石上優はもう戻れない 作:顎髭
ゴールデンウィークが明けて、久しぶりに学校へと足を踏み入れた。久々に友達と会うなーと考えながら、小野寺は教室内に入っていくと、誰かにぶつかった気がした。
何だと思って見てみると、伊井野ミコだった。
「………ごめん………。」
「………うん……。」
元気の無い感じで、伊井野はそう言った。
あの時からずっとこんな感じだ。伊井野が石上に泣かされたという話を聞いてから、あの頃のガミガミうるさい伊井野が嘘かの様に消えていた。登校時の持ち物検査にも、風紀委員会の見回りにも、一切姿を見なくなった。
「何か伊井野って最近めっちゃおとなしいよねー。」
「いつもワーワーうるさいもんねー。」
「石上に泣かされた事が相当ショックだったのかな?」
「そうだとしたら、黙らせてくれた石上にマジ感謝なんだけどーww」
「鬱陶しいのがいなくなってせいせいしたww
麗もそう思わない?」
「………………。」
「………麗?」
「……………ちょっとトイレ………。」
そう言って、小野寺は友人達の元から離れていった。
「(……マジでそういうのやめないかなぁ……。)」
久々に小野寺は苛立ちを覚えた。
あいつらは、石上の件から何を学んだんだ?
確かに私も伊井野の事はあまり良い目で見れなかった。自分の主張ばかり押し付けてくるものだから、それが苛立たしくて仕方がなかった。その度に友人と陰口を叩いていた。
けれどだ。石上の件から、一人の人間をよってたかって叩く事が、どれ程汚らしくて最低な事なのかを、嫌になる位思い知った。自分がされる立場だったら、どれ程辛いだろうか。そんな小学生でも分かる様な事が、私達は分からなかった。だから、石上はあんな風になってしまった。
もう二度とこんな事はしない。もう二度と石上の様な人間を生み出してはいけない。そう石上から学ばされたというのに……。
「………何ですぐ忘れるのかなぁ……。」
なのに同学年の皆は、まるでそんな事無かったかの様に、いつも通りの生活を再開していた、ましてや今度は伊井野の事を好き勝手言って……。
「………これが胸糞悪いってやつか……。」
小野寺は次第に、彼らに対して嫌悪感を示す様になった。
ただ思う分にはそれでいい。だが、言葉として表に出す必要は無いだろうに。
「(………それに、一体何が伊井野をああさせたんだ?石上に泣かされたから、とは思えないし……。)」
小野寺は、今の伊井野に少し違和感を覚えていた。まるで、何かに対して負い目を感じている様な感じがしたのだ。
「………このままずっとモヤモヤしてるのも嫌だな。直接聞いてみるか。」
幸い今日は部活もない。伊井野とじっくり話す時間は沢山ある。一体何が彼女をあんな風にさせたのか。それを確かめたい。
今日は少し残った風紀委員会の仕事を終えるだけだった為、すぐに下校が出来そうだった。伊井野と大仏が荷物をまとめて帰ろうとしたら、ノックの音が聞こえた。
「はーい。」
「……失礼します…。」
「…小野寺さん?ど、どうしたの?」
「あっ良かった……。伊井野と大仏さんだけか……。
……ちょっと、時間ある?」
「…ま、まあ……。」
一体彼女が私たちに何の用だ?特に接点も無いのに……。
「伊井野さ………。」
「…うん?」
「………どうしたの?」
「えっ、ど、どうしたのって……どういう事?」
「だって……いつもは皆に対して厳しくあーだこーだ言ってたのに、急におとなしくなってさ……。何か……あったの?」
「いや………別……に………。」
「…………無理しなくていいよ。幸い、ここにいるのは私達だけなんだから、何も遠慮なんかいらないよ。」
「……………………。」
「……やっぱ…………石上が関係してるの?」
その瞬間、伊井野の顔色が変わるのがはっきり分かった。
やっぱりか。やっぱり石上が原因か。
「……ゴールデンウィーク前に、石上に泣かされたって聞いたけど………。あん時、何があったの…?」
「……ごめんなさい………ごめんなさい……。」
「い、伊井野?」
伊井野は突然、体を震えさせて涙を流し始めた。
「(マズい事言っちゃったかな………。)
ねえ大仏さん……マジで何があったの………?」
「………正直私からも話したくないけど……。」
大仏はばつが悪そうにしたが、覚悟を決めたのか、あの時石上と何があったのか、洗いざらい全て小野寺に話した。
石上が伊井野に対して何を言ったのか。どんな態度を取ったのか。そして………石上が最後に吐き捨てた "あの発言" についても。
「………………本気で言ってるの………?」
普段はめったに表情を表に出さない小野寺でさえも、その出来事は小野寺の顔を青くさせた。
石上が………そんな事を……?
