100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 作:RAINY
「……ランテ・レートさん。貴方の容態は、残念ながら施しようがありません」
ランテの秘密に目を伏せて数秒。フローレンスはしっかりと相手を直視していた。
笑顔ではない。されど悲観したようでもない。
どこか決心が付いたような、そんな顔をしている。
「熟知している」
「ですが、容体の進行状況なら、私でも確認ができます」
フローレンスの宣言に、ランテは平静だったが、パースは目を見開く。
魂の状態が確認できると、フローレンスはそう言っているのだ。
フローレンスに対する驚きは、パースの中で更新され続けている。
「では、如何に」
「定期的に経過観察するため、ラビリンシアへ度々訪れさせていただきます」
ランテという患者を、フローレンスは見過ごせなかった。
病気とも言い難いランテの状態に、治療法は存在しない。
だが、そんな言い訳を、フローレンスは許せないのだ。
だから、経過観察を行い、治療法も探す。
どれ程不可能であったとしても、フローレンスはそうする。
「心遣い、感謝する。故に、レート家からの支援は確約しよう」
「ありがとうございます」
互いに謝意を伝え、ランテについての話はここで終わった。
フローレンスは笑顔を取り戻す。
「次は、貴方です」
「……私ですか?」
フローレンスの目は、パースに向けられていた。
パースの背中に汗が流れる。
気付かれていると、パースは悟っていた。
何せ、フローレンスはパースとランテを診断して、『ラビリンシア王立近衛兵とは、人外の集まりですか?』と訊ねていた。
そう。パースもおよそ人から外れていると、気付かれているのだ。
「貴方で間違いありませんよ?パースさん」
「もしかして、私にも何か異常がありましたか?健康には注意していたんですけどねぇ。困ったなぁ、これでは仕事に差し支えてしまいますよぉ」
フローレンスはパースを笑顔の下から視線で射抜いていた。
射抜かれている当の本人は、苦し紛れに
決して口を滑らせぬよう、パースは必死だ。
「貴方の血液には、霊薬が混じっていますね?傷をすぐに癒すような類の物が。その霊薬が血に混じって流れている結果、不老不死に近しい体になっておられるのでは?」
「……」
パースは落胆した。
ほぼ全て見透かされていたため、自身の行動はまさしく苦し紛れになったのだ。
「……もっと調べないと解析できないモノじゃないですかね、私の容態って」
「すみません、鎌をかけました」
「……」
パースはうずくまった。
口を滑らせぬようにしていたのに、この体たらく。
鎌にかかった己の未熟に、パースは打ちひしがれている。
「と言っても、血液に異物を見つけた事とパース・ヴァルの霊薬から推理したのですが」
「いや、まぁ、うん……。そこでその霊薬と繋げられる時点で、私はお手上げです……」
約1000年前であるパース・ヴァルの霊薬探索失敗と、パースの血液に混じった詳細不明の異物。
絶対繋がらないだろうその2点。繋がる材料を鎌かけで渡してしまった事実は、なんら変わりない。
しかし、フローレンスが擁護してくれたのをパースは感じ取っていた。
その擁護に応え、パースは一旦立ち直る。
「あまり吹聴したくはないのですが、もう言い逃れもできないでしょう。……私がパース・ヴァルです」
パースは諦念を滲ませながら、白状した。
そう。パースが勇者アルト伝説に登場していた、パース・ヴァルなのである。
「霊薬は見つかっていたのですね?」
「ええ。幸運な事に、霊薬は見つかりました。ですが、それで運を使い果たしたのでしょう。霊薬を持ち帰る道中、魔物に襲われた私は、誤ってその霊薬を被ってしまいました」
勇者アルトがレヴィから受けた致命傷を癒すための霊薬。
ただ1つの、1人分だけのその霊薬は、パースの失敗で失われた。
残ったモノは、勇者の死と、凡人の永生である。
「後の事は、ご想像にお任せします。今語るべき事ではないですし、語りたい事でもありません」
パースは過去に付いて口を噤んだ。
悲しみや悔いを、パースは苦笑の裏に隠す。
「それで、霊薬のおかげで至って健康なのですが。何か病気の兆候はありましたか?」
「体の方は何も。ただし、精神の方に懸念があります」
「なるほどなるほど。思い当たる節は、なくはないですね」
ヒューマンの身でありながら、その生は1000年を越えている。
精神の摩耗はあるかもしれない。
「デビルの血によって長く生きている者からの助言です。あまり過去に囚われず、楽しみを忘れないようにしてください」
「おや、フローレンス女医も長生きしていたんですねぇ。しかもデビルとの混血ですか」
フローレンスという人物の輪郭がわずかでも捉えられたと、パースは内心喜んだ。
悲しい事に、偽りの情報を掴まされているのだが。
未熟さに打ちひしがれたり、己の失敗を暴かれてしまったりで、精神的に疲弊しているパースには、嘘と判別する余裕がなくなっている。
「デビルが言うと様にならないでしょうが。ご自愛くださいませ」
「いいえ。貴女程の医者には、相応しい言葉ですとも」
パースもフローレンスも、相手の事情は詮索せず、友好的なやり取りをした。
こうして、健康診断は締められるのだった。