100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 作:RAINY
「な、何をしに来た!!また余を辱めるつもりか!!」
イブキは扉の影で身を震わせながら、威嚇するように大声を上げていた。
その幼い容姿も相まってか、その威嚇はか弱い魔物が襲われぬためにするそれとよく似ている。
「この前の非礼を詫びに来たんだ。えっと、イブキさん?」
「あれだけ余の大事な所を衆人環視で
敬称を付ける事に多大な違和感を覚えつつ、俺は多少なりとも
残念ながら、イブキの警戒を和らげるには至らない。
それはそれとして、その表現は止めてほしい。誤解を招く。
「だ、大事な所を
やっぱり誤解を招いた。
イナリが頬を紅潮させ、俺の方へ視線を送っている。
半信半疑のようではあるが、性犯罪者の疑いがかかったのは確かだ。
「逆鱗の事です。正しくは、その逆鱗を剥いだ下にある
「ああ、そうでしたか。イブキ様、そこが弱点で……。ええ!?イブキ様がラビリンシアの勇者様に襲い掛かったんですか!?」
第三者かつ目撃者であるミギチカが弁明してくれたおかげで、イナリの誤解は解けた。
代わりに、衝撃の事実にイナリが慌てふためいている。
そっちの対処は、ミギチカに任せよう。
「それで、君の尊厳を傷つけてしまった。あの時、俺にはああするしかなかったが、だとしても、女性を辱めて良い言い訳にはならないだろう。だから、謝らせてほしい。すまなかった」
俺はイブキの警戒をそのままに、自身の言いたい事を言い切った。
性格を把握しきれていない相手なのだ。会話を引き出して性格を徐々に把握しても良いが、さすがに手間である。
なので、イブキとの和解を諦め、イブキ以外の相手に俺の謝罪を見せ付ける。
こうする事によって、俺は非を認めて素直に謝罪できる人間であると、知らしめる事ができるのだ。
実際、イナリなんかは口を手で押さえるような、あからさまな感激をしている。
そしてもう1つ。
「……」
イブキが意外にも難しい表情になっていたのだ。
案外、この謝罪は通じたのかもしれない。
「許してほしいとは言わない。この謝罪は、独りよがりの自己満足だ。それでも、俺には君と和解を望む意思がある事を、知っておいてくれ。……今日は、それだけだ。邪魔してすまなかった」
更なる反応を引き出すため、弱気な態度で相手の罪悪感を煽りつつ、俺は踵を返した。
これで罪悪感に耐えきれなかったら呼び止めるだろう。
そうでなかったとしても、己の行動を省みるくらいはすると信じたい。
「ま、待て!」
どうやら、最高の予想が当たったようだ。
イブキが俺を呼び止めた。
俺は内心の達成感を抑えつつ、弱気な態度を顔に貼り付けたまま、イブキの方へ振り返る。
「……お詫びの品は後で、誰かに渡させてもらうよ」
「そうではなくてだな!た、立ち話くらいだったら余も付き合ってやる。仕事は終えている故、余は暇なのだ……。良いか!暇潰しに付き合ってやるだけだぞ!」
おまけの追撃もしてみれば、イブキは素直ではないが、謝罪を聞き入れる姿勢を取った。
感情論が優先の、実に与しやすい相手だ。
「そ、そうか!ありがとう、イブキ!」
「お礼を言われる筋合いはない!それと、せめて敬称を付けろ!最初の『さん』付けはどこへ行った!」
「そうだったな。仮にも年上相手に、少し失礼だった……。すまない……」
「ええい、いちいち落ち込むな!面倒だ!」
イブキは素直じゃないが、とても読みやすい。反応も素晴らしい。
これは、かなり嗜虐心をくすぐられる。
(おい、嗜好が漏れてんぞ)
(誰が加虐性愛者だ)
エクスカリバーから風評被害を受けるが、寛大な俺は一言だけの否定で留めておく。
どうせ過剰反応しても、さらに揶揄われるだけだ。
「改めて、謝らせてほしい。君の逆鱗に触れた事、本当にすまなかった。他にやりようはあったのかもしれないが、俺にはあれが精いっぱいだったんだ……」
「う、うむ。あれは仕方なかったと、余も思わん事もない。余というドラゴン相手に、魔力なしで挑んだのだ。相手の弱点を突くのは、戦いにおいて最善手でもあるからな」
イブキは腕組をしながら、俺の行動で弁護できる点を探していく。
あくまで自身は悪くないが、相手も悪くなかったという
「それに、お前の腕前は見事だった。余と対峙して無傷で生き残るとは。クミホだってできる事ではないぞ?」
さらに、論点を逸らしてきた。
どちらに非があったか、という話だったのに、イブキは俺の技量を褒めている。
「そう言ってもらえると、俺は嬉しいよ。努力してきた甲斐があった」
俺は論点逸らしを指摘せず、そのままその話に乗っかった。
別に論争をしている訳ではない。相手の機嫌を取る事ができれば、俺の勝ちなのだ。
「う、うむ。そういう事だ。余はお前の実力を認めてやる。特別に、余自らこの国に居る事を許そう。観光でもなんでも、好きにすると良い」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
俺はイブキの尊大な発言を大人らしく受け止め、この話は終わりとなる。
ここでの用事は済んだので、俺は神社の外へと足を向けた。
その時だ。
俺の髪が濡れる。
「……?雨?さっきまで快晴だったんですけど……」
イナリが雨の雫を手に当てて降雨を確認し、その雨を降らせる空に首を傾げた。
その空は曇天。先程まであったはずの青空は、分厚い雨雲で覆われている。
突然発生したそれら雨雲に、俺は嫌な予感がした。
その嫌な予感の答えは、奇しくもイブキがくれる。
「あの雲、魔術だな……。誰かが仕掛けてきている」
それが、答えだったのだ。