100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第二十六節 狐の餌食か、それとも……

「そっちの質問へ答える前に、ウチも1つええか?」

 

 クミホは恐怖を煽る笑顔を一旦収め、答えの開示に間を挿もうとしていた。

 その挿もうとする間が如何なるモノか、聞くべきだろう。

 その間は、食べてしまいたいという言葉を推し量る材料となる。

 その間次第では、即座に逃走せねばならないだろう。

 

「……どうぞ」

「おおきに。それで、テノールはんにとって、その質問への答えは重要なもんやろか」

 

 クミホも、こちらを推し量っているようだ。

 俺がどの程度その答えを重要視しているか、聞き出しに来ている。

 

「……貴女の本質は芸術家なのではないかと、俺は懸念しています。ともすれば、己が芸術のために、手段を選ばない人なのではないかと」

「ほう。そんで?」

「……貴女は俺を使って、己の芸術作品を、ファーリーをより素晴らしい物に昇華させようとしているのではないかと」

 

 慎重に、慎重に、俺の懸念を少しずつ明かしていった。

 つまり、食べてしまいたいという言葉は、俺の血をファーリーに組み込みたいという事なのではないかと、俺は懸念しているのだ。

 クミホが倫理観を無視した人体実験のような事を、仕出かそうとしているのではないかと。

 

「だからこそ、俺の質問は貴女との適切な距離を決めるための、重要な質問です」

 

 ここまで明かしてしまって良かったのかどうか、俺にも分からない。

 だが、相手の出方を窺うには、ここまで明かすしかなかったと、俺は思う。

 ここでクミホが答えを濁すなら、距離を空ける。そうでないなら、答えによる。

 人体実験を計画していました、なんて素直に答えたら即座に逃走だ。

 

「なるほどなるほど。ウチが芸術家で、手段を選ばない狂人やと。なるほどなぁ」

 

 クミホから、一旦収めたはずの妖艶さが滲み出ていた。

 俺はもう逃げたい気持ちでいっぱいだ。

 

「ほんなら……。その懸念が大正解やったら、テノールはんはどうするん?」

 

 そのクミホの発言で、俺は聖剣の柄を握ろうとした。

 俺は完全に、逃走を選択している。

 しかし、その選択肢の実行が間に合う事はない。

 何故なら、相手はもう準備していたのだ。俺を捕らえる、その準備を。

 

「『ウタカタノユメ』」

 

 クミホが魔術を行使すれば、俺を中心とする空間が、世界が歪んだ。

 そうして気付けば、俺の両手両足が鎖に繋がれ、壁に縫い留められている。

 『ウタカタノユメ』は俺の推測通り、巨大な門を生み出すだけではなかった。

 どういう原理かは知らないが、同じ魔術で以前と全く違う物を生み出している。

 

「くっ!これは、いったいなんのつもりですか!」

「『なんのつもり』て、分かってるんやろ?」

 

 恐怖を感じる程の妖艶さを携え、クミホはゆっくりと立ち上がる。

 

「ウチは、ウチの作品をより素晴らしい物にしたい」

 

 俺の懸念が正解であった事を示しながら、クミホは壁に縫い留められた俺に、ゆっくりと近付いてくる。

 まさしくそこには、芸術のために手段を選ばない芸術家が居た。

 本性を現した、という事か。

 

「やから、ウチの血とテノールはんの血を継いだ子を産んでみたいんや」

「……は?」

 

 いきなり話が飛んだ気がして、俺は内容を理解できなかった。

 一応、クミホがとんでもない事を言い放ったのは理解できている。

 

「やから、ファーリーでも最高傑作なウチと、ヒューマンでも最高級なテノールはんとで交配すれば、生まれる子はより素晴らしいファーリーになるやろ?」

「……交配?」

「そう、交配。つまり子作りすんねん」

「……」

 

 ようやく内容を理解した。

 クミホは本当に手段を問わない、というか己の身すら芸術に捧げる人物だった。

 恋愛感情を抜きにして子作りしようとしてるんだから、本当に行き過ぎた芸術家だ。

 

(冷静に相手を分析してる場合か?)

(そうだった!命とは関係ない部分で俺の身に危険が迫ってる!)

 

 エクスカリバーに苦言を呈された事で、その行き過ぎた芸術家に俺自身が襲われかけている事を自覚した。

 現在、俺の貞操が危険に晒されている。

 まさかそんな事態に陥るなど夢にも思っていなかったため、少しばかり現実逃避してしまったのだ。

 では、現実に立ち返ったところで逃走、とはいかないのも現在陥っている事態である。

 

「そう怖がらんでもええよ?痛くはせぇへん。むしろ、気持ち良ぉしたるから……」

 

 クミホは鎖に繋がれた俺と肌を密着させ、耳元で囁いた。

 蠱惑的ですらある誘惑。理性が融かされるようなその誘惑に身を預けたくなるが、俺はまだ貞操を奪われたくはない。

 俺の貞操は第1夫人に取って置くモノなのだ。

 

(『第1』ってところに下衆さを感じるよな)

 

 エクスカリバーがやっかみを投げかけてくるが、クミホの手が体に這わされている俺には構っている余裕などない。

 

「……逃げへんって事は、満更でもないっちゅう事やね」

「そ、それは……」

 

 俺に繋がれている鎖はおそらく、肉体強化を使えば容易く壊せる物なのだろう。

 それを壊さないという事は、交配に同意しているも同然だ。

 それが、クミホの弁である。

 ここで、悲しい行き違いが起こっている。

 クミホは俺が肉体強化を使える前提でその弁論を構築しているが、俺自体は肉体強化が使えないのである。

 だから、同意していなくても、俺は逃げられない。

 おまけに、勇者テノールの真実を守るため、その事を打ち明けられない。

 これは詰みだ。この状況で否定の言葉を重ねたとしても、クミホの弁で内心は満更でもない事になる。

 必死に頭を回してみても、この窮地を脱する策は浮かんでこない。

 

(駄目か……。俺の野望は、ここまでなのか……)

 

 諦念が頭を鈍らせていく。

 脱力し、成すがままになろう。

 そう、頭に過った時である。

 

「夜分に失礼いたします。テノール様、クミホ様をお見かけしておりませんか?」

 

 襖越しに、ミギチカの声が部屋に響いた。

 俺にとってその声は、一縷の希望だった。




 昨日の更新をド忘れしましたので、本日は正午にもう一度更新します。
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