100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第九節 きょうこう

 パローナ教皇の紋章を飾る馬車が俺の傍で停まり、その扉を開ける。

 最初に出てきたのは、司祭平服を纏った男性である。

 その男性が馬車の主という訳ではない。

 その男は主であろう者お抱えの護衛だ。

 その事を表すように、慎重に周りを窺ってから扉を全開にし、その扉の横に待機した。

 

 次に出てくるのが、大本命だ。

 ゆっくりと、その人物が姿を露にする。

 先に出てきた男性と似たような司祭平服を纏った女性。

 だが、ストラと呼ばれる帯、それも金色の糸が編まれた豪華なそれを首から下げている。

 そのストラが、パローナでも高位の聖職者である証。

 さらにその人物は、己が最上位の聖職者である証も、携えていた。

 その女性の背中には、羽が生えているのだ。誰もが見惚れる、純白の聖なる翼が。

 その翼は歴史上に2体しか居ないエンジェルという種族の象徴であり、同時にパローナ教皇である事を如実に示す証拠なのだ。

 そう。彼女こそが現存する唯一のエンジェル。パローナを治める者にして、『始まりの六柱』信仰教皇。

 エクラタント教皇猊下、その人である。

 

(教皇が祭りを観光に来る事自体、なかなかの異常事態だが……。何をしに、ここに停まった)

 

 相手は教皇。大それた理由がなければ、パローナを離れる事はない。

 そんな人物が今、ラビリンシアのホッタン領に居て、魔物掃討に当たっていた近衛兵と冒険者の前に停まった。

 ラビリンシアまで来た理由は不明だが、ここに停まった理由は、ある程度予想できる。

 その予想を裏付けるように、エクラタントは俺の方へと歩み寄ってきた。

 

(だよな!そうなるよな!)

 

 近衛兵総長が居ればともかく、ここに居るのは1番隊副隊長ウィンである。

 教皇がわざわざ馬車から顔を出してまで、副隊長に挨拶はしないだろう。

 となれば必然、挨拶をする相手は勇者の俺になる。

 でもまさか、こんな所で教皇と出くわすとは。いったいどういう偶然なのか。

 

 そんな背中に汗をかいている俺を一切気にせず、エクラタントは俺の眼前まで迫る。

 

「お初にお目にかかります、エクラタント教皇猊下。ご存知かもしれませんが改めて。俺はラビリンシアとミナ・ミヌエーラから勇者の称号をいただいた、テノールと言う者です」

「……」

 

 先手を打ってこちらから挨拶してみたのだが、何故だがエクラタントは俺を注視したまま黙っている。

 何か、気に障るような事をしただろうか。先に挨拶は(まず)かったか。

 神聖さすら帯びる美貌の女性と見つめ合うのは好きな方だが、教皇に睨まれていると考えると背中の汗が滝のようになりそうだ。

 

 と、内心焦っていた俺の体を、エクラタントの翼が包み込み、彼女の腕が抱え込んだ。

 

「え、ちょっ、何を!?」

 

 俺は一瞬何をされたのか分からず、慌てるだけで藻掻く事はできなかったのだ。

 しかし、それで良かったかもしれない。相手が敵意を持っていた訳ではないのだから。

 では、どういう意図でエクラタントが俺を抱え込んだかと言えば――

 

「何この子!めっちゃ可愛いじゃん!」

 

――好意によって俺を抱え込んでいたのだ。

 好意は好意でも、恋愛ではなく愛玩の方だろうが。

 

「あ、あの……」

「すっごい活躍してるしぃ、双王ちゃんたちも認めてたからどんな筋肉盛り盛りマッチョマンの変態かと思ってたけどぉ。実際はこんな少年、それもどこか垢ぬけない初々しい子なんて!私ぃ、思わずときめいちゃう!」

 

 こっちが困惑しているのも意に介さず、エクラタントは可愛らしい人形にでもするかのように頬ずりしてきた。

 およそ威厳ある教皇がして良い態度ではないが、よりによってその教皇がしているのだから、俺は拒む事もできない。

 

(と、言いつつお前も楽しんでんだよな。肌とか胸とか)

 

 密着して押し付けられているのだ。楽しまなければ失礼になる。

 

(お前の失礼の基準どうなってんだ)

 

 こうなってるんだが。

 

「ねぇねぇ君ぃ、お姉さんの子にならない?今なら色々特典付けちゃうよ?」

 

 好き勝手俺を弄り倒しているのに、あまつさえ俺をパローナ旗下に勧誘してきた。

 最近美人にお誘いされる事が多い気がする。

 男冥利に尽きるものだ。

 

「教皇猊下、勇者を引き抜くのは国際問題かと。勇者テノールを引き抜けば、ラビリンシアだけでなく、ミナ・ミヌエーラとの関係も悪化します」

 

 これ以上の勝手は見過ごせなかったのか、司祭平服の男性が抑えにかかった。

 国際問題までなりかねないなら、抑えにかかるのは当然だが。

 

「ちぇ、名残惜しいけど仕方ないか。……もしかして、私が引き抜けないようにグウィバーは唾を付けたの?だったら独り占めなんてさせない!私にも分け前を寄越しなさい!」

 

 男性の抑えも入ったのだから、そろそろ解放するはずだろう。

 残念ながら、この教皇はしないらしい。

 どこまでも我を通して俺を強く抱きしめている。

 さすがは『始まりの六柱』信仰教皇。己の欲望に殉ずる教えを説く邪神も、伊達に信仰していない。

 『始まりの六柱』を全て信仰している訳だから、もしかしたら下手な過激派より(たち)が悪いかもしれない。

 

「教皇猊下。耳目のある場所ですので、どうかお控えください」

「待って、せめて10秒待って。最近男の子成分が足りてないんだから」

 

 結局男性は教皇を抑えきれず、教皇は凶行に走る。

 俺はその凶行を甘んじて受け止めるのだった。

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