100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第三節 悩む彼女に風は吹く

 日が沈んでから大分経ち、日付が変わっているだろう深い夜。

 そんな深い夜にも拘らず、ラビリンシア王立近衛兵3番隊の隊舎、その一角には明かりが灯っている。

 

「……」

 

 その一角とは、ブレンダの自室だ。

 ブレンダは個人研究を続けていたのだ。

 しかし、手は動いていない。

 目の前に魔力石となんらかの魔道具を置いたまま、ブレンダは頭を抱えている。

 

「どう、すれば良いの……」

 

 ブレンダは個人研究に詰まっていたのだ。

 ブレンダが研究しているのは、魔術師でない者から魔力を抽出する方法。

 魔術の才を持つ者以外から魔力が抽出できた事例は、現在まで1例も存在しない。

 世間の常識としては、そんな事はできないのだ。

 ブレンダはある意味、世間の常識に挑んでいるのである。

 ならば当然、生半可な努力では、その方法を突き止められる訳はない。

 

「こんな事もできないで、私はどうしてこんな所に居るの……?」

 

 ブレンダだって、無理難題に挑んでいる自覚はある。

 それでも、ブレンダはそんな事ができなければいけないと、己を責め立て、追い立てているのだ。

 

「こんな事もできないで、どうして貴女はテノールさんに取り立ててもらえたって言うの……?」

 

 何故ならば、ブレンダは勇者に見出してもらった魔術師だからである。

 たかだか1年で華々しい成果を上げている勇者。

 そんな男に農村から連れ出してもらって、なのに成果を全然上げていない。

 ブレンダには、それが許せなかった。

 それは、勇者テノールに泥を塗る行為だとして、ブレンダには許しがたかったのだ。

 

「この前だって、足手まといになって……」

 

 サースイナッカノ農村で、魔王軍幹部ヴァンに捕まってしまった一件。

 半ば人質となってしまった事を、ブレンダは不甲斐なく思っていた。

 元々の目的だった魔王軍幹部ロスの魔道具解析だって、自身にできたのはマリーの魔道具分解を少し手伝ったくらいだ。

 助手としての役目も、果たせているか怪しい。少なくとも、ブレンダの中では。

 

「こんな事になるんだったら……。私、付いてくるべきじゃなかった……。ただの村娘で、私は終わるべきだったんだ……」

 

 無力感ばかりがブレンダの心に積載する。

 そうして押し出されるように、涙が溢れようとしていた。

 

 扉を叩く音が響いたのは、その時だ。

 

「は、はい!」

 

 ブレンダは飛び上がり、涙を拭う事もせずに扉を開けた。

 その先に立っていたのは、マリー・エームリッス。

 所属する部隊の長であり、研究者として尊敬する人物が、ブレンダの部屋に訪れたのだ。

 

「ま、マリー隊長!ど、どうしてこんな時間に……」

「個人的な研究をしてたのよ。あのクローンホムンクルスを用いた魔道具、その技術を何かに転用できるんじゃないかって」

 

 ある意味で、マリーが起きていたのはブレンダと同じ理由だった。

 強いて違いを上げるなら、マリーは自身を追い立てていない点か。

 

「それで、さすがに寝ないと明日に響くから、最後に珈琲(コーヒー)を一杯飲んでから寝ようと思ったのだけど。私室の豆を切らしちゃって、倉庫にあるだろうからかっぱらおうとね」

 

 一応だが、3番隊隊舎の倉庫にある物品は、3番隊隊員の共有物資ではある。

 それ故、本来は私用に持っていくべきでない物だ。

 私用するなら許可を取らねばならない。

 でも残念な事に、マリーはその隊で一番偉い人なのだ。

 マリーなら自身の許可を取ったと言い張り、3番隊隊員は誰も言い返せないだろう。

 

「その途中、貴女の部屋から明かりが漏れてるのを見たの」

 

 マリーがブレンダの部屋を通りがかったのは、倉庫までの道中だったという、そんな偶然だった。

 そして、マリーがブレンダの部屋を訪れたのも、偶然だっただろう。

 

「まだ起きているようだったら、寝るように注意した方が良いかしらって。ほら、あたしこれでも隊の長だし?こういう部下の世話もしとかないと、煩いのが居るのよねぇ。セイザーとかセイザーとかセイザーとか」

 

 その偶然は、マリーが煩い奴のお小言を聞きたくないがために、もたらされたのである。

 

「す、すみません。私も、もうすぐ寝ます」

 

 保身的かつ形式的な注意ではあったが、隊長によるモノだったために、ブレンダは素直に聞き入れた。

 後はマリーが満足して去るのを待つばかり。

 

「……」

「……あ、あの、マリー隊長?」

 

 待つばかりなのだが、待てど暮らせど、マリーに去る気配がない。

 そのマリーの視線は、ブレンダの背後にある作業台へと注がれていた。

 ブレンダの苦悩を表した、その作業台へ。

 でもそれもほんの数秒で、マリーの視線はブレンダの顔へと戻ってくる。

 

「ブレンダ」

「は、はい」

「貴女、明日は買い出しね」

「……はい?」

 

 ただし、話はよく分からない方向に飛んでいった。

 ブレンダも意味が分からず、首を傾げてしまっている。

 

「買う物は明日指定するから。じゃあ、そういう事で」

「え、あの……。え?」

 

 雑に手を振って去っていくマリー。

 彼女にはブレンダの伸ばす手も届かない。

 その場に謎だけ残し、マリーは風のように去っていったのだ。

 

「……え?」

 

 謎と共に取り残されたブレンダは、ただただマリーのその背中を見送る事しかできないのであった。

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