「え、もしかしてそれって_____」
「あ、トウマは無理だよ。いくら僕でもゲートが一個も開いてない人間に魔法を使わせるなんてできないなぁ。というかまずはその右手をどうにかしてね」
「まだ何も言ってないのに!」
お約束のように不幸だ、と呟きがっくりと肩を落とす。
実は上条は多少なりとも魔法に憧れていた。いや、もしかしたら魔法に憧れていない人間など存在しないのかもしれないが、それはさておき。(表向き)は
(つっても、この右手のおかげで俺は俺のしたいことができてる。贅沢言ってらんねぇよな)
「ってことは、俺はできるのか!? 本当に!?」
落胆を見せる上条とは対照的に喜びを体全体で表現するスバル。上条とは違って『陰属性』に適性がある彼だが、彼もまた、魔法に人一倍の憧憬を抱いているらしい。
「簡単な体験ぐらいならさせてあげられるかな?」
「それってーと?」
「ようするに魔法が使いたいわけだから、ボクかリアが補助すればいいわけだよ。スバルの体の中のマナを利用して、スバルを介して魔法を使用する。ボクたちからすれば使うマナが大気からかスバルからかって問題だし、魔法自体はスバルのゲートから出るよ。どう?」
以前の周で魔法についての説明はある程度ロズワールから受けている。いわく、通常、魔法使いは大気中のマナをゲートを通じて魔力に変換、そして魔法を行使するらしい。だだしエミリアみたいな精霊使いはまた勝手が違って、彼女らはゲートを介さずに精霊を通じてマナに干渉、魔法を行使するとのこと。これを聞いた時はいまいちピンとこなかったが、要は場所が違うだけで、どちらもマナを使用するという点は同じということだ。
「ちょっとパック、あんまり安請け合いしないの。危ないかもしれないじゃない」
甘美なパックの誘惑を、相方のエミリアがたしなめる。彼女は純粋にその行為の安全性を気にしてのことのようだが、
「悪いな、エミリアたん。心配してくれるのは嬉しい。超嬉しいんだけど...でも、俺はやるぜ!」
サムズアップして歯を光らせ、スバルはエミリアに会心の笑顔。
その不安や懸念といった負の要素を全て排したスバルの態度に、エミリアは驚きを隠せずに幾度も瞬きし、
「ど、どうしてそこまで...?」
「魔法は、全人類の、憧れなんだよ...!」
「当麻がすげぇグロッキーだ。下手したら前右腕切断された時と同じくらい」
「それ、大丈夫なの!?」
魔法が使えないのがよほど悔しかったんだな、と上条の肩に手を置くスバル。自分が魔法を体験できるからといって自慢されているようでなんというかムカつく。
「くく...つってもスバル、お前の属性は陰だ。お望み通りの派手な魔法を使うことは難しいんじゃないか? ん?」
「よりによってデバフ特化の陰属性だもんなぁ。これじゃ極大消滅魔法で当麻を跡形もなく消し去ることすらできないぜ」
「なに怖いこと言ってんの!?」
「トウマにはその右手があるからそう簡単に消せないと思うけどね...とはいえ陰属性か。珍しいからね〜。陰の簡単な魔法っていうと、なにがあったかな、リア」
「陰属性だと、目くらましのシャマクとかがそうだと思ったけど……ごめんなさい、あんまり自信ないわ」
「シャマクってのは?」
勝手に話を進める二人にスバルがストップをかける。何せ自分がこれから体験するであろう魔法だ。どのような効果があるのかを知っておきたいという気持ちがあるのだろう。
「そうだね。確かに知らない魔法を使ってみるのは少し恐いかも。じゃ、使ってみせよう。これがシャマクだよ」
短い腕を振り、パックが短くその詠唱を完了させる。
と、ふいに上条の視界が闇に覆われた。瞬きの直後、目を開いても視界が瞼を閉じたままのように暗いままだったのだ。
思わず、驚きに小さな声を上げたのだが、自分が上げたはずのその声すら耳に届かない。生じた闇は視界を、そして外界との関わりと完全に上条から隔絶し、怖気にも似た感覚を背筋に走らせた。
闇という原始的な恐怖を正面から受け、反射的に右手で顔の前の闇を払う仕草をすると、濃い霧が霧散していくかのように視界が開け、目の前にエミリアとパックが現れた。
見慣れた顔を脳が認識して一安心。その直後にすぐ隣からものすごく不安げな声が聞こえてきた。
「お母さーん...」
「不安すぎて母親呼んじゃってるじゃねぇか...ほら、目覚ませよ」
「...おろ?」
上条はスバルの周りを囲っていた闇を右手で払ってやる。
