100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第四節 風が運ぶ、幸福を

 ブレンダが買い出しに行く予定である日。

 結局何故買い出しに行かされるのかは謎のまま、ブレンダはその日を迎えた。

 寝る直前までその謎を解き明かそうとしていたのだが、ブレンダは睡魔に負けてぐっすり眠ってしまったのである。

 そう。ぐっすりと、謎の方に思考が割かれ、行き詰まった研究に頭を抱えぬまま。

 おかげで、眠るのが遅かったにも拘らず、ブレンダは寝坊しなかった。

 

 そうして、ブレンダは遅刻する事もなく、自身の職場に辿り着く。

 そこは、ブレンダが参加している解析班、その班に割り当てられている研究室だ。

 ちなみにマリーを班長とする解析班であり、解析しているのはサースイナッカノ農村で発見されたロスの魔道具である。

 

 その研究室に辿り着いたのだから、平常通りの仕事が始まるはずである。

 今回だけは、その限りではないが。

 

「はいこれ。良さそうなの買ってきといて」

 

 ブレンダは物品の名前が箇条書きされた覚書を、マリーから受け取った。

 ブレンダの仕事は、あの夜にマリーが述べた通り、買い出しに変わっていたのだ。

 

「あ、あの……。マリー隊長……?」

「買い出しが早く済んだなら、今日は好きにしてて良いわよ。ただし、仕事と個人研究は禁じるわ」

 

 買い出しに行かされる謎を引きずったままのブレンダに、さらなる謎が降り注いでいた。

 箇条書きされていた物品は、どれも日用品や食料品。

 量も然程多くなく、どう足掻いたって買い出しに1日はかからない。

 それどころか、昼食前にでも済んでしまいそうだ。

 事実上、半日の休暇。仕事とも呼べない仕事であるから、1日の休暇とも捉えられるかもしれない。

 おまけに、個人研究も禁止された。

 1日休ませたいだけなら、別にそんな禁止事項を含む必要はない。

 

「ど、どうして個人研究をしてはいけないんですか?」

「……強いて言うなら、見てられなかったからよ」

「『見てられなかったから』?」

 

 ブレンダがせめてその謎だけでも聞き出そうとすれば、マリーは非常に苦々しい表情で、抽象的な答えを返した。

 抽象的すぎたために、ブレンダは理解できていない。

 

「これ以上の質問は受け付けないわ。さっさと仕事に取り掛かりなさい」

 

 マリーはいつまでもそこに留まるブレンダの肩を掴み、半回転させて外へと押し出していく。

 

「あ、あの!」

「何?あたしの命令が聞けないって言うなら、隊律違反で処罰を下すわよ」

 

 いい加減付き合い切れないと、マリーは強権で脅しにかかった。

 だが、ブレンダに命令違反の意思はない。

 

「葡萄酒って、何に使うんですか……?」

 

 命令の不審点を、ブレンダはただ指摘しようとしていたのだ。

 

 一応だが、この買い出しは4番隊の正式な仕事のため、費用は隊の経費から下りる。

 その買い出し品目の中に、私用目的が疑われる物品が混ざっていた訳だ。

 

「マリー隊長?」

 

 買い出し品目の事実が浮き彫りとなった事で、その場に居た3番隊隊員から疑心の視線がマリーへと突き刺さる。

 

「あは、あははははははは……。そ、そう!買い出し品目におかしい物がないか、ブレンダの観察力を試しただけだわ!研究者にとって観察力は欠かせないものね!」

 

 取って付けたような理由で誤魔化すマリー。

 そんな隊長を前に、視線を突き刺した隊員は溜息を吐く。

 

「と、という事で。ほら、私のお金を出すから、葡萄酒はそれで買ってきて?」

「結局買わせはするんですね」

「良いじゃない、ついでに買ってきてもらうくらい!あたしは忙しいのよ!」

「はいはい。……申し訳ありません、ブレンダさん。葡萄酒も買ってきてあげてください」

 

 癇癪(かんしゃく)を起こし始めたマリーに隊員は呆れ、色々と諦めた。

 ブレンダは、隊長の怒りを煽るまいと、指示に従うのだった。

 

 

 

 幾ばくかした後の商店街。とある日用品店の勘定場。

 

「その、お客様。……大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です……」

 

 大きな紙袋を抱えるブレンダの姿が、そこにあった。

 その姿はとても必死さが窺え、店員が心配する程だ。

 然程多くないはずの買い出し物品で、何故このようになっているのか。

 量の表現が、あくまで台車などの運搬具を使えば、というモノだったからである。

 それなのに、ブレンダは運搬具を持って来なかったのだ。

 

「あ、後は……。マリー隊長の、葡萄酒……」

 

 ブレンダは慎重に一歩ずつ踏み出す。

 荷物の重さもさる事ながら、今にも崩れそうで、保つのが難しい。

 そんな状態で、最後の買い出し品目である葡萄酒を求め、酒屋を目指す。

 通行人からも哀れに見られるくらいの惨状だ。

 

 だから、助けたくなる者も出てくるだろう。

 

「わ、わわっ」

 

 ブレンダは急に荷物を何者かに奪われた。

 驚きながらもその荷物の行方を目で追えば、別に盗まれた訳ではない事を視認する。

 だって、その荷物を奪ったのが――

 

「ブレンダ。こんな重い荷物を抱えてどうしたんだい?」

 

――同郷にして憧れの人物、勇者テノールだったからだ。

 

「て、テノールさん!?」

 

 ブレンダは予期せぬ場所でテノールと出くわし、荷物を奪われた以上の驚きを以て、大通りに声を響かせるのだった。

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