100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 作:RAINY
「ではまず、そちらの用件から伺いましょうか」
密談の始まりに、俺は正面で湯に浸かっているクミホへ先手を譲った。
相手の謀りを暴いておかねば、安心できない。
「裸の付き合いや。そう畏まらんとってぇな」
「すみません。必要以上に畏まっておかないと、気が緩みそうなもので」
クミホに固さを指摘されるが、俺は態度を崩さない。
俺は今、相手の誘惑と己の欲望に勝負を挑んでいるのだ。
一瞬の油断が命取りになる。
「ほぉん……。ウチの事、しっかり女って認識しはってんな」
「だから、布を
「目を閉じてんのやったら、ウチが何をしようとしても分からんよね?」
「良いお湯でした。お先に失礼します」
「ああ!待ってぇな!冗談、冗談やから!」
クミホがいくつもする揶揄いに対し、俺は揶揄いが過ぎればこの密談が終わりとなる事を示した。
本心からすると、その揶揄いを甘んじて受け止めたいのだが、隙を見せる事はできない。
隙を見せれば、容易く食われるだろう。色んな意味で。
そうならないように牽制をすれば、さすがに密談ができないのはクミホの本望ではないようで、必死に俺を引き留めた。
色々と仕掛けたい罠もあるようだが、それより優先して話したい事があるのだろう。
「ほんま、テノールはんは身持ちが固いなぁ。もしかして、この手の謀略は経験あるん?」
「経験はありませんよ。それと、クミホさんはこれが謀略と認めるんですね?」
『この手の謀略』という表現は、つまり自身の行いが謀略であるという自覚がある事になる。
「そうやね。これは、謀略や」
「……素直に白状しますね」
クミホが意外にも抵抗なく白状するモノだから、俺は少なからず面食らった。
パースにもこういう素直な白状をしていたし、彼女の常套手段なのかもしれない。
「ここまであからさまに仕掛けとるんや、気付かれてもしゃあないやろ。それに、本心を告白した方が早い思うたんよ」
クミホは、遠回りな引っ掛けを諦めた。
代わりに、笑顔でもなんでもなく、真顔で、本気の顔で彼女は俺を見つめる。
「本心ですか。それは如何に」
「あんさんが欲しい」
まさに、告白だった。
愛の、ではないが、それに準ずるような、表現の難しい感情が込められているように、俺は感じる。
「……その理由は?」
「1つ目は戦力面。テノールはんはエリーに勝った。あのサコンを負かした奴を、や。サコンが全力やなかったけど、それはエリーも同じやろ。とするなら、あんさんはウチの部下で最強のサコンより強い」
どんな国でも、戦力を欲するのはもはや常識。
非戦を謳う国だとしても、攻められた際の防衛力がないのでは虐殺されるだけだ。
だから、クミホが戦力を欲しがるのは、国を治める者としてなんらおかしくはない。
「2つ目は国の箔。国に勇者が居るっちゅうんは、それだけで国の利益になるんよ」
正義のために動ける人間が自国から生まれたという事は、それだけ道徳的に優れた文化があるという証明になる。
おまけに、その正義のために動く人間が強者であれば、強者を育む土台がある事の証明にもなる。
たった1人の存在で、その国の民度と防衛力が誇示できる。
クミホの弁論は、そういう理論だろう。
「3つ目は個人的な興味。ただの元農民がここまで賢く強いとなると、もしかしたら英雄の遠縁なんやないんかと、ウチは疑っとんねん。そこら辺暴きたいなぁ」
ここでも、俺は出自に疑問を持たれたらしい。
パースとか、そのパース曰くバーニン王とかからも疑われていたな。
それについては、はっきりとした原因があるのだが。
「俺の出自についてはお教えできます。ですが、ご期待に沿う事はできません。真に、ただの農民なのですから。俺が知る限り、英雄、王族、貴族とは5世代に渡り、なんの血縁関係もありません」
「その答えやと、なおさら興味が尽きんのやけど?」
この程度の開示では、クミホが腑に落ちないのも仕方ない。
だが、俺の答えはここで終わらないのだ。
「クミホさん、エメラルド・タブレットという宝石板をご存知ですか?」
「所有者に英知を与え、代償として破滅を約束するっちゅう曰く付きの品やろ?」
「その曰く付きの品、現在の所有者は俺の父なんです」
「なんやと!?」
クミホはエメラルド・タブレットの実在と伝承を信じているようで、真に受けて驚いてくれた。
無駄に説明を交える必要がなくて有り難い。
「お、おとん大丈夫なん!?破滅してまうんやろ!?」
「ご心配なく。父はエメラルド・タブレットの伝承における真実を突き止め、その呪いを封じ込めています」
「……まぁ、どうしてテノールはんが賢いかは察し付いたんやけど。親子2代揃って、只者やないな」
「恐れ入ります」
とりあえず、俺の賢さについてはこの答えで充分なようだ。
クミホは感嘆すると同時に、呆れたような感想を漏らしていた。
一応、お褒めの言葉として受け取っておく。
「強さの理由は答えてくれるん?」
「……」
クミホの抜け目ない追及で、俺は言葉に窮した。
エクスカリバーについて明かすべきか、明かすにしてもどこまでか、測りかねたのだ。
「答えらへんか」
「そう、ですね。申し訳ありません」
クミホは何故だかすぐに追及を止めたので、俺はそれに乗っかって答えを黙秘し、頭を下げた。
そんな俺にクミホは、寂しげでありながら優しげに見つめてくる。
でも、それも一瞬で、真面目な顔に引き締められていく。
「まだるっこしい事は抜きしよか。勇者テノール、ウチのモンにならへん?なってくれはったら、望むもんをいくらでも」
「なりません。俺は、誰のモノにも」
非常に情熱的な誘いを、俺は迷いなく断った。
俺は、1人の女性のモノになりはしない。
俺は、複数人の女性を
いくら絶世の美女から誘われたって、俺はその信念を貫き通す。
「……せやろね。そう返すと思っとったよ」
断られたというのに、クミホは誇らしそうだった。
「付き合ってくれてありがとぉなぁ。ウチの用件はこれで終わりや」
そうして、クミホは様々な謎を残しつつ、己の用件を締めるのだった。