100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 作:RAINY
(取り消しなさい、勇者テノール)
ムラマサは静かな怒りを滲ませ、思念体である俺を睨んでいた。
俺は甘んじて相対する。
こうなる事は、予想できていた。
ムラマサとフローレンスが固い絆で結ばれている事を、この目で見たのだ。
ならば、ムラマサの怒りは予想してしかるべきだ。
確かに、失言ではあっただろう。
だが、避けては通れぬ道だ。
(ムラマサ。俺はフローレンスさんについて、あまりにも無知だ。だから、無条件で信じる事はできない)
(それで、なんですか?フローレンスがどうだって言うんですか?)
(……フローレンスさんは、犯人かもしれない)
その言葉を聞き届けた瞬間、明確な殺意を以て、ムラマサは赤い枝を構える。
俺でも、死を直感した。
しかし、俺らしいと言えば良いのか、その直感は外れる。
「あっつっっ!?」
突然の小さな発火が、ムラマサの手を火傷させたのだ。
ムラマサは痛みと驚きで赤い枝を落とす。
「い、いったい何をしやがりますか!レーヴァテイン!」
ムラマサはすぐに赤い枝を拾い上げ、その枝に向かって叫んでいた。
ムラマサが叱責している様子から、俺は察する。
あの赤い枝も、魂を宿した武具なのだ。
とすると、あの赤い枝、レーヴァテインは意図的にムラマサへ攻撃したのか。
まさか、所有者を諫めるため、なのか。
「……。頭を冷やさせるために火傷負わす奴がどこに居るんです!」
どうやら、本当に諫めるための攻撃だったようだ。
製造者の意に反してまで諫めようとするとは、正直意外だ。
レーヴァテインは理不尽な怒りを許容しない、かなり理性的な魂なのだろう。
首飾りヌエや赤い枝レーヴァテインと、真面な者が多くて羨ましい。
「……どうした、ムラマサ殿」
話は変わるが、ムラマサとレーヴァテインをやり取りは道端で行われている。
つまり、人目はあるのだ。
そして、レーヴァテインの思念を読み取れるのはムラマサのみ。
さすがのランテも、そんな奇行は無視できず、ムラマサに声をかけたのだ。
「…………魔道具が誤作動を起こしただけです。気にしないでください」
「……そうか」
ムラマサも羞恥心を抱いたようで、数秒の沈黙の後、顔を逸らしていた。
ランテはせめてもの情けに、ムラマサの羞恥を掘り返さない。
「……フローレンスが借り受けていた病院に行きましょう」
頬を染めていた朱を漂白してから、ムラマサは次の行動を提案した。
その提案をしたムラマサは、凄く真剣な表情をしている。
(ムラマサ、ありがとう)
(礼を言われる筋合いはありません。ボクは、フローレンスの潔白を証明したいんです)
親友の泥を落とす。
そのために、ムラマサはフローレンスの調査を認可したのだ。
未だなお、ムラマサはフローレンスを微塵も疑っていない。
(それでも良い。よく、決断してくれた)
(……ボクだって、物事の良し悪しは分かります。……分かるったら分かるんですよ、レーヴァテイン)
レーヴァテインに異論を唱えられたらしい。
残念だが、ムラマサは聞く耳を持たなかった。
レーヴァテインは黙殺され、話は進む。
「フローレンス殿の調査、
「……はぁ。良いですよ。ボクは、冷静さを欠いてました。あいつの潔白を証明するなら、あいつの住居を調査する他なかったんです。それに、ボクは気付けていませんでした」
ランテに再確認され、ムラマサはついに己の馬鹿さに呆れた。
意固地になっていた自身を、ムラマサは省みたのだ。
どうして皆は親友を信じてくれないのかと、自身の親友を信じられないお前らがおかしいのだと。
固い絆故の、そんな盲目的な信頼。ムラマサは、やっとその事に気付けたのだ。
だからこそ、親友のために何をしてやるべきか、ムラマサは悟れたのだろう。
「さっさと向かいますよ」
そうとなれば、ムラマサの行動は早かった。
随分と軽い足取りでムラマサは、フローレンスの病院に足を向ける。
フローレンスの病院。
通常だったら衛兵の捜査が入っていそうだったが、立ち入り禁止の看板が縄にぶら下げられているだけで、不思議と手付かずだった。
衛兵たちは都民避難の方を優先しているのかもしれない。
ムラマサたちは好都合とばかりに、縄を潜って病院に入った。
中も、荒らされるどころか、綺麗なままだ。
「あいつが何かを隠すとすれば、私室、ですかね」
入り口近くに掲げられた院内地図には、ご丁寧にフローレンスの私室まで明記されていた。
その地図で位置を確かめてから、ムラマサは奥へと踏み入っていく。
程なくして、ムラマサたちはその扉の前に至った。
そこで、足止めをくらう。
「鍵が、かかっている」
錠前や鍵穴は見当たらない。
なのに、扉はランテの力を以てしても、固く閉ざされている。
「大丈夫です。鍵は、知っています」
ムラマサは扉に触れ、呟き始める。
「我は此処に集いたる人々の前に
その呟きは、誓いだった。
おそらくは、ムラマサのモノではない。
「わが生涯を清く過ごし、我が務めを忠実に尽くさん事を。我は
誰かの誓いを、ムラマサは暗唱していく。
「我は我が力の限り我が務めの
それは、誰の誓いだろうか。
勘ではあるが、フローレンスのモノではない気がする。
「我は心より医師を助け、我が手に託されたる人々の幸のために身を捧げん」
誰かの誓いはその一文が最後なのだろう。
その一文を呟き終えた途端、『エイゴ』の文章が浮かび上がり、鍵が開く音がした。
あの誓詞が、扉の鍵だったのだ。
「……相変わらず、鍵を変えていないんですね。……防犯が甘いですよ」
ムラマサは感慨に浸りながら、その扉を開くのだった。