100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第三十一節 戦火の火付け

 ジパングが見舞われたのは、突然の曇天、それによる豪雨。

 などという甘い災害ではなかった。

 その災害を最初に正しく認識できたのは、東西南北全ての港町に住まう住人だっただろう。

 その住人たちは見たのだ。雲が覆っているのは空だけでなく、海岸から臨める海全域もであると。

 つまり、ジパングという島国自体が雲で覆われ、あまつさえ海も吹き荒れ始めた暴風で大時化(おおしけ)

 雲で視界が悪く、海は荒波、空は暴風。この状況で、国の外に出る事は人類にとって不可能だ。

 魔物でも、余程の航海能力または航空能力がなければ同じ。

 事実上、ジパングは封鎖されている。

 

 イブキが感知した通り、この雲、それに暴風も大時化も魔術。人為的なモノである。

 誰がそんなジパングを封鎖するような事をしたか。

 ジパングにとって不都合な事態を起こしているのだから、それが誰であるか、特定しやすいだろう。

 

「準備は上々。これで援軍は呼べないでしょう?ねぇ、魔王軍に与さない狐さんたち」

 

 逃走も救援要請もできなくなったその状況を、リョー・フーが雲の外、海を渡る船の上から眺めていた。

 その表情は相手を嘲笑するように、かつ、これからの戦いへ心躍らせるように、喜色に満ちている。

 

 海に並ぶのはガレオン船と呼ばれる大型の木造船舶。それが4隻。

 それぞれに300体の魔物が乗り込んでいる。

 魔物の内約はワーウルフ、ワーキャット、ブラックドッグの上位種であるヘルハウンド、猫型の魔物であるカシャ。

 リョーも含めれば総勢1201体にもなる魔物の軍勢である。

 

 彼女らも船に乗っているのだから、大時化の影響を受けそうなものであるが、彼女らの船は暴風に揺られていないし、荒波に揉まれてもいない。

 不思議な事に、彼女らが乗る船の周りだけ、風も波が穏やかなのだ。

 それが何故かと言われれば、波の原因は4隻のガレオン船を包んでなお余る大きな魚影、その主にある。

 

(私の担当は航海の補助と海の封鎖。その2つだけとの事でしたが、加勢しなくて大丈夫なんでしょうか)

 

 リョーの脳裏に、女性のように高く、優しげな声が響いた。

 それがその主の声。厳密に言えば、思念伝達魔術で届けられた思念だ。

 そう。海が大時化なのも、魔王軍の船がその影響を受けていないのも、その大きな魚影の主によるモノである。

 

「大丈夫大丈夫。そもそもイリス、アンタ海でしか戦えないでしょ?港町は大津波でやれるでしょうけど、あんまり目立つとあの面倒臭いドラゴンが出てくる。アンタが魔力吸われちゃったら、あたしらはどうやって魔王領まで帰るのさ」

(はいぃ、ごめんなさぁい。隠れて海の封鎖に専念してますぅ……)

 

 リョーの論に合理性を認め、大きな魚影の主、イリスは己の浅慮を自戒しながら役割に徹する事とした。

 自戒しすぎて涙声みたいになっているイリスの思念に、リョーは呆れている。

 

「私たちも加勢しなくて良いんだよねー?」

 

 イリスとの会話が済んだところで、のんびりとした声音がリョーの頭上より耳に届いた。

 頭上、と言うか頭の上に腰かけているのは、それができる小さな体を持ち、虫のような透けた羽の生えた少女。

 その少女は、フェアリーの一種であるシルフに属する魔物であり、部下のフェアリーたちと協力しながら空を封鎖している存在である。

 

「アリエル、アンタたちの場合は魔力吸われたら命に関わるでしょ?大人しく空を封鎖しといて」

「はいはーい」

 

 シルフであるアリエルもリョーに諭されるが、こちらはイリスと違って陽気に受け応えていた。

 元より加勢する気がなかったようでもある。

 

(その……。大丈夫なんですか?魔力吸収のイブキと化け狐のクミホ相手に、リョーさんの手勢だけで攻めきれるのでしょうか……)

 

 イリスはリョーを心配するように、力になれないとしてもその気持ちを吐露した。

 魔王軍らしくない優しさを、イリスは持っている。

 

「魔王様が考えなしにあたしをぶつける訳ないでしょ。それに、あの面倒臭いドラゴンを倒せるのはあたしだけよ」

(でも……)

 

 リョーの自信満々な様子を見てなお、イリスは仲間への助力を考えていた。

 リョーは溜息を吐いてから、その顔を引き締める。

 

「あえて言うけどね、イリス、それにアリエル。あたしはこの戦いを望んでた。だから、邪魔しないでね」

 

 挑むのは、国を長く守り抜いたドラゴンと化け狐。そして、あの鮮烈な少女の剣とよく似たそれを振るう勇者テノール。

 これ程高ぶる戦いはない。これ程嬉しい強敵はない。

 故に、リョーは嬉しそうでありながら、獰猛にも牙を覗かせるのだ。

 

(……はい)

「元より邪魔する気はないよー。喧嘩は他所でやってー」

 

 リョーの望みを聞いて、イリスは煮え切らないように、アリエルはおおらかに、不介入を約束した。

 己の望みが最高の形で叶いそうだと、リョーは気迫を漲らせる。

 

「それじゃあ、やり合いましょう?楽しい楽しい戦いを」

 

 リョーは雲の先を、これから始まる戦いを見据える。

 

「魔王軍幹部、リョー・フー。んーん。姉も居る事だし、こっちの肩書も名乗りましょう」

 

 高ぶった思いを込め、リョーは高らかに叫ぶ。

 

「魔王軍幹部にして『邪神フィーネ』の傑作魔物、リョー・フー・アルフィーネ!参る!!」

 

 魔王軍幹部、いや、『邪神フィーネ』に生み出された魔物。

 上半身がヒューマンの女体で、下半身が猫型魔物のそれという、(おぞ)ましくも美しいキメラ。

 リョー・フー・アルフィーネが、戦端を開くのだった。

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