100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第十六節 温泉回(男湯)

「これが噂の温泉か……」

 

 岩を組み上げて作られた、天然さを演出する浴槽。

 そこに注がれるは湯気を立たせる湧き水。

 これが、天然温泉と名高き風呂。

 俺は初めて拝むその風景に、感嘆の声を漏らしていた。

 風呂周りも自然らしい(おもむき)で統一されており、芸術作品かのようである。

 

「こんな所、貸し切っちゃって良いのかな……」

 

 そんな美しい光景を目の前にしているというのに、隣のリカルドは胃を押さえていた。

 この温泉が貸し切りという事を、リカルドは気にしているらしい。

 

「あくまで一部という事ですし、そこまで気にしなくても良いのでは?」

 

 宿の温泉全部を貸し切っているなら、リカルドの気持ちは分からなくもない。

 しかし、この温泉は宿が備える複数の内1つ。

 宿泊部屋だって、俺とリカルドをまとめて1部屋だ。

 宿全体を貸し切っている訳でもなく、宿泊客を締め出している訳でもない。

 

「それでもさぁ……」

「これは相手側のご厚意なんです。無駄にしてしまっては、相手側に失礼ですよ?」

 

 どうにも納得しきれないリカルドに、俺は切り口を変えて説得にかかった。

 辛気臭い奴が隣に居ては、こちらの気が滅入ってしまう。

 せっかく疲労の種であるエクスカリバーも居ないのだ。

 

(居るが?)

 

 帰れ。

 

(男湯見ても楽しくねぇしな。とっとと帰らせてもらうぜ)

 

 ……何しに来たんだ、あいつ。

 

「クソ……。確かに厚意を無駄にすべきじゃない。ああ、もうこうなったら堪能してやるよ!」

 

 納得したというか、吹っ切れたようだ。

 肩で風を切りながら、洗い場へと向かっていく。

 体を洗ってから浴槽に浸かるという作法は、半ば自棄になってもしっかり守っているのだ。

 俺も冷静に作法に従い、洗い場で備え付けの石鹸を用いて体の汚れを落とす。

 

「……意外だな」

 

 リカルドの呟きを、俺は耳にした。

 何に意外感を抱いているのかとリカルドの方を見やれば、リカルドと視線が交差する。

 

「……何かありましたか?」

「あ、いや。意外と傷跡がないんだなって。勇者って、傷だらけの印象があるからさ」

「ああ、なるほど」

 

 リカルドは現実の勇者と伝説の勇者に差異を感じていたようだ。

 確かに、伝えられている勇者はどれも、血生臭くて凄惨な人生を送っている。

 とある勇者は大怪我を負ったが、どこそこにあるとされる霊薬で回復した、なんて話がありふれているのだ。

 とするならば、勇者とは必然的に傷跡だらけになる。

 なのだが、俺はリカルドの言葉通り無傷に等しい。

 

「勇者としての活動はまだ1年経っていませんし、勇者になる前はただの農民だったので」

 

 勇者になって日が浅い。

 そして、勇者になる前は危険とあまり縁のない農民。

 と言っても、俺が農民として暮らしていた農村は領主が酷かったせいで、疲労から注意力の欠如で怪我を負ってしまう事はあった。

 だけど、そういう時はいつも親父が回復薬を出し惜しみせず使ってくれたのだ。

 おかげで五体満足である。

 

「まだ1年とは言うが、結構ラビリンシア中で活躍してただろ?レヴィのダンジョンみたいに、危険な事とかなかったのか?」

「それは、ありましたが……」

 

 リカルドの鋭い質問に、俺は言葉を窮してしまった。

 実際、下された王命には危険のモノもあったのだ。

 それなのに傷を負っていないのは、エクスカリバーの能力故である。

 エクスカリバーの直感が、俺を助けてくれていた。

 不意打ちにさえ反応するエクスカリバーの直感は、剣を握るのが遅れなければどれ程窮地でも処理してしまう。

 だから、俺は勇者となってから、エクスカリバーに体を乗っ取られるようになってから、跡の残るような怪我は負っていない。

 

 そういう説明したいのだが、聖剣エクスカリバーの真実を打ち明けなければいけないのだ。

 その事が、俺に躊躇させる。

 

「なんか、言いづらい事か?それなら別に言わなくて良いが……」

 

 リカルドは俺を気遣い、逃げ道を用意してくれた。

 それで、俺は妙案を思い付いたのだ。優しさに付け込んでしまえば良いと。

 

「俺について話す前に1つだけ。リカルドさん、聖剣デュランダルには魂が宿っていますね?」

「…………そうだ」

 

 わずかに考え込んだ後、リカルドは頷いた。

 俺が確信を持って訊いているから、はぐらかせないと判断したのだろう。

 

「聖剣エクスカリバーも同じです。あの聖剣には魂が宿っていた。そして、その魂は恐ろしいまでの戦闘経験を蓄積していたのです」

「そうか、それでか。その魂がお前の戦闘における先生であり、戦闘時に補助してくれる存在だったんだな」

「……そうです」

 

 厳密には違うけど、そういう事にした方が好都合なので、訂正しなかった。

 これで、俺の本性やエクスカリバーの人格について伏せられる。

 

「通りでな。勇者になるまで剣に触れた事もない奴が、剣の達人みたいな活躍する訳だ。合点が行った」

 

 勘違いしたままなのだが、リカルドは俺の謎が全て解けたようだ。

 そうであるならば、俺が嘘を吐いている事に罪悪感を覚える必要はない。

 

「どうかご内密にお願いします。まさか先生が傍に居なくては戦えないような軟弱者では、皆の希望たりえませんので」

「恥じる事でもないだろうが、分かった。秘密にする。ついでに、聖剣デュランダルの方も秘密にしといてくれ。女性の幽霊を侍らせてるとか、ちょっと恥ずかしいからな」

 

 優しいリカルドは思惑通り、聖剣エクスカリバーの真実を秘密にしてくれた。

 当初は聖剣デュランダルの秘密隠匿を条件に口を封じるつもりだったが、温和な結果となって安心する。

 でも、俺はちょっと気になる事が湧いてきたのだ。

 

「聖剣デュランダルに宿る魂って、女性なんですか?」

「ああ。固さがあるが、誠実な人だよ。それと、なんと言うか……。美人だな……」

「そうですか」

 

 エクスカリバーとは違う真っ当な魂であると知り、俺は湧きあがる殺意と嫉妬を押し殺すのだった。

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