100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者   作:RAINY

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第十四節 知識の泉はいづこにか

「今更なんですけど。なんでパースさんが居るんですか?」

 

 夕食後に集まった親父の執務室にて、俺は改めて疑問に思っていた事を口に出した。

 夕食中は酒の話が盛り上がって、というか意図して盛り上げていたために訊けなかったのだ。

 

「宿を探している時にバリトンさんの侍女と出くわして、彼女がバリトンさんの屋敷に止めてもらえるよう掛け合ってくれたんですよぉ」

「私の事を嗅ぎ回っているようだったのでな。余計な事をさせないため、早めに確保しておいた」

 

 パースと親父の語る内容が全く合っていないが、パースが笑顔で固まったところからするに、親父の方が真実なのだろう。

 まぁ、俺もパースが親父の事を嗅ぎまわっているのは気付いていた。夕食中も探りを入れていたし。

 

「あはははー……。お手上げです」

 

 パースは秘密が露呈したというのに大した抵抗をせず、即座に降参した。

 随分と往生際が良いものである。

 

「言い逃れはせんのだな」

「弱みを握ろうとか、そういう悪意はないので。なんだったら信頼を得て、協力とかしてもらいたいんですよねぇ」

 

 降参したせいか、パースはもう何も隠さず、意図を正直に開示した。

 しかし、どこまで正直なのかは分からない。

 

「悪意はないという事だが。では、嗅ぎ回っている理由はなんだ」

「王都の皆さんが不思議がっているんですよ、勇者テノールはなんであんなに礼儀を弁えているのかって」

 

 親父が詮索してみれば、そこにはもっともな疑問があった。

 農民というのは基本的に下流階級の人間である。

 農業でどうにか食いつなぎ、領主や貴族に搾取される存在なのだ。

 だから、その日を生きていくのがやっと。上流階級に通じる礼儀なんて学んでいる暇がなければ教える学もない。

 

 そうすると、ある疑問が出てくる。

 勇者テノールは何故上流階級に通じる礼儀を身に着けているのか、と。

 

「似たような質問を貴族の方からよくされましたね。毎回、『父上の教育あっての事です』と、返していますが」

 

 そう何度も返していたが、この返しは根本的な答えではないだろう。

 だってこれでは、学のない農民がどうして上流階級に通じる礼儀を知っているか、答えていないのだから。

 

「そう、そこなのです。調べてみても家庭教師を雇った形跡はない。だから、バリトンさんの教育だけによるモノである事は真実となります。しかし、何故バリトンさんに教育ができたのですか?貴方は、貴族や王族に連なる者ではない、代々農民でしょう」

 

 まぁやはり、その疑問が貴族の間で出ていたようだ。

 そして、その疑問を解消しようとした代表者が、このパースという訳である。

 

「わざわざ先祖まで掘り起こして、いったいどうするつもりだ」

「悪意はないんですって。ただ、勇者テノールの栄光に影を差しそうな、あまり風聞よろしくない事があったら嫌なんですよ。私も、バーニン王もね」

 

 なるほど。親父が悪い事していたら、勇者である俺の評判が落ちかねないと。

 国王は国の看板に等しい勇者、その箔に傷を付けたくないのか。

 

「素直に明かしてくれたら、国王直々に握り潰してくれますよぉ?」

 

 パースは悪い笑みで美味しい餌をぶら下げた。

 そんな怪しい餌に、親父がかかるとは思えないが。さて、肘を突いた親父は、如何なる結論に至るだろうか。

 

「素直に明かすなら、後ろめたい事はない。しかし、貴方方の疑問は解消しよう」

 

 どうやら、親父は一部を明かす結論に至ったらしい。

 

「何故教育できたかは教えてくれると?」

「そうだ。まず簡潔に述べると、私だけで教育できたのではない」

 

 まず明かされた事実に、パースだけではなく俺も目を見開く。

 親父だけではない?俺には親父以外から教育を受けた記憶がないのだが?

 

「妻が死んだ年だったか。私は、ある学術書のような物を手に入れた」

「『ような物』?」

「明確には学術書ではないのだ。だが、それは私にあまりにも多くの知識を授けた。世界の歴史、地理学、魔術学。そして、経営学や事業成功の方法まで、私はその学術書から学んだ」

 

 恐ろしい事に、俺へ教育された知識はその学術書によるモノであり、親父が成り上がれたのもその学術書のおかげだと、他でもない親父が称した。

 思い返せば、俺への熱心な教育が始まったのも母さんが死んだ年だったのだ。

 さらには、親父の賢さが発揮されだしたのも同時期だったような気がする。

 

「……その学術書って、読んだ者が神秘を悟るとされる『邪神経典』じゃないですよね」

 

 『邪神経典』、『邪神フィーネ』が残したとされる書物。

 パースはその書物に対して『神秘を悟る』と表現を和らげたが、有体に言えば『頭がおかしくなる』のである。

 実際、『邪神フィーネ』信仰には頭がおかしい者が多い。それ故か、たまに天才技術者が居たりする。

 『馬鹿と天才は紙一重』とは、よく言ったものだ。

 

「『邪神経典』ではない。質の悪さでは同等かもしれんが。その学術書は―――」

 

 親父が何かを取ろうと手を動かした、その時だった。

 

 執務室の扉が叩かれる。

 

「ご主人様、そろそろお休みになられた方が良いかと」

 

 折り悪く、エメラが就寝を促しに来たのだ。

 時計も確かに夜深い時間を示している。

 

「……悪いが、話はここまでだ。それぞれ部屋に戻ると良い」

 

 親父は肘を突き直し、話を打ち切った。

 エメラから促される前に動いていた親父の手、その行方を知る事はできなかったのだった。

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