100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 作:RAINY
「そっちの質問へ答える前に、ウチも1つええか?」
クミホは恐怖を煽る笑顔を一旦収め、答えの開示に間を挿もうとしていた。
その挿もうとする間が如何なるモノか、聞くべきだろう。
その間は、食べてしまいたいという言葉を推し量る材料となる。
その間次第では、即座に逃走せねばならないだろう。
「……どうぞ」
「おおきに。それで、テノールはんにとって、その質問への答えは重要なもんやろか」
クミホも、こちらを推し量っているようだ。
俺がどの程度その答えを重要視しているか、聞き出しに来ている。
「……貴女の本質は芸術家なのではないかと、俺は懸念しています。ともすれば、己が芸術のために、手段を選ばない人なのではないかと」
「ほう。そんで?」
「……貴女は俺を使って、己の芸術作品を、ファーリーをより素晴らしい物に昇華させようとしているのではないかと」
慎重に、慎重に、俺の懸念を少しずつ明かしていった。
つまり、食べてしまいたいという言葉は、俺の血をファーリーに組み込みたいという事なのではないかと、俺は懸念しているのだ。
クミホが倫理観を無視した人体実験のような事を、仕出かそうとしているのではないかと。
「だからこそ、俺の質問は貴女との適切な距離を決めるための、重要な質問です」
ここまで明かしてしまって良かったのかどうか、俺にも分からない。
だが、相手の出方を窺うには、ここまで明かすしかなかったと、俺は思う。
ここでクミホが答えを濁すなら、距離を空ける。そうでないなら、答えによる。
人体実験を計画していました、なんて素直に答えたら即座に逃走だ。
「なるほどなるほど。ウチが芸術家で、手段を選ばない狂人やと。なるほどなぁ」
クミホから、一旦収めたはずの妖艶さが滲み出ていた。
俺はもう逃げたい気持ちでいっぱいだ。
「ほんなら……。その懸念が大正解やったら、テノールはんはどうするん?」
そのクミホの発言で、俺は聖剣の柄を握ろうとした。
俺は完全に、逃走を選択している。
しかし、その選択肢の実行が間に合う事はない。
何故なら、相手はもう準備していたのだ。俺を捕らえる、その準備を。
「『ウタカタノユメ』」
クミホが魔術を行使すれば、俺を中心とする空間が、世界が歪んだ。
そうして気付けば、俺の両手両足が鎖に繋がれ、壁に縫い留められている。
『ウタカタノユメ』は俺の推測通り、巨大な門を生み出すだけではなかった。
どういう原理かは知らないが、同じ魔術で以前と全く違う物を生み出している。
「くっ!これは、いったいなんのつもりですか!」
「『なんのつもり』て、分かってるんやろ?」
恐怖を感じる程の妖艶さを携え、クミホはゆっくりと立ち上がる。
「ウチは、ウチの作品をより素晴らしい物にしたい」
俺の懸念が正解であった事を示しながら、クミホは壁に縫い留められた俺に、ゆっくりと近付いてくる。
まさしくそこには、芸術のために手段を選ばない芸術家が居た。
本性を現した、という事か。
「やから、ウチの血とテノールはんの血を継いだ子を産んでみたいんや」
「……は?」
いきなり話が飛んだ気がして、俺は内容を理解できなかった。
一応、クミホがとんでもない事を言い放ったのは理解できている。
「やから、ファーリーでも最高傑作なウチと、ヒューマンでも最高級なテノールはんとで交配すれば、生まれる子はより素晴らしいファーリーになるやろ?」
「……交配?」
「そう、交配。つまり子作りすんねん」
「……」
ようやく内容を理解した。
クミホは本当に手段を問わない、というか己の身すら芸術に捧げる人物だった。
恋愛感情を抜きにして子作りしようとしてるんだから、本当に行き過ぎた芸術家だ。
(冷静に相手を分析してる場合か?)
(そうだった!命とは関係ない部分で俺の身に危険が迫ってる!)
エクスカリバーに苦言を呈された事で、その行き過ぎた芸術家に俺自身が襲われかけている事を自覚した。
現在、俺の貞操が危険に晒されている。
まさかそんな事態に陥るなど夢にも思っていなかったため、少しばかり現実逃避してしまったのだ。
では、現実に立ち返ったところで逃走、とはいかないのも現在陥っている事態である。
「そう怖がらんでもええよ?痛くはせぇへん。むしろ、気持ち良ぉしたるから……」
クミホは鎖に繋がれた俺と肌を密着させ、耳元で囁いた。
蠱惑的ですらある誘惑。理性が融かされるようなその誘惑に身を預けたくなるが、俺はまだ貞操を奪われたくはない。
俺の貞操は第1夫人に取って置くモノなのだ。
(『第1』ってところに下衆さを感じるよな)
エクスカリバーがやっかみを投げかけてくるが、クミホの手が体に這わされている俺には構っている余裕などない。
「……逃げへんって事は、満更でもないっちゅう事やね」
「そ、それは……」
俺に繋がれている鎖はおそらく、肉体強化を使えば容易く壊せる物なのだろう。
それを壊さないという事は、交配に同意しているも同然だ。
それが、クミホの弁である。
ここで、悲しい行き違いが起こっている。
クミホは俺が肉体強化を使える前提でその弁論を構築しているが、俺自体は肉体強化が使えないのである。
だから、同意していなくても、俺は逃げられない。
おまけに、勇者テノールの真実を守るため、その事を打ち明けられない。
これは詰みだ。この状況で否定の言葉を重ねたとしても、クミホの弁で内心は満更でもない事になる。
必死に頭を回してみても、この窮地を脱する策は浮かんでこない。
(駄目か……。俺の野望は、ここまでなのか……)
諦念が頭を鈍らせていく。
脱力し、成すがままになろう。
そう、頭に過った時である。
「夜分に失礼いたします。テノール様、クミホ様をお見かけしておりませんか?」
襖越しに、ミギチカの声が部屋に響いた。
俺にとってその声は、一縷の希望だった。
昨日の更新をド忘れしましたので、本日は正午にもう一度更新します。