100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第五節 散った花の如く、悲しみよあれ

「よいしょ、と。これで全部なんだよな」

 

 3番隊隊舎の倉庫にて、テノールは抱えていた紙袋を下ろした。

 それから買い出し物品が全て揃っているか、ブレンダに訊ねている。

 

「はい、これで全部です。……お手間をとらせてすみません、テノールさん」

 

 改めて物品を1つずつ取り出して覚書と照合し、買い出しに漏れがない事を確認。

 確認し終えたところで、ブレンダはテノールに頭を下げた。

 1人でできるはずの仕事を勇者に手伝わせてしまった事、ブレンダは申し訳なく感じている。

 

「この程度の仕事、手間の内には入らないさ。それに、ブレンダに怪我でもされたら、俺は気が気じゃないからね」

「あ、ありがとうございます……」

 

 テノールが自身を気にかけてくれていると認識したブレンダ。

 嬉しさと、形容しがたい甘酸っぱい感情が彼女の頬を赤く彩っている。

 テノールの顔が精神的に直視できなくなり、彼女は俯きがちになってしまった。

 そんなブレンダの態度を、微笑ましそうにテノールは見つめる。

 

「そうだ。お昼を一緒に食べないか?もう今日はお休みなんだろう?」

「えっ、お、お昼ですか!?そ、そんな、テノールさんとお昼なんて……!」

 

 テノールからの思わぬ提案に、ブレンダの俯きは引き上げられた。

 もはや赤染めは頬だけに留まっていないのだが、ブレンダに自身の顔を気にする余裕はない。

 

「そうか……、そうだよな。もう俺たちは良い年の男女だ。一緒に食事を取るのは、気恥ずかしいよな……」

「え、あ、う……」

 

 テノールの寂しげな様子が、ブレンダに罪悪感を覚えさせた。

 ブレンダは今、羞恥心と罪悪感の板挟みになっている。

 

「それじゃあ、またな。元気で」

「ま、待ってください!」

「……ん?」

 

 去り行く背中に、ブレンダは声を叩きつけた。

 それで、テノールの振り向かせる事ができたのだ。

 しかし、長くは続かないだろう。

 次の言葉が大事だと、ブレンダは直感する。

 その直感に追い立てられ、なかば焦らされていたブレンダが発した言葉は――

 

「わ、私と、付き合ってください!!」

 

――何故か、愛の告白のような言葉だった。

 言い放った一瞬の後、自身が何を口走ったのか認識したブレンダ。

 ついに彼女は耳まで真っ赤に染め上げた。

 あまりにも悲しい事故だったが、その悲しさはこれだけで終わらない。

 

「……?どこか一緒に行きたい所があるのか?」

 

 テノールがその言葉を愛の告白と認識しないという、少女の羞恥心に追い打ちが入るのだ。

 ブレンダの心は、もう耐久値が(れい)である。

 

「は、はいぃ……」

 

 案の定、ブレンダは目に涙を溜めたまま、言葉の解説も訂正もできない。

 話の流れにただ乗る事しか、ブレンダにはできなかったのだった。

 

 

 

 という事で、話の辻褄を合わせるべく、ブレンダは急遽行きたい場所を決めた。

 その場所は、王都ドラクルの観光名所にもなっている、アルト自然公園。

 名前にある通り、建国王アルトによって作られた、自然豊かな公園だ。

 公園の所々には、建国王アルトが好んだとされる桜と紅葉(もみじ)が植えられている。

 残念ながら、桜の花びらはすでに散っており、紅葉は青々としていた。

 公園が最も盛況な見頃の時期は逸しているのだ。

 だが、ブレンダたちには反って都合が良かったろう。

 

「自然公園の真ん中で食事か」

 

 こんな時期でなくては、敷物を広げて落ち着く事はできない。

 そう。テノールとブレンダは草原(くさはら)の上に敷物を広げ、そこに腰を落ち着けているのだ。

 ついでに、この場で弁当を広げて食事をする予定となっている。

 その弁当は別にブレンダの手作りではなく、自然公園内の商店で売られていた物だが。

 

「は、はい。たまには良いかと思って……」

「ああ、中々悪くないよ」

 

 ブレンダの選択は功を奏したようだ。

 付き合ってもらいたい場所として、テノールに不審がられていない。

 同時に、好感触を得ている。

 

「弁当も結構美味しそうだし、食事にしようか」

「そうですね。いただきましょう」

 

 2人は自然の清涼な空気に包まれながら、弁当に口を付ける。

 自然の静かさに合わせ、静かに食事する事もできただろう。

 だが、せっかく同郷の友と居るのに、なんの話もしないのは勿体ないと、テノールは話題を振る。

 

「ブレンダ、3番隊ではうまくやっていけてるかい?」

 

 ただ少し、振る話題が良くなかった。

 ブレンダにとって、その話題は嫌な事を連想させるモノだったのだ。

 

「……ごめんなさい」

「……ブレンダ?」

 

 ブレンダが突然謝罪を呟いて顔を伏せるものだから、テノールはブレンダの顔を覗き込もうとした。

 それを防ぐように、ブレンダは顔を覆う。

 悲しみに歪んだ顔を、ブレンダは見せたくなかった。

 それでも両手程度では涙を堰き止める事ができず、隙間から零れ落ちる。

 何よりも悲しんでいる証明が、両手より零してしまったのだ。

 

「ブ、ブレンダ?」

「ごめんなさい、テノールさん……。私、研究者として全然うまくやれてなくて……!」

 

 ブレンダはテノールが振った話題から最近の個人研究を連想し、行き詰まった状態である事を悲しんでいた。

 テノールに見出してもらったのに、こんな事もできないのかと。無力感が、再度ブレンダを蝕み出したのだ。

 

「才能があるって、農村に置いておくのは勿体ないって……。テノールさんは、言ってくれたのにっ……。私、全然何もできなくて……」

 

 無力感がブレンダの中に溜まり、涙を押し出していく。

 もう涙は止められない。

 

 されど、その涙の意味は、きっと変えられるはずだ。

 

 ブレンダの頭に、何かが乗せられる。

 

「……え?」

 

 ブレンダは思わず両手を覆っていた手を外し、顔を上げた。

 そうすれば、ブレンダの視界に微笑むテノールが映る。

 テノールの手が、自身の頭に伸びている事も視認する。

 でも、理解はできなかった。

 ブレンダには、何故テノールに頭を撫でられているのか、理解できなかったのだ。

 

「頑張ったな、ブレンダ」

「わ、私は、何も……」

「俺の期待に応えようと、頑張ってくれたんだな」

「……っ!」

 

 ブレンダは、息を呑んだ。

 一瞬、嬉しくて呼吸が止まってしまった。

 だって、一番認めて欲しい人に、認めてほしいところを認めてもらえたのだから。

 その瞬間、涙の理由が変わる。

 

「テノール、さんっ……」

「ありがとう、ブレンダ。俺のために頑張ってくれて。でも、頑張りすぎは、良くないぞ?ちょっとくらい休まないとな。大丈夫。ブレンダなら、休んだ後にまた頑張れるさ」

「はい……、はいっ……」

 

 ブレンダは、嬉しくて涙が止まらなかった。

 止まらなくてどうしようもなくて、泣き止むまでしばらく、テノールに頭を撫で続けてもらうのだった。

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