えたのか、杏寿郎も千寿郎に向き直って弟を褒めた。

しっかりしているとはいえ、千寿郎はまだまだ甘えたい盛り。

実の兄に褒められ、感激と、照れと、歓喜とが綯い交ぜた様子だった。くしゃり、と顔が笑みを形作る。

杏寿郎も、それを見て慈しむ様な色を瞳に浮かべていた。

 

 そんな兄弟の様子を、蜜璃と玲は微笑ましく、あるいは眩しげに見ていた。

 

 

 

 

 それからしばらくの時が過ぎて、とうに菓子は底をついていた。

カァ、カァと鴉の鳴き声が薄く聞こえる。日はすでに傾き始めていた。

 

「ん…」

 

 流石に徹夜の任務後から通しで手合わせは応えたのか、玲と杏寿郎は縁側で肩を寄せ合い穏やかな寝息を立てていた。

蜜璃と千寿郎も、多く食べたことで睡魔が訪れたのか、二人の両隣でもたれかかって眠りについている。

 

みなその表情は穏やかであった。安心しきっているのだと、如実に見て取れた。

まるでその一角だけ、せわしい世間とは切り離されたかのようで。

 

 

 賑やかに、穏やかに過ぎ去っていく時間。

暖かい陽の光のもと、平穏に過ぎていく日常日々。夜が来たれば鬼との死闘に身を投じるからこそ、その大切さがいっそう分かるというもの。

だからこそ、彼らはできる限りの幸せを全うするのだ。

 

 

─────これは、そんな、過ぎ去ったある在りし日の一幕。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

「─────乱れ天華

 

 

 

────頸を刎ねる。

 

 和服を纏った異形の鬼の首が飛ぶ。虚空を舞った頭部はどさり、と重みを伴って土に落ちた。

 

 それを断ち斬った剣筋は、『雪の呼吸』は、以前の繊細さを幾分か(かげ)らせていた。

燻る感情を吐き出すように、粗暴に、荒々しく。

 ある意味では、破壊力は増していた。だが代償として、嘗ての繊細優美な舞は曇り色褪せていた。

 

「糞ッ!呪ってやる…呪ってやる呪ってやる呪ってやるッ!!貴様のせいだ!貴様さえ居なければ、今頃ッ!」

 

 如何にも憎々しいと言った様子で、鬼は呪詛を吐いた。

だがそれに一切の反応を示すこと無く、白髪の男は独りごちる。

 

「……何故だ」

 

「何故…だと!?巫山戯るなよ鬼狩ギィッ!」

 

 鬼がその言葉に、腸が煮え繰り返ったような表情で反応を示す。その怒りをぶつけようとしたが、言葉を紡ぎ切ることは無かった。

男がその鬼の口腔を、血に濡れた薄葡萄色の日輪刀で貫いたのだ。その腹には、()()()()の文字が刻まれていた。

 

「黙れ。お前に言った訳じゃない。鬼の戯言にも興味は無い」

 

 そのまま一言も発せないまま、鬼はぼろぼろと塵同然と消えてゆく。その様子を一瞥して視線を逸らし、男は背後に庇った隊士に顔を向けて大丈夫か、と声を掛けた。

 

 

「ありがとうございます……助かりました。()()()

 

 

───雪柱・九条玲。

 

 未だに慣れない呼び方だ。きっと、死ぬまで慣れることは無いのかもしれない。

それくらい、亡き煉獄杏寿郎()の跡を継ぐと言うのは、重いものだった。

隊士を隠に預けてから暫くして、溜息を吐く。思わず、天蓋を見上げてしまう。

 

 夜空に浮かぶ上弦月が、煌々と輝いていた。

 

 

 

 

 

 

*1
ここでは片手バク転。アクロバットにおけるバルディーズ




連載小説で評価を頂いたこと、色がついたこと、感想を頂けたこと、全て初めての経験で感無量です。
とても嬉しかったです。こんなにモチベーションになるものなんですね。本当にありがとうございます。
次回は少し戻って主人公の柱就任から始まります。できるだけ早くに投稿できるよう頑張ります。
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