100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 作:RAINY
親父と共にトータン領主邸、テナーの屋敷に向かう。
表の目的は、バリトン邸の侍女を氷漬けにした犯人を探す協力者を得るため。
裏の目的は、エメラルド・タブレットの企みを阻止するに足る人員を得るため。
そうして辿り着いたところで、屋敷の玄関に人が集まっていた。
テナーとパース、カウとサーヴァン。それに、知らない男がそこに居る。
「お待ちしておりました、バリトン殿」
その知らない男は、威嚇でもしているかのように、口角を高く吊り上げていた。
親父に対して敵意があるのは明らかだ。
他の者たちは、敵意とまで行かないまでも警戒心を滲ませていた。
テナーに至っては俯き、親父から目を背けているようである。
「マニ、なんのつもりだ」
俺の知らぬ男はマニと言うらしく、当然ながら親父とは面識があったようだ。
静観する他の者らにではなく、親父はその男・マニを睨む。
「なんのつもりと、そう仰いますか?貴方様も薄々勘付いておられましたでしょうに。いや、勘付いていて受け入れられないか、この犯罪者!」
もはや微塵も敵意を隠さず、マニは礼儀正しかった態度を一転させた。
同時に、親父を犯罪者と高らかに称したのだ。
「犯罪者だと?この私が?」
「白を切っても無駄だ!お前が奴隷を取引した契約書が、俺の手の中にあるんだよ!」
親父の言い逃れを打ち負かそうと、マニは自信満々に1枚の用紙を取り出した。
その紙には、『奴隷売買契約』と、これ見よがしに記されているのだ。
奴隷の取引はラビリンシア王国において犯罪とされている。
人の権利を
だから、奴隷を取引した経歴がある者は世界各国で重犯罪者として、居場所を追われ続ける事になる。
マニはまさしく、親父の地位と名誉を奪う決定打をその手にしていたのだ。
それが、バリトンの物であったなら、の話だが。
「お前の侍女が俺に密告してくれたよ。奴隷に足を掬われるとは、お笑いだなぁ!あっはっはっはっ!」
マニから指名されたように、白髪赤目の女性、バリトンの侍女が歩み出る。
その侍女もマニの高笑いに釣られたのか、怪しい笑みを浮かべていた。
俺は、違和感を覚える。
マニはその侍女を差して奴隷と言った。
しかし、その侍女は奴隷ではない。ホムンクルスだ。
話がどうにも噛み合っていない。
「はぁ……。嵌められた訳だな、マニ」
親父はマニから語られる噛み合わない話に、冷めた様子で溜息を吐いた。
嵌めた。誰が誰を嵌めた?
いや、深く考える必要はない。
バリトンの侍女が、マニを嵌めたのだ。
「そうだ、お前は嵌められたんだ。この俺に!」
しかし、その事実を理解したのは親父と俺だけ。
マニは相変わらず、道化となっている。
「どうして農民如きが成り上がれたのか、不思議でしょうがなかったが。その答えも分かった。これだな?この、エメラルド・タブレットだな!?」
マニは紙と別に、もう1つ高らかに掲げた。
どうやら、マニもその宝石板の事を知っていたようだ。
「この宝石板は所有者に英知を与える。だが、その英知で成り上がった者には破滅を約束するという、貴族や金持ちの一部で伝え広められていた曰く付きの品だ」
なんと、あの宝石板にはそんな縁起でもない言い伝えがあったらしい。
宝石板に宿る魂は人の没落を愉悦としていると、親父も評していた。
なるほど、性格の悪い奴が封じられているのだな。
(おい、今こっち見ただろ)
気のせいだろ。
「もう茶番は良いだろう。もう私は飽きたぞ、エメラ」
「はぁ?ついに自身の侍従長が死んだ現実も逃避―――」
「そうでございますね。もうよろしいかと思います」
「……は?いっ!?」
唐突に、マニの両腕が凍った。
「あああああああああああ!!!俺の、俺の腕がぁああああああああああ!!!」
痛みに耐えかねたマニは、持っていた物から手を離し、凍った両腕を抱えて
そして、マニの傍に控えていたはずの侍女が、落とした紙と宝石板を拾い上げた。
元より、そういう予定だったのだろう。
「おま、お前!何をっ……。こんな事をして、主人の犯した罪がなくなるとでも思っているのか!」
「いいえ、なくなるとは微塵とも。そもそも、ご主人様はなんの罪も犯しておりませんので」
「主従揃って現実逃避か!?」
「紙面のここを、良くご覧ください」
バリトンの侍女が、『バリトン』と書かれた部分を差し、その名を撫でる。
するとどうだろう。その『バリトン』という文字列が、『マニ』に書き変わっている。
違う。その紙は、実はマニの物だったのだ。
彼が奴隷を取引した、売買契約書だったのである。
「そ、そんな……まさか……」
自身が嵌められていた。
ようやくその現実に直面したマニは、しかしあり得ないと放心する。
「ま、そんな落ちではないかと予想してましたよ」
逸早く動いたのはパース。
真の犯罪者を縄で縛ろうと、マニに近付いていたのだ。
「くっ!『トリートメント』!」
ここでまさかの回復魔術。マニは腕の凍結を治していた。
続いて、治した腕でマニは札を投げる。
その札は魔術式が刻まれた物。マニは符魔術を使おうとしているのだ。
「『サモン』!」
残念ながら、パースはテナーの守護を優先し、魔術行使の妨害は間に合わなかった。
マニの行使した魔術が、その効力を発揮する。
その魔術の効力は、驚くべき事にスライムの召喚だった。
「魔物の召喚!?」
パースすら驚いているように、召喚魔術は希少だ。
使い手は伝説の中にしか居ない。
あらかじめ札に魔術式を刻んでおく符魔術とはいえ、一般人が行使できる代物ではない。
事態の急変に、俺はすぐ聖剣を掴む。
「気を付けてください!このスライム、核が複数あります!」
エクスカリバーは俺の体を乗っ取って、まず周りに注意を促した。
召喚されたスライムは、特殊な個体だったのだ。
「こんな街中で、勘弁してもらいたいんですけどね!『ファイアボール』!」
パースは街への被害を懸念し、魔術の威力を抑えていた。
それでも、的確に特殊個体スライムへと命中させる。
スライムは分裂し、核1個の消耗で済ませていた。
「加勢、します!」
カウも加わり、スライムの核を潰す。
主が加勢すれば、従者も続くもの。サーヴァンもスライムの核を切った。
そこにエクスカリバーも居るとなれば、正直過剰戦力だ。
特殊個体スライムが、呆気なく討伐される。
「犯人、逃しまいましたねぇ……」
スライムは問題なかったが、その召喚者が問題だった。
マニの姿は、もうどこにもない。