100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

185 / 221
第六節 潜ませる狐

「ではまず、そちらの用件から伺いましょうか」

 

 密談の始まりに、俺は正面で湯に浸かっているクミホへ先手を譲った。

 相手の謀りを暴いておかねば、安心できない。

 

「裸の付き合いや。そう畏まらんとってぇな」

「すみません。必要以上に畏まっておかないと、気が緩みそうなもので」

 

 クミホに固さを指摘されるが、俺は態度を崩さない。

 俺は今、相手の誘惑と己の欲望に勝負を挑んでいるのだ。

 一瞬の油断が命取りになる。

 

「ほぉん……。ウチの事、しっかり女って認識しはってんな」

「だから、布を(めく)ろうとするのは止めてください。本気で目を閉じたままにしますよ?」

「目を閉じてんのやったら、ウチが何をしようとしても分からんよね?」

「良いお湯でした。お先に失礼します」

「ああ!待ってぇな!冗談、冗談やから!」

 

 クミホがいくつもする揶揄いに対し、俺は揶揄いが過ぎればこの密談が終わりとなる事を示した。

 本心からすると、その揶揄いを甘んじて受け止めたいのだが、隙を見せる事はできない。

 隙を見せれば、容易く食われるだろう。色んな意味で。

 そうならないように牽制をすれば、さすがに密談ができないのはクミホの本望ではないようで、必死に俺を引き留めた。

 色々と仕掛けたい罠もあるようだが、それより優先して話したい事があるのだろう。

 

「ほんま、テノールはんは身持ちが固いなぁ。もしかして、この手の謀略は経験あるん?」

「経験はありませんよ。それと、クミホさんはこれが謀略と認めるんですね?」

 

 『この手の謀略』という表現は、つまり自身の行いが謀略であるという自覚がある事になる。

 

「そうやね。これは、謀略や」

「……素直に白状しますね」

 

 クミホが意外にも抵抗なく白状するモノだから、俺は少なからず面食らった。

 パースにもこういう素直な白状をしていたし、彼女の常套手段なのかもしれない。

 

「ここまであからさまに仕掛けとるんや、気付かれてもしゃあないやろ。それに、本心を告白した方が早い思うたんよ」

 

 クミホは、遠回りな引っ掛けを諦めた。

 代わりに、笑顔でもなんでもなく、真顔で、本気の顔で彼女は俺を見つめる。

 

「本心ですか。それは如何に」

「あんさんが欲しい」

 

 まさに、告白だった。

 愛の、ではないが、それに準ずるような、表現の難しい感情が込められているように、俺は感じる。

 

「……その理由は?」

「1つ目は戦力面。テノールはんはエリーに勝った。あのサコンを負かした奴を、や。サコンが全力やなかったけど、それはエリーも同じやろ。とするなら、あんさんはウチの部下で最強のサコンより強い」

 

 どんな国でも、戦力を欲するのはもはや常識。

 非戦を謳う国だとしても、攻められた際の防衛力がないのでは虐殺されるだけだ。

 だから、クミホが戦力を欲しがるのは、国を治める者としてなんらおかしくはない。

 

「2つ目は国の箔。国に勇者が居るっちゅうんは、それだけで国の利益になるんよ」

 

 正義のために動ける人間が自国から生まれたという事は、それだけ道徳的に優れた文化があるという証明になる。

 おまけに、その正義のために動く人間が強者であれば、強者を育む土台がある事の証明にもなる。

 たった1人の存在で、その国の民度と防衛力が誇示できる。

 クミホの弁論は、そういう理論だろう。

 

「3つ目は個人的な興味。ただの元農民がここまで賢く強いとなると、もしかしたら英雄の遠縁なんやないんかと、ウチは疑っとんねん。そこら辺暴きたいなぁ」

 

 ここでも、俺は出自に疑問を持たれたらしい。

 パースとか、そのパース曰くバーニン王とかからも疑われていたな。

 それについては、はっきりとした原因があるのだが。

 

「俺の出自についてはお教えできます。ですが、ご期待に沿う事はできません。真に、ただの農民なのですから。俺が知る限り、英雄、王族、貴族とは5世代に渡り、なんの血縁関係もありません」

「その答えやと、なおさら興味が尽きんのやけど?」

 

 この程度の開示では、クミホが腑に落ちないのも仕方ない。

 だが、俺の答えはここで終わらないのだ。

 

「クミホさん、エメラルド・タブレットという宝石板をご存知ですか?」

「所有者に英知を与え、代償として破滅を約束するっちゅう曰く付きの品やろ?」

「その曰く付きの品、現在の所有者は俺の父なんです」

「なんやと!?」

 

 クミホはエメラルド・タブレットの実在と伝承を信じているようで、真に受けて驚いてくれた。

 無駄に説明を交える必要がなくて有り難い。

 

「お、おとん大丈夫なん!?破滅してまうんやろ!?」

「ご心配なく。父はエメラルド・タブレットの伝承における真実を突き止め、その呪いを封じ込めています」

「……まぁ、どうしてテノールはんが賢いかは察し付いたんやけど。親子2代揃って、只者やないな」

「恐れ入ります」

 

 とりあえず、俺の賢さについてはこの答えで充分なようだ。

 クミホは感嘆すると同時に、呆れたような感想を漏らしていた。

 一応、お褒めの言葉として受け取っておく。

 

「強さの理由は答えてくれるん?」

「……」

 

 クミホの抜け目ない追及で、俺は言葉に窮した。

 エクスカリバーについて明かすべきか、明かすにしてもどこまでか、測りかねたのだ。

 

「答えらへんか」

「そう、ですね。申し訳ありません」

 

 クミホは何故だかすぐに追及を止めたので、俺はそれに乗っかって答えを黙秘し、頭を下げた。

 そんな俺にクミホは、寂しげでありながら優しげに見つめてくる。

 でも、それも一瞬で、真面目な顔に引き締められていく。

 

「まだるっこしい事は抜きしよか。勇者テノール、ウチのモンにならへん?なってくれはったら、望むもんをいくらでも」

「なりません。俺は、誰のモノにも」

 

 非常に情熱的な誘いを、俺は迷いなく断った。

 俺は、1人の女性のモノになりはしない。

 俺は、複数人の女性を(めと)るという夢を捨てたりしない。

 いくら絶世の美女から誘われたって、俺はその信念を貫き通す。

 

「……せやろね。そう返すと思っとったよ」

 

 断られたというのに、クミホは誇らしそうだった。

 

「付き合ってくれてありがとぉなぁ。ウチの用件はこれで終わりや」

 

 そうして、クミホは様々な謎を残しつつ、己の用件を締めるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告