100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第五節 狐の蜂蜜?

 クミホたちに招かれた温泉宿。

 そこは、ミナ・ミヌエーラで体験した温泉宿と酷似していた。

 宿の材質は主に木材。扉ではなく襖で部屋を区切る様式。

 それらはミナ・ミヌエーラの温泉宿と同じだ。

 強いて違いを上げるなら、ミナ・ミヌエーラは温泉宿だけが木造だったのに対し、ジパングはそれ以外もほとんど同じである事か。

 

(この温泉も、ミナ・ミヌエーラと同じだな……)

 

 目の前にある温泉は、岩を組み上げて作った浴槽に湯気立つ湧き水を注いでいる。

 俺は不思議な感覚に囚われていた。

 当たり前だが、ミナ・ミヌエーラとジパングは別の国である。地続きという事すらない。

 なのに、その別々の国が、ほとんど同じ様式の温泉宿を作っている。

 文化が伝わるはずもない2か国が、だ。

 

(……ジパングが鎖国する前に、何かしらの交流があったのか?)

 

 自然に伝わるはずがないなら、人為的な伝承である事が考えられる。

 しかし、ジパングは鎖国される前から他国とほぼ交流がなかった国だ。

 わざわざ温泉という文化だけを伝えるのだろうか。

 

(後は、双王と帝王に個人的な交流があった場合か)

 

 どうやれば交流を断っていた国の文化が伝わるのか、色々と可能性を思考する。

 それで、ふと我に返った。

 

(俺の仕事じゃないな。そういうのは歴史研究家がする事だ)

 

 何故そんな歴史を紐解くような必要が俺にあるのかと、さっきまでの己の思考が馬鹿らしくなる。

 そんな事より、温泉で疲れを癒すべきだ。

 

(船旅、景色は良かったが……。閉鎖空間っていうのは、やはり知らずの内に精神的疲労を溜めるな)

 

 海の上という逃げ場所のない空間。その空間は人の自由を奪う。動けるのは船の中だけ。

 船の中も、安全という訳ではない。

 波に揺られるし、魔物にだって襲われる。

 船の転覆に脅え、魔物の襲撃に恐れる。

 心の奥底で不安と不満は募っていく。

 正直、陸地に着いた時の安堵と言ったらない。

 

(疲れたところに温泉!最高だな!)

 

 不安と不満から解放されて浸かる温泉。

 温泉入浴はこれで2度目だが、なかなかどうして病みつきになるものだ。

 

(俺の屋敷、疑似的で良いから温泉を再現するか……)

 

 ラビリンシアの王都ドラクルに建てる俺の屋敷。

 そこへの疑似温泉設置計画に胸を躍らせながら、今はこの温泉を楽しむ。

 疲れはまさしく、湯に溶けていく。

 

 その時、横開きの扉が滑るような音がした。

 

(リカルドかパース辺りか。この宿は貸し切りらしいしな)

 

 知人男性が来たものとして、俺は多少振る舞いを改めるが、身構える事はしなかったのだ。

 その固定観念による油断を、見事に突かれる。

 

「お湯加減、どないやろ」

「……え?」

 

 リカルドとパースが話す事のない、特徴的な方言が俺の耳に届いた。

 声質も、リカルドとパースのモノではない。

 明らかに女声であり、特徴的な方言で喋る女性と言えば、俺の中では1人だけだ。

 

「……クミホさん?」

「そう、ウチや。お邪魔するで」

 

 俺の視界に、にこやかに微笑み、その肢体を布一枚で覆うクミホの姿が映っている。

 

「……この温泉、男湯の時間ですよね?」

「そうやけど、帝王権限で掃除中って事にしたんよ。テノールはんとゆっくり浸かりたいさかい」

 

 いくつかある温泉は時間交代制なのだが、クミホは強権を振るって掃除時間にしたとの事。

 それで、他の者が来る事を防いだのだ。

 俺と、混浴するためだけに。

 

(なるほど、素晴らしい!!つまりこの混浴は合法!好きなだけその芸術もかくやと言うクミホの肉体を、たった布1枚越しに観察できるという事か!!)

 

 俺に、衝撃が走った。

 何を目的にそんな行動をクミホが起こしたのか。それは問わずにおこう。

 如何なる謀りを仕掛けてきたのだとしても、その肉体を拝める幸福に勝る事はない。

 後は、その謀りにかからぬよう、同時に下心が露呈しないよう、気を引き締めれば良いだけだ。

 苦難の道のりだが、その苦難を乗り越え、1秒でも長く美女のほぼ裸を拝むとしよう。

 

「驚きました、まさか俺だけが入浴しているところを狙ってくるなんて。密談がしたいという事でしたら、そう言ってくれれば良いのに」

 

 視線がクミホの女性的な主張を凝視しないように注意しながら、俺はクミホとの会話を構築する。

 

「……」

「……どうかしました?」

 

 そうして会話を始めようとしたのだが、クミホが神妙な顔つきで固まってしまった。

 何かしてしまっただろうか。

 

「……もしかして、同性愛者なん?」

「性的及び恋愛対象は女性です、普通に女性が好きです」

 

 クミホに同性愛者と疑われていたようだ。

 俺は真剣に、その誤解を訂正した。

 同性愛者を否定するつもりはないが、俺は普通に異性愛者なのだ。

 恋愛対象はどう広く見積もってもベアウまでである。

 

「そやったら、ウチの裸体に反応してくれへん?ウチ、結構自信あったんやけど……。それとも、もう少し攻めなあかんかな……?」

「待って!待ってください!素直な心の内を明かすなら、美人の裸体がすぐ傍にあって胸が高鳴ってます!だからそれ以上の肌の露出は!」

 

 クミホが体を包む布に手をかけたところで、俺は生まれたままの姿を拝みたいという欲望を抑え込み、必死に手で顔を覆った。

 指の隙間から覗く事も、決してしない。

 覗いてしまえと囁く俺の心の悪魔を、もっと長い時間拝むためにはこの忍耐が必要だと説き伏せる。

 

「なんや、初心(うぶ)が過ぎて逆に無反応だったんやね。でも、今後は初手で動揺した方がええよ?」

「今後こんな機会に巡り合えるとは思いませんが、心に留めておきます。……ちゃんと布巻いてますよね?」

 

 よく分からない助言をクミホからいただきつつ、己の初志を貫くために彼女がはだけてないか確認した。

 全裸を見せられて既成事実を偽造されても困る。

 

「うふふ、どうやろな。自分の目で確かめたらどうなん?」

「……俺、ずっと目を閉じてますね」

「嘘や嘘。ちゃんと巻いとるよ?やからしっかり目を合わせて話そうや」

 

 揶揄うような声音であるため、俺はクミホの言葉を信じこまず、慎重に目を開ける。

 有り難いと言うべきか、惜しくもと言うべきか、彼女はちゃんと最低限大事な部分を隠していた。

 表面は安堵の息を、内面は溜息を吐いて彼女を正面に捉える。

 

「ほな、のぼせん程度にゆっくりお話ししましょか」

 

 美しくも底冷えのする笑みを、クミホは俺に送った。

 俺は、様々な覚悟をして、彼女との会話に臨むのだった。

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