しかしなるほど、シャマクとはこのように闇で相手を視覚的にも聴覚的にも閉じ込めてしまう魔法らしい。これは突然食らえば誰でも面食らうに違いない。地味どころか、かなり実用的な技なのでは_______。
「そうでもないよ。格下か同程度の相手じゃなきゃ、純粋な実力差で弾かれちゃうし長持ちもしない。ボクがスバルにかける分になら、一生を暗闇で過ごさせることもできるけどね」
「発想恐いよ!? そんな長いことされなくても、あの状態が一日続いただけでグロッキーになる自信があるよ、俺」
そう言って苦笑いするスバルだったが、冗談ではなく、どうやら先ほどの闇で相当参っているらしい。何か思い出すことがあったのか、それは上条にもわからないが。
「それにしても、トウマはその右手を除けば本当に一般人なんだね。俄然気になるなぁ」
「トウマの右手に関しては、私もすごーく気になるのよね」
「
「あぁ。異能の類なら、超能力であれ魔法であれ神様の奇跡でさえ打ち消しちまう。_____もっとも、俺自身すら理解している部分は少ないけどな」
記憶喪失以前の自分なら、もしかしたら何か知っていたかもしれない。しかし、その『彼』が死んだ今となってはもうそれもわからない。
「さっき、パックが右手を除けばトウマはただの一般人って言ったでしょ?」
「うん。シャマクの効果もまともに喰らってたしね」
「でも、本当にそうなのかしら?」
エミリアが疑問符を浮かべる。いまいち何を言いたいのかがわからず、スバルが続きを促すと、
「
「そういや、そうだな。あの時パックは寝てたから知らないかもしれねぇけど」
エミリアが言っているのは上条がエルザに右手を切り落とされた時のことだ。あの時、上条の右手の切断面からとてつもないエネルギーをもった何かが飛び出した。それは一方通行でさえ手をつけられず、ラインハルトをもってしてようやく押さえつけることができたものだった。
「
「何回か...あるのかよ」
上条の話を聞いて絶句するエミリアとスバル。その中でパックだけが飄々とした態度で口を開いた。
「なるほどね。異常なのは右手と言うよりむしろトウマ本人ってことか。...おかしいと思ってたんだよね、僕も。その異質な右手がたまたまどこかの一般人に生えてくるわけない。逆だ。トウマにだからこそ『幻想殺し』が宿った。トウマだからこそ『幻想殺し』を扱えるってことか」
珍しくその口調は真面目なものだ。それほど上条の『幻想殺し』がこの世界にとって異質なものなのか、あるいは_______。
「まったく、トウマといい、アクセラレータといい、ついでにスバルといい。面白いよね、君たちは」
「ついで扱いされたことに異議を唱えるぞ! そしてついでに俺の素敵な魔法体験のことも忘れてもらっちゃ困るんですが!」
ついでついでとうるさいなぁ、とパックは面倒臭そうにスバルの頭の上に乗る。だいぶ話が脱線したが、ついに始まるというわけだ。
「チクチクして座り心地の悪い頭だね」
「これでも当麻よりはだいぶマシじゃねえかな」
「うるさいな! 事あるごとにツンツン頭やらウニ頭やらと表現される俺の身にもなってくれ...」
そんな上条の抗議は当たり前のように無視され、パックとスバルは魔法を使う準備を始める。
その際危ないから離れていろ、との忠告があったため、上条とエミリアは素直にスバルとパックから離れ、一定の距離を保ちつつ、それでいて彼らの様子がよく見える位置へと移動した。
スバルが悲壮な表情を見せた気がするが、きっと気のせいだろう。パックの方向から失敗したら爆発する、的な声が聞こえた気もするがそれもきっと気のせいだ。いや、気のせいに決まっている。
「心配なの? スバルが」
「心配だろ、そりゃ」
なんせ死んだら最初からやり直しだし、なんてことは言えるはずもなかったので心で留めておく。
するとエミリアが自信満々と言った感じで胸を張り、
「大丈夫よ、パックは大精霊だもの。パックが魔法の扱いにおいて失敗するなんてそんなこと______」
「あれ、困ったな。ちょっと急にゲートが」
遠くからそんな呟きが聞こえたのは、きっと気のせいではなかったのだろう。
次の瞬間、スバルとパックを中心に勢いよく黒い霧のようなものが噴出した。それは間違いなく先ほど上条の視界を覆った闇そのものであり、つまり間違いなく『シャマク』そのもので。それがロズワール邸の庭園の一角を覆い尽くすのに、そこまで大した時間はかからなかった。
「失敗してんじゃねぇか!!!」
結果的に爆発こそしなかったものの、エミリアの太鼓判むなしく、スバルの初魔法は大失敗に終わったのであった。