100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第二十四節 雌雄を決す

 武闘会、決勝。

 最後まで勝ち抜いた者がその試合に臨めるのであれば、とある2人がその場に臨むのが順当であろう。

 

「良き戦いにしましょう」

「それは貴様次第だ」

 

 コーメスタとエリーが、もはや予定調和の如く決勝の場で相対している。

 決して、他の者たちが弱い訳ではない。

 だが、この2人に比べれば見劣りしてしまう。

 並び立てるとしたらサコンだけであり、そのサコンはエリーとの試合で敗退した。

 故に、この2人が優勝を争うのだ。

 

 コーメスタとエリーは短い挨拶と軽い握手を済ませ、どちらともなく距離を取る。

 ここまでくれば、言葉は不要だ。

 戦いの場における礼儀は、戦いへの姿勢にある。

 両者とも、そういう意味ではとても礼儀正しい。

 漲る覇気がこの試合にどこまで本気か、如実に表している。

 

「……」

「……」

 

 コーメスタが拳を、エリーが槍を構え、覇気をぶつけ合う。

 気を呑まれれば、少しでも負けると思い込んでしまえば、この勝負は決着が付き得るのだ。

 エリーもそう直感し、サコン戦以上に気を引き締めていた。

 処罰ではなく、戦争であると。どちらが正しいというのではなく、勝った方が正しいのだと、エリーはこの戦いを認識している。

 

「双方、構え……。始め」

 

 ランテが台本通りの進行で、試合の開始を合図した。

 しかし、コーメスタもエリーも動かない。ただ睨み合う。

 サコン戦も含め、開始直後に初撃を仕掛けるエリーも、コーメスタを視界にとらえたまま、微動だにしない。

 そんな静まり返った試合に観客の不満が飛び交いそうなものだが、この試合に限り、皆が固唾を呑んで見守っていた。

 何故ならば、皆がそうすると理解していたからだ。

 攻撃に対する即時反撃が、コーメスタの試合において決め手となっている。

 ならば、エリーがそれを注意するのもおかしくない。

 鎧を着込んでいても、コーメスタの拳には意味を成さない。

 実際、エリーと同じように鎧を着込んでいた者が、コーメスタの拳に沈んでいる。

 衝撃を貫通させる拳法というのも、珍しくはあるが、不思議ではない。

 『武神エフエフ』が遺したとされる武術書に、そういう拳法がいくつも記載されているのだ。

 コーメスタは決勝まで上がってきた強者。

 その拳法をどれか修めていると考えるのが自然であり、エリーもそう考えた。

 だからこそ、この睨み合いの硬直である。

 

「……」

「……」

 

 コーメスタもエリーも、相手のわずかな隙を探す。

 呼吸を深く吐いている時、目を長く閉じている時。そういう、ほんのわずかな隙を、お互いが窺っていた。

 コーメスタは相手が隙と錯覚してくれるよう、そのような動作の真似を随所に挿み込んでいる。

 それでも未だに両者は動いていない。エリーは罠であると見抜いていた。

 なのだが、長い膠着状態だ。

 エリーは痺れを切らし、腕を上げ、槍を投げる体勢に入ろうとする。

 一旦体勢を変えようとすれば、急には戻せないものだ。

 だから、隙になる。

 距離は空いている。投げるまでにはその距離を詰められない。

 そんな事ができてしまえば、常識外れだ。

 

 残念ながらと言えば良いのか、幸福な事にと言えば良いのか。コーメスタは、その常識外れである。

 たった1歩の踏み出しで地面を蹴り、滑るようにエリーの下へコーメスタは体を飛ばす。

 普通だったら虚を突かれ、そんな踏み出しに対応できないだろう。

 コーメスタが常識外れと信じた、エリーを除いては。

 

 エリーは、槍を投げる体勢に入らなかった。

 腕を上げたのは、罠だったのだ。

 彼女は槍を手から放し、拳を握る。

 そうしてその拳を、前に突き出した。

 ここに来て、エリーは殴打を選択している。

 

 予想外の殴打に、コーメスタは拳を合わせた。

 まだ着地が間に合っていなかったコーメスタ。

 しっかり地に足が付いていたエリー。

 拳での戦いを主とするコーメスタでも、それからなる強さの優劣を覆せない。

 

「うぐっ」

 

 コーメスタの拳はエリーの拳に押し負けた。

 そしてそのまま、不安定な態勢で着地する。

 エリーはその隙を突き、さらなる殴打を仕掛けようとした。

 

「待った!」

 

 そんなエリーの拳を止めたのが、コーメスタの声である。

 通常、戦いに待ったなどはなく、待つような義理はエリーにない。

 ただし、この場に限り、エリーはその待ったに応じた。

 しているのは戦争。どちらが正しいのか決める戦い。

 なら、相手に戦意がなければ、負けを認めているのであれば、これ以上の戦いは意味を失う。

 

「降参です。肩が外れました」

 

 そう。コーメスタはエリーと打ち合った右手の肩が外れてしまい、戦意がなくなっていたのだ。

 この戦いは、意味を失っている。

 

 たかだか肩が外れただけで降参する事を、腑抜けと呼ぶのは難しい。

 両者の実力は、少なくとも試合という形式を成立させるまで制限したそれは、拮抗していたのだ。

 その拮抗は、肩の脱臼で崩れ去った。

 勝敗は、その時点で決したも同然である。

 

「勝者、エリー」

 

 ランテがコーメスタの降参を正当と認め、審判として勝敗を明確に宣言した。

 その宣言を受け、エリーも、コーメスタも、構えを解く。

 それから、どちらともなく握手を求めた。

 差し出した手は、もちろん左手だ。

 

「良い拳だった。同時に良き判断でもあった。貴様は、勝利に縋る愚か者ではなく、対局が見定められる良き戦士のようだ」

「そちらも、揺るがぬ信念が伝わってきました。ただ……、いえ。やはり何でもありません」

 

 健闘を称える歓声が響く中、選手同士も健闘を称えた。

 コーメスタの方には含みがあったが、その含みを口にはせずに終える。

 こうして、一見爽やかに、試合は幕を閉じるのだった。

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