100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第二十節 只人ならざる

 ランテたちが一旦ラビリンシアへ帰還をし始めてから、7日目の事である。

 

「ランテに、パースよ。よくぞ戻ってきた。遅れるようだったら、汝らを省いて感謝祭を始めるところであったぞ」

 

 ランテが報告書の発送と馬車返却の取次を終え、パースだけを連れてミナ・ミヌエーラへと再度訪れていた。

 護衛するべき相手も居ない以上、大人数を率いるのは痛くない腹を探られかねないのだ。

 

「お待たせしてしまい、申し訳ありません」

「謝罪は良い。往復となれば、7日で済んだのは早い方だ。汝らの尽力は窺い知れる」

 

 主役はテノールとリカルドだからパースたちは必要ない。

 だが、紅竜王が待っていたと言うのだから、謝罪を挿むのが礼儀だ。

 と言っても、紅竜王ゴッホは特に咎める気はなかった。

 むしろ、仕事の早さを褒めている。

 

「同時に、汝らの疲れもまた、窺い知れる。感謝祭は明後日だ。今日明日は体を休めよ」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘え、休暇をいただきます」

 

 ゴッホは来賓の疲れを考慮し、パースらに休む時間と場を与えた。

 場はもちろん、温泉宿イトーである。

 パースは善意に裏がないか疑いつつ、宿泊券をいただくのだった。

 

 そうして、パースとランテは温泉宿で体を休めて――

 

「どうして病院へ?」

 

――いなかった。

 疑いはしても温泉宿に泊まるつもりだったパース。

 何故だか先導役に導かれたのは、どう見ても病院のような施設だったのだ。

 

「お疲れであるとお聞きしまして、念のため医者に診てもらった方が良いかと」

 

 病院に導いた訳は、先導役であるウレのお節介。

 そしてもう1つ。

 

「病原体を持ち込んでいないか、調べたいのですか?」

「……気分を害されるでしょうが、私は衛生管理を担っておりまして」

 

 検疫の観点から医者の診断を勧めていたのだ。

 ある意味で、ウレは仕事熱心なのである。

 

「健康診断とか、受けておりませんからねぇ。丁度良いかもしれません」

「私は遠慮する」

 

 パースはウレの仕事熱心に心打たれ、検疫兼健康診断に乗り気だった。

 反し、ランテは平静でありつつも、拒否の意思を表している。

 なのだが、ランテの拒否を押し退ける人物が、そこに現れてしまうのだ。

 

「ウレ大臣、彼らが受診される患者様ですか?」

 

 その人物とは、フローレンスである。

 

「ええ、彼らです。ラビリンシアからの来賓ですので、よろしくお願いいたします」

 

 好機と判断し、ウレはランテの意思を無視してまで推し進めた。

 あの注射を嫌がる紅竜王陛下にすら予防接種するくらい、医療行為ならば無理にでもする女医なのだ。

 ヒューマン程度の抵抗なら問題ないだろうと、ウレは変な方向でフローレンスを信頼している。

 

「おや、まさかドワーフの国にヒューマンの医者が居るとは」

 

 パースはフローレンスがヒューマンであると気付き、意外感を抱いた。

 テノールやリカルドが全然気にしていなかったから今さらだが、ミナ・ミヌエーラはドワーフの国である。

 ドワーフ以外の種族も居なくはないが、観光客だったり冒険者だったり。

 定住している異種族は稀なのだ。

 

「私も定住している訳ではありません。年に1度、双王陛下の健康診断に来て、1月程留まるだけなので」

 

 例に漏れず、フローレンスも定住していなかった。

 彼女の住処はここではない。

 そも、彼女に定住の地があるかは、怪しいところだが。

 

「では、この病院は借り受けていると?」

「そうですね、借り受けている形になります。健康診断とは言え、設備は必要だろうと、双王陛下から借り受けています」

 

 双王陛下から設備を借り受けられる旅の医者。

 その設備も診療所のような小規模ではなく、さっきから称している通り病院という規模だ。

 旅をしている医者というのも、大概おかしい。

 旅に医療器具なんてかさばる物を持ち歩き、器具の清潔を保つなんて無理だ。

 だから医者は1か所に留まり、旅なんてしない。

 

 パースは、内心フローレンスに警戒した。

 フローレンスは、双王から設備を借りられる程の存在であり、旅をしながら医療に従事するという奇行に走っているのだ。

 情報収集も仕事の一部であるパースとしては、警戒せざるを得ない。

 

「へぇー。双王陛下からそんなに腕を見込まれるお医者様ですか。そんな方に診てもらえるなんて、感激ですねぇ」

 

 だからパースは鎌をかけるように、微かな警戒心を漂わせた。

 これで少しでも変な反応をして、正体をわずかにも掴める事を祈る。

 

「それは喜ばしい事です。注射を嫌がって連日暴れるような患者様をいらっしゃいますので、協力的なのは助かります」

 

 残念ながら、フローレンスはただ笑みを深めるだけだった。

 それも、言葉にはかなり心が籠っているのだ。

 注射を嫌がるゴッホの叫びを聞いたパースには、その喜びが本心であると感じ取れてしまう。

 

「私は外で待っている」

 

 受診する方向で話が進みそうなところ、ランテが己の意思を主張した。

 実に端的な受診拒否である。

 

「ランテさんと伺っております。貴方はかなり肌が白く、不健康であるのが一目で分かります。どうか受診を」

 

 逃げる患者を必死に引き留めようとしているのか、フローレンスはランテの手を包み込んだ。

 他人の視点では、なんら異常のない光景である。

 

「……」

 

 しかし、ランテは異常に見舞われていた。

 その包み込むフローレンスの手は強固なのだ。

 近衛総長の力を以てして、その手は振り解けそうにない。

 

「受診、してくださいますか?」

 

 そんな拘束をしているフローレンスは、ランテに微笑みかけていた。

 恐怖こそ感じていないが、ランテもフローレンスを警戒し始める。

 

「分かった。健康診断を受けよう」

 

 だからこそ、ランテは相手の縄張りへと飛び込む。

 飛び込んででも推し量るべき対象であると、ランテはフローレンスを評価したのだ。

 

「ありがとうございます。それでは、すぐ診断に移りましょう」

 

 近衛総長と隊長に警戒されている状態であっても、フローレンスは真摯に医者の務めを果たそうとするのだった。

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