100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第二十七節 貞節を守る

「夜分に失礼いたします。テノール様、クミホ様をお見かけしておりませんか?」

 

 ミギチカが、襖越しに俺へ呼び掛けた。

 どうやらクミホを探しに回って、目撃情報を集めているようだ。

 俺の所まで回ってきたのがこの瞬間なのだから、俺は自身の幸運に感謝せざるを得ない。

 

「ミギチカさん!助けてくれ!」

「っ!?重ね重ね失礼いたします!」

 

 俺が張り詰まった声を上げれば、ミギチカは襖を開け放って突入してきた。

 来賓の危機とあっては、その来賓を呼び寄せた主の使いとして、助けに入るしかないだろう。

 おかげで、俺は命拾いしたかもしれない。拾うのは命じゃなくて貞操だが。

 

「……クミホ様?」

「ああ、見つかってしもうたか」

 

 ミギチカに見つかり、クミホは残念そうであるが、まだその手は俺から離れない。

 

「その、何をされているのでしょうか」

「交配やけど?」

「それは、同意の下で?」

「せや」「違う!」

 

 絶対都合の良い返事をするだろうと、俺はクミホの返事に否定を被せた。

 ここで否定しなければ、今度こそ俺の野望はここまでだ。

 

「こんな無抵抗になっといて、言い訳がましくあらへん?なぁ、テノールはん?」

「……色々と考えた末です。貴女との既成事実が、両国の決定的な友誼となる可能性も考えました。同時に、貴女は既成事実程度で縛れないとも考えました」

 

 迷いがあった故であると、俺は無抵抗だった事に嘘の動機を取って付けた。

 そういう事にしておかないと、勇者テノールの真実が露呈しかねないし、このまま押し切られかねない。

 

「なんや、意気地なしやな。男は度胸。とりあえず抱かれてみるもんやろ」

「ご勘弁を。俺は浅慮に抱きも抱かれもしてはいけない身の上なのです」

 

 クミホに日和った男と認識されるが、俺は甘んじてその認識を受け入れた。

 この窮地を乗り越える対価とすれば、安いモノだ。

 

「クミホ様。同意がない上での交配となりますと、本国でも違法行為です。相手がラビリンシアの勇者となれば、最悪、我が国とラビリンシアの間に大きな亀裂が入るでしょう」

「せやなぁ……」

 

 ミギチカは状況を把握し、国家の友好における観点からクミホを説き伏せにかかった。

 何においても芸術を優先しそうなクミホだが、さすがに側近からの陳述となれば、心が揺れるのだろう。

 俺の体に置かれたクミホの手は非常に悩ましげで、その動きが止まっている。

 

「でもなぁ、ミギチカ。見たやろ?テノールはんの凄さ。その彼とウチを交配すれば、きっと凄い子が生まれると思うんやけど……」

「……何にせよ、同意を得るべきでしょう。テノール様が本気で抵抗された場合、事に至るには難しいのでは」

 

 まだ名残惜しそうにするクミホ。

 そんな彼女の強情さに呆れてか、はたまた別の感情か。ミギチカは表情を曇らせながらも説得を続ける。

 

「でも、今は抵抗されへんかったし……」

「してたんですよ!これでも必死に!」

 

 クミホは無抵抗だったのを言い訳に押し切ろうとしているが、そうはさせない。真っ向から異論を唱える。

 この状況において、鎖に繋がれている俺の方が発言力は強いのだ。

 如何にジパングで最も権力がある者と言えど、ラビリンシアの勇者が語る証言までは握り潰せまい。

 

「うーん……」

「とりあえず、この鎖を解いてくれませんか?パースさんやリカルドさんが来たら、国際問題は確実ですよ?」

 

 当然の話だが、絵面的にどう判断しても強姦現場だ。

 俺の証言にパースやリカルドの証言も加わってしまえば、言い逃れの余地はなくなる。

 ジパングの長がラビリンシアの勇者を襲ったという、国際問題直行の不祥事だ。

 

「折衷案で、子種だけ貰うんわ―――」

「クミホ様、あまりテノール様の不興を買うべきではないと、具申いたします」

「……!……そうか。そんなら仕方ないな。抵抗されるんも燃えるんやけど、ミギチカがそう言うんやったら、止めにしよか」

 

 クミホはミギチカの訴えに何か感心したようで、ようやく聞き入れてくれた。

 世界が歪むような幻視を拝んだ後、鎖はなかったように消え失せる。

 俺はそれで油断せず、すぐに聖剣を手に取った。

 これで次に仕掛けられても大丈夫なはずだ。

 

(なんだ、詰まんねぇ。あのまま食われちまえば良かったのに)

(お前、さすがにそれは洒落にならんぞ)

 

 やはり、エクスカリバーは先程まで繰り広げられていた惨状を楽しんでいたのだ。

 無事解決となり、楽しい惨劇も終わりという事で、エクスカリバーは落胆している。

 俺の苦しむ姿がそんなに楽しいのか、こいつは。

 

(いっそ食われちまえば、お前の下衆な計画が破綻して、お前自身の下衆さも治ると思ったんだがな)

(……下衆くなくなった俺を揶揄って、お前は楽しいか?)

(……言われてみりゃそうだな。下衆いお前だからこそ、揶揄って楽しいっつうのはあるか)

(……)

 

 今後はエクスカリバーの救援が望めるよう、俺は交渉しておいた。

 エクスカリバーの様子からして、交渉は成功したようだ。

 対価として、俺が腑に落ちない事になったが。

 俺は下衆ではないし、エクスカリバーの揶揄いを許してもいない。

 そう言った腑に落ちない点はあるが、俺の野望と身の安全のためには、払うしかない対価だったのである。

 とにかく、エクスカリバーとの交渉は済んだので、次に取り組むべきはクミホへの警戒が必要か否かの探りである。

 

「急に襲い掛かってすんまへん。これはあれや、酒の勢いってやつや」

 

 その探るべきクミホから、全然心の籠ってない謝罪をされた。

 あくまでこの不祥事は、そういう事故だった事にしたいのだろう。

 

「……お互い、お酒を飲みましたからね。そういう事もあるでしょう」

 

 俺はあえて、不祥事の抹消に乗っかった。

 クミホへの警戒を解くつもりはないが、事を荒立てたくもない。

 国同士が争う事など、俺の本望ではないのだ。

 平穏無事が一番。そうでなくては、俺の野望成就も滞る。

 

「話が分かるなぁ、テノールはんは。……話が分かるついでに、ちょっと子種を分け―――」

「クミホさんとお酒が飲めて楽しかったです!今夜はありがとうございました!」

 

 俺は呆れと怒りを混ぜながら、いい加減諦めの悪いクミホの発言を遮った。

 こうして今夜は、ただクミホと俺が酒を酌み交わしただけだった事にしたのだった。

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