100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第十二節 墓参り

「テノール様、こちらになります」

 

 侍女に案内された場所はバリトン邸の中庭。

 そこには親父の印象とかけ離れた綺麗な花畑が広がり、真ん中にある石碑を囲っている。

 その石碑には俺の母・ヴィオラの名が刻まれていた。

 そう、ここが母の墓だ。

 

「すみません。1人にしていただけますか?」

 

 俺のそんなお願いに、案内してくれた侍女は一礼だけして屋敷内へ戻った。

 教育の行き届いた侍女なのだが、親父には気を許さぬよう忠告されているため、俺は警戒している。

 エクスカリバーも彼女らの何かに勘付いていたようだし、訳ありの者たちであるのは俺でも察していた。

 

 さて、静かに墓参りをするとしよう。そのために気の散る要因は遠ざけたのだ。

 

(へぇ、綺麗な所じゃねぇか)

 

 残念ながら、まだ気の散る要因があった。

 聖剣エクスカリバーはもしものために常備しておきたいから、この生意気な女は遠ざけられない。

 

(にしても、この花畑はあのおっさんの趣味っぽくねぇな。いや、人の趣味をとやかく言う気はねぇが)

(これは親父の趣味じゃない。母さんの趣味だ)

 

 勝手に意外な一面が親父に付与されてしまいそうなので、俺はエクスカリバーの勘違いを訂正した。

 親父に花を愛でる趣味はない。あの人の趣味は多分金儲けだ。

 

(なーるほど。死人の趣向に合わせた墓場って訳だ)

 

 そう、故にこの場は親父が母さんの趣向に合わせて作った場所。

 親父が母さんを愛しているというのも、嘘ではないのかもしれない。

 

(いや、『かもしれない』じゃなくて信じてやれよ)

 

 だって娼婦とか言い出すんだもん、あの親父。

 

(……気持ちは分からなくもねぇな)

 

 無駄にエクスカリバーの賛同を得られた。嬉しくない。

 

(とにかくだ。墓参りを邪魔すんなよ)

(あいよ)

 

 思いの外素直にエクスカリバーは大人しくなり、その思念体を聖剣へと戻した。

 さすがのエクスカリバーもそこまで不躾ではないようだ。

 

 ようやく俺は墓の前まで歩み寄る。

 

 高い墓石で作ったのだろう。

 その墓石は光を浴び、その表面が輝いている。

 農民の墓とは思えない趣だが、なんだか俺はほっとした。

 

「ただいまって言うのは変かな、母さん。俺たちの家じゃないし、俺の家って感じもしないからね」

 

 すでになくなったらしい以前の実家を、俺は記憶から引っ張り出す。

 みすぼらしい家だった。

 木造だったそれは、突風が吹けば倒れてしまうんじゃないかと不安になる程揺れる、襤褸(ぼろ)屋だった。

 とても、体の弱い母を寝かせるような場所ではなかった。

 

「少し虚しくはあるけど、こっちの家の方が良いよ。この家は、頑丈で、静かで、綺麗で……。母さんが寝る場所には、とっても合ってる」

 

 そう。この家なら、母さんはきっと安心して寝られる。

 思い出や感慨より、そちらの方が大事だ。

 

「母さんも実は気に入ってるんじゃない?だって、花畑だよ?」

 

 野花すら大事に育てていた母さんが、花畑を嫌うとは考えづらい。

 むしろ、こんな色とりどりの花が咲く場所に居られて喜んでいるはずである。

 

「母さんにはよく似合っているよ、このお花畑……」

 

 生きていれば、一日中この中庭を手入れしていたんじゃないだろうか。

 そんな妄想が頭を過ると、花畑に水撒きしている母の姿が一瞬見えた。

 だが、それはまさしく一瞬だ。

 1度瞳を閉じた後には、もうその姿は何処にもない。ただの幻覚だったのだ。

 

「母さん……」

 

 生きていればと、そんな妄想を抱くべきではないのだ。

 そんな妄想に憑りつかれ、蘇生の術を探した者たちがどうなったかは、物語として多く残されている。

 そしてその物語の結末は、蘇生の魔術など見つかっていない現状が物語っている。

 

「そうだ、母さん。俺、勇者になったんだ」

 

 俺はその物語と同じ結末を辿らぬよう、意識を逸らすべく話題を変えた。

 

「これ、聖剣エクスカリバー。ラビリンシア王国に伝わる聖剣、俺を引き抜けたんだ」

 

 聖剣エクスカリバーを掴み、それを引き抜く。

 場を弁えてか、エクスカリバーは憑依してこない。

 

「ちゃんと勇者の務めも果たせてるよ、不本意だけど。もっと冒険とかしてみたいんだけどね。王命であっちこっち駆け回ってばかりさ」

 

 愚痴を零しはするが、真実は口にしない。

 母さんの前では、良い子で居たい。

 多分、変わってしまった俺の本性に、母さんは落胆してしまうから。

 

「……」

 

 そうして真実を隠してしまえば、話せる事は少なくなる。

 話せる事が少なくなってしまったならば、何を話すべきかと悩んで言葉が続かない。

 

「……駄目だな、俺。……ごめんなさい、母さん」

 

 歪んでしまった己を自覚し、清くある事を願っていただろう母さんに、俺は申し訳なくなってしまった。

 

「……今度はしっかり母さんの命日に来るよ。その時は英雄譚みたいな、立派な事できてるだろうからさ。……それじゃあ、また」

 

 俺は、母さんの墓に背を向ける。

 その背中が、母さんには大きく見えているよう、祈った。

 

(普段との差が酷すぎて鳥肌が立ったんだが……)

(……)

 

 憑依してこなかったと思えば、エクスカリバーは場を弁えていたのではなく、逆に場を弁えられなすぎたらしい。

 それで混乱して、憑依する事も途中で弄る事も忘れてしまっていたようだ。

 しかし、最後にその率直な感想によって、情緒溢れる空気をぶち壊していったのだった。

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