100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 作:RAINY
日が沈んでから大分経ち、日付が変わっているだろう深い夜。
そんな深い夜にも拘らず、ラビリンシア王立近衛兵3番隊の隊舎、その一角には明かりが灯っている。
「……」
その一角とは、ブレンダの自室だ。
ブレンダは個人研究を続けていたのだ。
しかし、手は動いていない。
目の前に魔力石となんらかの魔道具を置いたまま、ブレンダは頭を抱えている。
「どう、すれば良いの……」
ブレンダは個人研究に詰まっていたのだ。
ブレンダが研究しているのは、魔術師でない者から魔力を抽出する方法。
魔術の才を持つ者以外から魔力が抽出できた事例は、現在まで1例も存在しない。
世間の常識としては、そんな事はできないのだ。
ブレンダはある意味、世間の常識に挑んでいるのである。
ならば当然、生半可な努力では、その方法を突き止められる訳はない。
「こんな事もできないで、私はどうしてこんな所に居るの……?」
ブレンダだって、無理難題に挑んでいる自覚はある。
それでも、ブレンダはそんな事ができなければいけないと、己を責め立て、追い立てているのだ。
「こんな事もできないで、どうして貴女はテノールさんに取り立ててもらえたって言うの……?」
何故ならば、ブレンダは勇者に見出してもらった魔術師だからである。
たかだか1年で華々しい成果を上げている勇者。
そんな男に農村から連れ出してもらって、なのに成果を全然上げていない。
ブレンダには、それが許せなかった。
それは、勇者テノールに泥を塗る行為だとして、ブレンダには許しがたかったのだ。
「この前だって、足手まといになって……」
サースイナッカノ農村で、魔王軍幹部ヴァンに捕まってしまった一件。
半ば人質となってしまった事を、ブレンダは不甲斐なく思っていた。
元々の目的だった魔王軍幹部ロスの魔道具解析だって、自身にできたのはマリーの魔道具分解を少し手伝ったくらいだ。
助手としての役目も、果たせているか怪しい。少なくとも、ブレンダの中では。
「こんな事になるんだったら……。私、付いてくるべきじゃなかった……。ただの村娘で、私は終わるべきだったんだ……」
無力感ばかりがブレンダの心に積載する。
そうして押し出されるように、涙が溢れようとしていた。
扉を叩く音が響いたのは、その時だ。
「は、はい!」
ブレンダは飛び上がり、涙を拭う事もせずに扉を開けた。
その先に立っていたのは、マリー・エームリッス。
所属する部隊の長であり、研究者として尊敬する人物が、ブレンダの部屋に訪れたのだ。
「ま、マリー隊長!ど、どうしてこんな時間に……」
「個人的な研究をしてたのよ。あのクローンホムンクルスを用いた魔道具、その技術を何かに転用できるんじゃないかって」
ある意味で、マリーが起きていたのはブレンダと同じ理由だった。
強いて違いを上げるなら、マリーは自身を追い立てていない点か。
「それで、さすがに寝ないと明日に響くから、最後に
一応だが、3番隊隊舎の倉庫にある物品は、3番隊隊員の共有物資ではある。
それ故、本来は私用に持っていくべきでない物だ。
私用するなら許可を取らねばならない。
でも残念な事に、マリーはその隊で一番偉い人なのだ。
マリーなら自身の許可を取ったと言い張り、3番隊隊員は誰も言い返せないだろう。
「その途中、貴女の部屋から明かりが漏れてるのを見たの」
マリーがブレンダの部屋を通りがかったのは、倉庫までの道中だったという、そんな偶然だった。
そして、マリーがブレンダの部屋を訪れたのも、偶然だっただろう。
「まだ起きているようだったら、寝るように注意した方が良いかしらって。ほら、あたしこれでも隊の長だし?こういう部下の世話もしとかないと、煩いのが居るのよねぇ。セイザーとかセイザーとかセイザーとか」
その偶然は、マリーが煩い奴のお小言を聞きたくないがために、もたらされたのである。
「す、すみません。私も、もうすぐ寝ます」
保身的かつ形式的な注意ではあったが、隊長によるモノだったために、ブレンダは素直に聞き入れた。
後はマリーが満足して去るのを待つばかり。
「……」
「……あ、あの、マリー隊長?」
待つばかりなのだが、待てど暮らせど、マリーに去る気配がない。
そのマリーの視線は、ブレンダの背後にある作業台へと注がれていた。
ブレンダの苦悩を表した、その作業台へ。
でもそれもほんの数秒で、マリーの視線はブレンダの顔へと戻ってくる。
「ブレンダ」
「は、はい」
「貴女、明日は買い出しね」
「……はい?」
ただし、話はよく分からない方向に飛んでいった。
ブレンダも意味が分からず、首を傾げてしまっている。
「買う物は明日指定するから。じゃあ、そういう事で」
「え、あの……。え?」
雑に手を振って去っていくマリー。
彼女にはブレンダの伸ばす手も届かない。
その場に謎だけ残し、マリーは風のように去っていったのだ。
「……え?」
謎と共に取り残されたブレンダは、ただただマリーのその背中を見送る事しかできないのであった。