100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第一節 海の上の誘惑

「青いな、どこまでも……」

 

 空の青さと海の青さがどこまでも続いている。そんな景色に、俺は息を呑んでいた。

 空と海の間を行く旅、船の旅は、俺の人生で初めてだ。

 だから、この景色を見るのも人生初で、見た事がなかったその美しい景色に圧倒されていたのだ。

 

「なかなか綺麗なもんだよなぁ、大自然って」

 

 自然を前にして感動している俺に、共感する言葉が背後より投げかけられた。

 その人物は、今回の旅に同行する事となった冒険者、いや、今となっては英雄と呼ぶ方が正しくなった男。

 聖剣デュランダルの担い手、リカルド・ナンタンその人だ。

 

「リカルドさんは船旅をした事があるんですか?」

「はは、実は俺も初めてなんだ。ただ、ナンタンの港から海を拝むのが好きだったんでな。こういう景色は、何度か見た事がある。でも、見る場所が違えば見え方も違ってくるな」

 

 俺とリカルドが眺めている景色はトータンの海。そこを行く船の上からのそれ。

 海を何度も見ているというリカルドでも、感動を覚えるには充分な景色のようだ。

 

「この海の先に、ジパングがあるのか……」

 

 感動もそこそこに、リカルドは遠い目ではるか先を見つめた。

 そう。俺たちはトータンの港から出航し、ジパングへと向かっている。

 俺は当然王命故に、そして、リカルドも王命故に、だ。

 バーニン王とナンタン領主ローラが話し合いをした結果、聖剣デュランダルの担い手かつ英雄に相応しい功績を与える方針になったらしい。

 そのため、しばらくは俺と同じようにバーニン王の使い走りだ。

 俺はこの境遇を分かち合える者ができて大変嬉しい。

 

「すんまへんな、かの英雄リカルドにまで出張ってきてもろて」

「く、クミホ帝王陛下!」

 

 男2人の哀愁漂う現場に、麗しきジパングの帝王が割り込んできた。

 リカルドは過剰な程背筋を伸ばし、俺は適切に佇まいを整える。

 

「勇者様だけやと思っとったら、バーニン王はずいぶん親切にしてくれはってん。にしても、やっぱり英雄まで引っ張り出すんは、不躾やったね」

「そ、そんな事はありません、帝王陛下!俺は他国の救済に尽力できる事、ラビリンシアとジパングの懸け橋となれる事、とても光栄でありまして、まったく迷惑とか不躾とかではないのでご心配なく!」

 

 クミホのしおらしい謝罪に、リカルドは必死な弁明をしていた。

 ゴッホの時もそうだったが、彼は権力に弱いな。

 

「リカルドはんもそう言うてくれるん?有り難いわぁ。ほんま、ラビリンシアは紳士の国やわぁ」

「ええ、人類の防波堤という大義を掲げる国ですから、それはもう国民全員紳士淑女ですよ!」

 

 おまけに、機嫌をよくしてくれたクミホの言葉を何も考えず肯定する始末。

 いつかそんな態度で事実無根な事を口走らないか、心配である。

 

「テノールはんも、ほんまにありがとう。他国の事やのに文句もなく付いてきてくれて」

「呼ばれたら行く約束でしたからね」

 

 武闘会の途中、彼女との会話。

 『ウチが呼んだら来てくれるん?』とクミホに問われ、『ええ。先約がなければ、になるでしょうが』と俺は答えた。

 口約束ではあるが、約束は約束だ。美人との約束でなければ、忘れた事にしたかもしれないが。

 

「覚えてくれはったん?」

「ええ、もちろん。俺は大事な約束を忘れたりしませんよ、綺麗な方とのならなおさら」

「ふふ、口が上手いなぁ。そんな持ち上げても何も出せへんよ?」

「本心ですから。貴女の笑顔が、何よりの報酬です」

 

 送り合う賛辞に、お互い笑顔を浮かべた。

 確実に仲睦まじいやり取りができている。我ながら、なかなかの話術だ。

 

(良いように乗せられてる気が、しねぇでもねぇがな)

 

 急にエクスカリバーが茶々を入れてきた。

 いったいどこが乗せられているのか。

 

(口約束をした時だって、『言質は取ったで』つってたからな。あの時から、お前を誘い出す気だったんだろうがよ)

 

 女性にお誘いをかけられるなど、男冥利に尽きるだろう。何が問題なのだ。

 

(駄目だコイツ。どうにもなんねぇ)

 

 悲しきかな。俺もエクスカリバーをどうしようもない。

 お互い意見が合わず、これ以上の談義は無駄でしかないので打ち切る。

 

「無欲も美徳やけど、行きすぎると(てい)の良い道具にされてまうよ?そこら辺は大丈夫なん?」

「無欲だなんて。俺は人並に、いいえ、人一倍欲深いので、ご心配なく」

「なるほど、そうかもしれへんな。人々の平和を願うなんて、強欲やなかったらなんやねんって」

 

 王命でたくさん報酬を貰っている事について皮肉っているのかと邪推したが、全然そうではなかった。

 勇者テノールの風聞から純粋に心配し、さらには俺にとって都合良い解釈をしてくれたのだ。

 まぁ、伊達に勇者然とした演技を通し続けてはいない。

 

「でも、この一件が無事片付いたら、ウチが直々にお願いを叶えたるさかい」

「…………直々に?」

「そう、直々に」

 

 国を治める者が、浅慮にも願いを叶えると、そう公言した。

 俺はその言葉にとてもそそられる。それと同時に、試されているような気がした。

 かなり権力を持つ者が聞き届けられる願い、その程度は権力に比して大きくなるだろう。

 つまりは、俗物的な願いであれば大概叶えられる。

 もしや、俗物的な願いを引き出し、俺の本性を暴こうとしているのではないか。

 

「そうですか。ではこの一件を解決した暁には、何かお願いさせてもらいます」

 

 その手にかかるまいと、俺はお願いを保留した。

 これによって本性を隠し、『人一倍欲深い』という前言の整合性も取る。

 

「さよか。勇者はんがどんなお願いしてくれるか、楽しみにしとるわ」

 

 クミホは妖しく艶やかな笑みを深めた。

 彼女の意図は読めぬままだ。国を治める者だけあって、実に食えない相手である。

 

「リカルドはんの方も、お願い考えといてな」

「え、あ?俺もですか?」

「そや、仲間外れにはしぃひんよ」

「あ、あははは……。はい、考えておきます……」

 

 最後にクミホはリカルドの方にも話題を向け、リカルドの気後れによる保留で話が終わる。

 気の抜けない旅は、始まったばかりだ。

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