100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 作:RAINY
ブレンダが買い出しに行く予定である日。
結局何故買い出しに行かされるのかは謎のまま、ブレンダはその日を迎えた。
寝る直前までその謎を解き明かそうとしていたのだが、ブレンダは睡魔に負けてぐっすり眠ってしまったのである。
そう。ぐっすりと、謎の方に思考が割かれ、行き詰まった研究に頭を抱えぬまま。
おかげで、眠るのが遅かったにも拘らず、ブレンダは寝坊しなかった。
そうして、ブレンダは遅刻する事もなく、自身の職場に辿り着く。
そこは、ブレンダが参加している解析班、その班に割り当てられている研究室だ。
ちなみにマリーを班長とする解析班であり、解析しているのはサースイナッカノ農村で発見されたロスの魔道具である。
その研究室に辿り着いたのだから、平常通りの仕事が始まるはずである。
今回だけは、その限りではないが。
「はいこれ。良さそうなの買ってきといて」
ブレンダは物品の名前が箇条書きされた覚書を、マリーから受け取った。
ブレンダの仕事は、あの夜にマリーが述べた通り、買い出しに変わっていたのだ。
「あ、あの……。マリー隊長……?」
「買い出しが早く済んだなら、今日は好きにしてて良いわよ。ただし、仕事と個人研究は禁じるわ」
買い出しに行かされる謎を引きずったままのブレンダに、さらなる謎が降り注いでいた。
箇条書きされていた物品は、どれも日用品や食料品。
量も然程多くなく、どう足掻いたって買い出しに1日はかからない。
それどころか、昼食前にでも済んでしまいそうだ。
事実上、半日の休暇。仕事とも呼べない仕事であるから、1日の休暇とも捉えられるかもしれない。
おまけに、個人研究も禁止された。
1日休ませたいだけなら、別にそんな禁止事項を含む必要はない。
「ど、どうして個人研究をしてはいけないんですか?」
「……強いて言うなら、見てられなかったからよ」
「『見てられなかったから』?」
ブレンダがせめてその謎だけでも聞き出そうとすれば、マリーは非常に苦々しい表情で、抽象的な答えを返した。
抽象的すぎたために、ブレンダは理解できていない。
「これ以上の質問は受け付けないわ。さっさと仕事に取り掛かりなさい」
マリーはいつまでもそこに留まるブレンダの肩を掴み、半回転させて外へと押し出していく。
「あ、あの!」
「何?あたしの命令が聞けないって言うなら、隊律違反で処罰を下すわよ」
いい加減付き合い切れないと、マリーは強権で脅しにかかった。
だが、ブレンダに命令違反の意思はない。
「葡萄酒って、何に使うんですか……?」
命令の不審点を、ブレンダはただ指摘しようとしていたのだ。
一応だが、この買い出しは4番隊の正式な仕事のため、費用は隊の経費から下りる。
その買い出し品目の中に、私用目的が疑われる物品が混ざっていた訳だ。
「マリー隊長?」
買い出し品目の事実が浮き彫りとなった事で、その場に居た3番隊隊員から疑心の視線がマリーへと突き刺さる。
「あは、あははははははは……。そ、そう!買い出し品目におかしい物がないか、ブレンダの観察力を試しただけだわ!研究者にとって観察力は欠かせないものね!」
取って付けたような理由で誤魔化すマリー。
そんな隊長を前に、視線を突き刺した隊員は溜息を吐く。
「と、という事で。ほら、私のお金を出すから、葡萄酒はそれで買ってきて?」
「結局買わせはするんですね」
「良いじゃない、ついでに買ってきてもらうくらい!あたしは忙しいのよ!」
「はいはい。……申し訳ありません、ブレンダさん。葡萄酒も買ってきてあげてください」
ブレンダは、隊長の怒りを煽るまいと、指示に従うのだった。
幾ばくかした後の商店街。とある日用品店の勘定場。
「その、お客様。……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……」
大きな紙袋を抱えるブレンダの姿が、そこにあった。
その姿はとても必死さが窺え、店員が心配する程だ。
然程多くないはずの買い出し物品で、何故このようになっているのか。
量の表現が、あくまで台車などの運搬具を使えば、というモノだったからである。
それなのに、ブレンダは運搬具を持って来なかったのだ。
「あ、後は……。マリー隊長の、葡萄酒……」
ブレンダは慎重に一歩ずつ踏み出す。
荷物の重さもさる事ながら、今にも崩れそうで、保つのが難しい。
そんな状態で、最後の買い出し品目である葡萄酒を求め、酒屋を目指す。
通行人からも哀れに見られるくらいの惨状だ。
だから、助けたくなる者も出てくるだろう。
「わ、わわっ」
ブレンダは急に荷物を何者かに奪われた。
驚きながらもその荷物の行方を目で追えば、別に盗まれた訳ではない事を視認する。
だって、その荷物を奪ったのが――
「ブレンダ。こんな重い荷物を抱えてどうしたんだい?」
――同郷にして憧れの人物、勇者テノールだったからだ。
「て、テノールさん!?」
ブレンダは予期せぬ場所でテノールと出くわし、荷物を奪われた以上の驚きを以て、大通りに声を響かせるのだった。