100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

158 / 221
第十節 ほのかに香る、燻りの匂い

 エクラタント教皇に抱きしめられた後。

 

「すぅ……はぁ……。あぁ、良いわぁこの香り……。少年らしい青臭さに勇者らしい汗臭さが混じってる感じ……。ちょーたまんない……」

 

 俺は最終的に馬車内へと連行された。

 しかも相変わらず抱きしめられ、匂いまで嗅がれている。

 

「申し訳ありません、勇者テノール。教皇猊下はご乱心召されたため、しばらくは我に返らないかと」

 

 お抱えの護衛である司祭平服の男性は、慌てるでも呆れるでもなく、平静に謝罪していた。

 教皇の凶行はそういうモノとして、はるか昔に諦めたのかもしれない。

 

「俺は、まぁ、構いませんが。苦労、されているようですね……」

「お心遣い、痛み入ります」

 

 俺が苦笑を向ければ、司祭平服の男性は同調してわずかばかりか苦笑を返した。

 この男性、ランテ程感情が出ない訳でもないようだ。

 

「なぁにぃ、人を狂ってるみたいに扱って。私は正常。ただちょっと、仕事の疲れを少年成分で癒したくなるだけ」

「世間一般では、それが狂っているまたは異常と称されます。その事については、留意いただきたく」

「分かった、分ぁかった。もう5分吸ったら止めるから」

 

 世間一般を留意してなお、エクラタントはもう5分程異常行動を続けるらしい。

 最初は10秒だったのに、大分伸びたものだ。

 

「勇者テノール。確認ですが、このまま王都までご同行いただけるという事で、お間違いないでしょうか」

「ええ、それで合っています。冒険者依頼は完遂しましたし、特例ではありますが、後日報酬を貰えるように取り計らってもらいましたので」

 

 そう。俺は男性が確認した通り、このままエクラタントの馬車に乗って王都ドラクルに帰るのだ。

 報酬は依頼主が国という事もあり、ウィンとベアウが融通してくれた。

 普段はそんな特例措置が取られる事などないが、教皇のご乱心という事で、本当に特例である。

 

「これから長時間一緒に居られるなんて……。私、お持ち帰り我慢できるかな……」

「ご安心ください、教皇猊下。その場合は小生が気絶させますので」

 

 教皇が衝動で俺を攫いかねない事と、その護衛が気絶させねば止まらないかもしれない事。

 それらについて俺は戦慄する。

 この教皇、平常時は大丈夫なのだろうか。自国で少年誘拐を繰り返し、権力で揉み消しては居ないだろうか。

 

「まぁ、冗談はさておき……」

「……」

 

 エクラタントが『冗談』と言ったのに、男性は一瞬渋い顔をした。

 男性には冗談に聞こえてなかったのだろう。

 つまり、この教皇が本気で俺を攫い得るのか。何それ怖い。

 

「遅ればせながら、自己紹介をさせていただきます。(われ)はパローナを治める者。『始まりの六柱』信仰教皇にして、『主神スタッカート』の血を継ぐ者、エクラタント」

 

 エクラタントは真面目な雰囲気を纏い、一人称を『私』から『吾』へ変え、表情も引き締めた。

 だけど相変わらず俺を抱きしめているため、空気が締まらない。

 

「僭越ながら小生も。小生はコーメスタ。教皇直属の護衛をしております」

「俺の方も改めまして。ラビリンシアとミナ・ミヌエーラから勇者の称号をいただいております、テノールと言います」

 

 俺はしっかり話を聞いてくれるだろう男性、コーメスタに向かって2度目の自己紹介をした。

 1回目は教皇の凶行で台無しになったから、念のためだ。

 

「ちょっとぉ、私の方を見て自己紹介してよぉ。無視されてるみたいで嫌なんだけどぉ」

 

 そんな事をしたら、教皇が拗ねだした。

 さっきまでの真面目な雰囲気も全然保っていないし、この教皇は色々と駄目かもしれない。

 

「では、エクラタント教皇猊下。貴女様に訊きたい事があります」

 

 このまま拗ねられ続けるのも面倒だから、エクラタントが真面目に受け応えてくれそうな話題を振る事にした。

 丁度気になっている事が、俺にはあるのだ。

 

「何々?お姉さんなんでも答えちゃうよ?」

「お言葉に甘えて。……何故、教皇本人がラビリンシアに?」

 

 この話題は本命ではないが、まずはその本命への誘導だ。

 ドラクルまでは数日かかるため、時間は無駄にある。焦る必要はない。

 

「ただの羽根伸ばし。教皇にも休みは必要じゃん?」

 

 エクラタントは笑顔で答えてくれたが、おそらくは嘘だ。

 如何に重要な役職持ちでも休憩が必要である、という意見には同意する。

 でも、そんな理由で国の長が他国に出て来られるはずはない。

 臣下たちを納得させられる理由が、絶対に必要なのである。

 俺はその理由を聞き出すべく、次の手を打つ。

 

「そうなんですか?俺はてっきり、バーニン国王陛下と重要な話し合いをするものかと……」

「まぁせっかく来たんだし、ちょっとバーニン王とはお話しするだろうけど。そんな大変な事柄ではないかなぁ」

 

 まだエクラタントは笑顔だ。

 この程度では揺るがないか。ならばもっと揺らすとしよう。

 

「そうでしたか、安心しました。最近、パンデモニウムの高官らしき人物ともラビリンシア内で接触しましたので、各国が我が国と話し合わねばならない事があるのかもしれないなんて、勘違いしてしまいました」

「……パンデモニウムが?」

 

 エクラタントの笑顔は崩れた。

 どうやら、引っ掛かったようだ。

 『パンデモニウムの高官らしき人物』とは、この前あった特徴的な方言の女性、クミホの事だ。

 と言っても、クミホがパンデモニウムの高官である確証はない。

 あくまで、身なりの良さとお付きが居た事から推測したものだ。

 なのだが、国の上位層を揺さぶるにはこれで充分。

 他国が動いていると知れば、そういう連中は勝手に妄想を膨らませ、深読みしてくれる。

 そういう俺の予想通り、エクラタントは抱擁を解いてまで、思考に没頭し始めているのだ。

 

「……コーメスタ、パンデモニウムが秘密裏に動いていた可能性は」

「低いでしょうが、あります。元よりラビリンシアに対して、何かを企てているという情報は入っておりますので。ですが、公的会談の準備をしている様子でしたので、もっと大々的に動くかと」

「そうよね……。会談なら、あっちも潜入する必要はない……。それでは痛くない腹を探られてしまう……。とすると、他の国が欺瞞情報を流そうとしている……?それともやはり魔王軍が……」

 

 国家首脳らしく、エクラタントとコーメスタは頭を回しだす。

 でも、そこまで俺は耳にしたくなかった。

 これ、地味に重要な情報を聞かされているだろう。

 

「あの、俺の前でして問題ない話でしょうか」

「あ、ごめん。君を除け者にしちゃったね。……うん、決定的な情報がないし、一旦保留で。今は君を精一杯構わなくちゃねぇ」

 

 本命は聞き出せなかったが、仕方ない。

 この辺りで中断するのが自身のためだ。

 そうして俺は、再開された教皇の抱擁に身を任せるのだった。

 

(女の柔肌感じられて、ご機嫌は如何だ。なぁおい、下衆野郎)

(お前がやっかみを入れてこなかったら、最高な気分だったよ)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告