100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

150 / 221
第二節 やっぱりどこか世間知らず

「行事については追って連絡する。下がって良いぞ」

「ははっ」

 

 バーニン王との謁見は終了。

 ラビリンシア建国記念祭に関する事でまた呼び出されるだろう。

 その事については非常に荷が重い気分だが、しっかりと背筋を伸ばして退出する。

 せめて王宮の自室までは我慢だ。

 

 そうして、廊下に出てもなお気を張って、目的地に向かおうとした。

 王宮の自室には盗聴される不安がまだ残っている。

 だが、今日は疲れた。宿を探すのも手間だ。王宮の自室で妥協しよう。

 

 そんな風に足を向けた時だ。

 

「テノール様!」

 

 俺は久々に、その鈴が鳴るような美声を耳にした。

 その声はもちろん、ルーフェ様の声だ。

 俺は一瞬その美声に癒され、なんの警戒もなくルーフェ様を迎えようとしていた。

 だが、忘れてはいけない。

 ルーフェ様は俺の自室に盗聴器を仕掛け、あまつさえ俺の衣服を盗んだ容疑がある。

 故に、俺は少しだけ身構えつつ、ルーフェ様の経過が良好である事を願って相対したのだ。

 

「ルーフェ王女殿下。何故だか、その声をお聞きするのが久しく感じられます」

「ええ、そうでしょうとも。テノール様は相変わらず王命でお忙しいのですから。わたくしが召し物を……、いえ。とにかく、わたくしがどれ程再会を望んでいた事か」

 

 ……治りきってないな。しかも『召し物』って言ったな。

 これ、衣服窃盗は容疑ではなく事実か。

 まぁ、1・2カ月で完治するなんて期待はしていなかったが。

 

「それより、こちらをご覧ください!」

「それは……俺を描いた絵画、ですか?」

 

 話題逸らしも兼ねたモノかもしれないが、ルーフェ様は1枚の絵画を見せ付けた。

 その絵画は俺を題材にした写実的な物で、現実の光景を切り取ったかのような、恐ろしく精巧な作品だったのだ。

 衣服窃盗への言及を横に置いてしまう程、俺の意識はその絵画に持っていかれた。

 そのくらい素晴らしい出来の作品というのもあるが、俺が意識を持っていかれた理由はもう1つある。

 

「どうして、腰布1枚なんです……?」

 

 絵画に描かれている俺は、腰布しか纏っていなかったのだ。

 しかも、かなりの襤褸(ぼろ)布で、あわや大事なところが露になってしまいそうなのである。

 

「そ、それは……。気の迷いと言いますか、筆の過ちと言いますか……」

「え?この絵画、ルーフェ様が描かれたのですか?」

「は、はい……」

 

 ルーフェ様は躊躇いがちに、絵画が自身の作品である事を肯定した。

 てっきり有名な画家に依頼した物か、偶然目にして購入した物かと、俺は思っていたのだ。

 残念ながら、俺の思い違いだった。

 なんと、ルーフェ様が己の手で描いた絵画だったのである。

 

「……」

「あの、そこまでじっくり見られると、わたくしも気恥ずかしくなってしまうのですが……」

 

 普通に凄い作品だと注視していたら、ルーフェ様は困ったような顔で頬を赤く染めていた。

 そんな風になるんだったら何故見せ付けたのか、という言葉を俺は飲み込む。

 

「失礼。ルーフェ様の画才に感動しておりました。まさか、想像だけでここまで描けるとは」

 

 先程も言ったが、描かれているのは腰布一丁の俺である。

 当たり前だが、俺はルーフェ様に裸体を晒した事などない。

 していたら、おそらく俺の首は胴体と離れ離れになっている。

 つまり、描かれた俺の体はほぼルーフェ様の想像。

 なのに、実際の俺の体と酷似していた。

 ちょっと寒気も覚えるほどの正確さだ。

 

「ありがとうございます。テノール様からお褒めいただけて、大変誇らしいです」

 

 絵画の表裏を返しつつ、ルーフェ様は屈託のない笑みを浮かべた。

 気の迷いでほぼ全裸を描いたのは恥ずかしいが、それはそれとして出来を褒められるのは嬉しいらしい。

 

「それで、折り入ってお願いがあるのですが……」

「なんでしょう。絵画の取材という事でしたら喜んで」

 

 如何に画才があると言えど、想像での描画には限界があるだろう。

 ならば、欲しくなるのは模型、描きたい現実の光景だ。

 題材が現実の人物となれば、その人物に描きたい体勢を取ってもらった方が確実に描きやすい。

 取材される側の俺としても、こんな綺麗に描いてくれるというなら、手伝うのもやぶさかではない。

 

「で、でしたら!是非裸体を!」

「……申し訳ありません。もう一度言っていただけますか?」

 

 きっと聞き間違いだ。

 そんな一縷の望みを託し、俺は再度ルーフェ様の言葉に耳を傾ける。

 

「テノール様の裸体を取材させてください!腰布を巻いて隠すなどという愚行を冒したままではおられません!伏しては是非テノール様の実物をこの目に焼き付けたくございます!」

「……」

 

 画狂となったのか、悪癖が進化したのか。果たしてどちらだろうか。

 どちらにせよ、一国の王女が勇者に局部を晒すよう強請(ねだ)っている。

 

(どうしよう。いっその事、既成事実とするために、裸体の取材を受けてしまおうか)

(あはははははは!良くねぇよ、落ち着け!)

 

 エクスカリバーが俺を笑いながら正当な指摘をするという、奇妙な事をやってのけた。

 おかげで俺は正気に戻る事ができたのだ。

 危なかった。正気を失ったままであったら、本当に一国の王女へ裸体を晒すところだった。

 今回ばかりはエクスカリバーに感謝しよう。

 

(酒な)

 

 とても現金なアマだ。

 手元に酒はないから、今度買いに行こう。

 まずは、目の前の王女について対処せねば。

 

「ルーフェ王女殿下。非常に心苦しくありますが、裸体の取材はお断りさせていただきます」

「な、何故ですか!?」

 

 何故も何もあるかという話だが、とにかく俺は適当な理由をでっち上げる。

 

「俺は、操を立てているのです。添い遂げると誓った女性以外に、裸体は晒さぬと」

 

 妻でもない女性の前では裸にならないと、ある種当然の事を俺は語った。

 さもそれが大事な誓いのように、俺は言葉を飾ったのである。

 

(側室とか愛人が欲しいとか抜かした身で、よくもそんな嘘が付けんなぁ)

 

 嘘じゃない。側室も愛人も妻のようなモノ。妻が多いというだけだ。

 

(いや、その理論は下衆すぎんだろ)

 

 もう良い。お前とは分かり合えない。

 

「そ、添い遂げる……。そ、それは、婚姻を結ぶとい、いう事ですか」

 

 ルーフェ様は『添い遂げる』という言葉、結婚を想起される言葉にまたもや頬を染めていた。

 人の服を剥こうとした事には恥ずかしげもないのに、裸体を描いた事や結婚は恥ずかしくなるという。

 ルーフェ様の感性はいったいどうなっているんだ。

 

「ま、まだ、その……。結婚は早いかと……」

 

 何にせよ、その線で押せばルーフェ様は退いてくれそうだ。

 

「ええ。俺もまだ未熟の身。ルーフェ王女殿下に相応しい男となるまで、どうかお待ちください」

「は、はい……」

 

 俺は結婚を仄めかせば思惑通り、ルーフェ様はいじらしく退いてくれた。

 こうして見事、俺はルーフェ様を撃退したのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告