100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 作:RAINY
「う、うう……。あのような辱めを受けるなど……。もうお嫁に行けん……」
再出発したクミホの牛車。
その中で、イブキは少女の姿に似つかわしく、涙で枕を濡らしていた。
枕は枕でも、クミホの膝枕だが。
我がままで手の焼けるイブキではあるが、クミホにとって捨て置ける存在ではないのだ。
ジパングの守り神であり、悠久を共にした仲間なのだから。
「嫁に行く気あるんかいな」
そんな絆は心に秘め、いや、秘めていないからこそ、クミホはイブキに軽口を叩いた。
普段の我がまま、傲慢な振る舞いをしておいて、嫁入りを気にするのは如何なものかと。
「比喩表現だ!嫁に行くとしても、余に勝てる者でなければ認めん!ミナ・ミヌエーラの双王とて、余には敵わぬ。ならば、嫁ぎ先などないのだ」
「そなら、丁度敵うんが居たやん。テノールはん。魔力なしでもイブキを負かしとったで?」
イブキは自身の力を誇っているところに、クミホは揚げ足を取るように、その結婚条件に見合う者、イブキを打ち負かした者を指摘した。
もちろん、冗談半分揶揄い半分の指摘だ。
「あ、あんな奴のところに嫁げる訳がないだろう!乙女の大事なところを、耳目のある場所で
やはり、結婚相手とは間違っても認めないイブキ。
まさに乙女らしく、羞恥心で顔を真っ赤にしていた。
乙女という年齢ではない事について、さすがのクミホも指摘しない。
指摘すれば、ブーメランのように自身へ跳ね返ってくる。
「あれは自業自得や。テノールはんになんの非もあらんのに、逆恨みした罰やで。おまけに敵の力量も分からんと、愚直に突っ込み、己の弱点晒したんやからな。自爆言われても仕方ないわ」
「あんなのズルだ!魔力もなしにあんな動けるなどありえん!あいつ絶対混血だ!」
「そうなん?魔力、ヒューマンと違ごうたん?」
クミホはイブキの発言を、純粋な興味で追及した。
吸った魔力が如何なる種族のモノか、イブキは区別できる。
そんなイブキが混血であると発言したという事は、テノールが混血である可能性が高い。
テノールの強さ、その秘密が少しでも暴けると、クミホは興味を抱いたのだ。
「…………完全にヒューマンの魔力だった」
「なんやねん」
残念ながら、イブキの発言はただの負け惜しみだった。
これにはクミホも思わず肩を落とす。
「でも、あいつは絶対普通の人間じゃない!」
「あーはいはい。せやなー。テノールはんは普通の人間やのぉて勇者やなー。襲い掛かってきたドラゴンに謝罪させるだけで許すんやからな、ほんなに紳士な勇者やなー」
感情論だけで抗議するイブキに、クミホは耳を貸さなかった。
雑な返事だけしていている。
「あいつが紳士であろうはずがない!人の目がある場所で、余を辱めたのだぞ!?」
「魔力ない状態でドラゴン負かすんやから、あの手しかないやろ。苦渋の決断や」
「どこが!嬉々としてやってたぞ!あいつはドラゴンを辱めて遊ぶ下衆野郎だ!」
「せやなー」
イブキは奇しくもテノール及びエクスカリバーの本性を言い当てていた。
だが、当然負け惜しんでいるようなこの流れでは、クミホが真に受けるはずもない。
「うう……、クミホが異邦人の肩を持つ……。これでは、奴に余を辱めた責任を取らせる事もできそうにない……」
「責任取らす?嫁入りでもするん?」
「まだその話を引き摺るか……。天丼も過ぎれば飽きるぞ……」
「なんや、もう耐性付いたか。おもろないなぁ」
泣き崩れるイブキには、もう過剰反応する元気がなくなっていた。
追撃は酷かと、クミホもその話題を止める。
代わりに、その弱ったなんとも可愛らしいイブキに笑みを零す。
「それに……」
「ん?」
弱りながらも言葉を続けるイブキ。
その雰囲気は、我がままを貫く、いつもの傲慢なモノではなかった。
イブキの珍しい様子に、クミホもこの時ばかりは耳を傾ける。
「余は絶対この国を離れない。絶対に、クミホを置いて行ったりはしない」
「……」
イブキが語るのは、決意だった。
己が例え恋をしたとしても、広い外の世界に恋焦がれたとしても、友を1人にしないという決意。
それは、テノールたちに牙を向けた原因であり、クミホへの友情であり、イブキの根幹でもある。
歪な生誕と異端な能力を抱える、そんな己と寄り添ってくれた友への恩返し。
一生を費やしてでもその友と友が生み出したモノを守ろうとする、イブキの純粋さなのである。
「余は馬鹿だから、迷惑をかけていると思う。でも、余にはこれしかできない。余は……」
「そりゃ迷惑ばっかりやわ」
「……」
迷惑をかけている自覚があり、迷惑をかけている事実があるイブキ。
そんな彼女であるから、クミホからの説教は真摯に受け止めようと、耳も目も閉ざさなかった。
イブキは本当に馬鹿である。
クミホがこんな弱った仲間を責め立てるような者では、決してないのだ。
「でもなぁ、イブキ。友達とか仲間ってそういうもんやろ?お互い迷惑かけあって、お互い助け合って、そうやって生きていくもんやろ?」
クミホは、優しく諭した。
慈しみを込めて、イブキに言葉を送っている。
「……クミホにとって、余は友達とか仲間だったのか?」
「なんや、知らんかったん。結構言葉にしてきたつもりやったんやけど」
イブキに信じてもらえてなかったのだと、クミホは苦笑した。
同時に、仲間である故に軽んじていたと、クミホは反省する。
「お前は、口が上手いからな……。お世辞を言ってるのだとばかり、思っていたのだ……」
「阿保。友情を利用するんはもう狐やのうて悪魔や。ウチは狐やねん」
「相変わらず、狐への良く分からん拘りだな……」
「なんや、狐ええやん。狐耳生えてるんはマジで天使やで」
「お前は天使ではなくてファーリーだぞ」
「言葉尻を捕らえるんやない。比喩表現や」
クミホとイブキは仲睦まじい会話を繰り広げる。
イブキの涙はどこへやら。聡い母と我がまま娘の形相はどこへやろ。
そこにあるのは、確かに友達同士の気安いやりとりだったのだ。