100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第二十三節 下ごしらえ

(エリザの勝ちか)

 

 昨日と同じく特別席にて、俺はエリザとサコンの試合を観戦していた。

 どちらが勝ってもおかしくない試合だと思っていたが、結果としてはエリザの勝利。

 しかも、ヴァンパイア特有の変化魔術を使ってない分、エリザにはまだ余力がありそうだった。

 

(これは、ちょっと(まず)いかもな……)

 

 エリザのあの強さを見ていると、俺も瞬殺される可能性が浮上してくる。

 布石が意味を成す前に、俺が倒されてしまいかねない。

 そうなると計画が破綻する。

 悪以外には本気が出せないと周知されていても、このままでは笑い者にされるかもしれない。

 そうなると、勇者の名誉に傷が付く。

 俺を勇者と認めたラビリンシアとミナ・ミヌエーラに泥を被せたとして、なんらかの処罰が降り得る。

 それだけは絶対に避けたい。

 故に、相手の攻撃が避けられるためにも、せめて体を温めて置く事にする。

 

「バーニン国王陛下、ルーフェ王女殿下。俺は席を外させてもらいます。準備運動くらいは、そろそろしておくべきでしょうから」

「テノール様、いってらっしゃいませ」

「うむ。退席を許可する」

 

 俺は一言断り、ルーフェ様からは暖かく、バーニン王からは事務的に送り出された。

 2人の態度はともかく、許可は貰えたので、俺は憂いなくその場を離れる。

 

(さて、どこで体を動かすか)

 

 準備運動の場を何処にするか思案しつつ、俺は会場の外へと向かう。

 喜ばしい事に、会場の外は目立った建築物がない。

 体を動かす場所に困る事はないだろう。強いて言うなら人の視線に困るかもしれないが、止むなしだ。

 一刻も早く体を温めたい。

 そうして、外に向かっている時だ。

 

「まさか、サコンが負けてしまうなんて、驚きやわぁ」

「面目ない、旦那。あんまり本気も出せんくてな」

 

 聞き覚えのある女声と、聞き覚えのない男声が聞こえてきた。

 しかし、『サコン』と呼ばれていたから、男の方は参加者でもあったあのサコンだろう。

 もう気絶から回復しているのは驚きだが、『サコン』と言う名は珍しく、そうそう被るモノではない。

 なら、参加者のサコンで確定か。

 それで、聞き覚えのある女声の方は、方言が特徴的であるし、声音からも間違いようがない。

 

(やっぱり、クミホか)

 

 曲がり角の先には、あのサコンとクミホが会話している光景があった。

 サコンとクミホは関係者だったらしい。それも、主従関係。

 『旦那』と女性に対して用いるのは不適切なのだが、当人たちにとって問題ないなら指摘する必要はないだろう

 とりあえず、その呼称からクミホが主で、サコンが従なのは明白だ。

 

「あんさんの家系はかなり戦闘向きに調整したんやけど―――」

「旦那、人が来てやすぜ」

 

 邪魔をしようとは全くしてなかったのだが、サコンに俺の接近が察知され、会話を中断していた。

 あまりよろしくないところに現れてしまったか。

 

「ああ、テノールはん。奇遇やなぁ」

「お、噂の勇者様ですかい」

 

 会話を中断させられたにも拘らず、クミホとサコンは俺を邪険にしなかった。

 あまつさえ、俺を会話に加えようと声をかけてくる。

 

「またお会いしましたね、クミホさん。そちらの方とは初めてになりますね。試合、見てましたよ。惜しかったですね、サコンさん」

「いやいや。お見苦しい試合を見せたんじゃねぇかと、心配してやしたよ」

 

 俺が手を差し出せば、サコンは特に疑う事もなく握り返した。

 言葉遣いは多少崩れているが、悪い人ではなさそうだ。

 この感じだと、警戒は無用だったかもしれない。

 

「本当は噂の勇者様と戦いたかったんですが、この(ざま)でさぁ。全く不甲斐ない」

「不甲斐ないなんて。サコンさんはこの武闘会で優勝を狙える実力者でしたよ」

「かかっ!勇者にそう言ってもらえりゃ、実家に錦が飾れるってもんです」

 

 俺の称賛に対し、サコンは気持ちが良い程喜んでくれた。

 実に素直な人だ。この分なら、俺の質問に答えてくれるだろう。

 

「それで、少し訊きたいのですが。エリザという方と戦って、どうでしたか?」

 

 せっかくあのエリザと戦い、しかも瞬殺されなかった人物と会ったのだ。

 所感くらいは聞いておきたかった。

 でなければ、準備運動を差し置いてまで彼らと会話する意味があまりない。美人との会話は気分的に得するが。

 

「勇者様でも、敵を事前調査するもんですかい?」

「敵に対する知識の有無で、勝敗というのは左右しますからね。負けたくないなら、当然調べもします」

「違いねぇ。俺だって、調べられるもんなら調べておきてぇもんだ。よぉし。では、お教えしやしょう」

 

 俺の意見に同意し、サコンは快く口を開く。

 

「人格は傲慢そのものでしたが、油断は一切ありやせんでした。傲慢ですが、慢心はしない。そういや厄介な手合いですね。自信があるから、多少想定外の事があっても揺れず、攻撃に迷いがない。ありゃ上等な戦士だ」

 

 剣を交えてからこそ分かる敵の在り方。それをサコンは教えてくれた。

 そういう事が分かる以上、サコンも上等な戦士だ。

 

「ヴァンパイア特有の魔術を使っていたりは、しませんでしたか?」

「あの選手がヴァンパイアとお気付きでしたか。さすが勇者様。しかし、申し訳ありやせん。使ってこなかった、という事しかお返事ができそうにない。あの御仁の魔術を引き出せなかった事、全く口惜しい」

 

 しおれていく様子からするに、サコンの言葉は真実だろう。

 エリザの魔術、本気を引き出せない事。それについて、サコンは本当に悔しそうに語ったのだ。

 

「ありがとうございます。参考になりました」

「こんなんでお力になれたなら、俺も嬉しいでさぁ」

「なんや、2人で仲よぉ話して。ウチも混ぜたってや」

 

 サコンへの質問が終わったところで、クミホが口を尖らせた。

 会話に混ざれない不満を、少しお茶目に表している。

 

「すみません、クミホさん。俺、戦う前に体を動かしておきたいので」

「自分だけ良い思いしといて、こっちにはさせてくれへんの……?」

 

 クミホはとてもいじらしく、俺との会話を望んでいた。

 とてもそそられるが、ここは我慢だ。

 

「今度、都合が合えば心行くまで」

 

 ここでは我慢しつつ、次に会う機会があればと、俺は約束した。

 こんな美人と話せる機会なら、あまり逃したくはない。

 

「ウチが呼んだら来てくれるん?」

「ええ。先約がなければ、になるでしょうが」

「言質は取ったで。楽しみやわぁ」

 

 俺からした約束に、クミホは深い笑みを浮かべた。

 美人の笑顔に、俺も釣られて笑顔になるのだった。

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