100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 作:RAINY
武闘会、決勝。
最後まで勝ち抜いた者がその試合に臨めるのであれば、とある2人がその場に臨むのが順当であろう。
「良き戦いにしましょう」
「それは貴様次第だ」
コーメスタとエリーが、もはや予定調和の如く決勝の場で相対している。
決して、他の者たちが弱い訳ではない。
だが、この2人に比べれば見劣りしてしまう。
並び立てるとしたらサコンだけであり、そのサコンはエリーとの試合で敗退した。
故に、この2人が優勝を争うのだ。
コーメスタとエリーは短い挨拶と軽い握手を済ませ、どちらともなく距離を取る。
ここまでくれば、言葉は不要だ。
戦いの場における礼儀は、戦いへの姿勢にある。
両者とも、そういう意味ではとても礼儀正しい。
漲る覇気がこの試合にどこまで本気か、如実に表している。
「……」
「……」
コーメスタが拳を、エリーが槍を構え、覇気をぶつけ合う。
気を呑まれれば、少しでも負けると思い込んでしまえば、この勝負は決着が付き得るのだ。
エリーもそう直感し、サコン戦以上に気を引き締めていた。
処罰ではなく、戦争であると。どちらが正しいというのではなく、勝った方が正しいのだと、エリーはこの戦いを認識している。
「双方、構え……。始め」
ランテが台本通りの進行で、試合の開始を合図した。
しかし、コーメスタもエリーも動かない。ただ睨み合う。
サコン戦も含め、開始直後に初撃を仕掛けるエリーも、コーメスタを視界にとらえたまま、微動だにしない。
そんな静まり返った試合に観客の不満が飛び交いそうなものだが、この試合に限り、皆が固唾を呑んで見守っていた。
何故ならば、皆がそうすると理解していたからだ。
攻撃に対する即時反撃が、コーメスタの試合において決め手となっている。
ならば、エリーがそれを注意するのもおかしくない。
鎧を着込んでいても、コーメスタの拳には意味を成さない。
実際、エリーと同じように鎧を着込んでいた者が、コーメスタの拳に沈んでいる。
衝撃を貫通させる拳法というのも、珍しくはあるが、不思議ではない。
『武神エフエフ』が遺したとされる武術書に、そういう拳法がいくつも記載されているのだ。
コーメスタは決勝まで上がってきた強者。
その拳法をどれか修めていると考えるのが自然であり、エリーもそう考えた。
だからこそ、この睨み合いの硬直である。
「……」
「……」
コーメスタもエリーも、相手のわずかな隙を探す。
呼吸を深く吐いている時、目を長く閉じている時。そういう、ほんのわずかな隙を、お互いが窺っていた。
コーメスタは相手が隙と錯覚してくれるよう、そのような動作の真似を随所に挿み込んでいる。
それでも未だに両者は動いていない。エリーは罠であると見抜いていた。
なのだが、長い膠着状態だ。
エリーは痺れを切らし、腕を上げ、槍を投げる体勢に入ろうとする。
一旦体勢を変えようとすれば、急には戻せないものだ。
だから、隙になる。
距離は空いている。投げるまでにはその距離を詰められない。
そんな事ができてしまえば、常識外れだ。
残念ながらと言えば良いのか、幸福な事にと言えば良いのか。コーメスタは、その常識外れである。
たった1歩の踏み出しで地面を蹴り、滑るようにエリーの下へコーメスタは体を飛ばす。
普通だったら虚を突かれ、そんな踏み出しに対応できないだろう。
コーメスタが常識外れと信じた、エリーを除いては。
エリーは、槍を投げる体勢に入らなかった。
腕を上げたのは、罠だったのだ。
彼女は槍を手から放し、拳を握る。
そうしてその拳を、前に突き出した。
ここに来て、エリーは殴打を選択している。
予想外の殴打に、コーメスタは拳を合わせた。
まだ着地が間に合っていなかったコーメスタ。
しっかり地に足が付いていたエリー。
拳での戦いを主とするコーメスタでも、それからなる強さの優劣を覆せない。
「うぐっ」
コーメスタの拳はエリーの拳に押し負けた。
そしてそのまま、不安定な態勢で着地する。
エリーはその隙を突き、さらなる殴打を仕掛けようとした。
「待った!」
そんなエリーの拳を止めたのが、コーメスタの声である。
通常、戦いに待ったなどはなく、待つような義理はエリーにない。
ただし、この場に限り、エリーはその待ったに応じた。
しているのは戦争。どちらが正しいのか決める戦い。
なら、相手に戦意がなければ、負けを認めているのであれば、これ以上の戦いは意味を失う。
「降参です。肩が外れました」
そう。コーメスタはエリーと打ち合った右手の肩が外れてしまい、戦意がなくなっていたのだ。
この戦いは、意味を失っている。
たかだか肩が外れただけで降参する事を、腑抜けと呼ぶのは難しい。
両者の実力は、少なくとも試合という形式を成立させるまで制限したそれは、拮抗していたのだ。
その拮抗は、肩の脱臼で崩れ去った。
勝敗は、その時点で決したも同然である。
「勝者、エリー」
ランテがコーメスタの降参を正当と認め、審判として勝敗を明確に宣言した。
その宣言を受け、エリーも、コーメスタも、構えを解く。
それから、どちらともなく握手を求めた。
差し出した手は、もちろん左手だ。
「良い拳だった。同時に良き判断でもあった。貴様は、勝利に縋る愚か者ではなく、対局が見定められる良き戦士のようだ」
「そちらも、揺るがぬ信念が伝わってきました。ただ……、いえ。やはり何でもありません」
健闘を称える歓声が響く中、選手同士も健闘を称えた。
コーメスタの方には含みがあったが、その含みを口にはせずに終える。
こうして、一見爽やかに、試合は幕を閉じるのだった。