100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 作:RAINY
「そ、それじゃあ!また今度!」
「ああ。またな、ブレンダ」
ブレンダと俺はお別れの挨拶を告げ合い、ブレンダが走り去っていく。
ブレンダとの再会は、それで終わってしまった。
ブレンダが買い出しを行っているところに出くわし、その買い出しが終わったら今日は休みだと聞いて、昼食を一緒に取っていたのだが。
昼食を取った後、ブレンダは急用を思い出したという事で、解散となったのである。
俺としてはもうちょっと話したかったが、仕方ないだろう。
なんて言ったって、ブレンダは号泣してしまったのだ。
俺は必死に慰め、どうにかブレンダの涙を止めた訳だが、ブレンダとしては気まずいはずだ。
友の前での号泣、しかも公共の場でのお披露目。
泣き止んで冷静になった頭でその惨状を振り返れば、気まずくなるのも無理はない。
しばらくは、そっとしておこう。
(……)
物凄く物申したそうな目でこちらを睨んでくる亡霊が居るが、いったいなんだ。
(亡霊じゃねぇ。……いや、まぁ、オレは相変わらずあの嬢ちゃんが哀れに思えちまうよ)
エクスカリバーの哀れみも、分からなくはない。
ブレンダは身の丈に合わない功績を求め、切羽詰まっていたのだ。
ブレンダのあの生真面目さは美徳だが、気真面目すぎて今後も難儀するだろう。
その気真面目さはブレンダの勤勉さに繋がっているのもあり、魔術研究家としての大成を望むなら、切っては捨てられない。
我が同郷の友ながら、哀れだ。
(……そうじゃねぇんだけどなぁ。……どうすりゃ良いんだ?これ)
同意したはずなのに、何故だか否定された。
俺にはエクスカリバーが分からない。
ならもう放っておこう。
とりあえず。俺も今日は貴重な休日だ。
無駄にするべきではないために、王都を練り歩こう。
湯屋での湯治なんか、良いかもしれない。
そうして、歩き出そうとした時だ。
「そこのあんさん、ちょっとええか?」
俺は、誰かに声をかけられた。
しかも、王都では全く聞かない方言のそれ。
パローナやパンデモニウムの一部地域で使われているような、特徴的な方言だ。
その発生先に振り返れば、これまたその地域の特徴的な着衣、
腰に毛布のような物を巻き付けているため、俺の知る女袴とは少し差異があるが。
とにかく、視線は俺と合致しているし、声をかけたのは彼女で間違いない。
「俺に何か御用ですか?」
「当然。遠路はるばるラビリンシア王都まで来たさかい、噂の勇者に声かけんで何しに来たっちゅうねん」
どうやら、俺を勇者テノールと察して、袴の女性は声をかけたらしい。
『遠路はるばる』という事は、やはりパローナやパンデモニウムの出身か。
(気配的に人間じゃねぇな。まぁ、パンデモニウムは魔物の国だから、別に不思議でもねぇだろ)
パローナにも魔物が少数暮らしているという話を聞く。
ラビリンシア建国記念祭も近いから、それらの国からラビリンシア観光に来てもおかしくはない。
「他国からの客人でしたか。ようこそ、ラビリンシアにお越しくださいました。僭越ながら、俺がこの国を代表して、お礼申し上げます」
「なんや、嬉しい事してくれるやないの。かの勇者にお礼言われただけで、この国に来た甲斐があったわぁ」
観光客という事で、俺はその女性を歓待した。
そうすれば、その女性は微笑みを返してくれる。
この程度で美人の微笑みを貰えるなら、安いものだ。
「改めまして、麗しい貴女。俺はテノール。ラビリンシア、そしてミナ・ミヌエーラより勇者の称号をいただいている者です」
「ご丁寧にどうも。ウチはクミホ。悪いんやけど、ウチの身分や出身は伏せさせてもらえんやろか。こう見えてお忍びできとんねん」
袴の女性、クミホは申し訳なさそうに、自身の詳細を秘匿する事を願い出た。
俺の自己紹介に対する返礼として、その秘匿が失礼になると思ったのだろう。
だが、そういう思慮が巡る時点で、クミホは失礼な人ではない。
失礼な奴っていうのは、まず申し訳なさそうにしたりはしないのだ。
(おい、一瞬こっち見なかったか?)
全然?
被害妄想など止めて欲しいものだが、そんな事より目の前の美人だ。
「構いません。休暇の日くらい、普段の重圧から解放されたい。そういう気持ちは理解できます」
俺は礼儀を失さぬクミホの気持ちを汲み取り、クミホの願いを聞き届けた。
多少の失礼には目を瞑る。それが紳士というモノだ。
「あんさんの心が広くて助かるわぁ。でも、『気持ちは理解できる』ちゅう事は、あんさんもそういう時があるん?」
「まぁ、勇者と褒め称えられてはいますが、所詮はただの人なので」
勇者にも人間らしいところがある。
そういうのを明かしていかないと、道具の如く使われてしまう事を俺は学んだ。
主にバーニン王の俺に対する扱いから。
「勇者も人の子、ちゅう事やな」
「勇者像を壊してしまっていたら、すみません」
「そんな謝らんとってぇ。ウチはそんな事考えてへんよ。むしろ、人間らしくて親しみが湧くわ」
クミホは俺に穏やかな対応をしてくれた。
勇者に偏見など、クミホは抱いていなかったようだ。
クミホは等身大の俺を受け入れてくれている。
(等身大?)
煩い。
「でもそうやなぁ、そんなんやったら……。ウチんとこ、来ぉへん?」
急に、クミホの雰囲気が変わった。
穏やかに微笑んでいたその表情が、微笑みを崩さぬまま目を鋭くしたのだ。
その鋭い目で、クミホは俺を狙っている。
「……どういう意味ですか?」
「ウチの傘下に入らんかっちゅう意味や。楽させたるし、欲しいもんはなんでもやるでぇ。金、名誉、女……。なんやったら、ウチの体とか、いらへん?」
クミホの提案は、すごく魅力的だった。
だが、クミホは俺を傘下に加え、俺に何をさせたいかは明言しなかったのだ。
その点が全てを台無しにしている。
「お断りします」
故に、俺は迷いなく断れた。
何をさせるつもりか、そういう細部を秘密にする組織に、所属するつもりはない。
そういう組織は得てして、非合法を生業としている組織だ。
「くふふ、怒らせてしもうたかなぁ。でも堪忍な?可愛い子は揶揄いたくなる性分なんや」
「大丈夫ですよ?冗談なのは明白でしたから、その程度で腹を立てたりしません」
「なんや、冗談なんは見抜かれとったんか」
「もちろん」
冗談であった事を強調し、お互い先程のやり取りが冗談だった事にした。
俺も相手も、その方が平和なのだ。
「クミホ様!!どこに居らっしゃいますか!!」
「あ、いけん。連れを置いてきてたんやった」
クミホの名を呼ぶその大声に、クミホははっとしていた。
その大声は連れのモノらしく、その声を聞いて連れの事を思い出したのか。
「すんまへん。連れと合流せんと雷を貰うさかい、この辺で」
「ええ。どうか王都ドラクルを堪能していってください」
「あんがと、テノールはん。そうさせてもらうわ」
俺とクミホは和やかに手を振り合い、それからクミホは連れの下へと向かっていく。
訳ありで妖艶な観光客と、俺はそうやって別れたのだった。