100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第六節 色んな意味で凄腕の医者

「止めろおおお、フローーレーーーンス!」

「施術中です。どうかお静かに」

「そうよ、ゴッホ。そろそろ近所迷惑で訴えられるわよ?」

 

 竜心(りゅうしん)王宮における、紅竜王と白竜王が天より降り立つ広場。

 そこには暴れようとするドラゴンと押さえつけるドラゴン、注射しようとする女医が居た。

 かれこれこの攻防を数日続けているのだ。

 

「ゴッホ、注射の針が通りません。肉体強化を解いてください」

 

 身動きは取れないゴッホだが、注射を刺されぬように肉体強化で肌を硬化していた。

 おかげで、未だに予防接種が終わらない。

 

「断じて、断じて解かぬ!だいたいそのデカい注射器はなんなんだ!」

 

 ゴッホが言うように、女医が掲げる注射器は人の身の丈ほどある。

 注射嫌いの者にとって、その大きさはさらなる拒絶を生むだろう。

 

「貴方たちは巨体です。適量の薬物投与には注射器を巨大化する必要があります」

「適量が分かっているという事は貴様!やはり竜体実験をしておるな!」

「貴方たちに行ってきた予防接種の情報を元に算出しています。貴方たちにも、貴方たち以外にも、倫理なき施術はしておりません」

 

 ゴッホからの怒号を浴び、容疑をかけられながらも、女医は笑顔を絶やさず平常のままだ。

 いや、少し眉間に(しわ)が寄っているか。

 倫理なき実験をしている容疑は、この女医も不快感を覚えているのだ。

 しかし、平常心を失う程ではない。

 患者からの非難や罵倒に、女医は慣れている。

 

「そも、何故毎年予防接種を受けねばならぬ!我は魔物、ドラゴンであるぞ!」

「魔物だろうとドラゴンだろうと、生物の(てい)を取っている以上、それに適応した病原菌及び毒は存在します。そして、病原菌は常に進化しているのです。その進化に合わせ、貴方方の抗体も強化せねばなりません」

 

 予防接種の理由を問うゴッホに、女医は懇切丁寧な返答をした。

 女医の説明に嘘はない。

 女医はしっかり病原菌を研究し、魔物の体も病魔に苛ませるそれを発見しているのだ。

 

「同胞が病に侵されたなど、聞いた事がない!」

「重症化する前に、ドラゴンは狩られてしまうためです。ドラゴンは種族柄、暴力的な性格の者が多く、人類の領域を脅かします。そして、脅威として人類に狩られてしまうのがほとんどです」

 

 ドラゴンという種族は、その種族である時点で一定の強さが保証される。

 だから、ドラゴンは思い上がってしまうのだ。

 我々は最強の種族であり、人類など取るに足らないと。

 結果、その思い上がりを突かれ、人類に狩られてしまっている。

 英雄譚に竜狩りがよく出てくるのだが、そういう所以があるのだ。

 

「人類との共存を目指し、人類を守護する側となったのは、貴方たちだけでしょう」

「そうねぇ。多くの仲間たちと意見が食い違っちゃって、対立しちゃったのも居たわねぇ……」

 

 人類の国を治めようとしたのは、数万年という長い時間の中で、ゴッホとグウィバーだけだった。

 グウィバーは過去を追想し、儚む。

 同郷、同世代、前世代、次世代。

 多くのドラゴンに人類との共栄を打診したが、グウィバーはただ1体しか賛同者を得られなかった。

 その1体が、ゴッホである。

 

「グウィバー!同じ時を生き、同じ理想を目指したこの我をこのような目に遭わせている事について、何か弁明はないか!」

 

 そのゴッホをグウィバーは現在下敷きにしているのだが。

 そんな下敷きしながらしんみりされている事に、さすがのゴッホも文句が言いたくなったのだ。

 

「許して、ゴッホ。これも未来のためなの。貴方の共にずっと居るための、ね」

 

 だが、グウィバーは文句を横に流し、唯一の賛同者を生き永らえさせるために押さえつけ続けた。

 それが友情であり、自己満足であり、愛なのだ。

 

「ぐ、ぐぬう……!」

 

 そうして改めてその思いを言葉にされたゴッホは照れ臭さからか、ほんの少しばかり気が緩んだ。

 その隙を、女医は逃さない。

 

「全身麻酔!」

「はぐぉっ」

 

 女医は、思い切りゴッホの腹部を殴った。

 本来なら、ゴッホはその程度で痛みを覚えたりしない。

 鱗がないとはいえ、ゴッホの腹部は強靭な筋肉で以って斬撃も弾く。

 だが、この女医の前にそんな防御は無意味である。

 その事実を示すように、一撃でゴッホは気絶したのだ。

 

「あらあら。さすがね、フローレンスちゃん。今日も経穴突きは冴え渡っているわ。後で指圧を頼もうかしら」

「整体もその際に行いましょう」

「整体は……。苦手だけど、やっておかないと後悔するわよねぇ」

 

 今さらだが、この女医の名はフローレンスと言う。

 本名かどうかは明言しがたいが、少なくとも今はその名で通しているのだ。

 その女医フローレンスはグウィバーと会話しつつ、ゴッホに注射していた。

 気絶しているため、肉体強化は解かれている。

 ついでとばかりに別の注射器を刺し、採血も行った。

 フローレンスは色々と容赦がない。

 

「受ける事をお勧めします。貴方たちは1万年以上生きているため、骨格の歪みは付いて回るでしょう」

「本当、年は取りたくないわねぇ。若さを維持してる貴方たちが羨ましいわぁ」

 

 骨格の歪みに身に覚えを感じながら、グウィバーはフローレンスを見つめた。

 見つめられたフローレンスの外見は、20代前半くらいだ。

 

「こちらは呪いのようなモノですので、お勧めしかねます」

 

 グウィバーから注がれるその羨望の眼差しに、フローレンスは苦笑した。

 フローレンスの態度は真面目なもので、冗談の類には見受けられない。

 

「ごめんなさい、貴方たちの苦しみを軽視するような事を言って」

「お構いなく。私も皆も、この不当な長寿を楽しんでおりますので」

「そう……。でも、ごめんなさい。そしてありがとう、この世界を守ってくれて」

 

 グウィバーは1人のヒューマンに頭を下げた。

 それに対しては、フローレンスは笑顔を返す。

 

「どういたしまして」

 

 フローレンスはグウィバーの謝罪と感謝を、確かに受け取ったのだった。

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