100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 作:RAINY
「よいしょ、と。これで全部なんだよな」
3番隊隊舎の倉庫にて、テノールは抱えていた紙袋を下ろした。
それから買い出し物品が全て揃っているか、ブレンダに訊ねている。
「はい、これで全部です。……お手間をとらせてすみません、テノールさん」
改めて物品を1つずつ取り出して覚書と照合し、買い出しに漏れがない事を確認。
確認し終えたところで、ブレンダはテノールに頭を下げた。
1人でできるはずの仕事を勇者に手伝わせてしまった事、ブレンダは申し訳なく感じている。
「この程度の仕事、手間の内には入らないさ。それに、ブレンダに怪我でもされたら、俺は気が気じゃないからね」
「あ、ありがとうございます……」
テノールが自身を気にかけてくれていると認識したブレンダ。
嬉しさと、形容しがたい甘酸っぱい感情が彼女の頬を赤く彩っている。
テノールの顔が精神的に直視できなくなり、彼女は俯きがちになってしまった。
そんなブレンダの態度を、微笑ましそうにテノールは見つめる。
「そうだ。お昼を一緒に食べないか?もう今日はお休みなんだろう?」
「えっ、お、お昼ですか!?そ、そんな、テノールさんとお昼なんて……!」
テノールからの思わぬ提案に、ブレンダの俯きは引き上げられた。
もはや赤染めは頬だけに留まっていないのだが、ブレンダに自身の顔を気にする余裕はない。
「そうか……、そうだよな。もう俺たちは良い年の男女だ。一緒に食事を取るのは、気恥ずかしいよな……」
「え、あ、う……」
テノールの寂しげな様子が、ブレンダに罪悪感を覚えさせた。
ブレンダは今、羞恥心と罪悪感の板挟みになっている。
「それじゃあ、またな。元気で」
「ま、待ってください!」
「……ん?」
去り行く背中に、ブレンダは声を叩きつけた。
それで、テノールの振り向かせる事ができたのだ。
しかし、長くは続かないだろう。
次の言葉が大事だと、ブレンダは直感する。
その直感に追い立てられ、なかば焦らされていたブレンダが発した言葉は――
「わ、私と、付き合ってください!!」
――何故か、愛の告白のような言葉だった。
言い放った一瞬の後、自身が何を口走ったのか認識したブレンダ。
ついに彼女は耳まで真っ赤に染め上げた。
あまりにも悲しい事故だったが、その悲しさはこれだけで終わらない。
「……?どこか一緒に行きたい所があるのか?」
テノールがその言葉を愛の告白と認識しないという、少女の羞恥心に追い打ちが入るのだ。
ブレンダの心は、もう耐久値が
「は、はいぃ……」
案の定、ブレンダは目に涙を溜めたまま、言葉の解説も訂正もできない。
話の流れにただ乗る事しか、ブレンダにはできなかったのだった。
という事で、話の辻褄を合わせるべく、ブレンダは急遽行きたい場所を決めた。
その場所は、王都ドラクルの観光名所にもなっている、アルト自然公園。
名前にある通り、建国王アルトによって作られた、自然豊かな公園だ。
公園の所々には、建国王アルトが好んだとされる桜と
残念ながら、桜の花びらはすでに散っており、紅葉は青々としていた。
公園が最も盛況な見頃の時期は逸しているのだ。
だが、ブレンダたちには反って都合が良かったろう。
「自然公園の真ん中で食事か」
こんな時期でなくては、敷物を広げて落ち着く事はできない。
そう。テノールとブレンダは
ついでに、この場で弁当を広げて食事をする予定となっている。
その弁当は別にブレンダの手作りではなく、自然公園内の商店で売られていた物だが。
「は、はい。たまには良いかと思って……」
「ああ、中々悪くないよ」
ブレンダの選択は功を奏したようだ。
付き合ってもらいたい場所として、テノールに不審がられていない。
同時に、好感触を得ている。
「弁当も結構美味しそうだし、食事にしようか」
「そうですね。いただきましょう」
2人は自然の清涼な空気に包まれながら、弁当に口を付ける。
自然の静かさに合わせ、静かに食事する事もできただろう。
だが、せっかく同郷の友と居るのに、なんの話もしないのは勿体ないと、テノールは話題を振る。
「ブレンダ、3番隊ではうまくやっていけてるかい?」
ただ少し、振る話題が良くなかった。
ブレンダにとって、その話題は嫌な事を連想させるモノだったのだ。
「……ごめんなさい」
「……ブレンダ?」
ブレンダが突然謝罪を呟いて顔を伏せるものだから、テノールはブレンダの顔を覗き込もうとした。
それを防ぐように、ブレンダは顔を覆う。
悲しみに歪んだ顔を、ブレンダは見せたくなかった。
それでも両手程度では涙を堰き止める事ができず、隙間から零れ落ちる。
何よりも悲しんでいる証明が、両手より零してしまったのだ。
「ブ、ブレンダ?」
「ごめんなさい、テノールさん……。私、研究者として全然うまくやれてなくて……!」
ブレンダはテノールが振った話題から最近の個人研究を連想し、行き詰まった状態である事を悲しんでいた。
テノールに見出してもらったのに、こんな事もできないのかと。無力感が、再度ブレンダを蝕み出したのだ。
「才能があるって、農村に置いておくのは勿体ないって……。テノールさんは、言ってくれたのにっ……。私、全然何もできなくて……」
無力感がブレンダの中に溜まり、涙を押し出していく。
もう涙は止められない。
されど、その涙の意味は、きっと変えられるはずだ。
ブレンダの頭に、何かが乗せられる。
「……え?」
ブレンダは思わず両手を覆っていた手を外し、顔を上げた。
そうすれば、ブレンダの視界に微笑むテノールが映る。
テノールの手が、自身の頭に伸びている事も視認する。
でも、理解はできなかった。
ブレンダには、何故テノールに頭を撫でられているのか、理解できなかったのだ。
「頑張ったな、ブレンダ」
「わ、私は、何も……」
「俺の期待に応えようと、頑張ってくれたんだな」
「……っ!」
ブレンダは、息を呑んだ。
一瞬、嬉しくて呼吸が止まってしまった。
だって、一番認めて欲しい人に、認めてほしいところを認めてもらえたのだから。
その瞬間、涙の理由が変わる。
「テノール、さんっ……」
「ありがとう、ブレンダ。俺のために頑張ってくれて。でも、頑張りすぎは、良くないぞ?ちょっとくらい休まないとな。大丈夫。ブレンダなら、休んだ後にまた頑張れるさ」
「はい……、はいっ……」
ブレンダは、嬉しくて涙が止まらなかった。
止まらなくてどうしようもなくて、泣き止むまでしばらく、テノールに頭を撫で続けてもらうのだった。