100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第三十節 心は晴れて、空は曇る

「な、何をしに来た!!また余を辱めるつもりか!!」

 

 イブキは扉の影で身を震わせながら、威嚇するように大声を上げていた。

 その幼い容姿も相まってか、その威嚇はか弱い魔物が襲われぬためにするそれとよく似ている。

 

「この前の非礼を詫びに来たんだ。えっと、イブキさん?」

「あれだけ余の大事な所を衆人環視で(まさぐ)って置いて、詫びに来ただと!?そんな言葉、信じられるか!!」

 

 敬称を付ける事に多大な違和感を覚えつつ、俺は多少なりとも下手(したて)に出た。

 残念ながら、イブキの警戒を和らげるには至らない。

 それはそれとして、その表現は止めてほしい。誤解を招く。

 

「だ、大事な所を(まさぐ)る……?」

 

 やっぱり誤解を招いた。

 イナリが頬を紅潮させ、俺の方へ視線を送っている。

 半信半疑のようではあるが、性犯罪者の疑いがかかったのは確かだ。

 

「逆鱗の事です。正しくは、その逆鱗を剥いだ下にある皮膚(ひふ)ですが。イブキ様はそこが敏感だったようで、急に襲い掛かってきたイブキ様を無傷で食い止めるべく、テノール様は必要に迫られてそこをお触りになったのです」

「ああ、そうでしたか。イブキ様、そこが弱点で……。ええ!?イブキ様がラビリンシアの勇者様に襲い掛かったんですか!?」

 

 第三者かつ目撃者であるミギチカが弁明してくれたおかげで、イナリの誤解は解けた。

 代わりに、衝撃の事実にイナリが慌てふためいている。

 そっちの対処は、ミギチカに任せよう。

 

「それで、君の尊厳を傷つけてしまった。あの時、俺にはああするしかなかったが、だとしても、女性を辱めて良い言い訳にはならないだろう。だから、謝らせてほしい。すまなかった」

 

 俺はイブキの警戒をそのままに、自身の言いたい事を言い切った。

 性格を把握しきれていない相手なのだ。会話を引き出して性格を徐々に把握しても良いが、さすがに手間である。

 なので、イブキとの和解を諦め、イブキ以外の相手に俺の謝罪を見せ付ける。

 こうする事によって、俺は非を認めて素直に謝罪できる人間であると、知らしめる事ができるのだ。

 実際、イナリなんかは口を手で押さえるような、あからさまな感激をしている。

 そしてもう1つ。

 

「……」

 

 イブキが意外にも難しい表情になっていたのだ。

 案外、この謝罪は通じたのかもしれない。

 

「許してほしいとは言わない。この謝罪は、独りよがりの自己満足だ。それでも、俺には君と和解を望む意思がある事を、知っておいてくれ。……今日は、それだけだ。邪魔してすまなかった」

 

 更なる反応を引き出すため、弱気な態度で相手の罪悪感を煽りつつ、俺は踵を返した。

 これで罪悪感に耐えきれなかったら呼び止めるだろう。

 そうでなかったとしても、己の行動を省みるくらいはすると信じたい。

 

「ま、待て!」

 

 どうやら、最高の予想が当たったようだ。

 イブキが俺を呼び止めた。

 俺は内心の達成感を抑えつつ、弱気な態度を顔に貼り付けたまま、イブキの方へ振り返る。

 

「……お詫びの品は後で、誰かに渡させてもらうよ」

「そうではなくてだな!た、立ち話くらいだったら余も付き合ってやる。仕事は終えている故、余は暇なのだ……。良いか!暇潰しに付き合ってやるだけだぞ!」

 

 おまけの追撃もしてみれば、イブキは素直ではないが、謝罪を聞き入れる姿勢を取った。

 感情論が優先の、実に与しやすい相手だ。

 

「そ、そうか!ありがとう、イブキ!」

「お礼を言われる筋合いはない!それと、せめて敬称を付けろ!最初の『さん』付けはどこへ行った!」

「そうだったな。仮にも年上相手に、少し失礼だった……。すまない……」

「ええい、いちいち落ち込むな!面倒だ!」

 

 イブキは素直じゃないが、とても読みやすい。反応も素晴らしい。

 これは、かなり嗜虐心をくすぐられる。

 

(おい、嗜好が漏れてんぞ)

(誰が加虐性愛者だ)

 

 エクスカリバーから風評被害を受けるが、寛大な俺は一言だけの否定で留めておく。

 どうせ過剰反応しても、さらに揶揄われるだけだ。

 

「改めて、謝らせてほしい。君の逆鱗に触れた事、本当にすまなかった。他にやりようはあったのかもしれないが、俺にはあれが精いっぱいだったんだ……」

「う、うむ。あれは仕方なかったと、余も思わん事もない。余というドラゴン相手に、魔力なしで挑んだのだ。相手の弱点を突くのは、戦いにおいて最善手でもあるからな」

 

 イブキは腕組をしながら、俺の行動で弁護できる点を探していく。

 あくまで自身は悪くないが、相手も悪くなかったという(てい)にしたいらしい。

 

「それに、お前の腕前は見事だった。余と対峙して無傷で生き残るとは。クミホだってできる事ではないぞ?」

 

 さらに、論点を逸らしてきた。

 どちらに非があったか、という話だったのに、イブキは俺の技量を褒めている。

 

「そう言ってもらえると、俺は嬉しいよ。努力してきた甲斐があった」

 

 俺は論点逸らしを指摘せず、そのままその話に乗っかった。

 別に論争をしている訳ではない。相手の機嫌を取る事ができれば、俺の勝ちなのだ。

 

「う、うむ。そういう事だ。余はお前の実力を認めてやる。特別に、余自らこの国に居る事を許そう。観光でもなんでも、好きにすると良い」

「ありがとう。そうさせてもらうよ」

 

 俺はイブキの尊大な発言を大人らしく受け止め、この話は終わりとなる。

 ここでの用事は済んだので、俺は神社の外へと足を向けた。

 その時だ。

 俺の髪が濡れる。

 

「……?雨?さっきまで快晴だったんですけど……」

 

 イナリが雨の雫を手に当てて降雨を確認し、その雨を降らせる空に首を傾げた。

 その空は曇天。先程まであったはずの青空は、分厚い雨雲で覆われている。

 突然発生したそれら雨雲に、俺は嫌な予感がした。

 その嫌な予感の答えは、奇しくもイブキがくれる。

 

「あの雲、魔術だな……。誰かが仕掛けてきている」

 

 それが、答えだったのだ。

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