100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 作:RAINY
「夜分に失礼いたします。テノール様、クミホ様をお見かけしておりませんか?」
ミギチカが、襖越しに俺へ呼び掛けた。
どうやらクミホを探しに回って、目撃情報を集めているようだ。
俺の所まで回ってきたのがこの瞬間なのだから、俺は自身の幸運に感謝せざるを得ない。
「ミギチカさん!助けてくれ!」
「っ!?重ね重ね失礼いたします!」
俺が張り詰まった声を上げれば、ミギチカは襖を開け放って突入してきた。
来賓の危機とあっては、その来賓を呼び寄せた主の使いとして、助けに入るしかないだろう。
おかげで、俺は命拾いしたかもしれない。拾うのは命じゃなくて貞操だが。
「……クミホ様?」
「ああ、見つかってしもうたか」
ミギチカに見つかり、クミホは残念そうであるが、まだその手は俺から離れない。
「その、何をされているのでしょうか」
「交配やけど?」
「それは、同意の下で?」
「せや」「違う!」
絶対都合の良い返事をするだろうと、俺はクミホの返事に否定を被せた。
ここで否定しなければ、今度こそ俺の野望はここまでだ。
「こんな無抵抗になっといて、言い訳がましくあらへん?なぁ、テノールはん?」
「……色々と考えた末です。貴女との既成事実が、両国の決定的な友誼となる可能性も考えました。同時に、貴女は既成事実程度で縛れないとも考えました」
迷いがあった故であると、俺は無抵抗だった事に嘘の動機を取って付けた。
そういう事にしておかないと、勇者テノールの真実が露呈しかねないし、このまま押し切られかねない。
「なんや、意気地なしやな。男は度胸。とりあえず抱かれてみるもんやろ」
「ご勘弁を。俺は浅慮に抱きも抱かれもしてはいけない身の上なのです」
クミホに日和った男と認識されるが、俺は甘んじてその認識を受け入れた。
この窮地を乗り越える対価とすれば、安いモノだ。
「クミホ様。同意がない上での交配となりますと、本国でも違法行為です。相手がラビリンシアの勇者となれば、最悪、我が国とラビリンシアの間に大きな亀裂が入るでしょう」
「せやなぁ……」
ミギチカは状況を把握し、国家の友好における観点からクミホを説き伏せにかかった。
何においても芸術を優先しそうなクミホだが、さすがに側近からの陳述となれば、心が揺れるのだろう。
俺の体に置かれたクミホの手は非常に悩ましげで、その動きが止まっている。
「でもなぁ、ミギチカ。見たやろ?テノールはんの凄さ。その彼とウチを交配すれば、きっと凄い子が生まれると思うんやけど……」
「……何にせよ、同意を得るべきでしょう。テノール様が本気で抵抗された場合、事に至るには難しいのでは」
まだ名残惜しそうにするクミホ。
そんな彼女の強情さに呆れてか、はたまた別の感情か。ミギチカは表情を曇らせながらも説得を続ける。
「でも、今は抵抗されへんかったし……」
「してたんですよ!これでも必死に!」
クミホは無抵抗だったのを言い訳に押し切ろうとしているが、そうはさせない。真っ向から異論を唱える。
この状況において、鎖に繋がれている俺の方が発言力は強いのだ。
如何にジパングで最も権力がある者と言えど、ラビリンシアの勇者が語る証言までは握り潰せまい。
「うーん……」
「とりあえず、この鎖を解いてくれませんか?パースさんやリカルドさんが来たら、国際問題は確実ですよ?」
当然の話だが、絵面的にどう判断しても強姦現場だ。
俺の証言にパースやリカルドの証言も加わってしまえば、言い逃れの余地はなくなる。
ジパングの長がラビリンシアの勇者を襲ったという、国際問題直行の不祥事だ。
「折衷案で、子種だけ貰うんわ―――」
「クミホ様、あまりテノール様の不興を買うべきではないと、具申いたします」
「……!……そうか。そんなら仕方ないな。抵抗されるんも燃えるんやけど、ミギチカがそう言うんやったら、止めにしよか」
クミホはミギチカの訴えに何か感心したようで、ようやく聞き入れてくれた。
世界が歪むような幻視を拝んだ後、鎖はなかったように消え失せる。
俺はそれで油断せず、すぐに聖剣を手に取った。
これで次に仕掛けられても大丈夫なはずだ。
(なんだ、詰まんねぇ。あのまま食われちまえば良かったのに)
(お前、さすがにそれは洒落にならんぞ)
やはり、エクスカリバーは先程まで繰り広げられていた惨状を楽しんでいたのだ。
無事解決となり、楽しい惨劇も終わりという事で、エクスカリバーは落胆している。
俺の苦しむ姿がそんなに楽しいのか、こいつは。
(いっそ食われちまえば、お前の下衆な計画が破綻して、お前自身の下衆さも治ると思ったんだがな)
(……下衆くなくなった俺を揶揄って、お前は楽しいか?)
(……言われてみりゃそうだな。下衆いお前だからこそ、揶揄って楽しいっつうのはあるか)
(……)
今後はエクスカリバーの救援が望めるよう、俺は交渉しておいた。
エクスカリバーの様子からして、交渉は成功したようだ。
対価として、俺が腑に落ちない事になったが。
俺は下衆ではないし、エクスカリバーの揶揄いを許してもいない。
そう言った腑に落ちない点はあるが、俺の野望と身の安全のためには、払うしかない対価だったのである。
とにかく、エクスカリバーとの交渉は済んだので、次に取り組むべきはクミホへの警戒が必要か否かの探りである。
「急に襲い掛かってすんまへん。これはあれや、酒の勢いってやつや」
その探るべきクミホから、全然心の籠ってない謝罪をされた。
あくまでこの不祥事は、そういう事故だった事にしたいのだろう。
「……お互い、お酒を飲みましたからね。そういう事もあるでしょう」
俺はあえて、不祥事の抹消に乗っかった。
クミホへの警戒を解くつもりはないが、事を荒立てたくもない。
国同士が争う事など、俺の本望ではないのだ。
平穏無事が一番。そうでなくては、俺の野望成就も滞る。
「話が分かるなぁ、テノールはんは。……話が分かるついでに、ちょっと子種を分け―――」
「クミホさんとお酒が飲めて楽しかったです!今夜はありがとうございました!」
俺は呆れと怒りを混ぜながら、いい加減諦めの悪いクミホの発言を遮った。
こうして今夜は、ただクミホと俺が酒を酌み交わしただけだった事にしたのだった。