100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 作:RAINY
「うーん……。なんやろなぁ……」
「如何なさいましたか、クミホ様」
キョーの城郭、その廊下にて、クミホとミギチカがクミホの私室へ向かって歩いていた。
時刻としては、丁度テノールとの飲み会を終えた後だ。
クミホがこのまま折り返してテノールを夜這いに行かぬよう、ミギチカはせめてクミホが私室に帰るまでの間を監視している。
そんな最中、クミホがこれ見よがしに頭を捻っていた。
ここまであからさまに悩んでいる姿は珍しいので、ミギチカはつい詮索してしまったのだ。
「ミギチカ。もし不意に鎖で捕縛されたら、どないする?」
「千切ります」
「せやろなぁ」
当たり前な話だが、肉体強化を使えばヒューマンだって鎖を千切れる。
だから、肉体強化が使える者にとって、鎖など拘束にはなり得ない。
「どうして逃げへんかったんやろなぁ、テノールはん……」
クミホが頭を捻っていたのはその事だ。
肉体強化が使えるはずのテノールが、鎖を千切らなかった。
クミホはその事がずっと引っ掛かっている。
「本人の弁によれば、躊躇があったようですが」
ミギチカは、どこに頭を捻る要素があるのか分からなかった。
鎖を千切って逃走しなかった理由は、テノール本人が語っている。
虚偽の理由なのだが、それはテノールとエクスカリバーが知るのみだ。
「ほんなら、どうしてわざわざウチに魔術を解かせたん?もう躊躇がないんやったら、千切って良かったやん」
結局解放されるまでテノールが逃げなかった事。
クミホはその事に違和感を抱いていた。
千切る千切らないで何も変わらないあの状況に至ったのだ。クミホの意思による解放を望まなくても良かっただろう。
では、何故そうしなかったのか。
「完全に脱力しとったし、身を預けてくれた思たんやけどなぁ」
クミホ視点では、テノールの諦念した様子が同意をしたものと映っていた。
逃げようとすれば逃げられる状態で諦めたのだから、そう映っても仕方はない。
しかし、ミギチカが来た途端に、テノールの意思は同意から否定へと翻っている。
違和感を抱くなと言う方が無理かもしれない。
それ故に、テノールの意思ではどうにもならない何かが、クミホにはあるような気がしてならない。
「解いた瞬間に聖剣を手に取っとったなぁ……。あれが手掛かりっちゅう事か……?そういえば、酒飲んどる途中も1回聖剣に触っとったなぁ……」
その違和感の正体を暴こうと、クミホはテノールの一挙手一投足を思い出す。
クミホは、テノールが拘束を解かれた瞬間の行動も見逃していなかった。
また、最初から興味の対象だったため、途中の所作すら見逃していない。
最初から最後まで、クミホはテノールを注視していたのだ。
そのおかげで、テノールの不自然な行動を見抜いている。
「聖剣やから、どうせあれもアチューゾが作ったもんなんやろし、宿ってる魂と相談しとったとか?相談くらいやったら触れんでもできるか。とすると、聖剣の能力を使ったんやろなぁ」
自身が持ち得る知識を総動員して、クミホはテノールの真実、その輪郭を浮かせていく。
「聖剣の能力がなんなのかってところやな。聖剣カリバーンならまだしも、聖剣エクスカリバーの能力なんて知らんし、特異な力も聞かんしなぁ」
しかし、クミホではそこまでの推測が限度だった。
聖剣が勇者アルトの物でないと察しているからこそ、その能力を割り出せない。
「うーん……。まだ情報が足らへんなぁ」
推測の限度を自覚し、クミホは思考を切り上げた。
残念ながら、クミホは芸術家であって、探偵ではないのだ。
国を長く治めている経験により、既知の情報から推測はできても、数段飛ばしの推理は構築できない。
「それより、や。ミギチカ、なんでウチに反抗したん?」
「……え?」
クミホの思考に付いて行けなかったミギチカは、呆然としてしまった。
唐突に話題を変えられ、その話題が身に覚えのない事なら、そうもなるだろう。
「ウチが無理にでもテノールはんの子種を搾り取ろうとしたら、ミギチカは制しにかかったやん?今の今まで、ウチの行動を制そうとした事なんてないやろ」
「あ!ぶ、無礼を働いた事、申し訳ありませんでした!」
ミギチカはクミホに指摘され、やっと己が主へ逆らっていた事に気付いた。
それは自身の存在意義を否定するような、許されざる行為である。少なくとも、ミギチカの中では。
「なんでああしたか、素直に答えたらお咎めなしや」
クミホは笑顔でミギチカの意思を調べる。
クミホにとってミギチカのあの行為は、成長の兆しに見えたのだ。
従順すぎる程に尽くしてきた側近が、親の意見を肯定するだけだった子供が、ここに来て己の意見を持ち始めた。
それは、ミギチカが自立し始めている事に他ならない。
そして、子供の成長や自立を喜ばぬ親は居ない。
「そ、それは……。今後の外交において、クミホ様の行為は問題になると、判断していました」
「それだけ?」
「も、申し訳ありません……。それ以外に、言語化できない感情があるのは、確かです……」
「そうかそか。なら、それが言語化できたら話してな。今回はそれでええ」
「……はい」
まだ自立し始めたばかり。
そんなミギチカをクミホは暖かく見守り、頭を撫でるのだった。