100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 作:RAINY
この国は腐敗している。
それがラビリンシア王国に対する、鎧を纏った者の感想だった。
粗暴な者を放置し、大通りに
その国に選ばれた勇者も、目の前の悪を裁かず暢気な始末。
「何故、何故だ……。何故、このような腐敗がまかり通っている……。何故誰も裁かず、何故誰も見過ごす」
その者は憤りを感じていた。
ドラクルが、この都が、ここまでの無法地帯と化している事。そんな事は、断じて許容できなかったのだ。
「人は罪を犯す生き物だ。ならばこそ、人が罪を犯さぬように、厳しく縛り付けねばならない……。罪を犯した者が2度と罪を犯さぬように、厳しく裁かねばならない……!」
憤りが滲み出て、声として漏れていた。
幸い、人通りのない裏路地であるため、空に虚しく溶けていく。
なのだが、1人だけには、その声が届いていた。
「随分と目立った行動をしたようですね」
鎧を纏った者の背後に、いつの間にか誰かが立っていたのだ。
「……何者だ」
振り向けば先に居るのは、侍従の服を着た女性。
しかし、気配が侍女のそれではない。
ただならぬ感情を秘めた、そういう負の気配をわずかに漂わせている。
「『堕天の翼は我らの下に舞い戻った』」
「……貴様か、ロス」
暗号のような言葉に、鎧を纏った者は得心した。
この侍女はロスの分身。ラビリンシアに潜入し、侍従に扮しているリビングドールなのである。
「エッフィとお呼びください。今の私は潜入中の身であるため、万一にも露呈したら困ります」
物腰はロス本体からかけ離れているが、このリビングドールはそのように製造された個体なのだ。
もちろん、正体を暴けばロスの本性が露となるだろうが。
「話を戻します。貴女もラビリンシアに潜り込んだ身であると言うのに、随分と目立ったようですね?困りますよ、エリー。魔王軍幹部の1体として、自覚はお持ちですか?」
「私は貴様らを利用しているだけだ。この国を取り戻すために」
親しいとまではいかないが、殺気立っていないやり取りを魔王軍幹部のロスとする者、エリー。
そう。彼女も魔王軍幹部の1体なのである。
そして今更であり、エリーは女性だった。
鎧で体型も顔も隠れており、兜のせいで声がくぐもっているため、女性のモノと判別は付きづらい。
特に重要でない部分はその辺りにしておいて。重要なのは、エリーの忠誠心についてだ。
エリーの発言通り、エリーは魔王に対して全く忠誠心がない。
あくまで、目的を達するまでの協力関係である。
その目的が、国の奪取だ。
「『この国を取り戻す』、ですか。1000年以上も前の事が、それ程大事ですか?ポナーの女王様?」
ロスの分身、エッフィはエリーの執着を嘲笑した。
はるか昔に滅びた国を、未だなお思い続けるエリーが、エリー・ポナー・ドラクルが、エッフィには愚かな道化と映っている。
守るべき民も仕えていた家臣も死んでいる。
そんな国に、いったい何を思うのか。エッフィには分からず、可笑しかったのだ。
「私はこの地に生を受け、清く正しい国を作ると誓ったのだ」
エリーは過去に囚われているのではなかった。
己の立てた誓いに囚われていたのだ。
清く正しい国を作ると生まれ故郷に誓った。
清く正しい国を作るために、かつて厳罰と粛清を繰り返した。
生まれ故郷に誓ったために、この土地から偉業を始めねばならない。
それがエリー・ポナー・ドラクルの行動原理である。
「左様でございますか。ご苦労な事にございますね?」
エッフィには可笑しくてたまらず、ついつい軽口を叩いてしまった。
だって、結局は執着なのだ。
しかも、より質の悪い執着。
その誓いを果たすためなら、魔王という巨悪と手を組む事も
こんな狂った人物を、エッフィは揶揄わずに居られなかったのだ。
「貴様、私を愚弄するか」
「お互いを尊重するような間柄ではないでしょう。私の本体と貴女様は、仲がよろしくないのですから」
エリーとロスはどうにも意気込みや性格が噛み合わず、その関係は険悪だった。
殺気立っていなかったはずのやり取りには、徐々に剣呑な空気が漂いだしている。
「くだらん。ただ煽りに来ただけならば、早々に失せよ」
怒りは溢れつつあるエリー。
それでも彼女は、武器を構えなかった。
大通りで騒ぎを起こし、悪目立ちした自覚はあるからだ。
さらに悪目立ちし、近衛兵たちに目を付けられ、あまつさえ賞金首となるのは避けたいのである。
「ご自身の任務は忘れていないようで安心しました。ですが念のため忠告を。騒ぐのは勘弁願います。幹部を潜入させるのは、今回が限度でしょうから」
エッフィはエリーの堅実な行動に安堵しながら、念を押しておいた。
今回エリーが任務を果たせなければ、さすがに次はない。
ラビリンシアの警備は厳重になり、潜入は困難を極めるだろう事が予想されるのだ。
「承知している。この任務は、私の悲願を成す第一歩となるのだ。失敗はせん」
「そうである事を祈ります。それでは」
エリーの覇気を見定め終えたエッフィは、一礼して侍女の体裁を保ってから、建物の影へと消えていった。
エリーはエッフィの気配が完全に消えたのを知覚するまで、エッフィの行く先を睨み続けるのだった。