100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 作:RAINY
検診を受けた俺とリカルドだったが、検診をしたフローレンスから大事を取って今日1日くらいは休む事をお勧めされたため、観光はお開きとなった。
代わりに、休養に最適という事で、温泉宿で温泉を堪能させてもらえる運びとなったのだ。
「ここが首都で一番人気を誇る温泉宿、イトーでございます」
フィグによって導かれた場所は、風情のある木造屋敷。
石造りの建物が並び立つ町並みで、木造であるこの宿は際立っている。
しかし、その際立ちがこれまた風情があるのだ。
日常と非日常が分かたれているような、ここだけの特別感を演出している。
「では、少しばかりここでお待ちを。国賓にもしもの事があってはなりませんので、宿の方を検査させてもらっています」
「そ、それはその、酷く申し訳ないような……」
「いえいえ、お気になさらず」
リカルドが居たたまれない様子で、胃の辺りをさすり始めていた。
また精神的重圧を抱え込んだようだ。
フィグが笑顔で対応してくれているのだから、そう気にする必要はないだろうに。
「フィグ殿」
フィグに呼びかける声が響くと、その発生源だろうドワーフの女性が宿から歩み寄ってきた。
「ウレ殿、検査の方はどうでしたかな?」
「衛生環境も水質も異常はありませんでした。問題ないかと」
フィグとドワーフの女性はどちらも敬語でやり取りしている。
女性の身なりが良い事も鑑みれば、この女性も高官なのだろうか。
「おっと、失礼。申し遅れました。私はウレ・ドール。生活環境の衛生管理を担っております、一端の文官でございます」
俺の視線に気づき、ドワーフの女性であるウレは一礼と共に自己紹介をしてきた。
言い回しがどことなくフィグのそれと似ており、姓名も同じである。
となれば、親族なのだろう。
婚姻関係か血縁関係かは、正直興味がないのでどうでも良い。
「初めまして、俺はテノール。ラビリンシアにて勇者の称号をいただいている者です」
「隣国の勇者にして、本国の勇者ともなられる方にお会いできる事、大変名誉にございます」
「どちらも名ばかりなもので、そう言っていただけて有り難いです」
ラビリンシアではともかく、実際ミナ・ミヌエーラでは名ばかり勇者になりそうな現状。
俺はその現状を加味し、一応謙遜しておいた。
勇者は一定の裁量権、悪人と断定して裁く権利が与えられている。
称号を正式に与えられた国でならば、その権利はさらに強まるのだ。
だが、出身も活動の拠点もラビリンシアである俺は、ミナ・ミヌエーラでその権利を行使する機会に恵まれないだろう。
故に、務めを果たさない名ばかり勇者である。
この場ではそうなる可能性を踏まえ、謙遜しておいて悪評を抑えておきたい。
「ラビリンシアでも勇者となって1年足らず。その短期間にも拘らず、活躍はミナ・ミヌエーラにも届いております。だからこそ、これからの活躍に期待させていただきますね」
ウレの反応は良好ではあるが、その期待は嬉しくない。
ミナ・ミヌエーラでも活躍せねばならないのか。
俺はラビリンシア国王の使い走りで精一杯だ。
なんて弱音を吐く事は許されず、謙遜の続きと取られるだろう苦笑に俺の本音を隠す。
そろそろ勇者自体を止めたくなってきた。
(頑張れよ、勇者様)
腰に下がった聖剣を叩き折りたくもなってきた。
人目があるので我慢だ。
「そちらの方は英雄リカルド様ですね?」
「ははは……。ただの冒険者ですよ……」
「またまた」
リカルドも謙遜しているが、ウレは素直に捉えず、リカルドを持ち上げていた。
またリカルドが精神的重圧にやられそうだ。
今のところは胃薬が効いているのか、少し顔が青いくらいで済んでいる。
「さて。あまり国賓を引き留めるのも良くありませんから、私はこの辺りで。また後日、ご都合の良い日に挨拶に伺います」
ウレは最初と同じく一礼してから温泉宿を後にした。
ウレの後には、おそらく彼女の部下だろう者数名が続く。
そうして温泉宿イトー、その普段の姿が帰ってきたのだ。
普段の姿を俺は知らないが、少なくとも衛生管理を担う文官が普段から訪れたりはしないだろう。
「お待たせしました。検査が終わりましたので、我が国が誇る温泉宿、そしてその秘湯をご堪能くださいませ」
フィグが俺たちを温泉宿の中へと導く。
中では改めて、温泉宿の店員が俺たちを出迎えてくれた。
一番人気とあって、店員には、ヒューマンの俺視点でも美男美女が揃っている。
男性は髭が逞しかったり、女性は少女にしか見えなかったりするのはお国柄。
特に気にする程でもない。
むしろ、一見若くて美しい女性が多いというのは、まさに眼福。
温泉だけでなく、店員でも癒しに来ている。
(お前の視線はいやらしいけどな)
『癒し』と『いやらしい』をかけているのか。
誰が上手い事を、いや、俺の視線はいやらしくないので、上手くもなんともない。
いつも通りのやっかみだ。
どうせ、温泉に自身は浸かれないからと、羨んでいるのだろう。
(そんなつもりはなかったが、そう言われると
絶対に貸さないと、俺は心から誓った。
エクスカリバーが怒るくらい温泉を堪能してやろうと、内心ほくそ笑むのだった。