100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第十八節 そこには、職人たちの努力があった

 ラビリンシア建国記念祭が行われる、少し前の事だ。

 

「冗談じゃないわ!」

 

 王立近衛兵3番隊隊長であるマリーが、自室で怒鳴っていた。

 その怒鳴りを、対面していた2番隊隊長であるトリスが務めて平静に受け止めている。

 

「落ち着け、マリー3番隊隊長」

「これが落ち着いていられる訳ないでしょ!どんな無理難題を押し付けているか、貴女分かってる!?」

 

 マリーは無理な要求に対して怒りを覚えていた。

 トリスも無理な要求をしている自覚があるため、正当な怒りとして甘んじて受け止めていたのだ。

 だが、トリスにはここで引き下がれない理由がある。

 

「武闘会の会場建設、及び維持する方法の検討。その王命が2番隊に降っている」

 

 そう。王命が降っており、何よりも優先すべき事項なのだ。

 『検討』と銘打たれてはいるが、トリスは是が非でも成し遂げようとしていた。

 

 トリスは、去年の建国記念祭で魔王軍の急襲に後れを取った事、その失態を重く考えている。

 急襲に後れを取ったのは近衛兵全体の失態であるのだが、特に責任を感じているのはトリスだろう。

 隊長格で一番若いためか、過去の失敗を引きずっているのだ。

 

 故に、今年は王都の防衛も万全に成功させたうえで、もう1つ功績を欲していた。

 そうして都合良くも転がってきた、功績となり得る王命。

 トリスはこの王命を成し遂げる事に心血を注いでおり、引き下がる事ができない。

 

「しかし、維持はおろか、建設も不可能だ。素材を岩で統一したとしても、緻密な構造物を作る事はできない」

 

 なのに、成し遂げる事は到底不可能なのである。

 『ストラグマイト』や『ロックフォール』で一見できそうだが、それらの魔術で自由な形を指定するには、尋常じゃない魔術の才がないと無理だ。

 おまけに、今回生み出す構造物は巨大。大きさ相応の魔力がかかり、それを維持するとなれば、どれ程の莫大な魔力が必要となるか。

 如何に類まれな魔術の才を持ち、人並外れた魔力保有量のトリスでも、そんな魔術は行使できない。

 心血を注いでいるのに、このままでは王へ不甲斐ない返事をしなければならないのだ。

 そんな事はしたくないから、トリスはマリーへ助力を願っている。

 

「だったら国王陛下にそう言いなさい!魔術戦闘を専門とする隊の(おさ)なら、魔術が万能じゃない事くらい知ってるでしょう!」

 

 しかし、助力を願われている方はこの通りだ。

 無理なモノは無理だと、助力を頑なに断っている。

 薄情に思えるかもしれないが、マリーはとても正しい。

 魔術は万能ではない。魔術に明るい者程、その真理を痛いくらい理解する。

 理解しているからこそ、トリスは固く結んだ唇の下で、強く歯噛みしていた。

 自身より魔術に明るいだろうマリーならと、その真理を忘れてでも縋ったのだ。

 そんなマリーからもその真理を突き付けられてしまえば、トリスが言い返せる言葉はなく、王命達成の希望もない。

 

「ほら帰れやれ帰れ。頭を下げられたって金を積まれたって、あたしがしてあげられる事はないわよ。現実を受け入れなさい!」

 

 反論もないなら話す事はない。

 マリーは黙りこくったトリスを、自室から追い出そうとした。

 そんな時、扉が叩かれる。

 

「あの……。話し合いなら喉が渇くかと、珈琲(コーヒー)を持ってきたんですが……」

 

 わざわざ怒鳴り声の発生源たるマリーの自室に訪れたのは、場の雰囲気を和ませたかったブレンダだった。

 そのために、紅茶でも緑茶でも水でもない、精神の鎮静効果が期待されている珈琲を持ってきている。

 

「ありがと、ブレンダ。でも、話し合いは終わったわ。複雑な構造物は魔術で建設及び維持できるかって議論は、不可能って事で結論よ」

 

 無理難題を寄越してきたトリスへ、マリーは皮肉を込めるべく話し合いの内容を雑に明かした。

 それが、解決の糸口になる。

 

「え……?できるんじゃないですか……?」

「は?」

「ん?」

 

 ブレンダは間違った結論に、自信がなさそうにしながら異議を唱えた。

 思わず、マリーとトリスは間抜けな声を上げ、半ば呆然とする。

 

「え?あの、だって……。マリー隊長も一緒にそういう魔術を目にしましたし、それを行使していた魔道具を確保しましたよね……?」

「……」

 

 ブレンダに指摘され、マリーは記憶を探り始める。

 マリーがブレンダと共に行動した事は少ないため、記憶の探索はそう時間がかからないだろう。

 

「……あたしは馬鹿だ!!!」

 

 実際、そんなに時間はかからなかった。

 すぐに探り当てられたマリーは、その記憶が頭から抜け落ちていた自身を叱責した。

 でも仕方がないかもしれない。

 その魔術はいらない技術として、頭の奥底に追いやってしまったのだから。

 倫理的な問題で普及しないからいらないと判断した、クローンホムンクルスを用いたその魔道具技術を。

 

「レヴィのダンジョン生成魔術!彼女のクローンホムンクルスを魔道具に組み込んでの強制行使!それなら確かに武闘会の会場くらいなら作れる!魔術式もちゃんと転記してきたし、レヴィのクローンホムンクルスは処分に困って保存したまま!ああクソ、こんな事も思い付けないなんてあたしは本当に馬鹿だわ!」

 

 ヴァンの拠点を形成していたレヴィのダンジョン生成魔術。その魔術を再現する材料は揃っているのだ。

 魔術式もロスの魔道具を解析する一環として、その式構成はほぼ解明されている。

 その技術を使えばトリスの願いを叶えてやれる事に、マリーは今気付いた。

 後は、武闘会の会場を形成するように、魔術式を書き換えるだけである。

 

「うふふふふふ……。トリスぅ、貴女にも共犯になってもらうわよぉ」

 

 忌避されかねない魔道具を使用できる事に、マリーは多少高揚していた。

 しかも、今回は王命を果たすという大義名分があり、他の隊長も巻き込めるのだ。

 罪に問われる可能性は極端に低くなる。

 一応、魔王軍幹部のクローンホムンクルスを用いている、なんて免罪符もある。

 忌避されかねない実験を推し進める要素がここまで揃っていれば、大手を振って実験できる。研究者冥利に尽きるというものだ。

 

「……承知した」

 

 マリーが怪しい実験ができる事に高揚していると察しながら、それでもトリスは頷いた。

 全ては己の名誉と王命のため、悪魔の手を取る。

 

 こうして、マリーとトリスはダンジョン生成魔術の改変を建国記念祭当日までに間に合わせ、一瞬で武闘会の会場を形成する事に成功するのだった。

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