「…………私……ずっと後悔してた……。あの時石上の為に何か行動してたら………あいつは……あいつは…………。」
そうか……。そういう事だったのか………。
石上に対して尋常じゃない罪悪感を感じてるのは、大友や私達だけじゃない。そんな人間ではないと分かっていながら、結局行動に移せなかった伊井野や大仏さんもそうなんだ……。
だから伊井野は………。
「……あいつの目が怖いの……。心の底から私達を恨んでる…あの目が………。それを思い出すと……私…………震えが止まらなくて…………。
どうすればいいの…?私はどうすれば………。」
「…………………。」
それはこっちが聞きたいよ……。
私だって正直、石上が怖い。同じクラスでも、なるべく距離を取ってはいる。けれどそれでも、恨みのこもったオーラが凄くて……。
「……大友………マジで無茶な事しようとしてるんじゃ……。」
高等部進学が危うい大友が、高等部進学にこだわった理由。それは、石上をあの時の石上に戻すため。その為に彼女は日々どうすればいいのかを考えていた。
私もそれに協力してはいたのだが……。
石上の闇が想像以上に濃かった事に、私は諦めを感じ始めていた。
「……もう戻らないよ………。」
「え?」
「もうどんなに足掻いても、あの頃の石上は、もう戻って来ない……。
理由は分からない。けど、もう手遅れなんだと思う……。」
「大仏さん………。」
「だからミコちゃん…………『どうすればいいの?』に対する答えは………無い…。」
「!!」
「………………………。」
大仏さんの言う通りかもしれない。
もう……諦めた方がいいのでは………。
「……………いやだ……。」
「………え?」
「…………それだけは嫌だ……。」
「ミコちゃん……。」
「……この際石上にどんな目に遭わされてもいい……どんなに傷付けられてもいい………。けれど!!……何もしないで終わるのだけは……絶対に嫌だ……!」
「でも………!」
「……どうすればいいのかなんて分からない……。けれど……このまま何もしないなんて………!!」
……私は一体、何をすんなりと諦めようとしていたんだ。
すぐに諦める程、私は度胸の無い人間か?意気地の無い人間か?
無理難題なのは百も承知だ。でも、それでも大友はめげていない。今も石上を戻そうと奮闘している。石上の事で押し潰されそうな伊井野も、泣きながらも頑張ろうとしている。
それなのに私は……私は………。
本当に、情けない限りだ……。
「………伊井野の言う通りだと思う。」
「………えっ?」
「………何もしないで終わるなんて、そんなの私も嫌だ。
石上が完全に心を開かなくてもいい。けれど、それでもあいつの為になる様な事をしたい!それを諦めるなんて、絶対に嫌だ!」
「………小野寺さん……。」
「罪滅ぼし?自己満足?言わせておけばいいさ!!
それでも!何もしないでまた同じ様な事しようとする奴らに比べれば、全然マシさ!!」
こんなに感情的になって大声を出したのは、生まれて初めてだ。それに慣れていなかったのか、私の息遣いは荒くなっていた。
けれど……何だろう……。さっきまでのクラスメイトに対するモヤモヤが、晴れた気がする……。スカッとした気分だ……。
「…………だから伊井野……。いつまでも過去の事ばっか気にしてないでさ、私達と一緒に考えようよ……。私達に何が出来るのか……一緒に考えよ?」
そう言って、小野寺は伊井野に笑顔を向けた。
小野寺の優しい笑顔を見た瞬間、伊井野からまた大粒の涙が出た。
そして、思わず小野寺に抱き付き、声を出して泣き叫んだ。
「(………何だ……。伊井野って、不器用なだけで、すっごく良い子じゃん………。)」
小野寺は後悔した。
伊井野ミコはこんなに良い子だということに、どうして今まで気付かなかったのだろう。
「……大仏さんもさ……まだ諦めないでよ。
可能性がゼロって訳じゃないでしょ?可能性が少しでもある限りさ、一緒にどうすればいいのか、探そうよ。」
「…………………。」
あの事件の前の石上優を、私は良く知っている。
もうあの頃の彼に戻らないと割り切ってはいたものの、心の底では、もう一度あの頃の彼を見たいと思っていた。
……出来るのか?戻せるのか?
可能性は限りなく低い………。だが……。
「………諦めるの……まだ早すぎたのかな……。」
低いだけで、ゼロではないかもしれない。
「……だからさ、頑張ろうよ。」
頑張れるだけ、頑張ってみよう……。
翌日……。
「そこ!ゲーム機の持ち込みは没収のはずよ!!」
「げっヤベッ……!」
小野寺が友人達と校門に入ると、ゲーム機を持参していた男子生徒を注意する、"いつも通り" の伊井野ミコの姿があった。
「またうるさいのが戻って来たよ……。」
「マジで鬱陶しー。
麗もそう思わ……な……?」
友人の声を無視し、小野寺は伊井野の方へ向かって行った。
「……伊井野、おはよ。」
「麗ちゃん!おはよー!」
何だ。伊井野って、こんなに可愛い顔するんだ。
小野寺はまた後悔した。
どうしてもっと早くに、こんな笑顔を見る事が出来なかったのだろう。
まだ残っていた眠気が一気に覚めて、気分が良くなった気がした。
「(そうだ。今日は伊井野とご飯食べよっかなー……。)」
そんな事を考えながら、小野寺は校舎内へと入って行った。
小野寺さん、マジ良い人すぎ。
次回は、早坂を初登場させたいと思います。