100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第十六節 暗躍の影

 この国は腐敗している。

 

 それがラビリンシア王国に対する、鎧を纏った者の感想だった。

 粗暴な者を放置し、大通りに蔓延(はびこ)らせているのがその証拠であると、その者は信じて疑わなかった。

 その国に選ばれた勇者も、目の前の悪を裁かず暢気な始末。

 

「何故、何故だ……。何故、このような腐敗がまかり通っている……。何故誰も裁かず、何故誰も見過ごす」

 

 その者は憤りを感じていた。

 ドラクルが、この都が、ここまでの無法地帯と化している事。そんな事は、断じて許容できなかったのだ。

 

「人は罪を犯す生き物だ。ならばこそ、人が罪を犯さぬように、厳しく縛り付けねばならない……。罪を犯した者が2度と罪を犯さぬように、厳しく裁かねばならない……!」

 

 憤りが滲み出て、声として漏れていた。

 幸い、人通りのない裏路地であるため、空に虚しく溶けていく。

 なのだが、1人だけには、その声が届いていた。

 

「随分と目立った行動をしたようですね」

 

 鎧を纏った者の背後に、いつの間にか誰かが立っていたのだ。

 

「……何者だ」

 

 振り向けば先に居るのは、侍従の服を着た女性。

 しかし、気配が侍女のそれではない。

 ただならぬ感情を秘めた、そういう負の気配をわずかに漂わせている。

 

「『堕天の翼は我らの下に舞い戻った』」

「……貴様か、ロス」

 

 暗号のような言葉に、鎧を纏った者は得心した。

 この侍女はロスの分身。ラビリンシアに潜入し、侍従に扮しているリビングドールなのである。

 

「エッフィとお呼びください。今の私は潜入中の身であるため、万一にも露呈したら困ります」

 

 物腰はロス本体からかけ離れているが、このリビングドールはそのように製造された個体なのだ。

 もちろん、正体を暴けばロスの本性が露となるだろうが。

 

「話を戻します。貴女もラビリンシアに潜り込んだ身であると言うのに、随分と目立ったようですね?困りますよ、エリー。魔王軍幹部の1体として、自覚はお持ちですか?」

「私は貴様らを利用しているだけだ。この国を取り戻すために」

 

 親しいとまではいかないが、殺気立っていないやり取りを魔王軍幹部のロスとする者、エリー。

 そう。彼女も魔王軍幹部の1体なのである。

 そして今更であり、エリーは女性だった。

 鎧で体型も顔も隠れており、兜のせいで声がくぐもっているため、女性のモノと判別は付きづらい。

 

 特に重要でない部分はその辺りにしておいて。重要なのは、エリーの忠誠心についてだ。

 エリーの発言通り、エリーは魔王に対して全く忠誠心がない。

 あくまで、目的を達するまでの協力関係である。

 その目的が、国の奪取だ。

 

「『この国を取り戻す』、ですか。1000年以上も前の事が、それ程大事ですか?ポナーの女王様?」

 

 ロスの分身、エッフィはエリーの執着を嘲笑した。

 はるか昔に滅びた国を、未だなお思い続けるエリーが、エリー・ポナー・ドラクルが、エッフィには愚かな道化と映っている。

 守るべき民も仕えていた家臣も死んでいる。

 そんな国に、いったい何を思うのか。エッフィには分からず、可笑しかったのだ。

 

「私はこの地に生を受け、清く正しい国を作ると誓ったのだ」

 

 エリーは過去に囚われているのではなかった。

 己の立てた誓いに囚われていたのだ。

 

 清く正しい国を作ると生まれ故郷に誓った。

 清く正しい国を作るために、かつて厳罰と粛清を繰り返した。

 生まれ故郷に誓ったために、この土地から偉業を始めねばならない。

 それがエリー・ポナー・ドラクルの行動原理である。

 

「左様でございますか。ご苦労な事にございますね?」

 

 エッフィには可笑しくてたまらず、ついつい軽口を叩いてしまった。

 だって、結局は執着なのだ。

 しかも、より質の悪い執着。

 その誓いを果たすためなら、魔王という巨悪と手を組む事も(いと)わない、誓いとの不整合さもある。

 こんな狂った人物を、エッフィは揶揄わずに居られなかったのだ。

 

「貴様、私を愚弄するか」

「お互いを尊重するような間柄ではないでしょう。私の本体と貴女様は、仲がよろしくないのですから」

 

 エリーとロスはどうにも意気込みや性格が噛み合わず、その関係は険悪だった。

 殺気立っていなかったはずのやり取りには、徐々に剣呑な空気が漂いだしている。

 

「くだらん。ただ煽りに来ただけならば、早々に失せよ」

 

 怒りは溢れつつあるエリー。

 それでも彼女は、武器を構えなかった。

 大通りで騒ぎを起こし、悪目立ちした自覚はあるからだ。

 さらに悪目立ちし、近衛兵たちに目を付けられ、あまつさえ賞金首となるのは避けたいのである。

 

「ご自身の任務は忘れていないようで安心しました。ですが念のため忠告を。騒ぐのは勘弁願います。幹部を潜入させるのは、今回が限度でしょうから」

 

 エッフィはエリーの堅実な行動に安堵しながら、念を押しておいた。

 今回エリーが任務を果たせなければ、さすがに次はない。

 ラビリンシアの警備は厳重になり、潜入は困難を極めるだろう事が予想されるのだ。

 

「承知している。この任務は、私の悲願を成す第一歩となるのだ。失敗はせん」

「そうである事を祈ります。それでは」

 

 エリーの覇気を見定め終えたエッフィは、一礼して侍女の体裁を保ってから、建物の影へと消えていった。

 エリーはエッフィの気配が完全に消えたのを知覚するまで、エッフィの行く先を睨み続けるのだった。

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