石上優はもう戻れない 作:顎髭
そこの所はご了承下さい。
惨め。今の僕の状態を言葉で表すなら、その一言が一番似合っているだろう。
確かに、僕はあの時おかしかった。殴る以外にも、もっといいやり方があったはずだ。
過去に「感情的になったら負け」という言葉を聞いた事がある。その言葉は本当だと今となってよく分かった。僕はあの時、感情的になってしまった。他のやり方を考える事をしなかった。
停学から約5ヶ月が経過し、次第に告発してやろうという意志も失せてしまい、提出するべき反省文には、謝罪とも言えない、許しを請う様な言葉が書かれていた。
「(…………もう、これでいいや……。提出しよう………。)」
項垂れながら、僕は制服に着替えて、反省文を提出する為学校へ行こうとした。
すると、背後から何かが棚から落ちる様な音がした。何だと思い、落ちた物を拾ってみると、それはある一冊の小説だった。
「これって………。」
懐かしい。一年生の頃に、読書感想文を書く為に買った小説だった。適当に買ったはものの、かなり内容が深く、当時はよく読んでた覚えがある。
確か、主人公が自分を騙した人間達に復讐する、サスペンス小説だったかな……。
「…………。」
どういう理由でかは分からない。でも、僕はその小説を読み始めた。
主人公は大企業のエリート。けれど、ある一つの覚えの無いミスによって、会社からクビを宣告。挙げ句の果てには、覚えの無い学生時代のいじめの首謀者だとネットで晒され、誹謗中傷の嵐に巻き込まれ、妻とも離婚。完全に人生のどん底へと落とされる事から、物語はスタートする。
そして後に、誰かが自分を潰そうとしている事に気づき、そこから主人公の復讐劇が始まる。
読んでいく内に、小説の内容が蘇ってきた。こんな状況でありながら、面白い、楽しいと思ってしまった。
しばらく読み進めると、ある場面へとたどり着いた。
主人公にミスを押し付け、会社から退かせた同僚とのやり取りだ。
『これでもまだ、言い逃れをするつもりか?えぇ!?』
『ぐっ………!だ、だって……!』
『例えどんな理由があろうが、相手を陥れていい理由にでもなると思ってるのか?やってもない事を背負わされた人間の気持ちがお前に分かるのか!?
俺がどれ程絶望したか分からないだろうな。どれ程苦汁を飲まされたかなんて、貴様なんかに分かる訳が無いだろうな!』
『だからって………だからって俺の家族にまで手ぇ出す必要無いだろ!』
『甘えた事ぬかしてんじゃねぇぞ!!
お前のせいで、俺は家族も失ったんだ。だったら、俺のせいで、お前の家族が失っても、別にいいよな?
はっきり言って、俺はもう、他人がどうなろうが知った事じゃねぇんだよ。それで他人がどれ程傷付こうが、俺のせいで他人が死のうが、もう心の底からどうでもいいんだよ。
もうお人好しの俺はいない。完膚なきまでに、お前を叩き潰す。お前が自殺したくなるまでに、お前を追い詰めてやる。』
この場面を読んだ途端、何かがぶり返してきたような感じがした。
「…………は………………ははっ……。」
僕は一体、何をそんなに躊躇っていたのだろう。
そうだよ。僕のやった事は、正しい事だ。悪い奴を殴って何が悪いんだよ。
僕はいつまで、くだらないしがらみにとらわれていたのだろうか。
このまま僕が黙秘し続けたら、荻野は野放しにされてしまう可能性がある。そうしたら、また被害者が増える一方だ。
そうだよ。あいつの悪行を知ってるのは、僕だけ。つまり、あいつを潰せるのは、僕だけだ。
やらなければ。完膚なきまでに、叩き潰さなければ。
例えそれで大友が傷付こうが、もう知った事じゃない。ていうか、あの時大友も僕を拒絶した。もう大友も敵だ。いや、家族も、同学年の奴らも全員、僕の敵だ。
もう誰も信用しない。もう誰にも期待しない。
「……………念の為取っておいて正解だった。」
着替えを済ますと、石上は引き出しから、SDカードを取り出した。
荻野の悪行の証拠のコピーだ。
だがしかし、これだけでは不十分なのでは、と思う自分もいた。今の自分の立場は、『嫉妬の挙げ句、彼氏を殴り、その彼女をストーキングしていた奴』。例えSDカードの内容を公表したとしても、偽装したものだと思われる可能性がある。
もっと証拠を集めなければ。徹底的にあいつを追い詰めなければ。
「………荻野の被害者達に、直接会ってみるか……。」
僕の調査によると、荻野の被害者の中には、対人恐怖症になって、引き篭もってしまった者もいるらしい。その人から直接話を聞き、その話を録音したやつを、全校生徒の前で流す。
プランは整った。あとは、行動に移すだけだ。
「……何だ。僕は全然おかしくなんかないじゃないか……。はは……。」
薄ら笑いを浮かべながら、石上は外へ出て行った。