100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第十七節 期待にお応えして、女湯回をお送りします

「あの桃色頭め。時間とやる気ばかり取られました」

 

 グウィバーの長話に付き合わされたムラマサ。

 結局、彼女はかなりの時間が実りのない会話に費やされ、疲れ果てた。

 武器作り狂いの彼女も、今日は鍛冶に手を付けられないくらいだ。

 目ぼしい鍛冶場は一応見つけたが、行う作業を考えると万全を期して臨みたかった。

 なので、英気を養うために、ついでに長話に付き合わされた慰謝料に、グウィバーへ温泉宿の宿泊券を強請ったのだ。

 そうして気前の良いグウィバーから温泉宿イトーの宿泊券を貰い、現在そこの温泉に浸かっている。

 

「ふぅ……、やっぱり温泉ですね。広々とした浴槽に手足を伸ばして入れる。これこそ、最上の疲労回復でしょう」

 

 ムラマサはご満悦な様子で、グウィバーへの不満と疲れを湯に溶かしていった。

 出身が出身だけあって、ムラマサは温泉が大好きであるため、疲労回復効果も一層高い。

 そのまま心行くまで堪能しようと、ムラマサはのんびり湯に浸かる。

 その時だ。

 この温泉にムラマサとは別の客人が現れる。

 テノールたちのようにその場を貸し切ってはいないので、おかしな事ではない。

 だが、ムラマサがつい目を凝らしてその姿をはっきり捉えようとする程、その客人は顔見知りだったのだ。

 

「温泉は体を温めるため、免疫力の向上や血行の促進が見込まれ、疲労回復にも繋がります。ですが、長時間の入浴は非推奨です。皮脂が湯に流されてしまう事によって肌が乾燥しやすくなったり、水圧による負荷が心臓の負担となる事で反って血行が悪くなったり、熱さによる発汗で脱水症状を引き起こしたりなど、そういう危険性があります」

 

 出会って開口一番が健康に関する忠告。

 実に医者らしく、その顔見知りの人格を端的に表現していた。

 そう。その顔見知りとは――

 

「久しぶりに会ったというのに、最初の言葉がそれですか?フローレンス」

 

――女医のフローレンスだったのだ。

 ムラマサはそんな古い友人との再会に、ご機嫌斜めだった。

 もっと感動的な、せめてもうちょっと一般的な再会のやり取りがあれば、ムラマサも機嫌は良かっただろう。

 初手で忠告は、どう足掻いても感動的及び一般的の範疇に入らない。

 

「お加減如何ですか?ムラマサ」

「……お湯の方ですか?ボクの方ですか?」

「もちろん、貴女の方です」

 

 感動の再会をぶち壊したフローレンスに、ムラマサは質問へ率直に答えなかった。

 そんな(ささ)やかな仕返しをしたのだが、何も応える事はなく、フローレンスは笑顔で己の質問を補足したのだ。

 こういう奴だったと、ムラマサは色々と諦めが付き、溜息を吐く。

 

「……元気ですよ。そも、ボクたちが元気でない事なんてありますか?」

「肉体についてはそうでしょうが、精神についてはそうではないでしょう?」

 

 例え死なぬ体を得たとして、果たして精神は死なぬのか。

 フローレンスは、そんな問いを投げているのだ。

 

「好きな事を好きなだけできるんです。ボクとあの天然狂人、後あの読書家、それに戦闘狂もですか?そこら辺は大丈夫でしょう」

 

 好きな事をいつまでもできると喜んでいる者ら。

 天然狂人がフィーネ、読書家がリーダー、戦闘狂がユウダチを指している。

 耳目がある場所なので、念のために実名の呼称は避けたのだ。

 そうやって他人には分からない呼称にしたが、フローレンスはしっかり分かっていた。

 伊達に数万年の付き合いではない。

 

「それは良かった」

「ボクとしては、フローレンスとレオナルドが心配ですよ」

 

 安堵しているフローレンスを、ムラマサは指差した。

 『始まりの六柱』で趣味に走れていない2人。

 長い生に心を殺されるとするならばこの2人だろうと、ムラマサは睨んでいる。

 

「ご心配なく。私も趣味でやっていますので」

「……今さらですけど。ボクたちの中で一番狂人なのは、フローレンスじゃないでしょうか」

 

 医療行為に医療技術の発展。

 そんな事を数万年も趣味としてやり続けるなど、真っ当な精神ではないだろう。

 甘く見積もっても仕事中毒者である。

 

「否定はしませんし、それでも構いません。私が狂人だとしても、救える命があるのですから」

 

 『狂人』と中傷されようが、フローレンスは笑顔だった。

 表情を崩さず、平然と中傷してきたムラマサの隣で湯に浸かる。

 何故ならば、フローレンスは命を救える事が何よりも嬉しいからだ。

 些細な中傷で止められるくらいなら、そもそも数万年もやっていないのである。

 

「『名は体を表す』と言いますが、『フローレンス』と言う名が恐ろしい程に似合ってますね」

「ええ、名の通りあろうとしてますから。『フローレンス』、私の憧れです」

 

 実のところ、『始まりの六柱』は皆本名を名乗った事がない。

 今や本名になんの意味もないが。

 

「そういえば、テノールさんは私の名前に全然反応しませんでした」

「ああ、あいつに会ったんですか。ボクも反応されませんでしたから、余程の無知でない限り違いますね」

 

 テノールは違うとするムラマサ。

 その『違う』とは、フローレンスがテノールに語っていたモノと同様である。

 テノールは、ムラマサが首飾りを渡す3通りの内、3つ目ではないという事だ。

 フローレンスがテノールにしたような質問はしていないが、ムラマサは判別できていた。

 3つ目であれば、『ムラマサ』という名前に反応しているはずなのだ。

 ムラマサはそれで判別していたのである。

 

「という事は、彼はお気に入りなんですね?」

「は?」

 

 フローレンスの唐突な追及に、ムラマサは呆けた。

 あまりにも予想していなかった追求だったのだ。

 

「違うと判別できた上で首飾りを渡しているなら、テノールさんは貴女のお気に入りという事ではないですか?」

「はぁぁ!ここに来てまた桃色な話をせねばならないのですか!」

 

 ムラマサはグウィバーとその手の話をして疲れている。

 そんな状況だから、ついついその手の話に拒絶反応を示した。

 だが、フローレンスは別にその手の話題を振ったつもりがない。

 故に、その強い拒絶が邪推を促してしまう。

 

「……ムラマサ。恋愛は自由ですが、諸問題についてしっかり検討してから行ってくださいね?」

「その口を閉じろ、フローレンス!終いにはその湯に浮いてる脂肪の塊を鷲掴みにしますよ!」

 

 怒りすら湧いてきたムラマサは、フローレンスの豊かな双丘を人質にしようとした。

 そんな気の置けない会話が、終始繰り広げられるのだった。

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